■感想など■

2009年07月01日

第11章「恋するキモチ」

■■【1】■■
 翌日の6月18日は日曜日だったけれど、今日も朝から、圭介のケータイには妙なメールが何通も頻繁に入ってきていた。昨日から増えてきている、いわゆる迷惑メールというヤツだった。
 軽いものは「今日ヒマ?遊ばない?」というもので、薄気味悪いものになると「今、駅にいるんだ。御飯食べようよ。迎えに行こうか?」なんてものまで。中には、あからさまに『発情してんじゃねーよ』と言いたくなるようなメールもあって、圭介はいちいち消していくのも面倒になり、とうとう昼には電源を切ってしまった。
 「遊ばない?」
 「好きです」
 「愛してる」
 「えっちしよう」
 「オレならキミを満足させられる」
 馬鹿か?と思った。
 ハッキリ言って気味が悪い。
 対外的には「男として育った女」だという事で、普通の女の子よりも気安いのだろうか?
 普通の女の子よりも、セックスに寛容だとでも思っているのだろうか?

 正直、全身の産毛が逆立つくらい、ゾッとした。

 この2週間、学校内で他の男子生徒から圭介に対しての“こういう”アプローチは、ほとんど無かった。5月29日に倒れるまで、圭介はごく普通の男としてごく普通に登校していたのだから、いくら外見が女になったからといって、同じ学校に通う男としてはすぐに性愛の対象に見られなかった……ということなのだろう。
 けれど2週間もすると、男というものは外観さえ自分好みなら後はどうでもよくなるらしい。そしてそれを決定的にしたのは、健康診断の時、圭介が廊下へ上半身裸のまま飛び出してしまった事が、一番大きな原因だったようだ。

 あの時、健康診断の順番待ちをしていた女子生徒の一人が、健司と目が合って固まってしまった圭介をケータイで撮影した。
 その写真が、瞬く間に男子生徒の間を駆け巡った……と知ったのは、木曜日の事だ。わざわざ桑園京香が、その写真を流した女子生徒を連れてきて、圭介に謝らせたのである。
 女子生徒はF組の女の子で、圭介の知らない顔だった。圭介の所に連れてこられた時、もうその女の子はほとんど涙目になっていたから、京香に「何か」されたのは明白だったけれど、事が事だったため同情などこれっぽっちもする気になんてならなかった。
 京香にケータイの液晶画面で見せてもらった画像は、被写体との距離もあり、しかも荒れてたので、ちょっと見ただけでは映っているのが誰なのかは、わからなかった。けれど、セミロングの黒髪とちっちゃくて細い体に似合わない、たっぷりと豊かな乳房が、なかばシルエットになって横から撮影されていて、なんだか胸にボールか椰子(やし)の実でもぶら下げているように見えた。今、この学校でこんなシルエットを描くのは圭介以外ありえない以上、この人物はたとえ顔がわからなくても、間違いなく彼だと言えた。
 圭介も、自分の事ながらそのシルエットはとても17歳の高校生には見えないと思う。その手の人達が大喜びそうなアニメキャラとか、子供にはとても見せられない特殊な漫画のキャラクターなら、掃いて捨てるどころか“そればっかりです”とPTAのヒステリックなおば様方が胸を張って叫びそうなくらい氾濫しているスタイルだった。
 これなら、“標準的女子高生な体格”をした女の子なら、思わず撮ってしまっても無理はない気がした。
 嫉妬とか、興味とか、そんなのよりまず「笑える」からだ。

 ギャクにしか、なっていない。

 それにしても、こういう、圭介にとって羞恥すべき情報が無制限に流布されてしまう……というのは、いったいどういう事なのだろう……と彼は思う。やはり『星人』は、圭介によほどの事……例えば命の危険や、『星人』の存在そのものが暴露されそうな危険がない限りは、干渉しないつもりなのだろうか?
 そして、圭介に対して欲情した男達が出す、気色の悪い迷惑メールに対しても。
 いや、もしかしたら、それすらも圭介の「女としての自覚」を促す手助けになる――とでも、考えているのかもしれない。圭介と地球人の間に子供が生まれる事を望んでいる『星人』達にとっては、もう一度彼が男に転換して肉体的負担をかけるよりも、このまま――圭介が女のまま、地球人の男の子供を産むことを望んでいるだろうから。
 ……と、圭介はそんな事さえ思ってしまう。
『そこにオレの自由意志は無いのか……?』
 そう思わなくもない。
 けれど、肉体が安定している間のプライバシーは大抵において護られ、圭介の精神的及び肉体的自由を保障する……と美智子(ソラ先生)は言っていた。それは、信じられると圭介は思っている。
 本当に彼等が圭介の肉体だけを必要とするのなら、圭介が地球人との間に子供を作るという結果のみを重視するのなら、たぶん彼等は躊躇(ちゅうちょ)する事無く、圭介から自由意志を奪うだろうからだ。
 それを思えば、自分のこの不安は杞憂(きゆう)に過ぎないのだろうと、圭介は考えるのだった、


 こうまで迷惑メールが増えたのは、あの写真と共に圭介のケータイのメールアドレスが一緒に流布(るふ)されたからだけれど、それにしても一日に届く量がハンパじゃなかった。土曜日だけで20通はあっただろうか。相手は、同級生の男ばかりではないのだろう思う。興味半分や単なる冷やかしも多いけれど、本気なのかどうか判断しにくいメールも多かった。
 とにかく、“あたまわるい”メールが多いのだ。
 昨今、一昔前のアニメや漫画によくあるような、机の中や下駄箱に直筆の手紙を入れる……なんて“超”古典的な方法は、ほとんど無いと言っていい(1度だけ、机の中に下級生の女生徒から手紙が入ってた事があったけれど、これは恐くてまだ開けていない)。もっとも、圭介の通う学校の下駄箱は蓋(フタ)などついていないものだから、そもそも“下駄箱にひそませる”というシチュエーションそのものが成り立たないのだけれど。
 より手軽に、より“頭を使わない”で。
 メールで気軽に「情熱」は電波に乗って届けられる。

 金と女とセックスと、お洒落がいっぱいに詰まった、風船よりも軽い頭の持ち主達の10束20円くらいの「情熱」が。

 桑園京香(そうえん きょうか)の6人いる彼氏(?)のうちの一人である、一ノ瀬 勇(いちのせ ゆう)からも、来た。もちろんそのメールは、ソッコーで京香に転送しておいた。
 男なんかにメールされてもむちゃくちゃ鬱陶(うっとお)しいだけで、
「男の子からこんなにメールもらっちゃたぁ!どうしよう?う〜んケイ、困っちゃうなぁ」
 なんて事は、たとえ天地が逆転しても、たとえ心まで女になったとしても、ぜったいに、これっぽっちも、思うわけがない。
 圭介は心の底から、強く強くそう思う。
 だから当然、送り付けられるメールは返事なんてゼッタイにしないで、片っ端から着信拒否に設定して削除しておいた。

 そんなにイヤなら、メールアドレスを変えるなり、電源を切っておくなりすればいいのだけれど、圭介はたったひとつの理由のために、それが出来ないでいる。
 ――――健司から、メールが来たら困るから、だ。
 もちろん、アドレスを変更して、その変更後のアドレスを教えればいいのだけれど、普通に話すだけでも苦労しているのに、アドレスを変えた事を告げて、もしその理由を聞かれたら、どう答えていいかわからなかった。
 理由を適当にごまかす……というのは、健司に対してはしたくはなかった。もうアイツには『オレは女性仮性半陰陽だった』という大きなウソをついているのだ。これ以上、アイツを騙すのは気が引けた。
 かといって、変更した旨だけをメールにして送り付ける……というのも、なんだか寂しかった。
 もちろん、アドレスを変更して、その理由をアイツに正直に答えて、その対処方法とかをアイツと一緒に考えれば、ギクシャクしたこのイヤな感じも無くなるかも…………なんてことも、考えた。
 でも。
 でも、もし、
「いーんじゃないかな?けーちゃん、もう女の子なんだし、好きにすれば」
 なんて、また顔も見てもらえずにそう言われたら、今度こそ心が張り裂けてしまうかもしれない。
 単に気持ち悪いと思われるより、嫌われてしまうより、全くの無関心を示される事の方が、一番…………恐かった。

 だから、自分でも「馬鹿だなぁ」とは思うけれど、それでもやっぱり一日に何度かは、アイツからメールが来ていないかケータイをチェックしてしまう。
 「びっくりした」とか「ごめんね」とか、そんな言葉じゃなくても、なんてことのない言葉でいいのだ。
 アイツからのメールが、欲しかった。

         §         §         §

 昼御飯を、母が作っておいてくれたシチューとバゲットで簡単に済ませ、ソファにごろんと横になって、圭介は再びケータイの電源を入れた。
 どうせいつもの鬱陶しいメイルしか無い…………そう思いながらも、ついチェックしてしまう自分は、やはり馬鹿なのだと思う。
 こんな風に来ないメールを待ち続けていないで、アイツにちょっと電話して、前みたいに軽く話せばそれで解決するかもしれないのにそれが出来ずにいる自分は、やはり大馬鹿なのだと思う。
 とんでもない“へなちょこ”だ。
 女になってから、力だけじゃなく心まで弱くなったのだろうか。
 前なら。
 男だった時なら。
 そう思うたびに、女になった今と、たった2週間前と、何がどう違うのだろう、と思う。
「…………ない……」
 落胆が言葉になって、ピンク色の可愛らしい唇を割る。さらさらと顔にかかる黒髪が鬱陶しくて、イライラしたようにかきあげた。
『バカ健司っ……ったくさぁ……メールしてこいよな…………』
 自分の事はとりあえず電離層まで打ち上げておいて、圭介は“きゅ”と唇を噛んだ。そのイライラのまま、4通あった差し出し人不明のメールを片っ端から着信拒否に設定して、削除する。
 “ぐいんっ”とソファの上で仰向けになって、脚を肘掛から外に出し、ぶらぶらと揺らしながら背伸びをする。ノーブラの胸の上で、重たくてやわらかい乳房が“ゆさり”と揺れ、スウェットの裏地に乳首が擦れてちょっと痛んだ。夜用ブラは、寝ている間は着けていたけれど、さすがに胸が窮屈で取ってしまったのだ。
 そのスウェットの中に裾(すそ)から右手を入れて、圭介はもちもちとした肌触りの左乳房を、手の平に包んでみた。小さくなってしまった女の手では、包もうとしても包み切れないヴォリュームだ。乳房はあたたかく、やわらかく、重たくて、そしてツンと尖った乳首がそのてっぺんで自己主張している。
『昨日…………』
 健司を想いながら“して”しまった。
 なんでもいいから、切なくて痛くて苦しい胸のざわめきを紛らわせたくって、夢中になってこの胸を、あそこを、弄った。

 『恋』じゃないと、理性が言う。

 アイツが欲しいと、身体が言う。

 どちらの声を信じればいいのか。
 どちらの声に従うのがいいのか。
『でも、あんなふうにアイツの事考えながらオ……オナニーしちゃうって事は、アイツとセ…………セックス…………してもいいって、思ってるってこと…………なのかな。……そうなのかな』
 考えると、途端に全身に汗が吹き出る。

 健司と抱き合う。

 健司とキスする。

 健司におっぱいを触らせる。

 健司におっぱいを吸ってもら…………う…………。

 健司にあそこ……を…………

『ダメだ。今は、想像なんてできない……』
 “ふしゅぅ”と、頭から湯気が出そうになり、圭介は慌てて想像を打ち消した。
 でも、それだけだった。
 昨日みたいにドキドキしたり切なくて泣いてしまったりは、しない。
 たぶん、身体が、心が、いっしょになって熱くなって、もうどうしようもなくなって、それではじめてアイツを想うと“じんじん”するのかもしれない。こうやって“ぽけっ”としてる時に健司の顔を思い浮かべても、胸の奥がなんとなくあったかくなるだけで、そんなにドキドキだって、しないし…………。
 左の乳首を、右手の中指でくりくりと弄ってみる。
『……ん……』
 ほら。
 肉体的な反射だけだ。
 健司を“切ないくらいに愛しい”と想わない。
 想えない。
『健司とセックスなんて…………』
 出来ない。
 そう思う。
 でも、やっぱり健司に嫌われたままだと、寂しい。
 これは本当だ。
『オレは、本当に健司とセックスしたくて……健司との子供が欲しくて、女になったのかな…………』
 天井のライトを見ながら、ぼんやりと考えていた圭介は、突然がばっと起き上がると、右手で口元を押さえて視線を宙にさ迷わせた。
『…………ばかだよなオレ…………健司とえっち“しなくちゃいけない”……ってずっと思ってたけど、オレは自分の事ばっかり考えて、アイツがどう思うかなんてちっとも考えてなかった。オレがアイツとえっち出来ないって思うのと同じくらい、アイツもオレとえっちなんてしたくないって思うに決まってるのに』
 もし、万が一、健司に「ボクとえっちしよう」と言ったら、どうなる?
「けーちゃん、どうしたの?熱でもある?」
 なんて言われるだろうか?
 それとも、
「なんの冗談?」
 と言われるだろうか?
 それとも、
 顔を見てくれないどころか、話もしてくれなくなるだろうか…………。
「だって、けーちゃんって男だったでしょ?そんなことやだよ。気持ち悪い」
 なんて言われたら?
 アイツはそんなひどい事言わないって思うけど、
 思いたいけど、
 でも、
 もし、

 そう言われたら?

『…………健司の……心が知りたい…………』
 ぼふっ……と再びベッドに倒れ込み、溜息を吐(つ)いて、さらさらとした艶やかな髪をかきあげる。
 その手が、不意にピタリと止まった。
『そうだ…………カチューシャを取って………………だめだ……』
 圭介は溜息をついて、仰向けになったままお腹の上で両手の指を絡ませた。

 健康診断のあの日、帰宅した圭介は、母に“カチューシャをつけなくてもキッチリと思念を遮断する方法”は無いか、聞いてみた。
 答えは、
「う〜ん……残念だけど……今のけーちゃんは、ちょっと無理かも……」
 だった。

 圭介の『星人』としての能力は、まだ不完全な状態でしか解放されていないのだという。全て解放され、完全に能力をコントロール出来るようになれば、無意識な状態ではおのずと不要な思念はカットされるし、そもそも意識する事も無いらしい。
 そもそも『星人』にとって地球人の思考を読み取る能力は、決して高いものでは無く、今の圭介の力にしても、強烈な思念に反応しているだけで、普段の思考は感じる事さえ出来ない。
 それは、圭介のナーシャスが『星人』のネットワークに中途半端な状態でアクセスしているからだと母は言う。
 不完全にアクセスして、整理されない情報がオーバーフロウを起こしているために、知覚がズレを起こし、最も近くに存在する地球人の、主に強烈な思念を拾ってしまうのだという。言ってみれば、ラジオのチューニングが不完全で、チャンネルが違っている状態かもしれない。ちょっと性能の良くないラジオで一番近いメイン放送局の電波を拾おうとしたら、チャンネルが少しずれていて、近距離で開設している私設FM放送を拾ってしまった…………とでも言うような。

 そんな状態だから、地球人の思念の中でも最も強い、欲望に直結した思念を感知してしまうのだという。
 そしてその「欲望に直結した思念」の中でも、食欲や睡眠欲や支配欲、自己顕示欲などでなく、性欲――しかも、自分に向けられたえっちな思念に反応してしまうのは、それを圭介が無意識下でひどく嫌悪しているから……らしい。嫌悪しているからこそ、逆に敏感になっているのだ、と。
「けーちゃん?好意の反対は、嫌悪じゃ、ないの。無関心なの。
 それと同じように、嫌悪の反対も好意じゃないわ。嫌悪の反対も、無関心。
 だって、嫌悪しているということは、つまり無関心ではないということでしょう?
 その対象に近付きたくない、関わりたくないと思うからこそ意識しちゃうの」
 そう、母は言う。

 カチューシャを取る事で、地球人の思考の全てを感じてしまうわけではない……。
 それは圭介を少し安堵させた。
 けれど、彼等の思念から抽出された「自分に向けられた欲望の思考」には敏感に反応してしまう……というのは、圭介の心を一方で暗くした。なぜなら、自分の『星人』としての能力が完全に解放され、安定するまでは、人前で…………特に男の前でカチューシャを取る事は出来ないのだ……と、言われたようなものだったから。

 ともあれ、カチューシャを取る事で、健司の心を知る事は出来ない。そして、たとえ思念が流れ込んでくるような事があったとしても、それは健司が自分に対して性的な欲望を感じたもの……という事になる。
 そう考えてしまうと、なんとも言いようの無い、複雑な気持ちになってしまう圭介だった。
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