■感想など■

2009年05月24日

第4章「トモダチ」

■■【4】■■
 指についた水っぽい愛液をティッシュで拭き、ぐっしょり濡れてしまった下着を替える。ひとりえっちし過ぎるとあそこが黒くなるとか、頭が悪くなるとか色々噂されてるけど、自分が馬鹿な女だって事は本当の事だと思う。始まってもいない恋に破れて、一人悶々と自分を慰めているなんていうのは、馬鹿のする事だからだ。
『ママ……早く帰ってこないかな……』
 婦人会の集まりとかで、午前中から出かけている母を思った。一人で家にいると、余計な事を考えてしまってどんどん暗くなってしまう。それならばどこかに出掛ければいいのだろうけど、もし圭介や健司と顔を合わせたりしたら、いったいどんな顔をしたらいいのかわからなくて、どこにも出掛けられなかった。
「…………晩御飯の用意でもしようかな…………」
 そう一人ごちる。
 階下に手を洗いに行こうとした時、ケータイの着信メロディが鳴った。
 メロディは、最近見た映画のメインタイトルで、主役の男の子が圭介にどことなく似ている気がした、フランスの古い映画だった。
 我ながらなんて乙女チックな行為だろうと想いながらも、ひそかに彼がそれに気付いてくれたらいいな……というかすかな打算もあった事は確かだ。
 馬鹿馬鹿しい。
 彼からかかってくる電話に鳴るように設定していたら、彼は永遠に気付きやしないのに。
 液晶の画面表示を見て、「けーちゃん」という文字を確認し、一瞬、躊躇する。
 居留守を使おうか。
 けれど、彼からの電話なんて、もう何ヶ月もかかってきていない。当然だ、いつも一緒にいて、学校のある日は毎日毎朝顔を合わせていたのだ。特に用も無い限り土日に電話する事も無いし、そもそも彼から電話をかけてくる時は、大抵、明日の宿題がどうの、健司がどうの、今日もらったプリントがどうの、色気の無い事甚(はなは)だしい。
「……はい」
 結局、彼の声が聞きたいという誘惑には勝てず、由香は小さく溜息を吐いてボタンを押した。
 沈黙があった。
「…………けーちゃん?…………」
 不安になる。
 彼ではないのだろうか?
『…………由香か?……その…………大丈夫……か?』
 おかしかった。
 まるっきり女の子の、可愛らしい声なのに、すぐに圭介とわかったことも。
 由香のケータイに電話しているのに、『由香か?』と聞いてしまう圭介の間抜けさにも。
 大丈夫じゃないのは自分も同じなのに、由香の事を心配している圭介の優しさにも。
 由香は胸がつまり、何か言おうとして、言えなかった。
『由香……?』
「あ、うん。私だよ?」
 本当は、聞きたい事がたくさんあった。
 眠り続けていた3日間に、彼の身にいったい何が起こったのか?
 目が覚めてから今日まで何をしていたのか?
 自分が女だって気付いてから、何を思ったのか?
 けれど、どれ一つとして口にする事が出来ない。
『悪かった……な。連絡しないで』
 それは私だよ。
 ずっと逃げてた、私だよ。
 そう言いたかった。
『…………嫌いになっても仕方ないんだけど……出来れば、その……嫌いになって欲しくないかなぁ……なんて………………ナニ言ってんだオレ……』
 胸がつかえて、苦しくて、どんどん目頭が熱くなってくる。
 彼の声が嬉しかった。
 彼の声が苦しかった。
 彼の声が哀しかった。

 彼の声に、涙が出た。

「けーちゃん……」
『なんだ?』
「けーちゃん……」
『なんだよ?』
「けーちゃん……」
『だから、なんだ?』
「けーちゃん……」
『おい、由香?』
「けーちゃん……」
『…………泣いてるのか?』
「……けーちゃん……どこにいるの?逢いたい……逢いたいよぉ……」
『由香……』
 戸惑う彼の声と、呼吸が聞こえた。
『下』
「……え?」
『今、オマエの部屋の下にいる』
「………………え?」
 慌てて窓に近づいて、レースのカーテンを開いた。
 窓の下を見る。
『上がっても、いいかな?』
 家の前の道路では、ぶかぶかのグリーンのトレーナーと裾(すそ)がかなり余ったケミカルウォッシュのジーンズ、それに赤いスニーカーという…………なんだか男っぽいのか女っぽいのか良くわからない格好で、セミロングの美少女が困惑顔のままこちらを見上げていた。
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