■感想など■

2009年06月11日

第7章「オレの先生は宇宙人」

■■【3】■■
 圭介は4時間目の間中、授業を受けながらもずっと考え続けていた。
 乳房はまだ少し痛む。けれどそれより何より、ソラ先生の言った事の内容の方が、遥かに圭介の心を捕えているのだ。
 正直、因子が発現し理解力が以前より格段に増した今でも、彼女の話は全てが理解出来たとはとても言えない。もっとも、あの話が全て本当だという確証も無いし、圭介にはそれを確かめる術(すべ)も無いのだ。いや、信じるとか信じないとか、そんなのは問題ではないのかもしれない。
 心の奥で、魂に一番近い部分で、彼女の語った事を信じたい……信じなければ…………信じよう……という、強い力を感じるのだから。
 ふと、視線を左に泳がせる。

 窓から、空が見えた。

 6月の空は雲が厚く、今にも雨が降り出しそうだ。例年ならもう少し早めに入梅宣言がされるはずなのだけれど、今年はまだ出されていない。湿気が高く、座っているだけで2枚重ねのTシャツの中が蒸れてくる。汗が吹き出た胸の谷間が、少しじっとりと気持ち悪い。それを意識すると、乳房の根元が思い出したかのようにじんじんと痛んだ。
 教壇では、はるかちゃんが現代国語の教科書を持ちながら黒板に例文を書いている。当てはまる慣用句を答えよ……という問題だ。時々、生徒から鋭いツッコミが入るとあたふたと慌てるのが微笑ましくさえある。せっかくの大人っぽいスーツが(実際に大人なのだけれど)台無しだ。
 教室では黒板を走るチョークの摩擦音と、教科書やノートをめくる音、ノートにシャープペンシルを走らせる音が、まるで漣(さざなみ)のように漂っていた。他の学校はどうか知らないが、この学校で学級崩壊と呼ばれる破綻した授業風景は滅多に無い。特に国立や有名私大を狙うような進学校というわけでもなく、また、大人しい優等生ばかりというわけでもないのだけれど、この土地の気質や雰囲気がそうさせるのか、刺々しい空気が満ちる事などほとんど無いのだ。だから、いわゆる「不良」と呼ばれる種類の人間や、精神的に病んだ人間、他人を攻撃する事に喜びを見出す人間には、圭介は今まで出会った事が無い。
 これが、圭介の日常だった。

 穏やかな日々。

 穏やかな人々。

 でも、ソラ先生の言葉を信じるのであれば、この『優しい世界』は、星人が圭介のためだけに作ったものだという事になる。
 もちろん、この高校は圭介が産まれる前からこの土地にあったものだ。けれど、圭介の家族がこの街に引越してきたその時から、街は少しずつ変容していった…………のかもしれない。
『そういえば、この街じゃあ事件らしい事件とか、起きた覚えが無いな……』
 事故や災害はあった。大規模では無かったけれど、突発的な事故や天災などは、どんなに高次の者が腐心しても「起こるべきもの」なのかもしれない。ただ、圭介の身の回りでは、突発的な事故は一度も起きた事が無かった。
『ほんと…………ガキの頃から護られてきたんだな……』
 溜息を吐(つ)いた。
 特にイヤだ……とか、気持ち悪い……とか、そういう感覚は無い。
 ただ、少しわずらわしいかもしれない。今も誰かに自分の一挙一動を見られているのかもしれない……と思うと、これからはあんまりムチャな事は出来ないのかな?と思ってしまうのだ。
 ソラ先生は、
『お前が地球人として、地球人の常識や法律や慣習や宗教や、その他もろもろのお前を縛る全てに準じるというのであれば、私達はそれを止めはしない。それはお前の生き方であり、それはお前の人生だからだ。自分で物事の分別がつき、自分で道を選ぶことの出来る年齢になった以上、それはお前の当然の権利だからだ』
 と言った。
 また、
『私達は、お前の肉体が安定している間のプライバシーは尊重している。その点は安心していい。こうして詳細なレポートが存在しているのは、お前の肉体が不安定な間だけだ』
 とも言った。
 今は、まだ半固定化なのだと言ったから、安定するまでの間だけだと思えば、そんなに嫌がることでもないのかもしれない。
 ストーカーや興信所や記者やレポーターに付き纏われる事を考えれば…………
『あ……』
 そこまで考えて、圭介は不意に、もっとも根本的な事柄に思い至った。

 “彼等『星人』が、こうまで自分を大切に扱ってくれるのはなぜなのか”

 もちろん、同じ血を引く同族という面も確かにあるだろう。
 でも、それだけではない。
 母は、なんと言った?
 あの日、母は、自分になんと言った?
『「けーちゃんは、善ちゃんと私の形質を半分づつ受け継いだ、2人の本当の子供』
 いや、もっとあとだ。
『この惑星(ほし)で私達星人にも子孫が残せるかどうかは、けーちゃんにかかっているって言っても言い過ぎじゃないわ』
 そうだ。
 『星人』は地球人達の中で、自分達の血(遺伝形質)……生きた証(あかし)を残そうとしている。純血種同士の子孫ではなく、地球人との間につくった子孫で。そしてやがて『星人』の血は薄まり、広がって、地球人と完全に融合し、その時初めて彼らはこの星の住人となるのだろう。
『故郷に帰ることの出来ない人々が求めた、もう一つの故郷…………』
 地球に、自らの命を遺(のこ)す。
 そのための、子供。

 それが、自分。

『ハーフ……ハイブリッド…………合いの子…………』
 そして自分には、彼らの希望が、期待が、願いが、かけられている。

 子を成す。

 そうだ。
 『星人』が最も願い、最も渇望しているのは、純粋な意味での「地球人との子供」なのだ。
『オレに子供を作れって……ことなんだよな……』
 けれど、今の圭介は女だ。もしかすると、これからずっと女かもしれない。
 そうなると、自分は男とセックスして、しかも中出しされて、その上妊娠しなければならない………………????
 なぜか、母がしたように体外受精という選択肢は無いように思えた。
『うあー…………』
 なんだか嫌な考えになりそうで、圭介はノートをとるフリをして左手で口元を覆った。
 けれど、一度浮かんだ考えは、他に話し掛けてくれたり自分が話し掛けたりするわけでもない授業中の教室では、これっぽっちも消える気配が無い。むしろ、どんどんと思考が進んでいく。
 職員室から出た時に見せた、吉崎のあの顔を思い出した。
 今朝、登校した時の、クラスメイトの男子の顔を思い出した。
 自分の体は、もう完全な女で、しかもえっちな夢を見たからなのかわからないけれど、胸がこんなにも“巨大”にふくらんでしまった。
 乳房は昔から、男に対する強烈なセックスアピール(性交誘発効果)を発すると言われている。実際、世間的にもこれだけ『巨乳』や『爆乳』のグラビアタレントがもてはやされているのは、それだけ世の男を惹き付ける力があるという事だ。圭介だって、男だった時にはグラビアアイドルの豊かでやわらかそうな乳房に興奮したものだ。
 つまり、
『これって…………』
 圭介は机に“のしっ”と載せた、ブラウスを突き破らんばかりに突出している重たい乳房を見下ろした。
 つまり、体はもうすっかり『男を迎える準備』が整っている…………ということなのだろう。過剰にふくらんだ乳房は、男性に対する『私はもうすっかり成熟して、いつでもセックスOKです』のサインとして機能している……ということなのだ。
 クラスメイトなど、男だった頃の圭介を良く知っているはずだ。一緒に馬鹿話だってしたし、くだらないケンカだってした。あの頃は完全な男で、彼らもちゃんと男として接してくれていたのだ。
 なのに、骨格が変わり、体格が変わり、そして脂肪のつき方が変わって乳房が重たくふくらんだ“だけ”で、圭介をすっかり「女」として見るようになった。今朝の男子の視線は、欲情したオスの目だったのだ。
 かつて、圭介はグラビアアイドルの豊満な体に、それほど欲望は抱かなかった。けれど、全く抱かなかったかといえば、そんな事は無い。
『でっけーおっぱいだな』
『揉んでみたい』
『嘗めてみたい』
『吸って、揺らして、じっくり見てみたい』
『えっちしたい。あそこに入れて、突いて、揺らして、キスして……』

 ぞっとした。

 今まで自分が、スカートがめくれるのも構わずに走り回ったり、机の上で足を広げて座ったり、胸を盛大に揺らしまくってたり、気軽に肩に手を置いたり、後から手元を覗き込んだり、ジュースの回し飲みしたりした事を思うと、それがすべて、不必要に男を欲情させてしまう行為なのだと、気付いてしまったのだ。
 他ならぬ自分が、かつて自分が感じただろう欲望を、クラスの男達から向けられているという事実。
 自分は、なんて無自覚な大馬鹿野郎だったのだろう。
 圭介はゴクリと唾を飲み込んで、そろそろと周囲の男子を見た。
 見知った悪友たち。
 その悪友たちが、今も自分の体をいやらしい目で見ている気がして、産毛の1本1本まで立ち上がるような震えを感じた。

 毎日行われる由香の『女の子チェック』は、正直少し……いや、かなり面倒でわずらわしかった。どうして女はこんなにも面倒なことをしなければならないのか。行儀や、話し方、歩き方から走り方、モノの食べ方まで!
 でも、今ようやくわかった……気がした。
 あれは、女らしくすることで男にアピールするだけかと思っていたけれど、それだけではないのだ。アピールしつつも、必要以上に対する男を性的に刺激しない自己防衛の手段だったのだ。確かに男には自分をアピールして、自分にとって、よりレベルの高い相手を惹き付けなければならない。けれど、不特定多数に対して行う過剰なアピールは、逆に自分の身の危険を招く。その結果得られるのは、不本意な結末……または、破滅だ。
 由香が言う「女として」とか「女のたしなみ」とかは、その加減をコントロールする術(すべ)だったのだ。
 圭介は急に寒気にも似た震えに、“ぶるるっ……”と体を震わせた。
 思わず肩を竦め、自分で自分の体を抱く。

 力も弱い。

 足も遅い。

 体力も無ければ、格闘術などの、身を護るための技術も無い。

 なのに、セックスアピールだけが過剰にある。
『これじゃあ……』
 「襲ってくれ」と言っているようなものではないか。
 『星人』達は、おそらくきっと「子供が出来さえすればそれでOK」に違いない。確証は無いけれど、健康でさえあれば、相手がどういう人間かなどは、ひょっとしたら全く関係無いのかもしれない。だとしたら、彼等の『護り』は、期待出来ないのではないだろうか?
 か弱い女である限り、自分の身は自分で護らなければならない。
『男に戻りたい……』
 圭介は、女になって初めて、心からそう思った。
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