■感想など■

2009年04月30日

第1章「男と女の境界線」

◆◆ 第1章 ◆◆ 「男と女の境界線」

 最初のその変化に気付いたのは、幼馴染の少女だった。

■■【1】■■
 満天にひろがる青空は、ゆったりと流れる雲と共にどこまでも広かった。
 5月。
 天気はすこぶる良い。
 風はゆるやかで湿気も少なく、初夏の爽やかな空気を制服の中に運んでくれる。昼近くになれば、温められた空気で汗ばむほどの陽気になるかもしれないけれど、少年は一年のうちで、この時期の登校時間が一番好きだった。
 少年が通っている地元公立高校の始業時間には、まだたっぷりと余裕がある。ゆるやかな下りの坂道になっている通学路には、同じ方向に向かう制服姿の学生達が大勢いた。
 男子は詰襟の黒の平凡な学ラン、女子は紺を基調にしたブレザーだ。昨今の少子化に伴い、生徒を集める目的か何かは知らないが、その女子のブレザーは数年前になんとかという聞いたことの無いデザイナーにデザインさせたものだった。少年にはなじみの無いデザイナーだったけれど、東京ではそれなりに有名な人らしく、見た目は一見地味だが、そこそこに創意工夫が見られ、近隣の女子中学生には評判が良い。ただ、1年前にマイナーチェンジされてぐっと短くなったチェックのスカートだけは、一部の女生徒を除いて甚(はなは)だ不評だったけれど。
 まだ、先を急いで走っている生徒は一人もいない。
 一般道から少し奥にある裏道のためか、車も、学校関係者以外にはほとんど通らず、ほとんどの生徒が、結構道一杯にまで広がって歩いていた。
「あ〜…………ガッコ休んで河原とかで寝たら…………気持ち良いだろうなぁ……」
 制服を第二ボタンまで外した少年が、欠伸混じりに呟く。清潔なシャツはパリッとノリが利いてて、襟も汚れてなどいない。高校生としては、結構キチンとした姿だろう。
 けれど、その制服に身を包んでいるのは、少し高校生としては微妙に首を傾げそうな顔だ。
 小さな頭。
 短く切った、柔らかそうな毛質の髪。
 少し吊目っぽい、くりくりとした大きな目と、小さくて低いけれど、それがどこか可愛らしさを感じさせる鼻。
 日に焼けて健康そうな顔は、少女のように整っていて、どこか中性的な雰囲気を醸(かも)し出している。未分化の性を強く感じさせるが、それは、一見して「高校生」というより「中学生」とか「小学生」とか…………まあ、つまりは「少年」と形容する事が、至極まっとうな事のように誰もが感じる…………そんな顔だった。
 そしてそれをさらに確かにさせるのが、
「ういっす圭介〜今日もちっこいな〜」
「うるせバカッ!蹴倒すゾこの野郎ッ!」
「山中、おはよ〜」
「あっ!てめっ」
「遅れるぞ、ケースケ走れ走れ〜」
「っ…………てめーら!毎朝毎朝ふざけんなちくしょー!!」
 自転車通学の学生が3人、通りすがりに次々と少年の頭を軽く叩いていく。少年の頭は、自転車に乗った彼らにとって、実に叩きやすい位置にあるのだ。
 身長154.9センチ。その数値は、高校二年生の男子としては、少し…………いやかなり…………低い…………かもしれない。
 さっきからずっと少年の隣で一緒に歩いている少女と、ほとんど同じくらいの高さだった。
「ったく…………馬鹿トリオが…………後でめためたにしてやるかんなっ」
 鼻息も荒く、懐かしささえ感じさせる言い回しを口にした少年…………圭介は、ぐしゃぐしゃになった髪を指で適当に梳く。そんな彼を、隣の少女は「しょうがないな」といった顔で見つめていた。
「けーちゃん、毎朝おんなじこと言ってる…………」
「オマエな、気付いてたなら言えよ、そーゆー事わっ!!」
「だって…………吉崎くんが『しぃ〜〜〜』って…………」
「オマエはどっちの味方だ!?どっちの!」
「味方でも敵でもないよぅ。クラスメイトだもん」
 少女は、ほにゃっと笑みを浮かべ、どこかズレた事を口にする。
 制服の肩を撫でるセミロングの髪は、艶々と濡れたように真っ黒で、キューティクルが朝日を受けてキラキラと天使の輪を作っている。眉が少し太いけれど、手入れをしていないというわけでは無いようだ。目はぱっちりと大きく、ちょっと垂れているから、眉を細くするとやわらかすぎる…………ハッキリ言えばしまりの無い顔になってしまうような印象を、見る者に与えかねないから、本人もそれを意識しているのかもしれない。…………成果があるかは、微妙なところだけれど。
 154.2センチの身長は、女子でも低いうちに入るだろう。それでも隣を歩く圭介と、全く同じ身長に見える。もっとも、たった7ミリの差なのだ。計測器の具合によってはどうとでも変動する数値ではあった。もちろん、圭介にとってその差は断固として主張したい、いわば男のプライドがかかった果てしなく大きな差であった。
 この少女を一言で表現すると…………

 トロそう。

 …………だろうか。
 決して可愛くないわけではないのだが、纏っている雰囲気が春の日向のタンポポみたいに「ぽややん」としているため、そういういささか本人にとっては不本意な印象を見る者に与えてしまうのだ。
「けーちゃん、だらしない。前はちゃんとボタン留めようよぉ」
 学校指定の革カバンと部活用のサブバッグを両手で持ち、少女は、第二ボタンまで外してある少年の制服の前を横目で見ながら言った。唇を少し突き出すようにして言うのが、どうしようもなく子供っぽい。背が低くて体の線もメリハリがほとんどない…………いわゆる「幼児体型」のため、制服を脱ぐと中学生………………いや、小学生にさえ間違われそうだ。
「うっせ。ガッコ行ってから留めりゃいいんだよ」
「学校は朝の登校から学校なんだよ?」
「遠足じゃねーつーの。ワケわかんねー事、真顔で言うな。学校は校門入ってから出るまでで十分だ」
「でも…………また高尾先生に何か言われるよ?きっとたぶん今日も校門のとこにいると思うし…………」
「由香。あんまりうっせーと、もう一緒に学校行くのやめるぞ?ただでさえ先輩とかにからかわれてるんだからな」
「え〜〜〜…………小学校からずっといっしょなんだもん。なのに、一年生の時は、けーちゃんがどーしてもやだって言うもんだから、私、我慢したんだよ?けーちゃんは寂しくないの?私は寂しいよ?」
「…………あのな、いくら幼馴染みでも、付き合ってるわけでもない男と女が毎日連れ立って学校行くのは、やっぱヘンなんだよ」
「……………………そりゃ………………そうだけど………………」
 由香は、圭介の言葉に“しゅん”として俯き、
「でも、やっぱり…………寂しいもん…………」
 と小さく呟いた。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/28783080

この記事へのトラックバック

★足跡代わりにポチッとしてってくださいな★