■感想など■

2009年07月04日

第11章「恋するキモチ」

■■【4】■■
 ストッキング1枚買うのに1時間も粘った“やーらしい”お客様を鉄壁の営業スマイルで送り出した曽我山多恵(そがやま たえ)24歳は、ちょっと目を離した隙に彼女の大好きな“メロンちゃん”な“レモンちゃん”がいなくなってしまった事に、少し……いやかなり、落胆した。
 ジーンズジャンパーとジーンズパンツとスニーカーというボーイッシュな格好だったけれど、黒のニットのセーターには“ぷにぷに”の“たぷたぷ”『だった』メロンおっぱいが隠されているのが、すぐにわかった。
 『だった』というのは、メロンちゃんの胸を公然と触れて寄せて上げたのは他ならぬ多恵自身なので、そのまろやかで病み付きになりそうな手触りは、忘れたくても決して忘れられないものだったということを、ハッキリクッキリ記憶しているからだ。
 重ねてここで強く強く記しておくべきなのは、多恵は別に“あっちのシュミ”がある女性ではないということだろう。彼女は、誤解を恐れずに言うのであれば、そりゃあ女の子のやーらかい体が大好きだ(ここは笑うところじゃありません)。でも、体よりもっともっと大好きなものがある。
 それは、そのやーらかい体に包まれ、隠され、ひっそりと息づく、女の子の傷つきやすくもたくましい『恋心(コイゴコロ)』なのだ。

 あのメロンちゃんが恋している……と知った時、多恵はあまりの愛しさ、健気(けなげ)さに気が狂わんばかりだった。その上、そのメロンちゃんは自分の豊か過ぎるくらい豊かな胸が大嫌いで、その恋は自分の体のために、決して実らないと固く信じているようなところがあった(と多恵は信じている)。
 ちっちゃくって可愛くて、手首も足首もウエストも細いのにおっぱいだけたぷたぷで、でもそんな自分が嫌で自分に価値が無いなんて思ってる……というのは、多恵にしてみればものすごい罪悪だ。彼女の可愛らしいハートなんてもう、『恋する女の子』そのもので、恋するあまりに周りが見えてない思春期特有の『青さ』に、多恵の“おねーちゃんハート”が“きゅんきゅきゅんっ!”と鳴りっぱなしだった事を覚えている。
 そんな『自分がどれだけ可愛いか、その事実から目を背けている上に、それを構成する体そのものを嫌悪している』……なんていう「罪悪」を抱えた「極悪人」で「凶悪犯」なメロンちゃんは、彼女よりほんのちょっとだけど経験も知識もある自分が、まっとうに「更正」してあげなくちゃいけない。
 少なくとも多恵はそう固く信じていたし、あのメロンちゃんがそういう助けを求めているのは、きっと、たぶん、誰の目にも明らかだと思えた。だからこそ“とっときの話”もしたし、個人的なケータイの番号だって教えたのである。

 そのメロンちゃんが来店して、けれど多恵が他の客(しかもセクシー系のブラを5回も試着したのにストッキングを1枚しか買ってくれなかったお客だった!)を接客しているちょっとの間に、視界からいなくなってしまった。
 自分の姿を見つけた時の、まるで夕方に御主人様を迎える子猫みたいな、すがるような、甘えるような、この世界で頼るものが他にいないような、そんな瞳を見せられた後でいなくなられては、気にするなという方が無理というものだ。
 かくして多恵は、売り場を同僚の店員に任せ自分は「おトイレ」へ赴(おもむ)く事に、聖杯を求める円卓の騎士の如き勇気を持って決断したのであった。
「サボリ?」
 違う。
 人類の至宝を護る崇高な使命に赴くのだ。
 同僚のからかうような言葉に、多恵は拳(こぶし)をぎゅっ!と握り締めてみせた。

         §         §         §

 メロンちゃんの姿は、すぐに見つかった。
 “多恵のメロンちゃん”は、4階と3階を繋ぐ階段の踊り場の椅子に座っていた。
 いつから「多恵の」になったのか?という疑問は、この際20光年くらい彼方に放置しておく方向で満場一致の上、即時決定していい……と彼女は本気で思っている。『文句があるなら可及的速やかに異議を申し立てろ』と胸倉掴んで(誰に対してかは多恵自身にもわからないけれど)宣言したい気分だった。
 こんな、肩を落として寄る辺(よるべ)無く俯いてしまっているメロンちゃんの姿を目の当たりにしながら、それでも彼女を放っておける人間がいたら、それはもう人間じゃないとまで(勝手に)思ってさえいた。

 またまた自分は暴走している。

 そう自分でも思う。
 デパートの一店員のする事じゃない。
 そうも、思う。
 でも。
「…………2階のね、『アフタヌーン・ティー』っていうお店、知ってる?」
 圭介の左隣にそっと腰を下ろして、多恵は出来るだけゆっくりと、優しく、言った。
「…………?……」
 圭介が顔を上げる。
 多恵は、息を飲んだ。

 泣いていたのか。

 もしかしてそうなのかも……と思っていたけれど、実際に大きな、ちょっと吊目気味な目に涙がいっぱいに溜まっているのを見ると、そのとてつもない破壊力は、多恵の理性を容易く揺さぶって、店員だからどうとか、年上だからどうとか、そういうカッコつけの部分をいとも簡単に吹き飛ばしてしまった。
 こんなにハートが可愛らしくていじらしい少女が、こんな風に涙をいっぱいに溜めてデパートの階段の踊り場で小さくなっていなくちゃいけない道理なんて、この世界には無いはずだ。もしあったとしたらそれはこの世界が間違っているのであって、この子が泣いてる事を黙認していい言い訳にはならない。
 そういう、“おねーちゃんハート”の“おねーちゃん論理(ロジック)”が“ぎゅんぎゅん”と太平洋断裂層(フォッサマグナ)並みの活発さで発動し、多恵はとうとうメロンちゃんの右肩を“きゅ”と抱いてしまった。
「だえ…………」
 じゅるるっ
「多恵さん?」
 鼻声で名前を呼びかけて、慌てて鼻を啜るその姿が、とても17年間“女をやってきた”とは思えないくらい無防備だった。多恵はその“少年のような”仕草に、心の中で
『きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!』
 と馬鹿みたいな悲鳴を上げていた。
『なぁんて可愛いのっ!?なぁんて可愛いのっ!?なぁんて可愛いのっ!?なぁんて』
 リフレインする言葉が“おねーちゃんハート”のオーバーロードをますますヒートアップさせ、女の子に対して頬を赤らめてしまうという由々しき事態を引き起こす。
 “かああっ”と熱くなるほっぺたに、多恵は
『私は、ホントに、誓って、そっちのシュミは無いのよ〜〜〜っ』
 と、もう一つの悲鳴を上げた。

 対して圭介は、彼女の心の葛藤など梅雨知らず、不意に現れた多恵さんにぎゅっと肩を抱かれ、びっくりしたまま顔を上げていた。
 突然、ふかっ……とした彼女の右胸に左頬を押し付けられ、彼女がなぜここにいるのか慌てて聞こうとして、鼻が“ずびずび”に詰まってる事に気付いて鼻をすすった。その途端、彼女のとてもとてもいい匂いが鼻腔をくすぐって、圭介の心臓が“どきん!”と高鳴ったのだ。
 間近に見る多恵さんの顔は、とてもとてもとても優しくて、ほんのり赤らんだほっぺたは、きっとたぶん自分が“よーちえんじ”みたいにみっともなく鼻をすすったからだと思った。
 恥ずかしい。
 一度しか出会ってない人に。
 たった1時間ちょっとしか話してない人に。
 こんなにもみっともないところを見せてしまうなんて。
 ついさっき、頭の足りない中学生達に啖呵(たんか)を切った同じ少女とはとても思えないほど、圭介の表情は幼く、そして羞恥に染まった可愛らしいほっぺたは、リンゴのように赤々と染まっていた。
 恥ずかしくて情けなくて、俯いてしまう圭介に、多恵が静かに言った。
「どうしたの?ケイちゃん」
 優しい、声だった。
 胸の奥まで染み入るような、声だった。
 何もかも包み込んで、何もかも許してくれそうな、声だった。

 心が、くじける。

 母にも、由香にも見せた事の無い自分が、
 誰かにすがりたくてすがりたくて、でもそんな事は出来るはずが無くて、
 『星人』とか『ナーシャス』とか『ネットワーク』とか、そんなわけわかんないもののことをいくら聞かされても納得なんて出来るはずもなくて、
 でも納得しないといけなくて、
 だけどそのせいで健司に気持ち悪いって思われて前みたいに話すことも出来なくて目を合わせてももらえなくて、
「ボグ…………」
「ぼぐ?」

 ずずずっ……

「ボク……もう……どうしたらいいか……」
 ぽろぽろと涙がこぼれ、景色が歪み、目が熱くなってこめかみがずきんずきんと痛んだ。多恵さんの甘い匂いと柑橘系フレグランスが交じり合い、圭介の鼻腔をくすぐって、心がどんどん解きほぐされてゆく。
「ボクじゃダメなんです。ボクはボクだし、今さら可愛くなんてなれない……。でもアイツは……」
 自分でも何を言っているのかわからない。感情が一気に溢れ出し、波のように全ての想いをのせて外へ外へと飛び出そうとする。なのに言葉はうまく形を成さず、ただ、涙になって目からこぼれた。
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