■感想など■

2009年06月03日

第6章「自覚と淫夢とふくらんだ胸」

■■【1】■■

 これは夢だ。

 圭介は夢の中にいながら、それをはっきりと自覚した。
 なぜなら自分は、キスをしているからだ。
 相手が誰なのか、それはわからない。
 けれど、それが男だというのは、わかった。
 だからこれは夢なのだ。
 夢でしかありえない。
 そしてこの夢は、いつも見る、あのえっちな夢と感じが似ている。
 すごくすごく似ている。
 圭介は生まれてから今まで、意識してキスをした事は一度も無い。一番古い記憶は近所で昔飼われていた柴犬のジョンだった。日本犬なのにジョンをいう名前はどうかと思ったけれど、それよりももっと根本的にメスにつける名前じゃない。
 それ以来、人間相手でキスしたのは母親くらいのものだったけれど、母はほっぺただし、なにより家族なのでノーカウントだ。
 なのに、夢の中の圭介はひどく慣れた感じで情熱的にキスをしている。
 剃り残しがあるのか、少しちくちくする男のほっぺたに、猫のようにすりすりと頬を摺り寄せ、御馳走を待ち望む犬のように「くうん……」と甘えて鼻を鳴らした。いやいやと媚びた視線で男の喉仏を“はむっ”と唇で甘噛みし、汗で少ししょっぱい喉元から鎖骨までをぺろぺろと舐める。
 汗の匂い。
 男の匂い。
 他の男では感じない、濃密で芳醇な香りに体が震えた。
 考えるだけで吐きそうになる事を、夢の中の圭介は嬉しくて嬉しくて仕方が無いという顔をして行う。犬ならば尻尾をちぎれんばかりにふりたくっているだろう。実際、愛液滴るお尻をふりふりと振っていた気もする。
 男が、「仕方ないな」とでも言うかのように“ふっ”と溜息を吐き、圭介の細い顎に指をかけて少し顔を上向かせると、夢の中の彼は本当に嬉しそうにうっとりと目を瞑って、ふっくらとした唇をわずかに開く。
 そして、待つ。
 じっと、待つ。
 やがて、圭介が焦れて「ううん……」と拗ねたように鼻を鳴らすと、
「んふっ……んっ……」
 やわらかくてあったかくて濡れたものが唇に押し当てられ、ぬるりと男の舌が口内に入ってくる。
 それだけで頭が痺れ、“びくびくびくっ”と体が震えた。ちょっとだけ、オシッコが漏れたかもしれない。それくらい圭介にとって激しい快感だった。
 男の舌は、圭介のやわらかい唇をなぞり、歯茎をなぞり、ほっぺたの内側をくすぐった。口の中だけではなく、唇の下の窪みも嘗められた。くにくにと舌先で優しく撫でられたら、お腹の奥の方が“きゅうううっ”となって、たまらなくなり泣きそうになった。舌を絡め、送り込まれた男の唾液を甘露として嬉しそうに飲み下す様は自分でも、親鳥に口移しで餌をもらう、雛鳥そのものだと思った。
 男はたっぷりと念入りに、時間をかけて圭介の唇を味わい、舌を味わい、唾液を味わった。
 そして、圭介がもうこれ以上は耐えられない、今すぐ次のステップに移ってくれなければ泣いてしまう…………というところで、

 目が覚めた。


 体が熱い。
 100メートルを全力疾走したみたいな疲労感が、べったりと体に張り付いている。額や胸元に、汗が玉を作っているのがわかった。
『……なんて……夢……』
 ヘッドボードの時計を見ると、6時15分だった。
 いつも起きる時間まで、まだ1時間はたっぷり眠っていられるはずだった。
「ちぇ……」
 舌打ちして、またぬるぬるになっている下着を替えるために身を起こそうとして、
「ん?」
 腕の間に、妙な違和感があった。
 起き上がり、ぼんやりと見下ろす。

 ……胸が、ほんのりと膨らんでいた。

         §         §         §

 登校前に圭介は、家に来て
「とうとう本格的に女の子として体が成長し始めたのかもしれないねぇ。良かったねぇ。けーちゃんの言った通りだよぉ」
 ……と、「ぽややん」とした顔で能天気に言う由香の、触るとぷにぷにとやわらかいほっぺたを両側から引っ張りながら、健司には黙っているように釘を刺した。
 幸い(?)、まだ胸は少し膨らんでいるだけで、Tシャツを重ね着すれば誤魔化せそうだった。
 よほど胸をじっと注視しないかぎり、ばれる事は無いだろう。
 由香は
「ちっちゃくてもおっぱいって垂れるんだよ?」
 と、ブラを着用する事を勧めたが、とりあえず……と出されたのがパットの入った可愛らしい花柄のブラだったので、一応聞いてみた。
「え?私の替えのブラだけど」
 ……即座に返却した。

 登校中、健司には昨日の事を聞かれたけれど、圭介は『急用が出来た』の一点張りで押し通し、不承不承ながらも健司は納得したようだった。圭介が気まぐれで予定を変更する事は、今までにも幾度もあったからだ。圭介としては複雑な思いだけれど、過去の自分の不誠実さに助けられた形となった。
 胸が膨らんでしまった事がばれるかもしれないと思ったけれど、考えてみればスケベかよほど無神経でもない限り女の胸をじろじろと見るような人間はいないし、そもそも健司がそういうマネをするはずが無いのでホッとした。ただ、本当に注意しなければならないのは男よりもむしろ同性である女の子の方で、その辺のチェックの厳しさはこの4日間で身に染みていたため、学校に着いてからの方が気の休まる時が無かった。
 そして、金曜日は体育が無くて本当に良かったと圭介はしみじみと思う。
 歩くだけならまだしも、走ったり跳んだり跳ねたりなんてとんでもない。ふくらみかけて敏感になった胸は、ちょっとの刺激にも痛みが走る。重ね着したTシャツの裏地が、まるでヤスリみたいに感じるくらいに。
 けれど本当の試練は放課後にこそ、地獄の釜の蓋をフルオープンに開けっ放してニコニコと満面の笑みで亡者を迎えるように待ち構えていた。

 さあ後は部活だけだ。
 ホームルームが終わってそう思った途端、原因不明の寒気がして、後ろも見ずに昇降口まで早足で歩き、健司も由香も待たずに下駄箱からクツを取り出して脱兎の如く駆け出そうとしたその瞬間、眼前20メートル先の砂埃舞う中庭で、あのヘンタイさんな部長の黒縁眼鏡が陽光をギラリとはじいて輝いた。こうなれば、圭介はもう観念するしかない。
 これは経験に培われた知識というやつで、彼はこの時ほど自分の意気地の無さを呪った事は無かった。

 その日、圭介の胸が膨らみ始めた事をひとめで見抜いたヘンタイ部長は、大喜びでいつもより5分も長く彼の胸を揉み続けた。
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