■感想など■

2009年06月15日

第8章「初めてのボクの下着」

■■【1】■■
 町内に、ランジェリーショップのような独立したブティック形式の店舗が無いのは、やはり不便だと由香は思う。
 独立店舗なら、店内で知人に出会ってもそれはランジェリーを買いに来た客であり、必要以上に詮索される事も無いからだ。商店街やスーパーではそうもいかず、一般客の男性が何気に視線を向けてきたりして、年頃の女としては落ち着かないこと甚だしい。それに、商店街では顔を知られ過ぎて、店のおばちゃんにそれとなく根掘り葉掘り聞かれてしまうのは目に見えている。
『ちょっとは大きくなったかい?』
『由香ちゃんももうそんな年頃なんだねぇ』
『もういい人は出来たかい?』
 中学生の頃までは結構馬鹿正直に答えていたこれらの質問も、近所のおばさん達に無用な話のネタを与えるだけだと気付いてからは曖昧にお茶を濁すだけに留めるようになった。けれど、『女になった』ばかりの圭介にとって、そういう詮索攻撃は、ただ胸を見られるよりずっと、耐えがたい苦痛に違いない。
 圭介の家まで学校から徒歩で15分……とは言っても、駅とは反対に位置していればわざわざ一旦帰って……という考えには至らない。駅のトイレで、圭介は由香が一応持ってきたクリームホワイトのサマーセーターに着替えた。母のブラウスは由香が軽く畳んで、皺にならないようにカバンの上に置くだけにする。
「どうせ洗うんだから、別にいーじゃん」
「そういうわけにはいかないの」
 こういうところは、圭介にもまだ理解出来ない。どうせ洗濯してアイロンをかけるのだから、その前の状態がどうあれ関係無いと思うのだ。
 Tシャツ2枚重ねにセーターでは、ちょっと汗ばんでしまうので、Tシャツは1枚だけにする。少しスースーするけれど、思ったより気温が高いので大丈夫だろうと判断した。
「あ、もうすぐ電車来るかな?」
「急ぐぞ!」
「ちょっと待ってよぉ」
 お金がちょっともったいないけれど、駅の有料コインロッカーにカバンとサブバッグを押し込んで、圭介と由香は切符を買い、駅のホームへと上がっていった。数年前にこの駅を高架化した市長は、磔(はりつけ)獄門(ごくもん)市中引き回しの上おやつ抜きにすべきだと圭介は思う。特に産業も観光地も無い単なるベッドタウンのこの町の駅を、わざわざ高架化する必要性を感じないからだ。
 もっと他に整備すべき道路や設置すべき設備があるだろうに。
「そんなこと言って、けーちゃんは単に階段昇るのが嫌なだけでしょ?」
「うっさいなぁ」
「けーちゃんはね、運動不足なんだよ。そんなんじゃ、すぐ太るよ?」
「うっさいっ」
「階段イヤならエスカレーター使えばいいのに、ヘンなとこガンコなんだもん」
「うっさいって言ってるだろ?」
「いたいー。頭叩かないでよぅ。けーちゃん、女の子になってからますます乱暴になった」
「オマエがヘンな事言うからだ」
「あ、電車!」
 ホームに電車が滑り込んで来る。ホームに上がると、駅前ビルの間から黄金色の夕日が見えて、ものすごく綺麗だった。午後になって晴れ間が見えた時は、なんだか気分まで楽になった気がした。このまま明日も晴れてくれると嬉しいのだけれど、そうもいかないだろう。
 圭介は階段を上がりながら、無意識に左手で胸が揺れるのを押さえていた事に気付いて、慌てて手を離した。Tシャツに乳首が擦れて痛かったから無意識にしてしまったのだけれど、自然と持ち上げるような形になり、その大きさが余計に目立ってしまっていたのだ。
『部長のばか……』
 まだ、胸の奥がじんじんとしている。胸が揺れるとTシャツで擦れて、体の奥に点った消えない火が、いつまでもいつまでも燻(くすぶ)っている気がした。
 今日1日で何度、人に揉まれただろう。痛みはもうほとんど無いけれど、それとは別の疼きが消えないのだ。硬く尖っていた乳首は、もうすっかりグミキャンディのような元のやわらかさを取り戻している。けれど、触れればすぐにでも再び硬く立ち上がってしまいそうだった。
 階段を駆け上がり、乱れた息を整えて、圭介と由香は電車に乗り込む。時間が時間なだけに、圭介達と同じ学校帰りの学生や、会社帰りのサラリーマンなどで車内は混んでいた。しかも、吊り革に掴まれないのにスペースは適当に空いている……という、最悪の混み方だった。
 なんとか由香だけドア近くの鉄棒に掴まらせ、圭介はその由香の肩に手をかけるカタチで立った。どうせ2駅間の、6分程度の間だけだ。
 そう思っていた。
「……んっ……」
 声が漏れた。

 おかしい。

 電車が発車しただけだ。その振動が、体を震わせただけだ。
 なのに。
 なのにこの“痺れ”はなんだ?
 その時、圭介はまだ気付いていなかった。電車の中にいる、ほとんど全ての男が圭介を見ていた。ちらちらと、雑誌に目を落としながらも盗み見るサラリーマン。ひそひそと仲間内で囁き合いながら、電車の中吊り広告を見る振りして見る学生達。あからさまに見ている者は少ない。それでも、ほとんどの視線が圭介の体に集まっていた。
 あきらかに空気がおかしければ、圭介も気付いたに違いない。けれど、この時の圭介は体を駆け巡る甘い“痺れ”を押さえ込むのに一所懸命だった。
 圭介は、なんだか無性に恥ずかしかった。列車の中で、素裸で立っているような気がする。
 最初は由香も、ぶかぶかのトレーナーにしようと言ったのだ。けれど、それだと太って見えるからなんとなくヤダ……と、圭介自身が言ったのでセーターにしたのだった。ところが、体にぴったりとフィットしたセーターは、電車の揺れや、ちょっとした圭介の仕草に呼応して揺れる乳房の動きを、如実に示してしまう。
 ぞくぞくした。
 背筋を這い上がる“疼き”に、ぴくりぴくりと体が震えた。
「けーちゃん……」
「……ん?」
 由香は、自分の肩に掴まって電車の揺れに身を任せている圭介を見た。頬がほんのりと上気して、ぷっくりとした可愛らしい唇をうっすらと開いている。とろん……とした瞳は、まるで夢見るいばら姫のように潤んでさえいた。
『走ったから…………だよね?』
 そう、由香は自分を納得させる。
「けーちゃんってば」
「……ん……うん…………うん?」
「??……なんか、みんなけーちゃん見てるよ?」
 由香の言葉に目をパチパチとさせて意識を覚醒させた圭介は、周囲をさりげなく見回した。ささっと、あからさまに怪しく視線を下げるサラリーマンがいた。にやにやと笑っている学生達がいた。

 不意に、ぞっとした。

 彼等に背中を向け、右手で何気ない風を装って胸を隠した。
「……けーちゃん?」
「気にするな。外……見てろよ」
「うん」
 圭介の脳裏に、美智子の、あの話が急に脳裏に鮮やかに蘇る。自分の体が、異性に対して絶えず「いつでもOKだよ」とサインを出し続けているのと同じ状態であるということ。そして自分の体が、歩く『性欲促進機』みたいになっている事実を、不意に自覚した。
 しかもそれは、全て健司のためなのだという。
 健司との子供が欲しいから、圭介の体が反応して、変化したのだと。
『お前は健司が好きなんだ。好きで好きでたまらないから、女になった。お前の体が、健司との子供を欲しがってるんだ』
 認めたくないけれど、認めなければいけない気がした。
 男の自分が否定しても、女の自分が認めていた。
 だからといって、今さら健司とセックスが出来るとは思えなかった。17年間男として、そして彼の親友として過ごした時間が、理性のブレーキとなっていた。
 けれど。
『手っ取り早いのは、誰でもいいから男に抱かれて精液を体内に取り込むこと。まあ、つまり中出しセックスしろってことだ』
 男に戻るには、健司と物理的にも精神的にも遠く離れ、その上で他の女性に恋しなければならない。
 それが出来ないのであれば、誰でもいいから男と寝て、中出ししてもらって、精液を膣内で感じた時に強烈なストレス感知を期待するしかない。
『誰でもいいから…………って…………』
 周囲の男達の視線が自分の裸の体に絡み付いてくる気がして、思わず“ぶるるっ”と体を震わせる。

 そんな事、出来るはずが無い。

「けーちゃん?だいじょうぶ?」
 心配そうな由香に笑いかけようとした時、ガタンッ……と電車が揺れ、圭介の足元がふらついた。
 ブラをしていない重たい胸が、ゆさっとセーターの中で揺れる。
「おほっ」
 歓喜の声に、ばっと顔を上げると、すぐ前に立っていた中年のサラリーマン風の男が慌てて視線を逸らした。逸らしていても、にやにやとしたいやらしい笑みが消えていなかった。

 気持ち悪い。

 恥かしい。

「オマエは異常だ」
「みっともない」
「そんなでかい乳をして、恥ずかしくないのか」
 そう言われてる気がした。
 かああ……と血が顔に上る。俯いて、胸を抱きかかえるようにして隠した。
 けれど、それにしてもおかしい。世の中には、胸は小さい方がいいという男もいるはずだ。なのに、胸が大きいというだけで、男達の性欲を喚起させる力が自分にあるなど、とても思えなかった。自分は、胸以外にもそんなサインを周囲に出しているのだろうか?
 その時だ。
「乳……でっけぇ……」
 声が聞こえた。
 はっとして顔を上げ、声のした方を見た。学生がこちらを見ていた。きょとんとしている。圭介は思い切り睨みつけ、再び俯いた。
「揉んでみてぇなぁ」
 また聞こえた。
 今度は違う方向からだ。顔を上げると、ぎょっとした表情でポロシャツを着た30代くらいの男が圭介の乳房を見ていた。圭介が睨んでも、目を逸らさない。
「爆乳だな、あー……やりてぇ……」
 まただ。
 また聞こえた。
 今度も違う方向からだった。
 頭がおかしくなったのだろうか?
 そう思った時、女になって初めて町へ出た時の事を思い出した。
 そこで圭介は、高校生らしい2人組みの男に会い、声をかけられたのだった。
 そのうちの一人が、圭介に歩み寄った時、
『ヤッたらどんな顔するかな』
 そんな、情欲に汚れたどろどろとした感情が、心の中に流れ込んでいたように感じなかっただろうか?
 あの時は、女になって情緒不安定だったから、それで聞こえるはずも無い声が聞こえたのだと思っていた。今日まで一度も、何も聞こえた事は無かったから、すっかりそう思い込んでいたのだ。
 けれど。
「いいケツしてんなぁ……」
 ぞくっ!とした。
 緊張して、お尻が“きゅんっ”と上がる。
 これは、なんだ?
 この電車にいる男達の声が、いやらしい妄想の声が、直接聞こえるとでもいうのだろうか?
 これも、『星人』の因子の発現だというのだろうか?
「まずは、このでかいおっぱいだな」
 今度はすぐ側から聞こえた。しかも、斜め後だ。
 身がすくんだ。
 怖くて動けなかった。
 初めて、男を「怖い」と思った。
「パイズリしてから、この締まったケツを抱いて、後からガンガンやってやりてぇな。可愛い顔がひいひい言って啼くのが見てぇ」
 いやらしい言葉が、全身を嘗めるように撫でてゆく。
 圭介は唾を飲み込み、体を震わせながらじっと窓の外を見つめた。流れ行く街並み。繁華街へと続く線路。夕日はビルを染めて、ガラスが眩しくも美しいオレンジの光を反射している。眼下には自動車とバイクと自転車と歩く人々。夕焼けの中の、ありふれた風景。
 その中で。

 犯されている。

『やめっ…………あっ…………』
 びくり……と、腰が震えた。
 声が、圭介を嘗める。
 嬲るように纏わりつき、全身を這い回る。
「おっぱいちゅーちゅーさせてくんねーかな?」
「どこの学校だ?この電車で通ってんのかな?だったらオレは毎日乗っちゃうぞ」
「家を突き止めて、犯したら気持ちいいだろうな」
「きれいなマンコしてそうだよな」
「でかちち揉ませろー!」
「可愛い口だよな。フェラして欲しいぜ」
「あっちの子とレズらせてみてーな」
「正常位だろ?バックだろ?んで、騎乗位であのでかおっぱいが揺れまくるところ見てーよな」
「百合かな?百合みてーだな」
「素っ裸で四つん這いにさせたら、おっぱいが垂れていやらしいんだよなぁ」
 男達の視線が、声が、どろどろとした思念が、圭介をあらゆる角度から、あらゆるポーズで、あらゆる趣向で、嘗め、犯し、弄ぶ。

 気持ち悪い。

 吐きそうだ。

「……い、いたっ……」
 不意に由香が声を上げる。
 知らず、由香の肩をぎゅっと握っていたようだ。
「ご、こめん……」
「…………けーちゃん……だいじょうぶ?顔が真っ青だよ?」
「……ん、なんでも……」
 ない……と、言えなかった。
 男の欲望に晒されるということは、こういうことなのか。
 想像してよりも、ずっとひどい。まさか男の思念が流れ込んでくるなんて、考えもしなかったのだから仕方がない。
 圭介は自分の考えがひどく甘いものだったことに、改めて戦慄していた。

 次の駅で、さらに人が増えた。
 目的の駅に着くまでのたった6分そこそこの乗車で、圭介は最低最悪の気分を味わった。
 満車となった車内で、これ幸いとばかりに体を密着させてくる頭の禿げ上がったオヤジがいた。頭の両側に申し訳程度に髪があるけれど、整髪料の匂いがものすごかった。育毛剤入りのトニックなのかもしれない。そのオヤジの息が、頭の上から「むふー……むふー……」と降り注いで来た時、圭介はあまりの気色悪さに全身の毛が逆立つかと思った。
 流れ込んでくる思念は、圭介のやわらかなお尻や、太腿や、背中に触れている喜びから、たちまちもっと卑猥で、もっと大胆なものへと変わった。接触しているからなのか、流れ込んで来る思念が他の誰よりも強烈で、しかも離れたくても混んでいて離れられず、圭介は、まるで拷問されている気分だった。

 次の駅までの2分ちょっとの間で、3回も体位を変えて犯された。

 そのうちの二つは、圭介も知らないものだったから脳裏に浮かぶ事も無かった。だから、まだ助かった。
 けれど、後背位(バック)だけは鮮烈にイメージが流れ込んできた。
 立ったままでお尻を掴まれ、指であそこを散々弄られた挙句に、いきなり根本までちんちんを入れられた。背中を嘗めまわされ、後からおっぱいを両手で思いきり強く握られた。
 もちろん、実際にされたわけではない。
 全て、オヤジの頭の中での出来事だ。
 自分の息子と同じくらいの歳の女子高生を、思うさま自由に犯し抜くのが、このオヤジの夢らしい。
『この変態めっ!!!』
 吐き気がした。
 全身に鳥肌が立った。
 気持ち悪くてこのまま死んでしまいたくなった。
 けれど、我慢した。由香を抱きかかえるようにして、つぶれそうな彼女を護る事しか考えなかったから。
「けーちゃん……いいよ?私、平気だよ?」
「だまってろ」
「でも……」
「いーから」
 実際には、由香よりも圭介の方がいくらか背が低い。だから、傍から見ると、気弱な子犬をチワワが一生懸命に護ってるような、そんな微笑ましくも滑稽(こっけい)な雰囲気があった。
 けれど。
「……うん。ありがと」
 由香は、なんだか昔に…………圭介になにかと護ってもらっていた小さい頃に戻ったような気がして、嬉しかったのだった。
 ふかふかとしたやわらかい胸だけは、昔と違ったけれど。

 駅に着いて、どっと人が溢れ出したホームを、由香は圭介の手を引いて人の波を掻き分け…………ようとしたけれど、もたもたしてるだけで一向に進まず、結局、圭介に手を引かれて改札を抜けた。車内で護ってもらったせめてものお返しに、気分が悪そうな彼を助けるつもりだった。けれど、結果としてまた助けられてしまった。そのどうしようもなく無様な現実に、由香は自己嫌悪に陥ってしまう。
 圭介はそんな由香を見て少し笑うと、彼女の手を引いてデパートまで走った。
 胸が揺れまくって、痛かった。
 道行く人達が2人を見た。
 男達は、圭介の胸を見て目を見張り、すぐにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
 それでも、走るのはやめなかった。まるで、デパートに入れば全てが解決すると信じているかのように。
 けれどデパートに入ると、圭介はすぐにトイレに駆け込んで、

 胃の中のものを残らず吐いた。
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