■感想など■

2009年06月26日

第9章「イヴの目覚め」

■■【5】■■

 翌日。

 6月13日の火曜の朝。
 圭介は夢の中で、なぜだかわからないけれど巨大な灰色熊(グリズリー)とK−1のリングで取っ組み合いの熱い戦いを繰り広げていた。けれど、のしっと上から圧(の)し掛かられて胸をぎゅうぎゅうと圧迫され、苦しさのあまり死に物狂いでバンバンとマットを叩いたところで、
 目が覚めた。
 この胸で仰向けになって寝るのはとても夢見が良くない……ということを学んだ朝だった。
 そして、久しぶりにえっちな夢を見なかった、普通の朝だった。
「……ふあっ…………」
 欠伸(あくび)をしながらもそもそと起き出し、ベッドの上であぐらをかいて、雨のしとしとと降る窓の外を見ながら“ぽりぽり”と胸元を掻(か)いた。
 寝る時もブラをしていたから、なんだかむず痒い。
 つけていないと気になって寝られないし、第一、形が崩れてみっともなくなるんじゃないか……と思って着けて寝たのだけれど、寝てる間にはどうしても汗をかいてしまうから、むず痒くなるのは仕方ないのかもしれない。
 慣れるしかないのだろうな、と思う。
『そういえば……』
 と、目をこしゅこしゅとこすりながら圭介は思う。
 おっぱいがこんなにも大きくなったことを、母も父も何も言わなかったな……と。
 やっぱり、体の変化とかそういうものは、全部筒抜けなんだろうか……。
『もし生理がきたら……』
 その時あのオヤジが何か言ったら、今度はチョークスリーパーホールドで“落として”やろう。
 圭介は密かにそう心に決めた。

 スウェットのまま階下に下りると、母が一人でスクランブルエッグを作っていた。
 父は、朝早くにもう家を出たらしい。
 ものすごく機嫌が良くて肌の感じがイキイキツヤツヤした母は、ニコニコしながらカフェ・オ・レを作ってくれながら、圭介にそう告げた。母が機嫌の良い理由はなんとなく想像が出来たけど、その想像が脳裏に結像する前に頭の中のスクリーンをビリビリに破いたから大事には至らなかった。朝っぱらからヘンな想像なんてしたら、胸焼けがして一日が台無しになってしまうところだ。

 トイレに行って、健康診断の時に出す寄生虫検査用の検便を、苦労して取った。なんだか男だった時より恥かしさが増してた気がするけれど、なるべく気にしないようにする。でも、入れておくビニール袋は不透明なものを2枚にしておいた。
 顔を洗ってテーブルに着くと、テレビでは、薄いピンクのスーツを着たワンレングスのちょっとポケポケしたお天気お姉さんが、いつもより少し遅い入梅を告げていた。前線の影響で、今週一週間はほとんどが雨降りとなってしまうらしい。
 にこにこと笑みを浮かべながら言うそのお姉さんに「雨降りがそんなに嬉しいか」と聞いてみたかったけれど、それが八つ当たりなのだと自分でもよくわかっていたから、黙って山盛りサラダに母さんお手製のドレッシングをかけて、サニーレタスをムシャムシャと黙って食べる。
 ドレッシングには、塩ではなく砂糖がたっぷり入っていた。

 朝食を終えて歯を軽く磨き部屋に戻ると、玄関の呼鈴が鳴った。
 階下で母が「いつもありがとうね」と言ったので「ほにゃにゃにゃ〜ん」とした顔の幼馴染みだとわかった。そもそもこんな朝早くに家に来るのは、彼女以外有り得ない。部屋でスウェットを脱ぎ、そして夜用ブラを外していると、案の定、圭介と同じセミロングの童顔少女が部屋に入ってきて「まだ着替えてないのぉ?」と言った。
「うるさいな。由香が早いんだろ?」
「ほら、胸を早く隠してよぉ」
 圭介が動くたびに“たぷたぷ”と揺れる重たそうな乳房を見て、由香は慌てて目を逸らした。昨日は、何度も目にしてはいたけれど、こうして朝日の中で改めて見ると、さすがに気恥ずかしいらしい。
「女同士なんだから恥ずかしがることないって」
「そりゃ、そうだけど……少しは女の恥じらいってものも学んだら?」
 “女の恥じらい”なんて言葉は、17年間蓄積された圭介のデータには無い。
「やだ。だいたいオレは」
「ボク」
「…………ボクは、男だったんだから」
「でも今は女の子でしょ?」
「そうだけど……」
「はい、わかったらさっさとする。遅刻しちゃうよ?」
 由香に急かされて、クローゼットの引出しから昨日買ったばかりのブラを取り出す。今日は健康診断があるので、“おばさんブラ”はとりあえずやめておく。
「あ、これ買ったんだ?」
「う、うん……」
 由香が手元を覗き込んでくるのを、なんとなく恥ずかしく思いながら頷く。結局昨日は一度も見せていなかったから、由香は圭介がどんなブラを買ったのか知らなかったのだ。
「へ〜…………」
「……なんだよ」
「けっこー可愛いから」
 くすくすと笑う由香を無視して、肩紐に両腕を通す。すると、
「あ、ちゃんとそうやってるんだ」
「なにが?」
「ちゃんとストラップに手、通してからしてるから」
「…………違うの?」
「うーん……本当はいけないのかもしれないけど、ホックを留めてからこうやってこうやってこうやって、カップに胸を収めてからお肉を寄せるの」
 由香はジェスチェアで、体の前でホックを留めてぐるっと前後にブラを回し、それから肩紐を右、左と肩にかけてから、カップをぐるんと回すようにして胸に被せてみせた。
「う……ウラワザ……」
「ふふっ……そんなにたいした事じゃないよぉ」
「……腕が攣(つ)りそうになりながらホック留めてたオ…………ボクの立場は?」
「ありません」
「……うあー…………」
 血も涙も無いとはこのことだ。
「それはそれで正しいと思うから、急いでなかったらそれに慣れるといいと思うよ」
「今は?」
「急いでるから、早い方」
「わかった」
 素直に、由香がした通りの方法でブラをちゃっちゃと着け、今日も母から借りた白のブラウスを着て、紐タイを結ぶ。圭介がタイを結んでいる間、由香は彼のセミロングの髪をざっとブラッシングした。
 枝毛も無く艶々とした髪は、ブラシをするすると通す。
「けーちゃん、結べたらこっち向いてね」
「ん……」
 学生服ならホックで済むのに、と圭介は思う。ほとんど留めた事なんてなかったけれど。
『あ……う……こんなもん……かなぁ……』
 女子の制服を着るようになって、もう一週間経つけれど、まだこの紐タイには慣れなかった。
「結べた」
「はい。こっち向いて」
「ん」
 由香の方を向いた途端、“ぺちゃっ”と両頬を彼女の手が叩いた。
「あっ……な、なに?」
「じっとしてて。せっかく化粧水買ったんだから、ちゃんとつけてよね。どうせ顔洗ったあと、なんにもしてないんでしょぉ?」
「だ……ぁっ……いいよ、もう」
「よくない。これって基礎(化粧水)なんだから。けーちゃんって肌がキレイだし目もパッチリしてて睫(まつげ)長いから、ファンデとかマスカラとかライナーとかチークとかは別にしなくていいと思うけど、化粧しなくてもせめてこれくらいはつけておかないと。あと乳液ね。出来れば洗顔したら毎回つけとくといいよ?水分補給しとかないと、肌荒れちゃってからだと遅いから。化粧水はたっぷりつけて、乳液は3分くらいしてから。目元とほっぺたを重点にして、つけ過ぎないようにね」
 由香が何を言ってるのか、圭介にはさっぱりわからなかった。
 彼女は自分はほとんど化粧なんてしないように見えるのに、圭介にわからない異文化の言葉を話してた。
 …………誰か、わかるように翻訳してくれないだろうか?
「まだわかんなくてもいいからじっとして。ほんとうは、ちゃんとけーちゃんの肌に合ったのがいいんだけど…………はい、次はグロスね。私と同じリップでいいよね。けーちゃん、ちょっと上向いて。あ、そうだ、その前にちょっとだけパウダーはたいとく?」
「…………うん」
 ここは素直に従っておこうと思った。
 でも、由香には悪いけど、化粧について覚えるつもりは、圭介の心の中ではまだ、まるっきり無い……のだった。

 やけに手馴れた由香の手でしっとりつやつやになった圭介は、カチューシャを頭に付けて、なんだかもうすっかり疲れた顔で家を出た。由香に言わせるとこんなのは基本の基本の基本だという。
 それじゃあ「応用」とか「発展」になると、どんなスゴイ事になるのか。
 圭介はなるべく考えないようにしよう、と思った。

 健司は相変わらず朝練で、顔を合わせなくてちょっとほっとした。でも、やっぱり寂しかった。
 その代わり……ではないけれど、のんびり登校する事は、ちょっと出来なかった。
 学校に行く間、豊かにふくらんでブラウスをぱんぱんに押し上げる胸は、やはり……と言うかなんと言うか、登校中の男子だけでなく道行く男性のほとんどの視線を集めたからだ。
 ブラをしてても、さすがに全く揺れないというわけにはいかない。
 それでも、不必要に刺激する事は避けることが出来たようで、圭介はほっとした。

 そして、彼等の思念が流れ込んでくる事も無かった。母からもらったカチューシャは、ちゃんと機能しているらしい。
 一度だけ、カチューシャにそんな機能(思念遮断)が本当にあるのか、確かめようと思い外してみたら、
『でけーチチ!!』
 というどうしようもなく頭の悪い声が聞こえたので、すぐにつけ直した。
 声の主は、圭介の知らない1年生だった。
 “声”は、昨日よりずっと鮮明だった。
 思念を読み取る能力が圭介にあるとしたら、その能力は確実に強くなっているようだ。
 家に帰ったら、カチューシャをつけなくてもキッチリと思念を遮断する方法は無いか、母に聞いてみようと圭介は思った。

         §         §         §

 健康診断も兼ねている身体検査(測定)は、今週の月曜から行われている。
 3年生は昨日で、今日は圭介達2年生の番だった。
 医師面接と健康診断は、「教室棟I」にある保健室と、その隣にある学生相談室で行われる。保健教諭のソラ先生は、主にこの街の総合病院からやってくる医師や看護士のサポート役だった。
 圭介は、事前に渡された保健調査表にはとりあえず正直に答えておいたけれど、性別が変わってしまった以上、それもあまり意味が無い気がした。しかも、総合病院は『星人』の息がかかったところだから、答えなくても微に入り細に入り、既に調査済みに違いない。それでも正直に書いてしまうのは、これはもう性分でしかなかった。
 受付に調査表と検便を出すと、すぐに尿検査用の紙コップを渡された。トイレに行き、なんとかこぼさないように4センチくらい入れた。…………本当は1センチくらいにしておこうと思ったのだけど、すぐに止まらなかったのだ。
 恥かしいので、トイレに流して少しだけにして出した。

 それから身長、体重、座高を測定して、すぐに血液採取、眼科検診、耳鼻科検診、歯科検診、視力検査、聴力検査、心電図検査…………とフルコースを経て、医師による内科検診を終え、そして最後にようやく学校正面玄関前のバスで胸部エックス線検査をして終わり…………という、なかなか徹底したメニューだった。
 心電図検査と内科検診は、思春期の生徒への配慮と、総合病院に運良く女医がいたことで、どこの誰ともわからない男性に肌を見せる事態は避ける事が出来た。もっとも、ブラとTシャツは着ていてもいい……というのがあったから、そんなには不安ではなかったのだけれど。
 困ったのは、健康診断の最中ではなく、その後だった。


 豊か過ぎるくらい豊かな胸が恥かしくて、背中を丸めてこそこそしていたのが逆に嗜虐(しぎゃく)心を煽(あお)ったのか、それとも、どうにも恥ずかしくてほっぺたが赤ん坊みたいに真っ赤になってたのを面白がられたのか、更衣室を兼ねた学生相談室で制服を着ようとTシャツを脱いだ途端、
「お〜〜〜〜〜〜〜〜〜でかちち〜〜〜〜〜〜〜!」
「わにゃっ!?」
 後からガバッと数人に抱きつかれ、押さえつけられて、ほとんどいぢめじゃないかと思うくらい揉まれまくった。
「ちょ……あっ……やっ……やめっ…………おいっ!やめひょにゃのにひっ」
「お〜〜〜やわ〜〜〜〜〜!!」
 ブラを“ぺろん”とたくし上げられ、むにむにむにむにむにむに……と直(じか)に柔肉を揉まれて、圭介はくたくたくた……と脚から力が抜けるのを自覚した。
 昨日、トイレで揉まれた時と全く違った。たった一日で、『女の身体』が、ますます『おっぱいの快楽』に馴れてしまっている。
 それを自覚する。
 でも、同性に揉まれても感じてしまうなんて、それはないだろ?と思った。あまりにも情けなさ過ぎる。なんて節操の無い体なんだろう。
「お。チクビ立ってきた」
「ばっ……やめっ…………」
「みんな、来て来て、すげーの。やーらかいよー」
 そう言いながら後の女子生徒は、圭介の乳房を“ぐにぐにたぷたぷ”とパン生地を捏ねるみたいに揉んだ。
「どれ?」
「えーなんかやーらしー」
「センセー来るよー?」
「いや、別にヤッちまおうってんじゃないから」
「そうそう」
「ばかーっ!オマエらなぁ!……ぅ……んっ!」
 好き勝手言いながら周りを囲む女子生徒を、圭介は精一杯恐い顔で睨みつけた。
 けれど、彼の今の可愛らしい顔つきでは、子犬がきゃんきゃん吠えるよりも迫力に欠ける。案の定、女子達はただくすくすと笑いながら見ているだけで、ちっともやめようとしない。
「どう?女の子。もう馴れた?」
 “きゅっきゅっきゅっ”と、勃起してしまった乳首を絶妙な指使いで摘まれる。強い刺激に首を“きゅんっ”と竦(すく)めながら振り返ると、桑園京香(そうえん きょうか)の切れ長で二重の目が、悪戯っぽく濡れ光っていた。
「ばっ……オっ……オマエっ……そーゆーシュミが」
「無いわよ。ばかね」
「んっ!!」
 “きゅんきゅんっ”と人差し指と中指で乳首を挟まれ、リズミカルに引っ張られる。痛みと共に、甘い“疼き”が下腹の奥にある洋ナシの形の器官と直結した。みるみるうちに、圭介の首筋が、胸元が、きれいなピンク色に染まってゆく。
「うわぁ色っぽー」
「どれどれ?あ、ほんとだー」
「なになになに?圭ちゃんってコーフンしてんの?」
 周囲の女子は好き勝手言うだけで、京香がむにむにたぷたぷと圭介の乳房を弄ぶのを見ているだけだ。けれど、それでも大勢の視線に裸の胸が晒される……というのは、想像以上に圭介の羞恥を刺激した。
「ねえ、やめようよぉ」
「のべっちは黙ってて。いっつも一緒にいるんだから、たまには私達にも貸してよ」
「え〜…………」
 『貸してよ』とはどういうイミか!?
 由香も由香だ。
 一言言われただけで引き下がるな!
「オ、オマエら……マジで怒……んっ……るぞっ!?……んあっ……」
「ほんとやーらかいね。いくつ?サイズ」
「Fじゃない?」
「どーだろ。ねえ、胸囲はいくつだった?」
「Hあったりして」
「“えっち”ねー」
「きゃははっ」
 これは何の冗談だ?いや、冗談にしてもひどすぎる。
 どうして自分が、こうも、いつもいつもクラスの女子のおもちゃにされなければならないのか。
 腹が立って、情けなくて、圭介はじわっ……と視界が滲むのを感じた。
『ばかっ泣くな!コイツらぜったい、よけい面白がるに決まってる!』
 そう思い、彼が唇を噛み締めたその時、
「おーい……お遊びはそのくらいにしとけー。淫行罪で現行犯逮捕すっぞー」
 ソラ先生の間延びした声が、学生相談室に響いた。
「やばっ」
 一瞬、腕を押さえつけていた女子の力が緩む。
「このっ!!
「きゃっ!」
 圭介はすかさず彼女達を振り解き、入り口に向かって走った。
「あ、ばかっ!んなカッコで廊下に出るなっ」
 ソラ先生の声も無視する。女子におもちゃにされるくらいなら、廊下で人に見られた方がまだマシだった。男子だろうが男の教師だろうがかまやしない。
 そう思った。
「けーちゃん!」
 薄情者の幼馴染みの声も無視する。ぶるんぶるんと盛大に乳房を揺らしながら廊下に出てドアを閉め、慌てて周囲を見た。
 驚いた顔をした、次の順番待ちのE組とF組の女子がいるだけで、男子の姿は無い。
 覚悟していたとは言え、さすがに圭介は、ほっとして顔を上げ

「あ」

 2階の渡り廊下に、健司が、いた。
 こっちを見ていた。
 目が、ぎょっとしたように大きく見開かれていた。

 …………長い長い長い長い長い………………ほんとうに長い……一瞬、だった。

 次の瞬間、健司の顔が“ぽかん……”としたものから、みるみるうちに真っ赤になり、くるっと後を向くと“だだだっ!”と駆け出して、今来た方向へ逃げるように去っていった。
「…………うそ…………」
 圭介は今更のように、揺れ動く重たい乳房をそろそろと両手で抱くようにして隠し、ドアにもたれたままずるずるとその場に座り込んでしまった。
 ショックで、身体がかたくなってた。
 凍えたように、ぶるぶると全身が震えた。
『見られた…………健司に…………』

 ケンジニミラレタ。

 ぐちゃぐちゃだ。
 何も考えられない。
 恥かしい。

 見られた。

 ぜんぶ。

 やだ。

 うそだ。

 なんで?

 どうして健司があんなところに?

 うそ。

 やだ。

「なん…………で…………」
 顔が火のように熱かった。視界がじわっと滲んで、ぽたぽたと熱いものがこぼれた。
 どうして涙が出るのか、わからなかった。
 泣く理由なんて、無いはずだ。
 なぜならアイツと自分は、子供の時なんておしっこの飛ばしっこだってした仲だったはずだ。
 中学の修学旅行では一緒に風呂にだって入ったし、去年の水泳の授業もいっしょだったじゃないか。
 恥かしいヒミツなんて、いっぱい知ってるし、いっぱい知られてる。
 いまさら、裸の胸を見られたくらいで
「っ……う…………ぁあああ〜〜〜…………」
 不意に声が、漏れた。
 恥かしくて哀しくて苦しくて、感情がぐちゃぐちゃになって声を上げて泣いた。
「けーちゃんっ」
 由香が保健室の入り口の方から駆けて来て、ブラウスを肩からかけてくれても、圭介はしゃくりあげ、鼻水を流しながら、声を上げて泣き続けた。自分でも、どうしようもなかったのだ。止められなかったのだ。
「あらら〜……泣いちゃった……」
 保健室から京香が顔を出して、ばつの悪そうな顔をして見ている。
 由香は、彼女には珍しく「きっ!」とキツイ目で京香を睨むと、無言で側にくるように視線と顎で示した。
 その目が言っていた。
「ここに来て今すぐけーちゃんに謝って」
 そう言っていた。
 いつも「ぽやぽや」してるだけ、こんな顔の由香には、妙な迫力があった。
 ぐすぐすとしゃくりあげ、由香に抱かれて肩を震わせる圭介は、彼女が今まで見た事が無いくらい、ものすごく恐い顔をしている事に、最後まで気付かなかった。
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