■感想など■

2009年05月26日

第5章「オレが女で初登校」

■■【1】■■
 翌日から、さっそく由香の『授業』が始まった。

 圭介自身は、しばらく男子用の学生服で登校するつもりだったのだけれど、母はちゃっかり女子用のブレザーを用意していた。あまつさえ彼が眠っている間に学生服を、予備も含めてどこかに隠してしまったため、彼は心の準備もそこそこに、初日からミニスカートと格闘する羽目になってしまったのだった。
 当の母は、午前中に収録があるとかで寝ぼけ眼の圭介のほっぺたにキスすると、さっさと迎えに来た車に乗って行ってしまった。昨日までの数日間とはえらい違いだ。きっと圭介に全部話してしまって、肩の荷が下りたとでも思ってるんだろう……と、彼は思った。
 そして、朝早くから圭介を迎えに来た由香は、
「いくら胸無いからって、ノーブラはだめ!せめてシャツくらいは着てよぉ」
 だの、
「昨日ちゃんと下着は替えた?え?替えてない?ミニなんだからちゃんと替えて!シミが出来てるに決まってるんだから!」
 だの、
「ついでに替えの下着も2枚くらい持っていった方がいいと思う」
 だの、
「おばさんの部屋からポーチとか借りてきたよ。えっと……じゃあこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれと……」
 だの言いながら、リップクリームとか髪留めとか輪ゴムとかティッシュとかハンカチとかブラシとか折り畳みの鏡とかクリームとか……圭介自身、そんなものどこにあったんだ?と思うようなものを手早く母のポーチに詰め込んでいった。

「大丈夫?忘れ物ない?」
 玄関で圭介は、今日生まれて初めて履いたスカートを両手でバサバサやりながら、後でクツを履いている由香を見た。
「……なんか、すーすーする…………っつーか、これってヘンじゃねーか?」
「何が?」
「コレだよコレ。ミニスカ」
 結論から言おう。
 このミニスカートという服を考え出したヤツは、よっぽどのスケベかバカか露出狂だと圭介は思った。そしてこれを学校指定の女子制服にしたのは、頭が狂った大馬鹿野郎だ。
 膝上10センチなんていうのは、ほとんどパンツを出して歩いているようなものなのだ。座ったら確実に前からパンツが見えてしまうし、第一、すごく、
「さむっ…………こんなの着て、よく平気で学校に行けるなオマエ……」
 玄関を開けた途端、すうっ……と風がスカートの中に入り、下着を撫で、圭介は太股を擦り合わせながらぶるるっと身を震わせた。まるで下半身に何も履いていないんじゃないか……と思うくらい心もとない。由香は手馴れた手付きで玄関のカギを閉めると、圭介にカギを手渡しながら
「平気じゃないってば。冬はコート着ててもすっごく寒いから、たいてい学校まではコートの下にジャージ着てるし、毛糸のパンツは女の子必須!」
「いばるな」
「いばってないよぉ。けど、ほんとに毛糸のパンツって馬鹿にできないんだよ?それに、パンツ2枚履いて、腰のところに使い捨てカイロとか温感シップとか貼ってる子もいるよ。じゃないとすぐにお腹ゆるくなって学校着いたらすぐにおトイレ行きたくなっちゃうから」
 ……つまり、登校途中に腹が冷えて下痢になって、学校に着いた早々トイレで座り込むということだ。
「…………それ、男子には絶対言わない方がいいぞ」
「言わないよぉ」
「それがいい。夢が壊れるからな」
 今思えば圭介もそうだったが、中高生の男子なんてものは同年の女の子にむやみやたらと幻想を持ってるものだ。自分の中に勝手な理想を作り上げて、それを固く信じている。女の子は花と砂糖菓子と白とピンクといい匂いで出来てると、本気で固く信じてるヤツだっている。恋は盲目。姉や妹などで間近にリアルな女を見ているヤツだって、恋したらその相手はウンチもオシッコもしないし、その子に自分が影でどんな風にキビシク評価されてるかなんて、これっぽっちも考えなくなってしまう。
 まったくもって愚かとしか言いようがないが、圭介もたった一週間前まではその男達の一員だったと思うと、哀れでならない。
 そしてそんな男達の哀れな幻想を護るために、女達は薄着をして化粧をして無駄毛を剃って、なんでもないよという顔で笑うのだ。
 なんて健気で、なんて可愛い生き物だろうか。
 ただ、圭介にはそこまでなれるとも、なりたいとも、ぜんぜん思わなかったけれど。
「はい、早く外に出る。ほらほらほら」
 そして、どうしても玄関先から道に出られなくて躊躇(ちゅうちょ)しまくっていた圭介の背中を強引に押したのも、やはり由香だった。
 すっかり主導権を握られまくりである。
 あのちょっと「トロい」由香は、ひょっとしたら彼女の演技だったのではないか?とさえ、彼が思ってしまうほどに。

         §         §         §

 6月に入り、そろそろ梅雨入りを気にし始める季節だった。
 少し雲が多いせいか、心持ち気温が低く感じられる。何より圭介には、風が強いのが気になった。

 あれだけ早めに圭介の家に来た由香だったが、結局彼の家を出たのはいつもと同じ時間だった。始業時間には、まだたっぷりと余裕があるため、ゆるやかな下りの坂道になっている通学路には、登校する学生達が大勢いた。衣替えの季節に入り、6月2日の月曜日……つまり今日から一週間は、冬服でも夏服でもどちらでもいい猶予期間となっている。そのため、登校する生徒の中に夏服を着ている生徒が少なくなかった。
「な……なあ…………なんかみんな見てないか?」
「気にしないの。そりゃみんなだって驚くよぅ。ちょっと前まで男の子だったけーちゃんが、いつの間にか女の子になってるんだもん」
「……けど、遠巻きにひそひそ話されるのは…………やっぱこたえるなぁ……」
「いいのいいの。けーちゃん可愛いから、もっと胸張っていいんだよ?」
「ばっばか言え。こういう場合は可愛いとか可愛くないとかは関係ないだろ」
 そうでもないんだけどな、と由香は思った。
 正直、今の圭介を見て以前の男だった彼を重ねるのは難しいだろう。遠巻きに見ている男子生徒なんて、あからさまに興味深そうにじろじろ見ている。あの目は『なんだあの可愛い子……何年生だ?転校生か??』って顔をしてる。ちょっと嫉妬してしまうけれど、圭介自身、自分がどれくらい可愛いのか自覚が無いみたいだから、彼に怒ったりするのは理不尽だろう。
 そう由香は思って圭介を見た。
 その彼はといえば、由香の斜め左後にいて、まるで彼女に隠れるようにして歩いている。風が気になるのか、しきりにスカートを押さえているのが「初めてミニスカートを履いた女の子」そのもので、なんだか微笑ましいと由香は思った。
「もっと堂々としてればいいんだよ?」
「だってさ、なんか、ケツが見え」
「お尻」
「…………お尻が見えそうで……」
「そんなの気にしてたら歩けないって」
「ク、クラスのヤツラに会ったらどうすんだよ」
「……あのね、どうせ教室に入れば嫌でも顔合わせるんだから」
「でもさぁ……」
「んもうっ。それでも男の子?」
「い、今は女だぞ!?」
「あはは。けど、けーちゃんが実は女の子だったって、クラスのみんなは知ってるから」
「……なんで?」
「この前、はるかちゃんが全部話してくれたもん。それで、クラス会議して、『普通に接しましょう』って事になったの」
「ひとのこと勝手に議題にすんなっつーの」
 圭介はしきりに首の紐ネクタイを気にしている。学生服を着ていた時は、いつも第2ボタンまで外していたから、首を締めるような感覚に馴染めないのだろう。セミロングの髪が鬱陶しいのか、うるさそうに髪を掻き揚げる仕草は、まだ少年の仕草のままだった。
「ほら、乱暴にしない。せっかくきれいな髪なんだから、痛めちゃダメでしょ?」
「あ〜もうっやっぱ短く切っちまえばよかった」
「おばさん、泣いちゃうよ?」
「…………それが嫌だからこの長さに妥協したんだよ」
「だと思った」
 その時、車輪が軽快に回る音がして、3台の自転車が次々に側を通り過ぎていった。その内の1人が不意に振り返り、ぎょっとして、
 コケた。
「…………やっぱり驚くよねぇ…………」
 由香が、盛大にコケて5メートルも転がっていった男子生徒を見て、ポツリと呟いた。

「吉崎くん、大丈夫かな?」
「あいつは頑丈だから死にゃしねーよ。毎朝人の頭叩いていきやがったバチがあたったんだ」
「もうっ……そういう事言わないの」
 コケて制服を破き、ボロボロになったクラスメイトを尻目に、圭介はさらさらの髪を揺らしながら平然と通り過ぎた。由香は心配そうに後を振り返るが、吉崎を含めたクラスの3馬鹿トリオは、呆然と圭介の後姿を眺めている。
「まだ見てるよ?」
「ほっとけ」
 由香と話しながら、圭介はニヤニヤと浮かぶ笑みを抑えきれないまま豆腐屋の角を曲がった。
「おはよ」
「あ、健司くんおはよー」
 にこにことした笑みを浮かべて、牧歌的雰囲気の青年が顔を出す。
「けーちゃん、制服着たんだねぇ」
「よ……よお……まあな……」
「こうやって並んでると、なんだか姉妹みたいだね」
「そ……そうか?」
 圭介の挙動がおかしかった。さっきまで浮かんでいたニヤニヤ笑いが引っ込んで、またしきりにスカートを気にしている。
「うん。可愛い」
「ばっ…………ヘンな事言うなよなぁ」
「……俺、ヘンな事言った?」
 健司は隣でくすくすと笑う由香に、困惑した顔で聞いた。こうして2人が並んでいると、ちょっと遠目には確かに姉妹に見えなくもない。2人ともセミロングの艶やかな黒髪で、どちらも色が白く、そして胸が壊滅的にまっ平らだ。それに、「ぽややん」とした顔の由香と、ちょっと気の強そうな圭介が並ぶと、「少し天然入った優しい姉」と「元気いっぱいの生意気な妹」という図式がピタリと当てはまる。どちらも十分に可愛らしく、男子生徒の人気を集めそうだった。
 実際、由香はもともと隠れファンが多かったし、圭介がいなければ告白していた男子生徒もきっといただろう。今回の事で圭介が女だとわかって、由香はこれで晴れて完全フリーになったわけだ。これから、由香を口説こうとする男子が出てくる事は、誰にでも簡単に想像出来る。
 そして圭介は、元男…………男として暮らしてきてはいたけれど、これからは女として学校生活を送る事になる。元々、圭介は男にしては綺麗な顔立ちをしていて、一部の男子からは「本当に男か」などとやっかみ半分で囁かれていたため、今回はっきりと女になった事で、逆に男っぽいサッパリとした性格の女の子になるだろう。そうなれば、可愛らしい美少女然とした顔立ちも相俟って、男子にも、ひょっとしたら女子にも(特に、下級生とか)人気が出そうだった。
「けーちゃん可愛いから、きっと男子にもてるよ」
「そうそう、きっと大変だよぉ?どうする?」
「うえっ……キモチワルイ事言うなよなぁ…………。オマエら、なんかおかしいぞ?あんまり無理してオレを女扱いしなくていいってば」
「別におかしくはないと思うけど……むつかしいなぁ、けーちゃんは」
「むつかしいねぇ……きっとそーゆー年頃なんだよ」
「そっか」
「…………オマエら……」
 圭介と由香に歩調を合わせながら、健司はゆっくりと歩いた。同い年の男子生徒に比べても背の高い健司を間にして、同い年の女子生徒に比べるとちょっと低い由香と圭介が並ぶと、まるで中学校の修学旅行の引率の先生とその女子生徒のようだった。
「もうプール直ったんじゃねーのか?朝練はいいのか?」
「うーん……女の子としてのけーちゃんの初登校だから、サボっちゃった」
「おいおい……人をダシに休むんじゃねーよ。どうせゲームでもやってて寝過ごしたんだろ?」
「バレちゃった?」
「当たり前だ。何年付き合ってると思ってんだよ」
 言いながら、圭介はひどく嬉しそうだ。
 由香はそんな彼の横顔を、少し複雑な表情でじっと見つめていた。
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