■感想など■

2009年06月17日

第8章「初めてのボクの下着」

■■【3】■■

 曽我山多恵(そがやま たえ)24歳は、女の子が大好きだ。

 どれくらい好きかというと、口に出す時に「だい」と「すき」の間(あいだ)に1.5秒ほどの間(ま)が開くほどだ。
 文字にすると
「だいっっっっっっっすきっ!!」
 となる。
 もちろん、そんな事を公衆の面前でちからいっぱい公言するのは、今の日本ではまっとうな社会人としてはあまり喜ばしくない事態を引き起こす恐れがあるので、いくら体面をさほど気にしない彼女とは言っても、おいそれと口には出さない。
 ただ彼女は、女の子を“愛(め)でる”のが好きなだけなのだ。“女の子にえっちなことしたい”だとか、“監禁して御世話しながら一日中眺めていたい”だとか、そんな無粋で不健康であまつさえ人道的にどうなのか?なんて事を考えているわけではないのである。
 彼女は、まだ自分自身でも男と女の区別さえつけられないくらいちっちゃい女の子が、大好きだ。もちろん赤ん坊は、いけない。せめて意思の疎通が出来てコミュニケーションが成立しないとダメだ。ぷにぷにした手で自分の子供に見立ててお人形さん遊びなどしている様子は、彼女をとてもとても幸せにする。
 ようやく男と女の区別が出来、女の子だけのコミュニティを形成し始める頃の女の子が、大好きだ。同じ年頃の男の子よりはるかに精神年齢の高い彼女達が、それでもそんな馬鹿で愚かで愚鈍な(全て同じ意味で、つまり「くだらない」という意味だ)男達に対して『恋』という『病』を病んでしまうところなど、切なさと運命の残酷さで胸が震える。
 けれど、とりわけ大好きなのは、男と女のなんたるかに興味を抱き、自身もオトナへの階段を上り始めた恋多き年頃の女の子だった。オトナの体へと変化し始め、戸惑いと甘酸っぱい期待と、胸が苦しくなるくらいの切なさで自分の心さえコントロール出来ない様(さま)などは、あまりの愛しさに眩暈(めまい)さえしそうになる。
 ああ男達よ、お前達の相対(あいたい)する女の子達は、こんなにも賢く愚かで、冷たくも優しい存在なのだ。だから大事にしろバカ。じゃないとコロスぞコンチクショウ。
 何度そう胸の中で叫んだ事か。
 だから、彼女がこのデパートに就職してこの売り場にいるのは、彼女にとっては運命の采配(さいはい)とも言えた。
 ここには男などという不潔で馬鹿で自分の事しか考えていない動物などいない。フロア長は男だけれど、テナント店長は女性ばかりだし、事務関係も女性が大半、そしてメーカーの営業は女性限定だ。
 だから、そろそろ身体のあちこちがオトナっぽくなりだした、まだ青い柑橘系果実のような女の子だって、抵抗無く訪れる事が出来る。
 誤解が無いように彼女が主張したいのは、彼女だって普通に男と恋もすればえっちもする女だという事だ。
 ただ、1年前に男と別れてからは、ますます女の子好きに拍車がかかった事は、彼女の親友にさえ話していないヒミツだった。

 ところで、4月から6月くらいまでの2・3ヶ月は、彼女にとって、とてもとても嬉しい時期でもある。性に目覚め始めた女の子達が、中学、そして高校に入学し、今までとは違う自分を実感したり、他の女の子とは違う自分を自覚したり、新しい友達の間で自分の位置を確認したりする時期だからだ。カラダがオトナへと成長し始めるその時期(学生時代)には、新しい自分を主観的にも客観的にも演出したいという願望が芽生えるためか、普段よりちょっぴり多く、甘酸っぱいレモンちゃん(ここは夏ミカンでもユズでもカボスでもライムでも柑橘系ならなんでもいい)達がこの店を訪れるのだ。
 ここには、彼女達の傷付きやすい多感な心をカラダごと包み込む、レースの“ラッピングツール”が溢れんばかりに揃(そろ)っている。それはシルクであったり綿(コットン)であったり化繊であったり、色も白だったりピンクだったりベージュだったり5月の青空のようなライトブルーだったり、もちろん魅惑の赤や黒や紫なんてのも揃っていたり実に多彩だ。
 膨らみ始めたささやかな胸に、そっと優しくフィットする人類の叡智。
 滑らかな曲線を描き繊細でデリケートな(同じ意味だ)ヒミツの花園を包み込むレースの芸術。
 そう。
 彼女の勤務する場所は、女性用下着(ランジェリー)売り場なのだ。
「いらっしゃいませぇ〜」
 ほら、今日も可愛らしいレモンちゃん(そこ。笑わないように)が、その若く健康的なカラダを護り演出するデコレーションを求めてやってきた。
 学校帰りだろうか?2人とも手にカバンは持っていないから、きっと駅かどこかのローッカーに放り込んできたに違いない。だってほら。あのお揃いの制服のスカートは、駅2つ向こうにある高校のものだから。
 2人は姉妹だろうか?それとも同級生?親友?
 なんとなくぐずぐずしている背の低い女の子が、もう一人に左手を引っ張られているのが微笑ましい。2人ともセミロングの、いまどき珍しい艶やかな黒髪で、しかも2人とも色がとても白かった。
「ほら、ぐずぐずしないのっ」
「で、でもさぁ……」
 手を引っ張っている女の子は、前髪の間から少し太い眉が覗いている。ぱっちりとした目がちょっと垂れていて“ほにゃほにゃ”とした笑顔が可愛らしい。どこか、子犬っぽい印象がある。対して引っ張られている方は、目がちょっと吊目気味で、やんちゃな猫を思わせる。それも子猫だ。背がちっちゃくて首も肩も手も足も細くて、思わずうちに連れて帰りたくなりそうになる。
 子犬と子猫のじゃれあい?
 いや、「おっとりとした優しいお姉さん(でも怒るとこわい)」と「気の強いナマイキな妹(でもおねーちゃんッ子)」という感じだ。お姉さん(?)の方は、いつだったか見た事があるような気がしないでもない。けれど妹(?)の方はまったくの初めてだろう。あんなに可愛ければ、多恵ならぜっっっったいに忘れたりなんかしないから。お姉さん(?)の方も十分可愛らしいけれど、彼女の可愛らしさはまた別だった。たぶん学校でもモテモテ(死語です)に違いない。

 2人は売り場の前で立ち止まって、色とりどりのブラがディスプレイしてある一角に視線を注いでいる。どうしようか迷う妹(?)とお姉さん(?)の姿が、まるで駄菓子屋の前でどのキャンディが一番甘くて美味しいか選んでいる小学生に見えて、多恵は自分でも口元が“ふにゃふにゃ”とだらしなくゆるんでしまっている事に気付かなかった。
 お姉さん(?)の胸は、見事なぺった胸だ。あれはたぶんAAカップに違いない。

 ただ、妹の方のレモンちゃんは、胸がメロンちゃんだった。

         §         §         §

「でかっ!」
 不意に聞こえた声に、圭介は顔を上げて売り場カウンターの方を見た。中には、包装紙を整理している若いお姉さんしかいない。
「でっかいなぁ……この包装紙……またサイズ間違えたな?」
 どうやら、包装紙のサイズが注文と違っていたらしい。
 自分の胸の事を言われたのではないと思い、圭介はほっとした。どうも、電車の一件からそういう言葉に過剰反応してしまっているようだ。
『しっかりしろよ……』
 自分で自分に叱咤する。
 デパートに入り、婦人服売り場のフロアに入ると、“あの”声はまったく聞こえなくなった。デパートに入る前、由香の手を引いて駅から走っている時も、電車の中に比べればずっとずっと少なかったし、声も小さかった。どうやら、よほど強烈な思念でないと流れ込んでは来ないようだ。しかもそれは男性のものに限られ、彼らが性的に欲望を感じた“声”だけのようだった。
 帰りの電車をどうしようか少し悩むけれど、今は目の前の難題を解決する事の方が先決だ。
 今は18時12分。
 デパートの閉店が19時半だから、あと1時間15分くらいしか時間が無い。
「ほら、けーちゃん」
 由香が急(せ)かす。
 自分から店員に声をかけろと、旅人に謎掛けをしたスフィンクスのように無理難題を言うのだ。まったくもってひどい女の子だった。今まで一度も足を踏み入れた事の無い“人外魔境”へ、たった一人で赴(おもむ)けと命じるなんて、護りの強固なトロイへ嫉妬に狂って闇雲に攻め入れと命じたスパルタ王メネラオスよりひどい。ハリウッド戦争映画の鬼軍曹もパンツ一枚で逃げ出しそうなくらい冷酷非情だ。
「…………オニ…………」
「…………けーちゃん、なにか言った?」
 笑顔がこわかった。
「なんでもないです」
 手を“きゅっ”と握られてから、どうも由香には逆らえなくなっていた。もともと『女の子チェック』の“先生”でもあるので、圭介に「由香に逆らう」という選択権は全く無いに等しい。

 ……というか、無い。

 圭介は覚悟を決めると、ギクシャクとした動きでブラジャーやらパンツやらストッキングやら、洋画(しかも、ちょっとえっちなヤツ)でよく見るストッキング留め(ガーターベルト)やらスケスケのネグリジェみたいなヤツ(キャミソールのことらしい)やら、何に使うのかよくわからないヒモみたいなヤツなどの間を縫って、カウンターまで歩いた。
 やたらと顔が熱い。きっとたぶん、顔が真っ赤になっているのだろう。けれど歩みを止める事は出来ない。
 これは戦いだ。
 そう、戦いなのだ。男として、一度は立ち向かわなければならない試練なのだ。
 「いや、それは違うだろ」という心のツッコミを無視して、圭介は目をパチクリさせた店員の前に立った。
 年上の店員さんは、紺のベストにタイトスカート、臙脂のリボンタイがピンクのシャツに映えて、キリっとした雰囲気の中にも可愛らしさがあった。髪は短いポニーテールで、顔は、まあ美人に入るかな?と言えなくもないファニーフェイスだった。「綺麗」というより「人懐っこい」感じだ。シャドウは薄目で、ルージュはローズピンク。ナチュラルメイクを基本としているらしく、キツくない程度にまとめられていて、ほのかに柑橘系のフレグランスの香りがした。左胸の名札に「曽我山」と書いてあった。
 ……けれど、もちろん緊張しまくって下を向いたまま、机の上にあったやたら可愛いオレンジのハサミから視線を動かせない圭介には、ぜんぶわかるはずもなかった。
「ぶ……」
「え?」
 地の底から聞こえてきそうなくらい低い声が、少女の可愛い旋毛(つむじ)から聞こえて、ショップ店員のお姉さん、曽我山多恵(そがやま たえ)24歳は思わず声を上げた。
「ぶ……ぶ……」
「ぶ?」
「ぶ……ぶぶぶぶ…………ぶらじゃぁ、くださいっ!」
「……あ、はい……」
 あっけにとられて、思わず間抜けな返事をしてしまった事に多恵は気付いた。女の子は、まるで、初めてランジェリー売り場に来た男の子みたいな緊張ぷりだ。いや、昨今の男の子は、彼女へのプレゼントだとかでもっと気楽に来る者もいる。ここまで緊張しているのは、今となっては男の子でも珍しいかもしれない。
「失礼ですがお客様?お客様がお召しでしょうか?」
「あ、そ、オ…………いや、ボクの、です」
「はい?」
「ボクがします、ぶらじゃぁです」

 ……なんだかヘンな言葉になってた。

 けれど、多恵が気に掛けたのはそんな事ではなかった。
『う……うわぁ……“ボクっ娘(こ)”だぁぁ……』
 目の前の少女は、自分のことを『ボク』と言ったのだ。
 漫画やアニメなどでは見たことがあるけれど、現実では初めてだった。現実にいたという事実自体が驚異だった。
 『女装した男の子じゃないか?』とは、これっぽっちも思わなかった。こちとら女を24年もやってる上、職業柄お客様が男か女かなんて一目見ればイッパツでわかるのだ。それでわからなければ、そういう女は女をやめていいと、多恵は思う。それは彼女の、プロの部分が思わせたことだ。
『ほんとにいるのねぇ……こういう子……』
 しかも、多恵の直球ど真ん中ストライクな女の子だった。
 多恵は決してオタクなどではないのだけれど、それでも圭介の姿は彼女の魂の琴線に“ズビシ”と触れた(ブチ切った?)らしい。
 見れば見るほど多恵好みだ。
 細くてちっちゃくてナマイキそうで可愛くて、しかもメロンみたいなおっぱいして自分を「ボク」と言う。
 妹に一人欲しい。
 ぜひ欲しい。
 言ったらなってくれるだろうか?
「……あの……」
 怪訝そうな顔で、メロンちゃんが顔を上げた。文字通り、メロンを2つ押し込んだみたいな胸元がゆさりと揺れる。
「は、はい?」
 いかんいかん。どうやら妄想が過ぎたようだ。
 多恵はにっこりと職業スマイルで顔をガードすると、どきどきする鼓動を悟られないようにしながらカウンターから出た。
「いくつでいらっしゃいますか?」
「え?あ、えと、17です」
「いえ、お客様のバストサイズです」
 あまりにもベタな圭介の勘違いにも、プロフェッショナルな店員であるところの彼女は、笑顔を崩さずに答えた。
「あ、え、その、わかりません」
「……以前に御使用されていらっしゃったものは、いくつでしたか?」
「…………あの、こ、今回が初めてです」
「…………はい?」
「その、今までつけたこと無かったんで、それで、その……」
「…………大体でよろしいのですが…………」
「あ、えと、そのそれなら、その、F……」
「Fですか?」
「あ、すみませんまちがえましたEですっ」
「Eですか?」
「すみませんちがいますDですっ」
「Dですね?」
「Cかも……しれません……」
 段々と小さくなる圭介の声に、多恵は小さく溜息をついた。大きいのがそんなに恥ずかしいのだろうか?こちらも仕事なので、私情は挟んだりしないし、笑ったりもしないのに……。
 けれど、圭介は多恵の溜息をどう勘違いしたのか、“びくっ”と肩を震わせると恐る恐る彼女を見上げた。
「あの…………どのくらいの大きさなら、おかしくないんですか?」
 その、雨に濡れた子猫みたいにしょぼくれた目に、多恵の“おねーちゃんハート”が“きゅううんっ”と鳴った。
 彼女は、今すぐ抱きついてよしよしと頭を撫でてやりたいのを“ぐっ”と堪え、
「………………お客様?失礼ですが、正しいサイズを教えて頂かなければ、こちらと致しましてもどんなものを薦めてよいものか、判断しかねるのですが……」
「す……すみません……」
 ますますちっちゃくなってしまった。
 その時、売り場の外でワゴンの中のストッキングを見ていたあのレモンちゃんが、見かねたように店内に入ってきた。
「すみません。この子、今までブラした事無くて、正確なサイズがわかんないんです」
「はあ」
 「ぽやぽや」としたおっとり系おねーちゃんかと思ったら、意外にしっかりとした言葉を使う。見た目とは違って、どうもこの2人の力関係ではレモンちゃんの方がずっと上らしい。
「今までチューブトップとかタンクトップとかばっかりで、でも、この大きさじゃないですか。今はまだいいですけど、すぐに垂れちゃいますよねぇ」
「そうですね……しっかり補正しませんと、形も崩れてしまいますし……」
「だいたいのサイズでいいですよね?」
「御存知ですか?」
「はい。さっき、ちょっと測ってみたものですから」
「そうなんですか?」
「はい。確か、トップが87の65Fだったと思います。アンダーが小さいので、よろしくお願いしますね」
「では念のため、測らせて頂いてよろしいでしょうか?」
「いいですよ。……ほら、けーちゃん」
「あ、え?うん……」
 一人ぽつねんと立ち尽くして、多恵と由香の会話をぽけっと聞いていた圭介は、由香が肘でつつくと慌ててセーターの裾に手を掛けて脱ぎ始めた。
「お、お客様!?あの、別に脱がなくてもよろしいんですよ?」
「そ……そうなんですかっ?」
 中学生みたいな背格好の少女の服の下から、Tシャツに包まれているとはいえ、大人顔負けの重たげな乳房が“ぶるん”とこぼれ出せば、誰だって驚く。それ以前に、ここには他の客もいる、デパートの売り場の中なのだ。この少女には衆目(しゅうもく)の中で服を脱ぐという事に対して、抵抗は無いのだろうか?
 多恵は少女のセーターを直してやりながら、一から全部説明しないといけないかな?と覚悟を決めた。
「はい。とりあえず、サイズを服の上からメジャーで測ります。それから、失礼ながら学生さまでいらっしゃるようですので、御予算に合わせて、いくつか商品を取り揃えさせて頂きます。そうしましたら、お客様はその中からお気に召したものを何点かお持ちになり、そこの試着室で装着してみて下さい」
「試着……ですか?」
 圭介は訝しげに店員を見て、試着室を見て、それからもう一度店員を見た。
 下着の試着なんて、聞いた事が無い。トランクスは3枚1000円のヤツだし、中学の時のブリーフだって、グンゼの真っ白いヤツを母さんが買ってきてくれたものだ。第一、人が身につけたものなんて、気持ち悪くないのだろうか?
「けーちゃん、ブラは試着していいんだよ?……というか、なるべく試着した方がいいよ。自分に合ったものじゃないと、胸が苦しかったり、お肉が上や脇やお腹に流れちゃうから」
「流れ…………」
 驚愕の事実だ。保健室で脇の肉を寄せる時にもそんなような事を言っていた気がするけれど、そんなに簡単に乳房の肉というのは移動してしまうものなのだろうか?
 圭介は、また一つ、知られざる女体の神秘を垣間見た気がした。
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