■感想など■

2009年05月28日

第5章「オレが女で初登校」

■■【3】■■
 この4日間で圭介が驚いた事が、もう一つあった。
 “あの”アナゴの変化だった。

 それは火曜日のことだった。
 あの小憎らしい居丈高の中年教師は、圭介が女だったと知ると(事実はどうあれ、学校では教師も生徒もそう思っている)、昼休みに生徒指導室へ圭介を呼び出し、
「いろいろ悪かったな」
 と詫びたのだ。
 教師が生徒に、しかも、あのアナゴが圭介に詫びを入れるなんてのは、天変地異の前触れでも無い限り起きる事は絶対に無い……と信じていた圭介だったから、アナゴが気まずそうにそう言った時、今すぐここから逃げようかと本気で思ったものだ。
「……どういう風の吹き回しだよ」
 制服のブレザーを脱ぎ、丸襟ブラウスと紐タイとジャージズボン……という妙な出で立ちで、圭介はパックミルクを飲みながら聞いた。内心ビビッて、いつでも逃げ出せるように椅子からお尻を浮かしているのが可笑しい。
 アナゴはそんな圭介の様子には気付かず、窓の外を見ながら無精髭の生えた顎を撫でた。
「………………俺は俺が教師らしくないと気付いたから、それを正したまでだ」
「んなことに気付くのに1年半もかかったのか?」
「ま、そう言うな…………お前が女だと、もっと前に知っていたら、あんなに陸上に戻れなんて言わなかったよ」
「オレはオレの意志で陸上をやめた。男だからとか女だからとか、そんなのはカンケーねぇよ。それに、女なら陸上にはいらねーっての、そっちの方が失礼じゃねーのか?」
「そう突っかかるなよ。…………俺は、お前のバネに、瞬発力に惚れてたんだぞ」
「はぁ?」
 圭介は指導室備え付けのパイプ椅子の上で呆けたように口をぱっくりと開け、アナゴを見た。
「中学の県大会で初めてお前を見た時、うちに来るような事があれば真っ先に声をかけてやろうって手薬煉(てぐすね)引いて待ってたんだ」
「…………嫌ってたの間違いじゃねーのか?」
「…………坂上先生にも言われたよ。『どうして高尾先生は山中クンをいぢめるんですか?』ってな。俺はいじめてるつもりは無かったんだが…………傍(はた)から見ればそう見えるらしい」
「ありゃどっからどう見てもいじめだっただろうが。オレは本気で世を儚(はかな)んで自殺しようかと思ってたんだぜ?」
「本当か?」
「ウソだよ」
「だろうな」
 くくく……とアナゴがだぶついた喉を震わせて笑う。
「だが、俺がお前の体のバネを惜しいと思ったのは本当だ。身長を気にして陸上をやめたんなら、こんなバカな話はないって思ったからな。もともとお前は短距離向きなんだよ」
「ンな事、初めて言われたな……」
「でも、ま、肉体的な問題が原因なら、仕方ねぇわな」
 そういうわけでは決してないのだが、何か言うと話がややこしくなりそうだったので圭介は黙っていた。何か誤解があるようだけれど、あのアナゴが謝るのなら、もうそんな事はどうでもいい……そんな風に思えたのだ。
「まあ、そういうワケだ。確かに謝ったからな」
「その顔で言われても、ちっとも謝られた気がしねーよ」
 圭介の口元に笑みが浮かぶ。あんなに憎々しく思っていたアナゴが、今ではもうそんなに嫌だと感じなくなっていた。
「話はそれだけだ。教室に帰っていいぞ」
「へーへー」
「あ、それとな、山中」
「へ?」
「その格好……どうにかならんか?」
「うるせー。よけいなお世話だ」
 圭介は空になった牛乳パックをゴミ箱に投げ入れると、なんともいえない顔をしたアナゴを残して生徒指導室を出た。

         §         §         §

 圭介が火曜の午後から女子生徒の恋の相談を受け初めて、一つ変わった事がある。
 火曜の夜から、2日続けて夢を…………見た。
 それも妙な夢だ。
 そして、“えっちな”夢だった。
 あからさまで羞恥心ゼロな女子生徒の相談で、圭介の頭はえっちな想像でいっぱいになっていたのかもしれない。
 自分は一度も体験していないにも関わらず…………いや、だからこそ、なのだと思う。
 想像が膨らみ、それが蓄積され……夢の中で圭介は、とても口では言えないような事を、した。
 そして、された。
 “その時”、自分が“どちら”だったのか、定かではない。
 男だったような気もするし、女だったような気もする。
 相手は圭介自身ではなく、確かに“誰か”だった。
 男として女の子にキスし、そのやわらかいおっぱいを手で触れて…………そしてそのおっぱいから伝わってくる切ない“波”に、あそこが…………濡れた。
 しているのは、自分だ。
 なのに、されている事を知覚する。
 自分がどっちの性で愛し、愛されているのか。
 混沌のままに眠りは深まり、そして、朝を迎える。
 目が覚めて、いつもすぐに下着が濡れている事に気付いた。しかも、お尻の方までぬるぬるしている。
 いくらなんでも、分泌液が多過ぎる……と、圭介は思った。
 自分の体はどうなってしまったのだろう。
 男だった時、圭介は既に夢精を経験していた。女にも、そういうものがあるのだろうか?そう、本気で悩んだ。けれど、こればっかりは母にも、由香にも、ましてや健司にも相談出来ない。
 保健教諭のソラ先生なら、教えてくれるだろうか?

 そう思った6月8日木曜の朝、
 圭介は、『女』になって初めて、“それ”を体験した。
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