■感想など■

2009年07月05日

第11章「恋するキモチ」

■■【5】■■
 あの後、多恵は泣きじゃくるメロンちゃんの背中を擦り、髪を撫で、じっと彼女の言う事を聞いていた。
 メロンちゃんは幼い子供みたいにしゃくりあげながら一生懸命話すのだけれど、その言葉のほとんどは不明瞭で、彼女が本当は何を言いたいのか、多恵には理解出来たとは言い難い。

 ボクは可愛くなれない。
 こんなみっともない体が嫌だ。
 ずっと男だったのに。
 どんどん女になってく。
 小学校の時からいっしょ。
 ずっとアイツの兄貴分。
 今さら女になんてなれない。
 好きなのかもしれない。
 わからない。
 どうしたらいいか。
 好きになってくれるはずない。
 目を合わせてくれない。
 嫌われた。
 苦しい。
 どうしたらいいのかわからない。
 胸が痛い。
 痛い。
 痛い。

 痛い。

『つまり、こういう事よね……』
 更衣室のロッカー前で制服を脱ぎながら、多恵はメロンちゃんの話を自分なりにまとめてみる。
『今、あの子が恋してるのは、小学校の頃から一緒に遊んでた幼馴染み。
 しかも、あの子は男の子みたいに、ずっとその子の兄貴分として過ごしてきた。
 でも、段々と体が女の子になってきて、胸がふくらんで、その幼馴染みは避けるようになった。
 目も合わせてくれないくらい避けられて、どうしたらいいかわからない。
 前みたいに接したいのに、嫌われたと思ってて、どうしても一歩が踏み出せない。
 幼馴染みに好かれたくて可愛くなりたいけど、ずっと男の子みたいに育ってきたから、いまさら可愛い女の子にはなれない。
 彼の事を想うと苦しくてどうしたらいいかわからなくて胸が痛い。
 すごくすごく、痛い……』
 溜息が出る。
『なんだかなぁ……』
 ストッキングの跡がついてしまったお腹を、ぽりぽりと掻いた。
 多恵は、なんとも言えない気持ちになって更衣室の天井を見上げてみる。

 メロンちゃんは、可愛い。
 それも、ものすごく。
 もともと『恋する女の子』はいつもの50パーセント増しに可愛いくなるものだけれど、メロンちゃんは普通にしてても、ちっちゃい背だって、ちっちゃい頭だって、ぷくぷくしたほっぺただって、さらさらの髪だって、女から見てもすごくすごく、魅力的だ。
 その上、いまどき珍しいくらい素直で正直で礼儀正しいときたら、私が男だったら絶対に放ってなんかおかない、と多恵は思う。
 最悪なのは、彼女が自分の魅力に……自分がどれだけ可愛いか、全くわかってない事だ。少なくとも今の自分が、その最低大馬鹿野郎の幼馴染みにとって、『女として見られないばかりか嫌われるくらい価値が無い』と思い込んでるのは、確かだろう。
 たぶん、メロンちゃんにとっては、他の誰が「可愛い」とか「魅力的だ」とか言っても、その幼馴染みに『嫌われない』事の方が、何倍も何十倍も大切な事に違いない。
 そんな馬鹿な事があってたまるか、と多恵は思う。
 彼女なら、イイオトコなんて黙っててもすぐに寄ってくるだろう。だのに、こともあろうに人でなしな幼馴染み(顔も見てないけど、きっとそうだ)に『嫌われない』ために心を痛めてるだなんて。
 理不尽もいいとこだ。神様はいったい何をやっているのか!
『けど……ねぇ……』
 女の子の『恋心』なんてものは、大抵そんなものだ、とも思う。
 100人に「ブス」と言われても一番大事な恋人に「好きだよ」と言われたらそれだけでOKだし、100人に「君はなんて可愛いんだ」と言われても一番大切な人に「嫌い」と言われたら、たったそれだけで世界は終わってしまう。ぽっかりと空いてしまった心の穴は、他にどんな代償を求めても埋められるものでもなく、好きでもない男に身を任せてしまったりなんかした日には自己嫌悪でますます穴は心の中で領地を広げ、侵食は怒涛のイキオイで突き進んでしまう。おしまいには心ぜんぶが硬化して、「どうせこんなもんよね」なんて世を達観して適当に恋して適当に生きて、ただなんとなく日々が過ぎてしまうようになるのだ。
 あの年頃の女の子にとって『恋』とは“麻薬”であり“劇薬”であり“不老長寿の妙薬”であり“天界の甘露”である、決して溺れてもいけないけれど忘れてもいけない、大気中の酸素みたいなものなのだ。

         §         §         §

「また妄想大暴走してるっしょ」
 多恵が“はっ”として横を見ると、パーマをかけたロングヘアの女性が、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。火の点いていない煙草を下唇にひっつけて、レースの黒い下着のまま、立て膝でストッキングを履いている。剥き出しの肩から腰の線が艶かしいが、どうにも“オヤジ”な笑みが台無しにしていた。
「妄想大暴走ってど、どーゆーイミよ?」
「妄想が大暴走してんの」
「……そのまんまじゃない」
 多恵の体から思い切り力が抜ける。
「ねえ、この後どーする?」
 下着の中のナプキンをはがし、ティッシュに包んでゴミ箱に投げ入れたショートカットの女性が、青いメタルフレームの向こうから眠そうに問い掛けた。今日は3日目だと言っていたから、そろそろ大酒飲みなウワバミが復活しそうな雰囲気だ。
「ばか。んなとこでナプキン替えんなよー」
「いいじゃない。どうせ3人しかいないんだし」
 新しいナプキンを下着に貼り付けながら、眼鏡の女性が唇を尖らせる。半分脱ぎかけた制服がだらしないけれど、いつもの事だから多恵は黙っておいた。これで、仕事中は何でもテキパキとこなす上に頭の回転も早い、このデパートきっての才女だとはとても思えない。ハッキリ言って詐欺だと、多恵は思う。
「だからヤなんじゃん。ダチのインモー、至近距離で見せられる身にもなれっての」
「何言ってるの。貴女だって酔うといっつも脱ぐくせに」
「あれはたまたまだなぁ……その、溜まってたからだ」
「今日はそうならないように願ってるわ」
「だいじょーぶ。昨日3ラウンドこなしたから」
「貴女もタフね…………」
「今日は少しくらい遅くなってもOKだからさ、多恵、あんたも行くっしょ?」
「え?」
 黙ってると、このまま飲みに狩り出されそうで、多恵は慌てて言った。
「私はいーわ。この後、ちょっと用事があるし」
 そう言いながらベージュのスリップをさささっと着ると、短いポニーテールを解いた。そして、ざっと髪をブラッシングしながらメロンちゃんの心細そうな顔を思い浮かべる。
『私、今日早番だから5時には終わるの。ね、晩御飯食べよっか?』
 咄嗟に口にしてしまった言葉に、少女は「こくん」と幼女のように頷いた。その可愛らしい仕草を思い浮かべるだけで、思わず口元が“にへら”とゆるんでしまう。頭の中では、お気に入りのシチューの店で、向かい合わせに座りながら、あのピンクの唇が“はむはむ”とパンを食べたり、“んくんく”とシチューを飲んだりする場面が展開されていた。多恵的には、それだけでもう御馳走しがいがありそうな気分だ。
 給料日前だけど、だいじょーぶ。
 おねーさんに任せなさいっ!
「んだよ。よーやく多恵にも春が来たか?」
 多恵の、ある意味すごく幸せな妄想を、煙草を咥えたままの女性が掻き消した。
「1年半ぶりだっけ?アソコの蜘蛛の巣もよーやくお役ゴメンかな」
「…………人のこと何だと思ってるのよ」
 歯に衣着せない同僚の顔をうんざりしたように見て、多恵はブラウスの袖に腕を通した。
「今日はね、そんなんじゃないの」
「じゃあなに?」
「ふっふっふー……男なんかよりもね、もっともっと素敵な子とデートなのよん」
「あ、わかった。前に言ってた、爆乳少女でしょ?さっき来てたのがそう?」
 眼鏡の女性が鼻をかんで、かんだそのままの格好で聞く。
「爆乳?なになに?でかちち?ぶるんぶるん?」
 何がそんなに嬉しいのか、煙草の女性が両手で乳房を揺するマネをしながらオヤジっぽく笑った。指の動きが超絶的にいやらしく、ホントは正真正銘のオヤジが女の皮を被ってるんじゃないだろうか?と思わせるが、残念ながら(?)黒のスケスケレーズの股間には女性器の凹凸がハッキリクッキリ浮き出ているし、シミ一つ無いなめらかな背中に“着ぐるみファスナー”も見えなかった。
「……下品ねぇ……」
「いいっしょべつに。自分に無いものだからこそ惹かれるんじゃん。で、どんな子?」
「さあ……私もちらっと見ただけだし……」
 2人の視線が、いきなり遠慮無く多恵に集中する。
「……いい子よ。ものすごく。可愛いし、素直だし」
 ロッカーの扉の裏の鏡で化粧を直しながら、多恵は気の無い風に言った。
 メロンちゃんには、2階の「アフタヌーン・ティー」という紅茶房(ティー・ルーム)で待ってもらっている。もう5時を10分も過ぎているから、待ちくたびれているに違いない。
『泣いた顔しか見たこと無いもんね…………じ・つ・わ……怒った顔も可愛いかもしんない』
 待ちくたびれたからといって、怒って帰ってしまう……とは不思議と考えられなかった。あの子は、「待ってる」と言ったら1時間でも2時間でも待ってるような、そんな気にさせる子なのだ。
『「遅いです!」とか言って、拗ねてほっぺたふくらませちゃったりとか…………「知りません」とか言って涙目で睨んだりとか………………ううっ……可愛い…………』
 そんな不届きな考えまで浮かんでしまうのが、ちょっとビョーキだった。圭介が聞いたら確実にヤな顔をしそうだ。
「何デレデレしてんのよ」
「やっぱり“新しい子”なの?」
「え?なに?そーなの?どっちがネコ?」
「そりゃあその子でしょ?」
「いやいやいやいやいや、意外と多恵が泣かされちゃってたりしてなぁ」
「バカ言ってんじゃない。その子にはちゃんと好きな男の子がいるんだから」
 果てしなく広がる同僚達の妄想の翼をバッサリと切り落とし、多恵は
「じゃあね」
 と更衣室を後にした。
この記事へのコメント
この辺りの葛藤とか、連載時好きでした。今も好きですが。

先の方を、我慢出来ず読んでしまい、また泣けてしまって…
何故かラスト近辺を保存していなかったために、こちらのブログ更新を心待ちにしてたりします。
Posted by luci at 2009年07月05日 18:32
 好きでいて下さって嬉しいです。ありがとうございます。

 この辺もそうなんですが、当時はとにかく悩み悩み書いてましたね。
 で、悩んでいても進まないのでとにかく書く、力技で描写する、を心掛けてました。
 気分的には、到達点がわかっているのに、その途中の道がわからなくてやみくもに歩いている感じ。
 遠くに見える塔とかビルを見ながら、ひたすら歩くあの感じです。

 投下時とは微妙に文体とか描写とかが変わっていると思います。
 足りなかったものを足したり、逆にカットしたり。
 今はまだ、それほど大きな改訂はしていませんが……。

 再び最後までお付き合い下されば幸いです。
Posted by 推力 at 2009年07月06日 11:38
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