■感想など■

2009年06月21日

第8章「初めてのボクの下着」

■■【7】■■
 それから圭介と多恵は、ブラの試着をしながら色々な事を話した。『胸を小さく見せる方法』も教えてもらって、結構いろいろな方法があるのだと知った。
 中には、ブラを、アンダーが1サイズ大きくてカップサイズが1〜2サイズ小さいものにする……というものがあった。最近のブラが、ほとんど「寄せて上げる」(バストアップ)効果があるのに対して「広げてつぶす」方法だ。
 でも多恵さんにちょっと怖い顔されて、
「これは胸の形が悪くなるかもしれないから、ケイちゃんはぜったいにしちゃダメ」
 と言われた。
 「しない方がいい」ではなかった。「しちゃダメ」と禁止されてしまった。
 人から強制されるのは本当は好きではないはずなのに、なんだか嬉しかった。それが不思議だったけれど、一人っ子の圭介には、こうやって「いけないこと」を「いけない」のだと教えてくれる多恵さんが、なんだか「お姉さんがいたらこんなのかなぁ……」と思えてしまったのも事実だ。
 「ブラキャミソール」というものも教えてもらった。けれど、意外にゆさゆさ揺れてしまうらしいし、これは圭介の思い込みだけれど、シルエット的にも学校に着けていくには、ちょっとダメっぽい気がした。それに、キャミソールというのはなんだかえっちっぽくて、着替えの時とかにクラスメイトの女子に見られると思うと、ちょっと恥ずかしいと思った。
 他にも、「パッド無しの一枚レースブラ」とか「ストレッチコットンブラ」とか、インポート(輸入品)ものも教えてもらった。インポートに限って言えば、お金に余裕があるなら「消耗品」と割り切って買うのもアリ……だとか。洋服の文化で発達したので、立体裁断では日本より一日の長があり、色もデザインも豊富だから、選ぶ楽しみが味わえる……とも。圭介はさすがにその楽しみに進んで目覚めるのは、まだちょっと遠慮したい気分だったので、曖昧に返事しておいたけれど。
 「ノンワイヤーブラ」も教えてもらったけれど、圭介くらいの大きさになると安定が悪くてお勧め出来ないと言われた。
 最後に、この売り場には無いけれど海外メーカーの、大きい胸の人用の「ミニマイズブラ」というのも教えてもらった。パナシェというブランド名で、商品名は「ミニマイザー・アクティブ」……なんていう、なんだかロボットアニメの必殺技みたいな名前だった。着けるとおっぱいビームでも出そうだけれど、もちろんそんな事は無い。値段は5000円弱……と、なんとか手が届く(他の7000円とか1万2000円とかのブラに比べれば、だけど)ものの、色気もそっけもない機能重視のブラだから、年頃の女の子的にはどうかな?とか言われた。
 けれど、むしろ色気なんて無い方がいいと思ってた圭介は、店にあったカタログでそのブラを見せてもらった。黒とグレーがあって、特に黒はなんだかカッコイイと思えたので、取り寄せてもらう事にする。
 お金の事が心配だけれど、貯金を少し下ろせば大丈夫だし、いざとなれば母に出してもらおう……と圭介は思った。自分でもズルイとは思ったけれど、女になる……なんていう不慮の事態は、本来なら圭介の人生にはあるはずのない出来事だし、その責任の一端は確実に母にあるのだから、それくらいは負担してくれてもいいと思うのだ。「何かをねだる」……という事を普段はほとんどしない圭介だから、たぶん母はむしろ喜んで負担してくれるのではないだろうか?……という打算があったのは確かだけれど。
 そして、多恵さんにパソコンを持ってる事を話すと、今ではインターネットでも簡単に下着を購入する事が出来るし、装着サンプルの画像も豊富にあったりするから、「参考にするといいよ」と言われた。
「でも、フィッティングだけは実際にしてみないとわからないし、アンダーのリサイズも、ちゃんと購入したお店でしてもらった方がいいと思うから、私は自分の脚で店に行く方を選ぶなぁ」
 5着目のインポートブラのフィッティングをしながら、多恵は背中越しに言った。この店に来た時に比べて、もうずいぶんと口調が砕けてしまっている。「ほんとうは、ちゃんと接客用の言葉遣いをしなくちゃいけないんだけどね」と言いながら“ぺろっ”と舌を出す多恵さんは、年下の圭介が見てもなんだか可愛らしくて、ちょっとだけドキドキした。

         §         §         §

 結局、圭介は国内メーカーのものを1つと、ノンワイヤーのフルカップを1つ、それにちょっと安いスポーツブラを1つ選んだ。
 ノンワイヤーのフルカップブラは、なんだか外見は「おばさんブラ」そのものって感じではあったけれど、乳房を下から上に、持ち上げながらやや押さえ付ける…………という感じで、意外に安定感があったから選んだのだ。
 安いスポーツブラ(それでも3000円弱した)は、家の中や寝る時などに着ける事にする。昨日の段階でもうずいぶんと膨らんでいた乳房の、あの重たい感じを、少しでも軽減したかったからだ。それに多恵さんに、おっぱいは寝てる時に脇に流れやすいから気をつけてね……なんて、ちょっと脅されたからでもある。
 そして、パンツも数枚買った。多恵さんにメジャーでサイズを測ってもらい、ブラとお揃いになるデザインのものを数種類用意してもらって、その中から自分で選んだ。選んでいる時、ちょっとだけ………………そう、ちょっとだけ、なんだか嬉しくてどきどきして、楽しかったのはヒミツ。タイプはローレグのボーイズレッグタイプやローライズタイプを中心に選んだけれど、一枚だけレースのフルバックタイプを選んだ。それを選ぶ時、レースの部分がすごく可愛くて綺麗で、こんなのを履けるんだ……と思ってドキドキしてしまったのは、誰にも話せない……話さない、ぜったいのぜったいのぜっっっったいの、ヒミツだった。

 ブラジャーを2着とパンツを4枚、それに総合カタログを3冊とレシートと注文伝票控えと、それから多恵さんの個人的なケータイの番号と下着の洗い方を間単に書いたメモ……それらの入った手提(てさげ)袋を手にして、圭介は多恵さんに“ぺこっ”と頭を下げた。こんなに素直に人に頭を下げたのは、いったいいつの頃以来だろうか。
 そして今、圭介は買ったばかりのブラをつけている。サイズがぴったり合っているから、着けていても着けているのを忘れてしまいそうなほどだ。歩いても体を揺すっても、不用意に乳房が揺れてしまうという事が無い……というのは、やっぱり嬉しい。
「どう?気持ちいい?」
「え?」
「胸」
「あ、はい」
「よかった」
 多恵の顔に、営業用ではない笑みが浮かぶ。
 一人の客に長時間かかりすぎのような気もするけれど、閉店直前だったから、まあ、いいだろう。1時間でも、けっこうゆったりと買い物させてあげられた気がしたから、多恵も嬉しかった。
「では、商品が入荷致しましたら御知らせ致します。連絡は御自宅の方でよろしいですか?」
 多恵は、わざとおすましして圭介にそう言うと、
「今度、もうちょっと安くていいの、探しておいてあげるね」
 と小さく囁いて、ぱちっとウィンクした。
「はい」
 結局、学校の帰りに銀行のキャッシュディスペンサーで下ろしたお金は、ほとんど使ってしまった。下着にこんなにもお金がかかるなんて予想外だったのだ。男にはブラなんて必要無いし、トランクスなんて3枚1000円の安いので十分だったのに……。
 由香は「3000円あればけっこう可愛いの買えるよ」と言ったけれど、それはCカップまでの話。D以上になると、おばさんブラじゃないものを選ぼうとすると、すぐ値段が張ってしまう。安いだけなら、たぶんそんなに悩まなくてもいいのだろう。けれど、安いだけだと、すぐに傷んで買い換えないといけない気がして、嫌だった。
 だから、多恵さんの「安くていいの」という言葉は、本当に嬉しかった。ついさっきまで、「男に戻る」事を真剣に考えていたことさえ、忘れてしまうくらいに。
「だいじょうぶ。ケイちゃんならきっと何着けててもバッチリグーだよ」
「え?」
「しょーぶしょーぶ」
 ……何が「勝負」なのだろうか?
 右手の親指を立てて左手を腰に当てニコニコと笑う多恵さんに、圭介はものすごく違和感を感じた。
 でも、聞かない事にする。
 なにかすごい誤解があるような気がしたけれど。
「あの子、来ないね」
 ちょっと背伸びするみたいにして、売り場の外を見回しながら多恵が言った。短いポニーテールが“たふたふ”と左右に揺れてなんだか可愛い。
「由香?」
「“ゆか”って言うの?お姉さん」
「……お姉さん?」
 不思議そうに圭介が言うと、多恵は「あれ?」というような顔をして彼を見た。
「あ、えっと、姉妹……じゃない?」
「オ…………ボクと由香が?違いますよ。ただの幼馴染みです」
「じゃあ……先輩?」
「……どうしてそうなるんですか」
「だって……えっ?同い年?」
「…………そうですけど?」
「そう……なんだ……へー……」
「…………どーゆー風に見てたんです?」
 さすがに圭介が眉をちょっと顰めながら言うと、多恵はバイバイするように慌てて体の前で両手を振って、
「あ、ううん。べつに。うん。そう。あはははは」
 と、思いっきり怪しい挙動で笑った。
「どうせボクは童顔だし背も低いし、ちんちくりんですよ」
「あ、『ちんちくりん』って死語じゃないかな?」
「多恵さん?」
 圭介がにっこり笑いながら「さん?」を「さぁん?」と発音する。こんな時にも「あ、なんか、ちっちゃい子犬がいっしょうけんめい威嚇(いかく)してるみたいで可愛い」と思ってしまう多恵は、やっぱり重症だった。
 その時、思い出したように閉店時間を知らせる音楽が、ざわついた店内を流れ始めた。『蛍の光』のオルゴールヴァージョンだ。それと同時に、閉店のアナウンスが天井のスピーカーから聞こえてくる。
「あ、ほら、来たわよ」
 多恵の声に、彼女の見ている方へ顔を向ける。
 果たして彼女の視線のその先には、何かをいっぱいに入れた手提げ袋を左手に下げて、なぜかツヤツヤの肌で『ほにゃにゃーん』とした顔で歩いている、少しトロそうなおねーさんが、いた。
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