■感想など■

2009年06月19日

第8章「初めてのボクの下着」

■■【5】■■
「男とえっち……」
 多恵は、確かにそう聞いた。

 試着室から出て、多恵は今のデザインよりもう一つカップサイズを上げた、65Gを手にした。
 この店にあるGカップブラで、少女のような高校生でも買えるくらいのものは、このメーカーのものを含めて3種類くらいしか無い。そもそも、日本人女性の体格と脂肪分布からして、アンダー65でFカップ以上のブラが必要な女性など、滅多にいないのだ。それでも3種類もあるのは、多恵にとっては不本意ながら女装趣味の少年とか、パーティー用の“シャレグッズ”として買っていくお客様がいるからに他ならない。買う者がいる以上、それがどんな対象であろうとも売るのが商売だ。それでも、ちょっと虚しい気持ちを抱いてしまうのは止められなかった。
 そういう意味でも、今日のあのメロンちゃんは、多恵にとって、とてもとても喜ばしいお客様であった。
『本当は国内のメーカーさんが、もっと安く出してくれればいいんだけどねぇ……』
 手に取った3種類のブラのうち、2種類が海外製のものだ。
 国内メーカーのものは縫製も丁寧だしデザインも美しく、特にメイク力(めいくりょく)は素晴らしいから、あのメロンちゃんのようにアンダーが細いのに胸だけたっぷりと豊かな乳房には、どうしても日々しっかりと乳房の肉を補正し、支える、国内メーカーのブラが一番相応しい……と思える。海外製が悪いとは言わないけれど、どうしても縫製が甘い気がして『消耗品』というイメージが強いし、その上、メイク力の弱さはいかんともしがたかった。
 もちろん、メロンちゃんもブラだけに頼るのではなく、エクササイズで乳房を支える筋肉を鍛えてくれればもっといいのだけれど、昨今の女子高生にそこまで望むのは無理かもしれない……とは思っていた。
 70Fか75Eを合わせてみて、正確に採寸したあとで寸詰めする……という方法もあるけれど、これからの事を思うと、一度キチンと自分のカップサイズをあのメロンちゃんに認識させておきたい……と多恵は思った。何より、ちゃんと自分の身体に合ったブラをする事で、自分に魅力がある事を自覚して、そして背筋を伸ばし胸を張って歩けるようになって欲しいと思うのだ。
『あの子……きっと自分の胸が嫌いなのね……』
 ちょっと溜息が出る。
『どのくらいの大きさなら、おかしくないんですか?』
 そう聞いた時のメロンちゃんの顔が、脳裏に浮かぶ。あんなに可愛くて、あんなに綺麗な髪で、大きくてもあんなに美しい形の乳房をしている子が、自分の体が嫌いで、しかもそれを恥じているだなんて……。多恵にはそれがどうしても納得出来ない。
 ハッキリ言えば、我慢出来なかった。
 確かにあの体格であの胸の大きさは反則(?)だと思うし、正常な発育とはちょっと言えないかもしれない。でも、あんなに可愛い心(ココロ)を持ってるのだから、もっと自分に自信を持って欲しかった。世の中には、あのメロンちゃんよりはるかに性格が悪くて顔もスタイルも劣ってるどうしようもない自意識過剰な女性が、大手を振って「コンパニオンですぅ」とか「モデルやってるんですぅ」とかのたまってるのだから。
 可愛いココロを持った可愛い女の子は、日本の宝、ひいては世界の宝なのだ。私はその可愛い女の子を正しい道に導かなければならない。これは決して私情なんかじゃなくて、崇高な使命なのである。
『……なんてね。バカな事考えてないで仕事仕事っと……』
 ぐぬぬ……と右手を握り締めながら天井を見上げていた多恵は、ふ……と肩の力を抜くと試着室に急いだ。
 そして聞いたのだ。
「男とえっち……」
 という、メロンちゃんの言葉を。

 びっくりしたような、裏返った声がたまらなく可愛かった。
 試着室に入り、上半身にブラだけつけたメロンちゃんは、なんだか脅えたような表情で多恵を見上げていた。多恵も、そんなに背は高いほうではない。162センチくらいだ。それでもメロンちゃんは、多恵の鼻か口あたりまでしか背が無かった。だから狭い試着室では自然と、メロンちゃんは多恵を上目遣いで見るような形になる。
 捨てられた子猫みたいな目をしていた。
 多恵の“おねーちゃんハート”が、また“きゅううんっ”と鳴った。
『ああもうっそんな目で見つめないでっっ』
 ……たぶん、血気盛んな男の子だったら鼻血でも出していそうなイキオイで、多恵の心臓はドキドキしていた。
 念のために言っておくが、多恵はそっち方面の人ではない。ただ、女の子が好きなだけなのだ。それも可愛い女の子が。ものすごく。
「どうかなさいましたか?」
「あ……いえ……その…………べつに…………」
 ごにょごにょと、そのぷっくりと可愛い唇をむにむに動かしながら言うところなど、今すぐ家に“お持ち帰り”して、4丁目の手作り洋菓子店『フランボワーズ』の洋ナシのタルト&とっておきダージリンでおもてなししてしまいたくなる。この可愛い唇が、タルトを“はむはむ”と食べたり、ダージリンを“んくんく”と飲むところが見たいっっ!
 けれど、もちろん多恵はプロフェッショナルであるからして、そんな妄想大暴走な気配など、微塵(みじん)も見せなかった。
『なーんて……ね』
 本当は聞きたかった。
 「デートに着ていくの?」と、ちょっとだけ聞いてみたかった。
 この子が好きになる男の子って、どんな子なんだろう?
 胸が大きい事を気にするって事は、その男の子って、きっとちっちゃい胸が好きなのね。たぶん男の子はこの子に「俺はおっぱいがちっちゃい方が好きなんだ」なんて口には出して言わないけど、でもたぶん家にある雑誌とか街で見かけるポスターとか、テレビのタレントとか、胸がちっちゃい子に反応したりしてるんだわ。この子がそういう、好きな男の子の一挙一動を細大漏らさず見ているなんて、これっぽっちも思わない鈍感さで。
 この子もきっと「ボクの胸、嫌い?」なんて聞けなくて、でもどうしたらいいかわかんなくて、それで悶々としてたりするんだわ。あーもう、かわいいっ!それに、今までタンクトップとかチューブトップばっかりだって言ってたから、自分がどんなに可愛いかとか、自分の胸がどれだけ男の子をドキドキさせるかなんて一度も考えた事なんて無いんだわ。もしかしたらその男の子は、今まで友達みたいにずっと一緒に遊んできた子かもしれないな。で、ある日ふとその男の子の事が好きな自分に気付いちゃったのよ。それで告白して一応OKはもらったけれど、男の子は胸のちっちゃい子が好きで、今になって悩み始めたんだわ。ううん。告白してないのかも。一緒に遊んでいたから、その男の子の好きなタイプって知ってるはずよね。だから自分の胸が大きくて、告白してもOKなんてもらえないって思い込んで、ずっと悩んでるのかも。こんなに可愛い子が「好きです」って言ってOKしない男の子なんていないのに。……ってゆーか、それでOKしない男の子なんてこっちからフってやればいいのよ。でもきっと出来ないのよね。この子、たぶんハートはものすごく傷付きやすい繊細な子なんだわ。

 妄想大暴走。

『いかんいかん……』
 多恵は心の中で自分の頭をポカポカと叩き、メロンちゃんの細い肩を持って鏡の方に身体を向けさせた。
「少し両手を上げて頂けますか?」
「あ……は……はい……」
 多恵は、ブラを装着している上からもう一枚をかぶせて、後ろのホックを引っかけた。それから下のブラを上に引っ張り出す感じで外す。圭介にもそれは、彼女が彼のバストトップを見ないようにしているための処置なのだとわかった。
 あっという間に新しいブラが装着され、再び後からカップの中に手が滑り込む。圭介が声を上げる間も無く、脇の肉が寄せられ、トップ位置が調整されていく。
 コンビニで売ってるエロ漫画とか、インターネットのえっちなサイトの妄想小説とかだと、こういう場合、お姉様キャラの場慣れした手付きに翻弄されてえっちな展開になる……というような、リビドー迸(ほとばし)る“どうしようもなく頭の悪いパターン”が多いのだけれど、店員さんの“プロの手付き”はいやらしさとは無縁で、テキパキとした素早い手順には淀(よど)みが無い。
 圭介はすっかり安心し、すべて彼女に任せてしまっていいのだ、と思った。
「どうですか?」
「あ、はい……大丈夫です」
 多恵は、圭介の胸の谷間とブラの隙間を見て、
「いいみたいですね。これ、65のGです」
 ――――圭介は眩暈がした。
 『あなたは異常です』と言われた気がする。
「Hでも良かったのですが、あいにくここにはGまでしか無かったものですから」
「じ…………じい?」
「はい」
 なんだそのサイズは。
 頭の中でサイズの数字が浮かんでは消える。Fカップでトップとアンダーの差が22.5センチではなかっただろうか?カップは2.5センチで1カップサイズ上がるから、Gは25センチでHは27.5センチ…………。
 いやまてまてまてまてまてまて…………トップとかアンダーというのは胴体を含めた「胴回り」のことだから、27.5センチがそのまま乳房の大きさということじゃなくて……。
 頭から煙が吹きそうだった。
「お客様が測られた時は、おそらくヌードサイズではありませんでしたか?」
「ぬ……ぬーどさいず?」
 なんだかわからないけれど、混乱した頭に『ヌード』という言葉が鮮烈に刺さって胸が不意にドキッと高鳴り、圭介は思わず俯いてしまった。鏡の中で、肩越しにまっすぐ目を見てくる店員さんの視線が痛い。
「上半身が裸の状態で測ったサイズです」
「あ、はい……」
「実際にブラをした状態ですと、他に流れたお肉を集めたりトップ位置を調整したりするので、だいたい1〜2カップはアップする場合が多いんですよ。お客様は、無駄な贅肉はほとんどありませんでしたけれど、それでも……」
「じゃあ……」
「お客様のカップサイズは、Gカップ、もしくはHカップではないでしょうか」
「あ、あの、由香は……一緒に来た子、呼んでもらえませんか?」
「もう一人の女の子……ですか?」
「はい」
「先ほど、化粧品を見に行くとかで、後はよろしくお願いします……と」

 あの薄情者めっ!

 申し訳無さそうに言う店員に当たるわけにもいかず、圭介は“むうっ”と唇を引き結んで自分の胸を見下ろした。
 もちろん、由香を呼んでどうなるというものではない。それはわかっている。けれど、自分よりずっと「女暦」の長い彼女に、なんとなく不満をぶつけてしまいたかったのだ。
『どうすりゃいいんだよ。こんなでっかいモン……』
 ただでさえ大きくて邪魔なものが、ブラをする事でさらに大きくなってしまった。それは圭介にとって、少なからずショックな出来事であった。いっそのこと、ブラを買うのはやめて、Tシャツで押し潰すみたいにして過ごそうか?
 でも、そうすると胸がつぶれて形が悪くなって、それで“だらーん”と垂れてみっともなくなったり……。

 ――どうしよう。

 どうしたらいい?
 こんな胸、やだ。
 こんな胸、いらない。
 感情を止められない。止まらない。どんどんどんどん嫌な考えになっていく。
 みんなに笑われる。みんなが見る。
 また、いやらしい目で見られて、また頭の中でいっぱい犯されるんだ。
 いろんないやらしいことされるんだ。
 オレは男なのに。
 本当は男なのに。

 ずっと男だったのに。

 こんな胸があるから。
 圭介は頭がぐちゃぐちゃになり、感情が膨れ上がって、目頭がじわじわと熱くなるのを感じた。
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