■感想など■

2009年06月07日

第6章「自覚と淫夢とふくらんだ胸」

■■【5】■■
 ちっちゃくって可愛くて、ナマイキな口調で「オレ」とか言って、しかもブラウスのボタンをはじけ飛ばしてしまいそうなくらいパッツンパッツンに胸元を盛り上がらせた美少女というのは、男だけでなく女にとってもひどく興味をそそられる存在らしい。
 圭介は先週に輪をかけて珍獣扱いとなり、さらにオモチャにされていた。
 一時間目の数学の男性教師ですら、顔を見る前にまず胸を見た。それにいちいち腹を立てているのは馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、イライラはつのった。

 胸が大きくなっていいことなんて一つも無い。

 授業を受けている間、机に“のしっ”と胸を乗せて楽をすれば、ノートを取る時に邪魔で仕方ない。また、消しゴムのカスや鉛筆の汚れが付いても、胸の下の所だと自分ではぜんぜんわからない。それに、まず第一に、歩いていて足元が見えないし、重いからすぐ腕を組むようになって肩が倍凝った気がした。
 Tシャツを2枚も重ね着しているせいか、胸の谷間が蒸れて汗疹(あせも)だって出来そうだ。トイレの個室に入って乳房を持ち上げながら、下に溜まった汗をハンカチで拭いている時、人生の意味を考えてしまって哀しくなってしまった。
 背伸びをしたり腕を上げただけで、すぐブラウスがスカートから出てしまうのもイヤだった。
 けれど、圭介が何よりイヤだったのは、1時間目の休みにトイレで汗を拭いてから個室から出た時、まるで隙を突くようにして何度も女子に胸を揉まれたことだ。ホームルーム前の、このトイレで味わった圭介の乳房の感触が忘れられないのか、胸を揉んだ時の圭介の反応が面白いからなのかはわからない。
 抵抗出来ない圭介を捕まえて、女生徒達はおもしろ半分に代わる代わる彼の胸を揉みしだいた。

 もはや、我慢も限界にきていた。

 間が悪いというのはこういう事なのか、よりによってこめかみをひくつかせながらトイレから逃げ出した圭介の胸を、擦れ違いざまにあの3馬鹿の一人、吉崎卓巳(たくみ)が揉んだ。
 女子相手では我慢するしかなかった圭介も、相手が男子ならなにも遠慮したりしない。する必要も無い。
 かくして吉崎は、鬼の形相をした圭介にとことん追いかけられる事になった。

 2時間目の始業のチャイムが鳴る中、圭介はひたすら逃げまくる吉崎を、胸をぶるんぶるんと盛大に揺らしながら追い掛け回し、バランスがとれなくて転んだ。今日、もう2回目だった。しかも、揺れるたびに胸はちぎれそうなほど痛む。
 それが、圭介の怒りにさらに油を注いだ。
 圭介は近くにあった箒をブン投げて吉崎を転倒させると、馬乗りになって彼をボコボコにした。スカートがめくれパンツ丸出しでも気にした様子も無い。手で殴ると女の華奢な拳などすぐに壊れてしまうため、上履きを手に持って殴り倒した。
 結果、その惨状に慌てた生徒が教師を呼び、圭介と吉崎は、2時間目が始まっているというのに職員室ではるかちゃんにお説教を喰らう羽目になったのだった。


「わかった?山中クンはもう女の子なんだから、そういう事はしないの」
 ソバージュの髪を揺らし、幼児に言い聞かせるような猫なで声で話しながら、黒縁眼鏡をかけた担任教師の坂上はるかは、今日17回目の溜息を吐(つ)いた。
 目の前には、髪もボサボサ、服はヨレヨレ、どこかで転んだ時にぶつけたのか、おでこにでっかいたんこぶをつけた、セミロングの可愛らしい少女が立っている。ブラウスは学校指定の丸襟ブラウスではないけれど、風船でも仕込んでいるんじゃないか?と思うくらい大きく張り出した胸を見たら、聞くのも馬鹿らしくなってやめてしまった。きっと今まで着ていたブラウスが着れなくて、新しいものも用意出来なかったのだろう。とすれば、このブラウスは誰かに借りた物に違いない。
 はるかはそう思いながら、その重たそうな胸の持ち主を下から見上げた。
 少女は憮然とした顔で不機嫌そうに目を逸らしたまま、貝のように口をつぐんでいる。紅潮したほっぺたはぷくぷくとしてやわらかそうで、子供っぽい顔からは想像も出来ないほど豊かな胸とはアンバランスな事この上も無かった。
「わかったの?」
 もう一度、今度は少し声を強めて聞くと、少女は膨れっ面のまま隣に立つ少年の足を踏んづけた。
「いてーー!!!」
「山中クン!!」
「だってはるかちゃん!コイツ、オレの胸掴んだんだぜ!?許せるか?そんなのっ!?」
 少女は、鼻にティッシュを詰め込んだ少年を親の敵(かたき)か害虫か、はたまた大嫌いなグリーンピースでも見るように睨みつけ、唾を飛ばして激しく主張する。少年といえば、少女に上履きで散々叩かれ、蹴られて、制服は埃まみれの上、顔にはいくつもの内出血の痕(あと)がつき、口を切ったのか口角(こうかく)には血が滲んでいた。
「んなでけーおっぱいぶら下げてるからだろ?女どもには触らせてんだからケチケチすんな」
「んだとコラァ!!」
「やめなさーーい!!」
 スパンスパーーン……と、2人の頭を、手に持っていた教員連絡用回覧版を使い、美智子直伝のテクニックで引っ叩くと、はるかは今日18回目の溜息を深々と吐いたのだった。

『それにしても……』
 と、担任を持つのは今年が初めての新人教師は思う。
 どうしてこの子は、急にこんなに胸が大きくなったのだろう。
 金曜日までは、それはもう見事なほど“ぺったんこ”だったはずだ。それが、土日を挟んで月曜日の今日は、まるで胸だけプレイメイトにでもなったみたいだ。他の部分がちっちゃかったり細かったりするので、ローティーンの女の子の胸に別の生き物でも張り付いているかのようにさえ見える。
 これがギャグマンガなら、きっとここは笑うところなんだろう。
 けれど、あいにくココは現実で、今は職員室でお説教の真っ最中だ。
『女性仮性半陰陽って…………一部分だけがこんなにも早く成長してしまうものなのかしらん?』
 この生徒に関しては口外無用・秘密厳守・漏洩厳罰・暴露解雇……と、上の方から厳しい“お達し”があり、しかるべき医療・研究機関に連れていくわけにもいかない。しかも、この子自身は知らないだろうけれど、この子がまっとうな学校生活を送れるように一番尽力したのは、あの高尾先生(アナゴ)だ。それがはるかには、少し悔しかった。
「私にもこれくらい胸があれば、高尾先生も女に見てくれるかもしれないのに」
 そうだ。
 胸がぺったんこだから、髪を大人っぽくしても、スーツを大人っぽくしても、高尾先生は自分をまだ教え子の時のままでしか見てくれないのだ。
 そう思いながら圭介の胸を見ていたはるかは、少年と少女が、なんとも気まずい顔をして自分を見ている事に気付いた。
「……なあに?」
「…………先生さぁ……独り言はなるべく一人の時に言った方がいいと思うな」
「同じく」
「…………私、今、口に出してた?」
 2人がこくりと頷く。
「うそっ…………バレた!?」
「いや、みんなもう知ってるし」
「みんなにはナイショにしてて、ね?私が高尾先生のこと大好きって知られたら、もうみんなの前に立てなくなっちゃう」
「いや、だからみんなもうソレとっくに知ってるし」
「あああああああ……恥ずかしい……どうしよう私……」
「…………人の話、聞けよ」

 一人真っ赤になってくねくねと体をよじる担任教師に、少年と少女は途方に暮れて立ち尽くしていた。

         §         §         §

 後ろ手に職員室のドアを閉め、圭介は横に立つ馬鹿の顔を斜め上に見上げた。
 血はもう止まったのか、ティッシュを引き抜いた鼻の穴をひくつかせて、吉崎は口元の血を拭う。
『抵抗、しなかったな』
 この男は、圭介が上履きで殴り続けている間中ずっと、体を丸めて顔を腕で庇い、圭介が殴るに任せていた。何度もその機会はあったのに、一度も反撃せず、ただ圭介の気の済むようにさせていたのだった。
『それってやっぱり…………』
 小さく息を吐く。
「なあ」
「うん?」
「なんで抵抗しなかった?」
「……女を殴れるかよ」
『やっぱり……な』
 圭介は、少しがっかりした。
 男だった時には、取っ組み合いの喧嘩だってした。だのに、圭介が女だとわかった途端、この男は手を出すのをやめたのだ。
 圭介はもともと女だったわけじゃないけれど、そんな事は関係なく、今、女である以上、コイツにとって自分はもう、手を出す対象では無くなったということだ。
『もうコイツとは、喧嘩もできねーのか……』
 圭介は少しがっかりして、ちょっとだけ…………いや、かなり、寂しかった。
 もう、男同士の馬鹿話も出来ない。修学旅行で風呂に入ってちんちんの大きさを比べたりなんかも出来ない(いや、それは別に残念でもないけど)。誰が好きだとか、どのグラビアアイドルがいい乳してたとか、バイクの話とかサッカーの話とか、ブリスターパックの新製品の話とか、そういう、当たり前にしていた当たり前の話が、もうコイツとは当たり前に出来なくなってしまったのだ。
 圭介が前と同じ気持ちでも、心は前と全く変わらなくても、コイツらが変わってしまう。自分との間に、線を引いてしまう。
 その寂しさに、疎外感に、圭介は胸がたまらなく苦しくなった。
「お前ももう、覚悟決めた方がいいぜ?」
「何がだよ」
「自分が女なんだって事をさ」
「はあ?」
「その、可愛いと……思うぜ?」
「アホか」
 吉崎には申し訳ないが、鳥肌が立った。
「お、俺だけじゃなくてさ、加原も金子も、そう思ってる」
「気持ち悪い事言うな」
 本気で“ぞぞぞぞぞ……”と背筋に悪寒が走った。悪友に恋愛感情を持たれるなんて、悪い冗談にしかならない。
「オレはオレだ。山中圭介はどこまでいっても山中圭介だ。何も変わっちゃいねーし、これからも変わらねーよ。冗談でもオレに『好き』とか言うなよ?目の前でゲロ吐くぞ?」
「言うかよ」
 “ぷっ”と拭き出した吉崎の顔が、今まで見た事が無いくらいに優しい顔になっていた。言葉とはまるきり逆に、それは男が女を見る時の顔、そのものだった。
「その…………おっぱい掴んで、悪かったよ」
 「教室棟I」へ続く渡り廊下を歩きながら、吉崎は口篭もりつつ圭介に謝った。頭を下げたり手を立てたりしないけれど、本気で申し訳なさそうだった。
「痛かったか?」
「痛かった。許さん」
「…………悪かったって言ってるだろ?」
「…………今度やったら承知しねぇ」
「ははっ……どう承知しねーんだ?」
「………………もう口利いてやんねー。テメーなんかゼッコーだ」
「絶交って…………コドモかよおめーわ」
「うるせー」
「じゃあ今度はこっちだな」
「うひゃっ!!?」

 お尻を撫でられた。

 飛び上がって転びかけ、圭介は顔を真っ赤にして馬鹿を睨んだ。コイツに対して「寂しい」なんて感傷を抱いた自分が、ホントに本気で正真正銘の馬鹿に思えた。
「テっ………………テメェ〜〜〜〜〜……」
「おーこえぇこえぇ」
 ニヤニヤ笑いながら脱兎の如く駆け出す吉崎を、圭介は怒り狂って追い駆ける。
 ボコッてやる。
 殴ってやる。
 蹴ってやる。
 再起不能にしてやる。
 チンチン捻じ切ってやる。
 その様子を、教室の廊下側の窓から健司が見ていた。由香と圭介は同じ2Cクラスだけれど、健司だけは2Eなのだ。
『あ、けーちゃん…………なにやってんだろ……』
 鬼のような顔をして授業中の廊下を走り過ぎて行く。健司には全く気付かなかった。
 けれど、何より健司が驚いてぎょっとして息を呑んだのは、ぶるんぶるんと上下左右に盛大に揺れまくる、圭介のでっかい胸だった。
『あ……あれ……??』
 シルエットがおかしい。細くてちっちゃい体に、とんでもなく不釣合いな胸だった。
『ええと…………』
 どきどきした。
 なぜかわからない。
 汗の光る額も、ぼさぼさに乱れた髪も、白くて細い手も足も、もうすっかり見慣れたと思っていたのに。
 それになにより、あれは『けーちゃん』なのに。

 健司は、厚い胸板を内側から打ち鳴らす心臓の鼓動に、戸惑いを隠せなかった。
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