■感想など■

2009年06月18日

第8章「初めてのボクの下着」

■■【4】■■
 店員は、セーターの上から圭介のバストサイズを軽く測り、とりあえず65Fということで、4つほどのメーカーのものを3〜4着ずつ持ってきてくれた。
 パットとかワイヤーとかフルカップとかハーフカップとか、ホックがどうとかストラップレスがどうとか、いろいろと聞いたような気がするけれど、ぜんぶ由香と店員さんに任せておいた。最初から全部聞いても覚えられないし、面倒臭くて逃げたくなったから。
 困ったのは、試着室にブラを持って入ってからだ。

 着け方がわからない。

 一応、低年齢向けなのか、試着室には「正しい下着の着け方」なんていうものがあって、それを読んだ。
 まず、ストラップ(肩紐)に両腕を通し、前屈みになって、カップの下の方に手を添えて掬い上げるように乳房を入れる。そして後でホックを留めて、肩紐を調節し、お肉が流れているようなら、脇から背中の方まで手をまわして手の平でお肉を掻き寄せるようにして集め、カップに収める。最後に、カップの中に上から手を入れて、形を整える。
 これで完全防備な“ブラおっぱい”の出来上がり。
 らしい。
『なんか……すげーな…………粘土みてー』
 女の乳房は、ただそこに“ある”ものではなく、こうして“つくられる”ものだったのだ!
 圭介はセーターもTシャツも全部脱いで、上半身裸のまま正面の鏡に自分を映してみた。
 巨大乳(きょだいちち)な自分のおっぱいは、もう何度も見ているせいか特に感じる事も別段無い。気持ちとしては男なのだから、こうして胸が膨らんだらひょっとしてもっと何かしら興奮するかも……と思ったけれど、自分のおっぱいで興奮するようなナルシストじゃないから1日で飽きた。ひょっとしたら、骨格と一緒に脳まで変化したのかもしれない。興奮する場所がどっかに変わったのだとしたら納得だ。
 試着室の中は、店内の天井の蛍光灯の明かりだけが頼りで、少し薄暗い。その中で見る自分のおっぱいは、色が白くてやわらかくて、まるでつきたてのお餅のようだ。薄暗い中で見る乳首は少し赤味が強く、今はぷにぷにとやわらかくて小さかった。おっぱいの表面には青い血管がうっすらと浮いていて、それが自分の体の一部なのだとハッキリ自己主張している。
「はあ……」
 溜息をついて肩を落とせば、それだけで“ゆらっ”と重たく揺れた。
 圭介は目の前に、店員さんが選んでくれたブラを持ち上げた。なんだか不恰好で、地味なブラだ。もっとレースとかフリルとか、そういう飾りがたくさんついているものを想像してたので、なんとなく肩透かしをくらった気分だった。肩紐(ストラップ)も、なんだか少し太いような気がする。背中で留めるホックは、なんと3つもあった。
 途方にくれて、圭介は由香を呼ぼうかと思った。
 でも、「一人で着けられるようにならないとね」と、スパルタ式鬼教官は、にこやかに笑いながらも手助けしてくれる気はちっとも無さそうだったので、仕方なく自分一人で着ける事にした。
「ええと……」
 肩紐に両手を通す。それから、頭を鏡にぶつけないようにしながら御辞儀をするように体を折り、重たく砲弾状に垂れ下がった乳房を、カップに掬い上げるようにして収めた。
 けれど、真面目に背中でホックを留めようとして腕が攣(つ)りそうになった時は、さすがに悩んだ。自分の体が固いのか、世の女性達の体がやわらかいのか。思わず圭介は、由香や涼子やはるかちゃん達は、毎日こんなややこしい思いをして下着を身に着けているんだなぁ……と思って、妙に感心してしまったのだった。
 なんとかホックを留めると、それだけで疲れた。もういいや、という気分になった。けれど、店員さんがせっかく10着くらい用意してくれたから、全部試着してあげないといけないかな?と思う。
 自分が客なんだから、気に入ったものを2〜3着だけ試着してあとはやめとこう……という考えは、すっかり抜け落ちていた。
「ん……」
 左のカップに左手を添えて右手を突っ込み、ぐいっと脇のお肉を寄せた。ほとんど無かったけど、そうしろと書いてあるからそうした。右のカップも同じようにする。
 そこまでして、やっともう一度鏡を見た。
「こんなもんかな……」
 ブラジャーを着けた事で、なんだか胸がもっと大きくなった気がした。重さでちょっと垂れていたのが、下着で支えられて持ち上げられたからだ。けれど、楽になったのは確かだ。試しに体を左右に振ってみた。
「お〜〜……」
 揺れない。
 それだけで、なんだか嬉しかった。
「ん?」
 「正しい下着の着け方」には、「正しく着けられたか、チェックしてみよう」とあった。
『ええと……?』
 1.アンダーバストはちゃんと安定していますか?ブラは、体に対して水平になっていますか?
『なってる…………んじゃないかな?』
 2.カップの上辺が、バストにくいこんでいませんか?
『食い込んで……ない……かな?』
 3.カップはあまっていませんか?
『余って、ない。うん』
 4.前部の中心は、浮いていませんか。指1本分くらいなら大丈夫です。
『前部の中心??どこだ?…………ここかな?……浮いて…………ない……かな?』
 5.脇にくいこんでいませんか?または浮いていませんか?
『……たぶん』
 6.ストラップはゆる過ぎたり、きつ過ぎたりしませんか?
『こんなもんじゃ……ないかなぁ……?』
 7.背中のホックの位置は、肩甲骨の下におさまっていますか?
『…………見えない…………』
 一応、チェック項目に則して見てはみたけれど、どれもOKといえばOKだし、NOといえばNOだ。どうせならこのチェック項目も絵入りで表示しておいて欲しかった……と思う、圭介だった。
「お客様、いかがでしょうか?」
 カーテン越しに声が聞こえた。
「あ、はい……なんとか……」
「失礼してもよろしいでしょうか?」
「え?あ、なんで?」
 びっくりした。
 中に入ってくるの?なんで?どうして?
「サイズがちゃんと合っていませんと、逆に胸によくありませんから」
「……確認ですか?」
「はい」
「じゃ……お、お願いします」
 胸がドキドキした。
 すぐに店員さんが「失礼します」と言いながらカーテンの隙間から身体を滑り込ませてきた。外に中が見えないように、素早く、スムーズな動きだった。さすがに手馴れている。
 ふあっと柑橘系の香りが、圭介の鼻をくすぐる。気持ちのいい匂いだ。
 なんだかわかんないけどドキドキが増した。
「こ、こんな感じ……ですか?」
「そうですね。ん〜……」
「あの、なにか……」
「失礼しますね」
 答える間も無かった。
 くるりと後を向かされると、店員さんのほっそりとしたあたたかい左手が、するりと右のカップの中に滑り込んだ。そのままぐいぐいと奥の方まで差しみ、息を飲む圭介に構わず、乳房の下の方のお肉を引っ張り上げるようにして持ち上げた。乳首の位置を指で確認したのか、少しカップの中で調整し、左の乳房も同様にする。
「…………んっ……」
 声が漏れた。
 店員さんの右手の指が、乳首を擦ったのだ。
 その間も店員さんは事務的にテキパキと手を動かしてゆく。カップの中でバストトップの位置を最適な位置に持ってくると、今度はブラの裾を指で摘んで揺すったり、外から押したりして乳房の収まり具合を確認する。その手付きは実に手馴れたもので、いやらしさや無駄な動きなどは全く無い。
 ……もっとも、いやらしい動きなどありようもないのだけれど。
「どうでしょう?」
「あ、はい」
 正面の鏡に圭介を向かせて、店員さんは肩越しににっこりと笑った。
「お客様。トップがこの位置にくる感じを覚えておいて下さいね。一番、胸の収まりがいいはずです」
「…………トップ?」
「ニプルの位置です」
「………………ニプル?」
「乳首です」
「あ……はい……」
 店員さんは特に言葉に意味を込めたわけでも、声色を変えたわけでもないのに、圭介は急に“かああ……”と血が顔に集まるのを自覚した。
「苦しくはありませんか?」
「……はい」
「キツくはありませんか?」
「はい」
「でも、まだちょっと……」
「…………?」
 店員さんは、胸の谷間とブラの隙間を見て、
「少々お待ち下さい。もうワンサイズ大きいものをお持ち致しますから」
 と言って、カーテンの隙間からするりと出ていった。
『ワンサイズ大きいもの…………』
 圭介は彼女のその言葉に、ちょっとうんざりした。やっぱり、測った時より大きくなってるのだ。そう思った。
 そう思うと、重たい胸がなおさら重たく感じる。これからしばらく…………ひょっとしたら一生、自分はこの不恰好なまでに大きい乳房と付き合っていかなければならないのだろうか……。
 乳房が大きくて喜ぶのは、男だけだ。
 圭介はそう思う。乳房が揺れるのを見て喜ぶのも、「揉みたい」とか「吸いたい」とか、そういう事をして喜ぶのは男だけなのだと。
『健司のヤツ……どうしてるかな……』
 圭介は不意に、温和な微笑みの幼馴染みを想った。
『あいつもでっかいおっぱい……好きだよな…………』
 つい、自分の深い胸の谷間を見下ろしてしまう圭介だった。

 今朝は彼が朝練で一緒に登校出来なかったし、昼休みはソラ先生のところにずっといたし、帰りは由香と買い物に行くとだけメイルして、そのまま下校してしまったから、実のところ今日は結局一度も顔を合わせていない。
 なんとなく、寂しい。
 それは本当だ。
 けれどもこれは、単に友人を想う心なのだ……と思うのだ。異性として気になるとか、決してそんな事は無いのだ。
 ましてや、ノーブラで揺れまくってた自分の胸を見たら、健司ならどんな顔をしただろうか?とか、こうしてブラをして、もっと大きくなった自分の胸を見たらどう思うだろうか?などと、決して思ったりなんかしてないのだ。
 たぶん。
 いや、ほんとに。
 それで健司が嬉しそうな、恥ずかしそうな顔をしたとしても、圭介はこれっぽっちもドキドキしたりなんかしないし、ましてや嬉しくなんて思ったりなんかしないのだ。
 たぶん。
 …………きっと。
 ……………………………………ちょっとくらいなら……。
『んなわけねーだろ?しっかりしろよ、オレ』
 つい、頭を抱えてしまう。17年間の男のアイデンティティが崩壊しつつある。新たに構築されつつあるのは、女の体の上に積み上げられる女の意識だ。
 本気で男に戻る気があるなら、覚悟を決めなければならない。
 それを実感する。
 けれど、
「男とえっちなんて……出来るかよ……」
 健司から心も身体も距離を起き、他の女性に恋をする……という選択肢は、圭介の中では最初から無いらしい。
 そして、他ならぬ自分自身でその選択肢を消している事に、彼は全く気付いていなかった。
「お客様……よろしいでしょうか?」
「あ、ひゃいっ」
 思わず声が裏返り、圭介は口を抑えて試着室のカーテンを振り返った。再びするり……と、先ほどの店員さんが入ってくる。決して中の様子を外に漏らさないような気配りを欠かさないのは、プロフェッショナルと言えた。
 圭介の声が裏返ってしまっても、店員さんは笑みを絶やさなかった。けれど、今度のは、ちょっと営業スマイルとは違う気がする。
 彼はたまらなく恥ずかしくなり、首筋までピンク色に染めながら小さく身を縮こまらせた。
「こちらは、先ほどと同じデザインで、もう一つ上のサイズです」
「あ、はい……」
 聞かれたのだろうか?
 『男とえっち』という言葉は、やっぱり『セックス』という“直接な性交渉”と結び付くものだ。聞かれたとしたら、今この店員さんは、『この子は男とえっちするために新しい下着を選びに来たのね』とか思ってたりするんだろうか?
 恥ずかしい。
 どうしよう。
 否定した方がいいんだろうか?
 けど、聞こえていなかったら?
 聞こえてても、そんなこと思ってなかったら?
 頭がぐるぐるして、顔に血が上って、どうしたらいいのかわからなくて、圭介は鏡の前で立ち尽くしてしまっていた。
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