■感想など■

2009年06月12日

第7章「オレの先生は宇宙人」

■■【4】■■
 昼休み。
 圭介は再び保健室にいた。もちろん一人で、だ。
 由香には「胸を診てもらうだけだから」と言ってあったけれど、正確にはそれだけではない。『星人』に関する話は、由香や健司にはとても聞かせられない話だからだ。
 それでも、きっとたぶん、5時間目の始業チャイム近くになれば、由香が呼びに来るに違いない。
 それだけは、確信めいてさえいた。


「男に戻る方法!?」
 保健室で、購買部で買ってきたヤキソバパンを咥えていた美智子は、圭介の口にした言葉に訝しげに目を細めた。
 なんで今さら?
 そんな声が聞こえてきそうなほどだ。
 圭介が、女性化して学校に登校してから一週間、彼には自分の体について、性について、考える時間はたっぷりあったはずだ。涼子からも、圭介が強く男に戻りたがっている……とは聞いていないし、そんな報告も受けていない。
 美智子は、圭介がもうすっかり、これからの人生を女性化したままで生きていく覚悟が出来たものだと、思っていたのだ。
 やはり、前の休み時間に話した事が、彼の心に影響を与えたのは確かなようだ。
『だからまだ早いんじゃないですか?って言ったのになぁ…………ほんと、涼子さまは強引なんだから』
 美智子はヤキソバパンをもごもごと飲み下しながら、真面目な顔で頷く圭介を見た。

         §         §         §

 あの恐ろしい『事故』から数百公転周期。
 彼女は生きるため、不時着した地域で最も知能の高い生命体(後でその生命体が『(野)犬』と呼ばれる下等生物だと知り、ひどくショックを受けたことは、涼子にはヒミツだ)の肉体を模し、長い休眠期とほんのひとときの活動期を交互に過ごしてきた。そして、もうこの未開の惑星などには救助も救援も期待出来ない……と絶望しかけた時、ふと立ち寄った現地人の集合活動圏…………『街』で彼女のメッセージを受け取った19年前のあの日の事を、彼女はこれからも決して忘れないだろう。
 同朋の中でも抜きん出て“力”の強い一族…………あの『旅』の間、『星人』の統率者として皆を率いていたその一族の一人が、あの『大事故』を生き延びていた事も驚いたが、現地人の雄体と“つがい”になり、『彼』と“子”を成そうとしていた事にはもっと驚いた。

 だいたい、あのメッセージにしても、いったいどういうつもりだったのか。

 最初のメッセージなど、ふざけているとしか思えない。
『おいしいお茶を飲みましょう。みんなで集まって、おいしいお茶を』
 ここの言葉で表すとすれば、こんなメッセージだった。
 彼女は、煙草とアルコールの匂いの満ちる安酒場の片隅で蹲(うずくま)りながら、ぽかんと口を開けてビジュアル受像機(テレビ)の画面を見入っていた。
 数百年ぶりに受け取ったメッセージが「お茶会の誘い」だったなんて、故郷の長老達はどう思うだろうか。
 そう、ぼんやりと思いながら。

 それから肉体を再構成し、涼子を中心とした生き残りの『星人』達で、新たなコミュニティを構築したまでは良かったけれど、結局彼女は仲間の反対も押し切って、強引に子供を作ってしまった。しかも他の全ての『星人』達に協力を取り付け、再び一つに纏め上げてしまった手腕は、まがりなりにもさすがは“あの”一族の一員なのだと思わずにはいられなかった。
 何も考えていないようで、その実何も考えていない。
 かと思えば、気がつくといつもいつも涼子のいいように動かされている自分達がいる。
 彼女の子供……個体名『山中圭介』の因子発現による今回の事件でも、美智子は涼子によって比較的平穏な生活を引っ掻き回されてばかりだ。
 美智子は涼子と違って、自分の遺伝因子を地球人のものと掛け合わせる事が出来ない。その権限が無いのだ。『システム』に組み込まれた『プログラム』が、美智子の因子をはじいてしまうのである。おそらく、完全な“子”を作る事が出来るのは、今となっては涼子ただひとりに違いない。
 だからこそ、圭介は涼子の子供であると同時に、『星人』全ての子供でもあるのだ。
 確かに、過去には『星人』によって不完全ながら因子を組み込まれ、『星人』と適合するように調整された地球人もいて、そんな彼らは他の地球人と交配し、数多くの子孫を残した。けれど『システム』を介せず作られた“子”は、『星人』の因子を発現する事無く死に、運良く生き延びた“子”はもはや『星人の子』とは呼べぬ者に成り果ててしまった。

 だからこそ、地球人と『星人』の両方の形質を併せ持ち、健康体としてすくすくと成長を続ける圭介は、自分達の種族の希望の星なのである。


 本来、『星人』に性別などというシステムは無い。それが、この惑星の環境に適応するために肉体を構成する際、奇しくも全ての『星人』が採用し、涼子も美智子も『女性』を選択した。美智子は、愛した現地人が『雄型』だったから。そして美智子は、
『美智子ちゃん、女の子になりなさいよ。そうよ。それがいいわ。ね?はい決まった!』
 の一言で女性になった。

 ……簡単なものだ。

 生殖能力が無い以上、肉体は好きに改変出来るし、それによる弊害などは無い。だから美智子も特に拒む理由も無く、女性体となった。
 けれど、圭介は違う。
 地球人の形質を半分受け継ぐ彼は、肉体に引き摺られ、精神を変容させる。その上、地球人との生殖能力を維持するため、頻繁に肉体を改変する事は出来ないし、また、改変には肉体をひどく酷使してしまう。
 子孫に自らの種の遺伝形質を残す……という目的のために『男性』にも『女性』にもなることが出来る『星人』の特質は、彼に対して肉体的にも精神的にも、ものすごい負担を強いる事になるだろう。
 それは、もう18年前からわかっていた事だった。
『だから私がここにいるんだけどね……』
 美智子はヤキソバパンを牛乳で飲み下して、パンパンと手のパンくずを払った。こうして『味覚』の楽しみを覚えたのも、あの頃ではなかっただろうか。

         §         §         §

 美智子はパンの入っていたビニール袋をくしゃくしゃと丸めて、2メートル離れた場所の屑篭に投げ入れた。狙い違わず中に入った事を確かめると、彼女は高く足を組み直して正面の圭介をじっと見つめる。
「戻りたいのか?」
 もちろん『男に戻りたいのか?』という意味だ。
「ああ」
「なんで?」
「なんでも」
「どうしても?」
「どうしても。方法はあるんだろう?」
 ぐぐぐ……と息んで身を乗り出す圭介の、その両腕の間からたっぷりと重たげなふくらみが盛り上がっている。椅子に座って前傾になり、脚を思い切り開いて股間のところで椅子に両手をついていた。水色のパンツが丸見えな上、乳房が両側から腕で“ぎゅっ”と寄せられて、ただでさえ凶悪な大きさの“ロケットおっぱい”が、30%ほど増量されているように見える。
 男に対して貞操の危機を感じるようになっても、相手が女性だと、まだまだこうも無防備になってしまうのか。
「パンツ見えてるぞ?」
「話をそらすなよ」
 ……と言いながら、ほっぺたをうっすらと赤くしながらいそいそと脚を閉じ、スカートを直す。
 その姿は、美智子が見てもひどく可愛らしい。
『女としての羞恥心は、ちゃんと生まれてる……か』
 女性化した原因を考えれば、それは順当な成長と言えた。
 少なくとも美智子から見れば。
「無いわけじゃないけど、難しいぞ?そもそも、お前が女性体に変化した原因は、依然としてお前のすぐそばにあるんだ。その原因を除いてしまうか、対象が変わらない限り、お前の体が男に戻る事は無いだろうな」
「…………なんだよ……原因って」
「お前はもう気付いてるはずだそ?」
 “んん?”と、美智子はちょっとからかうように口の端を歪めて半目の視線を向ける。圭介は『うっ……』と小さくうめくと、あっという間にほっぺたを赤くして上目遣いに美智子を見やった。
「わ……わかんねーから、聞いてんじゃん……」
「じゃあ言ってやろう。健司だよ。谷口健司が、お前を女にしたんだ」
「なっ……」
 圭介は、顔をさらに真っ赤にしてのけぞった。
 そのまま“ぐらり”と体が傾(かし)ぐ。
 『健司が、お前を女にした』という言葉が、圭介のなんだかとてもヘンな部分を刺激したらしい。
「な……なな……」
「お前は健司が好きなんだ。好きで好きでたまらないから、女になった。お前の体が、健司との子供を欲しがってるんだ」
 美智子の容赦無い言葉に、圭介は“あうあうあうあう……”と意味不明な呻き声を上げて椅子から転げ落ちた。
 そのまま床にお尻をつけて、ぺたんと座り込んでしまう。
「……だ、いや、そりゃす……好き……だけどさ、そ、それはダチとしてであって、そんなヘンな気持ちなんかじゃないぞ!?」
 無駄な抵抗だ。
 耳たぶどころか首筋まできれいなピンク色に染めていては、どんな言葉もウソに聞こえる。
 いや、本人にウソをついている自覚が無いとしても、体がそんな状態では、それが、彼が“自分で自分を騙すために吐いた都合のいいゴマカシ”でないと言えるはずもなかった。
「オ、オレが健司のこと、す……好きだとしても、じゃあなんでガキの頃に変化しなかったんだ?おかしーじゃねーか。毎年、今の時期は体がヘンな感じになってたんだ。……そ、そうだよ、健司が好きってのは、それは、その、あれだ、友情ってヤツで、その気持ちはガキん時から変わってねーんだから、だったらガキの時に変化してもいーじゃねーか!」
 自分で口にした言葉に正当性を見つけようとして、強引に展開している。語尾が段々と高くなり、圭介は、最後にはほとんど叫ぶように言いながら床から立ち上がった。
「往生際が悪いな」
「う、うるせー…………オレが健司に惚れてるなんて……そんな……こと……」
「子供の頃、お前のそばにはいつも川野辺由香がいた。お前はいつも『由香を護らなければ』という意識で男性化していたんだ。未発達な感情では、それが保護欲なのか独占欲なのか理解しろという方が無理だっただろうな。
 そして心は、もう一つの存在もちゃんと意識していた。
 いぢめられっこだった、健司だ。
 その証拠に、お前の体はいつでも性変換が可能なように肉体の成長を未分化のまま固定してしまっていただろう?ここ数年のお前の肉体成長率が、同世代の固体と比べて著しく低いのはそのせいだ」
 圭介は、筋肉も増えず、身長も伸びず、いつまでたっても男らしい体つきにならなかった理由を、美智子の口から聞いて不思議と納得してしまった。感情はまだ必死に否定しているのだけれど、理性の片隅で「やっぱりそうか」と思っている自分がいることに気付いてしまったのだ。
「ところが、思春期になって精神的にも肉体的にも不安定になり、逞しく成長した健司との体格差を実感する事で、お前の中の女性的な部分が健司に感じた友情に反応してしまったんだろう。……お前、健司に対して『コイツと離れたくない』とか『コイツとずっと一緒にいたい』とか、思わなかったか?」
 圭介は顔を真っ赤にしたまま、美智子から目を逸らして壁の視力検査表のランドルト環(一部が欠けた黒の円)を睨みつけた。
 それが答えだった。
「だから女性化した」
「……なんで友情で女になるんだよ……」
「友情なんてのは便宜上のものでしかない。それはお前もよくわかってんだろ?
 愛とか恋なんてのは人間が作り出した倫理によってどうとでも変わる。今のこの日本でまだ奇異に見られる男同士の同性愛も、たかだか2百年前には『衆道』としてむしろ武士を中心として推奨されていたくらいだ。
 相手を愛しいと思い、『護りたい』『護られたい』『支えたい』『支えられたい』と思う心に、親子や夫婦、姉妹、恋人、親友などの、立場の違いなんて実際のところ関係無いのさ。
 逞しく成長し、お前を護れるようになった健司とずっと一緒にいたいと感じたから、お前は女になった。
 これ以上明確な理由があるか?」
 圭介は言葉も無く、すとん……と椅子に座り直した。
「じゃ……じゃあ、この胸は……」
「健司は『おっぱい星人』なんだろう?たぶん、健司の好みの女に変化したのさ」
「…………背が伸びるように毎日すげーいっぱい牛乳を飲んでいたのも、原因?」
「それは……どーかなぁ……」
「で、でも、もう飲んでないぞ?」
 必死な顔の圭介が可愛かった。
 自分の肉体が、ここまで潜在意識に忠実に変化した事を、まだ認めたくないのだろうか。
「なあ、圭介。
 たぶんお前の体は、今、一所懸命に男と女の性のどちらが一番自分にとって有意義か、どちらで生きる方が一番ストレスが少ないかを判断しようとしてるんだ。
 男として子孫を残すか、女として子孫を残すか……のな。
 それを過ぎればちゃんと性別も固定して、男か女のどちらかになる。今はまだ不安定で、肉体的にも変動があると思う。けど安心していい。両性具有(アンドロギュヌス)とか、その逆に両性具無とかにはならないから。まあ、お試し期間だと思えばいいんじゃない?」
「んなムチャな……」
 世にも情けない顔をして、圭介は肩を落とした。まるで雨に濡れた捨て子犬のようで、思わず頭を撫でてやりたくなる。
「一つだけ、肉体を手っ取り早く固定化する方法があるんだけど…………涼子さんは、それ……教えてくれなかっただろ?」
「…………なんでだ?」
「まあ、母親なら教えたくねーわな」
 美智子は小さく溜息を吐くと、机に頬杖をついて視線を宙に向けた。
「なんだよ。ケチケチしないで教えてくれよ」
「それが人にものを頼む態度?」
「教えて下さい」
「よろしい」
 くくくく……と美智子の口から笑みが漏れる。神妙な顔でしゃちほこばった圭介が、やっぱり可愛いのだ。
 彼女は“こほん”と咳払いすると、あの、どこか人を食った笑みを唇にのせて圭介の腰のあたりを見た。
「……ま、ぶっちゃけ、エッチすればいんだ」
「……は?」
「聞こえなかったのか?えっち、セックス、まぐわい、おまんこ、ええとあとは……」
「ストップ!ストップストップストップストップストップストーーーーーーップ!!」
「なんだよ」
「そうじゃなくて、聞こえなかったんじゃなくて、ええと……なに?どういうこと?」
 圭介の顔は、もうこれ以上無いくらい真っ赤だ。しきりに瞬きを繰り返し、額にはうっすらと汗まで浮かんでいる。口の中が乾くのか、頻繁に唾を飲み込んで喉が動いていた。
「手っ取り早いのは、誰でもいいから男に抱かれて精液を体内に取り込むこと。まあ、つまり中出しセックスしろってことだ」
 圭介の体が30度、左に傾いた。
 淡々と説明する美智子の言葉が、圭介の右の耳から左の耳に抜けて行く。

 彼はその間、口を半分開け、呆気にとられた表情で彼女の顔を見続けていた。
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