■感想など■

2009年05月17日

第3章「オレが女になったワケ」

■■【3】■■
 この星で時々騒がれたりするけど、UFOって、あるわよね?
 未確認飛行物体。
 あれって星人の宇宙船とか言われてるけど、お母さん、違うと思う。
 少なくとも、お母さんの知ってる船とは違うわ。

 宇宙の距離ってね、地球の人が思ってるよりもっとずっとずっとずっとずっと遠いの。ひろぉいの。
 望遠鏡とか覗いてるだけじゃ、ぜったいにわからない距離。
 何万光年……とか一口に言っても、ピンと来ないでしょ?
 ただ待ってるだけじゃ、ぜったいに他の知的生物とは出会えない距離。
 それって、タクラマカン砂漠の両端から同時に歩いて、砂漠の真ん中で、生きて、ちゃんと元気に出会うよりも、ずっとずっと“遠い”距離よ?
 星間航路をちょっとでも外れたら、そこはもう未開の世界なの。
 この星なんて、衛星軌道から砂漠の砂粒を肉眼で見ようとするくらい、『中央』からは“見えない”星。

 電磁波や粒子、重力波を捕まえて星を観察したり、
 宇宙から来る電波を拾って、地球の他にも文明を持つ星が無いか調べたり、
 そういうのは、お母さん、有意義だと思うし、知的生物の好奇心の発露としては、至極まっとうな方向だと思うの。

 だけど、地球のテクノロジーでわかった事からだけで、全てをわかった気になるのは、この星の人間の悪いクセよね。
 電磁波や粒子や重力波、それに次元振動波なんかじゃその存在の有無を特定出来ない天体はたくさんあるし、思いもよらない方法で星間コミュニケーションを取ってる知的生物だってたくさんいる。

 自分達の周りに誰もいないからって、他にはもうだれもいないって断定しちゃったり、逆にほんの少しの痕跡から過大な期待を寄せてしまうのは、地球の人達が、自分以外の知的生物に出会った事がない辺境の星に住んでいるからよね。

 だけど、そんな辺境な星で、お母さんは地球人っていう知的生物と出会い、そして善ちゃんと出会った。
 これは、ほんとうに、とっても、とんでもなく、すっごい、ことなの。
 宇宙の歴史に比べたら、恒星系の寿命なんてすっごく短い。
 偶然に生まれた生物が、偶然に進化して、偶然に知識を高めて他の生物とコミュニケーション出来るまでの時間なんて、ほんの一瞬。
 その一瞬が、この宇宙に流れる時間の中で重なる偶然は、それこそ奇跡以外の何ものでもないの。
 なのに、私は善ちゃんと出会って、お互いを理解し、愛を感じるまでになった。
 運命なんて言葉、軽々しく使えない。
 それくらい、すっごいこと、なの。

 私は、善ちゃんを愛してる。
 たった2つの生物的な性差の見地からなんかじゃなくて、一つの、一個の、生物として、ぜんぶを、愛してる。
 だから、2人の形質を受け継いだ、2人の生きた証(あかし)が欲しいって思ったの。
 私が善ちゃんを愛してる、善ちゃんが私を愛してるっていう、カタチが。

 けーちゃんにとっては地球人かそうじゃないかっていうのは、きっとものすごく大事な事なのよね?
 ううん。大事な事なんだわ。
 でも、私にとっては……私と善ちゃんにとっては、けーちゃんが私達2人の子供だって事の方が、けーちゃん自身が生物的にどうとか言う前に、ものすごく、大事なこと、なの。

         §         §         §

 母は話終えると、じっと俯いたまま身じろぎもしない息子を見て、静かに目を瞑った。
「けーちゃんは、善ちゃんと私の形質を半分づつ受け継いだ、2人の本当の子供。今まで地球人との間に一度として生まれなかった、ただ一人の新生児。期待の星。まさしく希望の星。この惑星(ほし)で私達星人にも子孫が残せるかどうかは、けーちゃんにかかっているって言っても言い過ぎじゃないわ」
 長い沈黙があった。
「……他の星人と子供を作ろうとは思わなかったの?他の星人となら、男でも女でも簡単に子供が作れるんでしょ?」
 やがてポツリと圭介がつぶやいた言葉が、涼子の胸を刺す。
「思わなかった」
「どうして?」
「私達純血種は、このまま滅ぶべき者達だから」
「どうして?」
「この星に流れ着く前から、ずっとそう決めてたの。それに」
「……それに?」
「善ちゃん以外の『人』の子供なんて、考えられなかったから」
 母の声が震えていた。
 泣いているのだろうか?俯いている圭介には、それはわからない。
「……オヤジも“混じってる”って言ってたよね?オヤジも星人なの?」
「純血種じゃあないわ。遠い遠い昔に、仲間が自分の因子を組み込んで産み出した人達の子孫よ」
「母さんが、チベットでしたみたいに?」
「………………遊び半分にしたわけじゃないの。それだけは、わかって」
 母は、この星の人々が愛しくて愛しくて愛しくて、それで彼らとの結びつきが欲しかったのだ。
 たとえ、理解しあえなくても。
 だからこそ、理解しあえた父に、母は「愛」を強く感じたのだろう。
「オレが男から女になったのは、母さんの形質を受け継いでいるから?」
「……たぶん…………ううん。そう。最初に変化が起こったのは、小学校の2年生の5月。夜中に高い熱を出して、何度も性別が変わったの。事情を知らないお義母様が救急車を呼んでしまって…………映画の撮影中でけーちゃんのそばにいられなかった事を、すごく悔やんだわ」
「…………病院を替えたのはオヤジだってのは、ホント?」
「本当よ。いろいろ手を尽くして、仲間にも手を貸してもらって、けーちゃんの性別が固定するまで、心配で心配で仕方なかった。やっと前と同じ男の子に固定化した時は、お母さん、もうこの季節には絶対にけーちゃんから離れないようにしようって思ったの」

 5月は、この惑星上の星人達のバイオリズムが、この太陽系の恒星……太陽の影響で最も活性化する時期なのだという。この星で生きていく事を決めてから、地球の公転周期に支配される形へと肉体を調整した結果なのだと、母は言った。
 圭介は、純血の星人と、因子を含んだ地球人との完全なハーフのため、その影響を他の誰よりもハッキリとした形で受けるのかもしれない。
 そして、圭介が小学校の時に肉体変換が起こったのは、その時が、彼の初恋の時期と重なっていたからだった。
 恋した相手の性別によって、精神が肉体を変化させてしまうのかもしれない。

 では、今回は?

 女に変化した今回は、いったい誰に『恋』しているのだろうか?
 圭介は、考えるとなんだか怖い考えになりそうで、慌ててその思考を振り払った。
「他のことは信じてくれなくてもいいい。けど、これだけは信じて欲しいのは、お母さんがけーちゃんの事を心から愛しているってこと」
「……そんなの……」
「……やっぱり、信じられない?」
 圭介は再び黙り込み、意味も無くテーブルの木目を数えた。
 昼近くになった窓の外は、太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぎ、洗濯物を干すには絶好の日に思えた。
「……ね、けーちゃんて、テンプラ好きじゃない?」
「へ?」
 突然、母がさっきまでとは全く違う調子で言った。
 瞬間的な方向転換に、圭介は思わず顔を上げてしまう。
 母の目に涙は無い。
 『騙したな?』と思うより先に、自分を正面からじっと見つめる、母の深い色合いの瞳に引き込まれた。
「海老のテンプラ、椎茸、ホタテ、ししとうも好きよね?それにアスパラ。けーちゃん、ちっちゃい時から『今日はテンプラよ』って言うと、にこぉ……って笑うの。もう、天使みたいに。可愛くて可愛くて、お母さん、一週間毎日テンプラでも良かったわ。……お父さんに『それはやめとけ』って止められちゃったけど」
 あたりまえだ。
「でもね、けーちゃん。ウチで作ったテンプラも、スーパーで買ってきたテンプラも、テンプラはテンプラで、けーちゃんはどっちも好きだったじゃない?スーパーのはちょっとべっとりしてるけど、大根おろしたっぷりの天つゆにつけて食べると美味しいって。ね、けーちゃん。『テンプラが好き』っていうけーちゃんの気持ちには、変わらなかったじゃない?それといっしょ」
「なにが?」
「お母さんが、けーちゃんが、好き。愛してるって気持ち。けーちゃんが、私がお腹を痛めて産んだ子じゃなくても、けーちゃんはけーちゃん。私の大切な大切な大切な大切な子供なの。善ちゃんと愛し合って産まれた、二人の愛の結晶なの」
 今まで、ドラマや漫画の中では何度も目にしたけれど、『愛の結晶』という言葉を、まさか自分が言われるとは思ってもいなかった。
「……母さん……テンプラとこれとは話が」
「愛してるの」
 あまりに真摯な眼差しに、口をつぐむ。
「けーちゃんのオシメ替えてあげたのは私だもの。けーちゃんにミルクあげて、お風呂に入れて、風邪引いた時にお鼻に口つけて詰まっちゃった鼻水吸い出したのは私だもの。初めて立った時も、初めて歩いた時も、初めて「まま」って言ってくれた時も、側にいたのはいつも私だったもの。覚えてる?いっちばん初めは、けーちゃん、「おかあさん」じゃなくて「まま」って言ったのよ?善ちゃんが、最初に口にするには「おかあさん」は難しいだろうって。私も善ちゃんも、2人の遺伝形質を受け継いでるから、とか、そんな理由だけでけーちゃんを愛してるわけじゃないの。けーちゃんの全てのためにお母さんは生きてきたし、けーちゃんの全てのためにお母さんは生きてるの。それは善ちゃんもいっしょ。たとえけーちゃんがお母さんのことを嫌いになっても、それでもきっとお母さんはけーちゃんのお母さんで、だからお母さんはけーちゃんを愛してる。ううん。愛したいのよ。それでもけーちゃんがお母さんのこと嫌いで、そばにいて欲しくないなら、お母さんはけーちゃんのそばからいなくなる。でも、ずっとずっとずうっと、けーちゃんの事愛してる。それだけは、きっと…………ううん。ぜったいに変わらないわ」
 母の言葉に嘘は無かった。
 眼差しは優しく、強く、圭介を心から大切にしている者のそれだった。
 もし、この瞳が信じられないのなら、この世の全てのものを信じられなくなる。
 それほどの『力』がある瞳だった。
 この瞳に騙されるのであれば、それはそれで構わない。
 そう思わせる、瞳だった。
「……で、さしあたって、俺はどうすればいいの?」
 溜息とともに吐き出された言葉は、ぶっきらぼうではあったけれど、さっきまでの陰鬱とした雰囲気は春の野の残雪のように、すっかり溶けて消え去っていた。
「まずはお風呂、それから、髪を切りましょう?それじゃ、外は歩けないわよ?」
 男じゃなくなった時点で、もう外は歩けないと思ったけれど、母の笑顔に毒気を抜かれた圭介には、もうそこまで主張する気力は残ってはいなかった。
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