■感想など■

2009年07月07日

第11章「恋するキモチ」

■■【7】■■

 におい。

 匂いというものは、人それぞれに違うものだ。
 ただ「におい」と書くだけでも「匂い」と「臭い」があって、「匂い」の方はなんだかイイカンジだけど「臭い」になるとなんだかヤナカンジだ。「臭い」は「臭(くさ)い」とも読めるからかもしれない。
 圭介は、深くてほの暗い海の底でゆったりとたゆたうように、ぼんやりと思う。
 母の匂いは、なんだか“ほんわか”してる。
 由香の匂いは“ふあふあ”してる。
 京香の匂いはちょっと気取ってる。
 玲奈さんの匂いは、“涼しい”感じ。
 ソラ先生の匂いは、消毒薬の清潔っぽい匂いだ。
 はるかちゃんなんかは、ちょっと背伸びした匂い。
 美術部の宮森には油絵の匂いが染み付いてるし、
 部長の匂いはちょっと甘くて、
 マーちゃんは、いつも優しい匂いがする。
 でも、女の匂いは、なんかぜんぶ「いいにおい」なんだ。
 それに対して男の匂いは、ちょっとだめだ。

 けど。

 けど、健司の匂いは、ちっともダメじゃない。
 ヤじゃない。
 プールの後の、ちょっと塩素の匂い。
 お日様にあたたまった、ちょっとやんちゃでたくましい大型犬みたいな頭の匂い。
 実家の豆腐屋の、大豆を茹でて蒸して立ち上る蒸気の、どこか甘いようなあったかい匂い。
 ちっともヤじゃない。
 制服に顔を押し付けて“くんくん”したら、きっと汗の匂いがする。
 でも、たぶん、きっと、あいつの匂いなら。
『……嫌いじゃない思う……』
 ううん。
 そんな消極的なんかじゃなくて。
 きっと、

「……すき…………」

 ……ふ……と、圭介は自分の口にした言葉で目を覚ました。
「……??…………」
 誰かに、頭を撫でられている。
 すぐにそれに気付いて、彼はぼんやりとした目を上に向けた。
『……………………………………良い店悪い店…………ディスプレイ・ノウハウAtoZ??…………』
 なんだかわかんないけれど、本のタイトルが顔と直角に、あった。
 間違っても自分なんかが読んだりしない種類の本だった。
 ……と、
「あ、気がついた?」
 本が、す……と遠退き、その向こうから優しい微笑みの女性が顔を出した。その人は、セミロングの髪が肩から垂れて、顔は……まあ、美人に入るかな?と言えなくもないファニーフェイスだった。「綺麗」というより「人懐っこい」感じだ。でも、化粧を落としたのか、眉がほとんど無くて、ちょっと恐くなってた。
「多恵さん…………?」
「あ、起きる?もう平気?」
 身を起こそうとして後頭部にやわらかいものを感じた圭介は、自分が多恵の太腿を枕にしていた事を知って頬を赤らめた。
『膝枕……してくれてたんだ……』
 重たい身体を起こし、今まで自分が横になっていたソファに座る。
 多恵は「ちょっと待っててね」と言いながら読んでいた本をガラステーブルに置くと、パタパタとスリッパの音をさせながらすぐ隣のキッチンに消えた。
 頭がぼんやりして、こめかみが少し痛む。身体が“ぽわぽわ”として、それでいて重いような気もした。
 喉の奥に何か詰まったような感じもするし、それに胸もなんだかやたらともやもやした。
「ここ……」
 ハッキリしない目をパチパチと瞬かせて、圭介は周囲をぐるりと見回してみる。上品な壁紙と、若草色のカーテン、それにクリームイエローのカラーBOXが目に入った。
 そんなに広くは無い。せいぜいが、8畳くらいだろうか。キッチンとは反対の方向に、白板で向こうの見えない引き戸があるから、たぶんもう一部屋あって、そちらは寝室なのかもしれなかった。
 フローリングの床には毛足の短い落ちついた色の絨毯が敷いてあって、小さいガラステーブルと3人掛けくらいのソファ、それにテレビの載ったアイボリーの収納ラックがある。こまごまとしたものはあるけれど全体的にあまり飾り気は無く、シンプルで、でもなんとなく落ちつく部屋だった。
「はい、水」
 不意に目の前に水滴の付いたガラスコップが出されて、圭介は思わず手に取った。氷が2個浮かべてあって、爽やかな柑橘系の匂いがした。
「……レモン……」
「うん。濃縮レモンをちょっぴり落としたの。酔い覚ましにはいいと思うよ」
 グレーのトレーナーにカーマインのホットパンツ……という、ひどくラフな格好のまま、多恵が無防備にソファへ座った。クッションが沈み込み、圭介の身体が揺れる。成熟したオトナの女性の匂いと体温を感じた気がして、圭介のわずかに残ったオトコノコの部分がちょっとだけザワついた。
「あの……ここ……」
 とりあえず冷たい水を一口含んで“ねとねと”した口内を洗い流すようにして飲み込むと、圭介はおずおずと聞いてみた。
「ん?私のウチ。大変だったんだよ?イキナリ寝ちゃうんだもん」
「え……?」
「あれ?覚えてないの?」
「ええと…………」
 グラスを両手で持ち、その縁に唇を付けたまま、圭介はガラステーブの上の小さな藤篭を見つめた。藤篭にはこの部屋の鍵らしきものと、キャンディとガムが入っていた。
『なんだっけ…………なんかいろいろあった気がする……』
 こめかみにしくしくとした痛みを感じながら、圭介はゆっくりと思い出す。

 そうだ。

 『部長2号』さんは「鷹森美咲(たかもりみさき)」って名前で、『青いひと』は「神林茉莉江(かんばやしまりえ)」って名前だった。
『鷹森さんは「タカちゃん」って呼ばれてて、神林さんは「マリ」って呼ばれてて……』
 ……で、
『ボクはいつの間にか“けーちゃん”って呼ばれてて……』
 “イタリアンレストラン”だった。
 …………気がする。
 “イタリア風無国籍居酒屋”だったような気も、する。
 スコーンを2個(しかもラズベリージャムとホイップクリームをたっぷりつけたヤツ!)も食べたのに、料理があんまり美味しくて、いっぱい食べた。
 皮を甘辛くこんがり焼いた若鳥の腿肉が入ったサラダ。新鮮なアサリと3種類キノコのトマトソース煮。アツアツのチーズが美味しいピッツァ・マルガリータ。健康育成の地鶏の香草焼き。牛肉のカルパッチョのパルネザンチーズ付き。ペンネのトマトソース。白身魚のオリーブオイルソース。
 それから……
『タカちゃんがいっぱい頼んだから……』
 ああ、パルミジャーノリゾット……とかもあったっけ。
『途中でタカちゃんが、ワイン飲んでみるか?って聞いてきて……』
 個室っぽい仕切りの部屋で、店員に見咎められる心配も無かったし、それになんだか「悪い事してる」って気がして、
『2杯目までは……覚えてるんだけど…………』
 今までアルコールなんて飲んだ事無かった……と言ったら、
『タカちゃんが「お子ちゃまじゃあなぁ……」とか言うし、マリさんも「今時、ワインくらい飲めないと男の子に好きになってなんてもらえないわよ?」とかなんとか、ヘンな事言うもんだから……』
 なんだかムキになってしまって、マリさんが手に持ってた赤ワインを
『ぐいーーーっと…………』
 ……すごく苦くて不味くて、それで口直しに水を飲もうとしたら、
『一気に身体が熱くなってきて…………』
 「もうやめたら?」という多恵さんの前にあった甘い匂いの白ワインを
『ぐいーーーっと…………』
 ……………………それで、なんだかもうワケがわからなくなってしまったのだ。
 頭がふらふらして、喉が乾いて、水飲んで、パスタ食べて、
『ああ……そうだ……』
 周りの景色がぐにゃぐにゃして、
「そおよぉ。ケイちゃんは私の妹みたいなもんなんだから」
 って多恵さんの声が聞こえて、
『なんだかすごく嬉しくなって……』
 「おねーちゃん!」と言って抱きついたり、
『うあああ……』
 「タカちゃんはきれーだからわかんないんだ!」と言って拗ねたり、
『うああああああ……』
 「マリさん、ボクのことキライ?」とか言って甘えてみたり、
『うあああああああああ……』
 そうこうするうちに、
「もっと自分に自信を持ちなさいよ」
 とか、
「好きなら好きって言えばいいのよ」
 とか、いろいろ言われたのだ。
 …………それから、泣いた……気もする。
 わんわん泣いた…………ような気がする。
 何か、ヘンなこと口走らなかっただろうか?本当の名前とか、健司のこととか、『星人』のこととか……。
 そして、記憶がプッツリと完全に切れる。
『最近、健司のこととかで、あんまりよく眠れなかったから……なぁ……』
 聞くに聞けない事が多過ぎて、出来れば記憶が途切れたのは「まずい事」を口走る前に眠ってしまったのだ……と思いたかった。
『もう絶対、酒は飲まないようにしよう……』
 圭介は悲痛な顔でそう心に誓うと、“こくん”ともう一口水を飲みこんだ。

「どうしたの?」
 コップに齧りついたまま固まってしまったメロンちゃんに、多恵は出来るだけ優しく声をかけた。
 たぶんメロンちゃんは、今の自分の格好にも気付いていない。
『まあ……あんな状態じゃあ……ねぇ……』
 眠ってしまってぐったりしたまま、帰りが同じ方向のタカちゃんとタクシーに乗せた時の事を思い出して、多恵はなんとも言えないような顔をした。
 このメロンちゃんは、多恵がタクシーを捕まえるため、ちょっと目を離した隙に、道の真ん中でイキナリ『あつぅいぃ〜〜〜!!』とか言い出しながら服を脱ぎ始めてしまったのだ。
『タカちゃんも酔うとスゴイけど、ケイちゃんが彼女と同じになるなんて思わなかったな……』
 メロンちゃんも、もう少ししたらタカちゃんみたいになるのだろうか?
『あまり考えたくないなぁ……』
 ジージャンは多恵が手に持ってて、気付いた時にはメロンちゃんはニットのセーターを乱暴に脱ぎ捨てて、さらにその下のTシャツまで脱ごうとするものだから、慌てて駆け寄って、道行くスケベオヤジ共の目からガードしながらジージャンを着せて、そして強引にタクシーに押し込んだのだ。
 憎たらしいことに、タカちゃんはその間、「いいぞー!」とか「ひゅーひゅー!」とかストリップ劇場で酔っ払いオヤジがするみたいなヘンな掛け声をかけてるだけだったし(行ったこと無いけど、テレビドラマとかではそういう描写してたりするから、たぶんそんな感じなんだろう)、しかも頭のネジが2・3本跳ね飛んだみたいにゲラゲラ笑うし…………すごく頭にきたから、タクシー代は彼女のサイフから多恵がムリヤリ諭吉さんを奪ってあげたのだった。

 今、その“大トラ”のメロンちゃんは、プリントTシャツ姿で、叱られた小学生みたいにちょこんとソファに座ってこれ以上無いくらい青い顔してる。小さな肩が頼りなさげで、けど胸はすごいヴォリュームで、グラスを両手で持ってるものだから両側から余計に押さえられた胸が、Tシャツの胸元からものすごい谷間を作っているのが覗いていた。
『私が男だったら、間違い無く襲ってるわよねぇ……』
 一人暮しのアパートに2人っきり。
 オトナな自分と、酔って本調子じゃない可愛らしい女の子。
 ソファに押し倒して、嫌がるメロンちゃんに強引にキスして、おっぱい触って、“くたぁ……”と力が抜けたら服を捲り上げておっぱいちゅーちゅーして……。
 そこまで考えて、多恵は、そのあまりにも三流官能小説みたいな展開を“ぼ〜〜〜っ”とバカみたいに考えている自分に、自分自身で苦笑してしまう。どうやら、自分もまだワインが抜けてないらしい。
「ボク…………帰ります…………」
 不意に、ふらっ……とメロンちゃんが立ち上がり、それから思い出したようにグラスをテーブルに置いた。
「あっ」
 脚をふらつかせたメロンちゃんを、多恵が慌てて抱き止める。
 ちっちゃくて細い肩が、彼女の「保護欲」とか「母性愛」とか言われてる心の奥の部分を“ちくり”と刺激した。
「気をつけて」
「……今、何時ですか?」
 メロンちゃんは、自分の左手首に嵌めている男物の黒い時計の存在を忘れているみたいだった。人の趣味にとやかく言うつもりは無かったけれど、少女の白くて細い手首には、ちょっと似合っていない気がした。
「う……ん……10時……ちょっと過ぎ。ね、ケイちゃんのウチって、門限は大丈夫?」
 こくん……と、少女は子供みたいに頷いた。
「お父さんかお母さんに連絡しなくても大丈夫?」
 こくん……と、また子供みたいに頷いた。
 多恵は「ふう……」と息をつくと、ひとまずメロンちゃんをソファに座らせ、セーターとジージャンをその膝の上に置いた。
「……せめてセーターは着た方がいいわよ?風邪引いちゃうから」
 メロンちゃんは、じっと膝の上の服を見つめると、のろのろと顔を上げて多恵を見た。
 青褪めた顔に、ちょっと潤んだ瞳が犯罪的に可愛らしくて、多恵の“おねーちゃんハート”が“ぎゅんぎゅん”に鳴り響き、彼女はあともう少しで、ちっちゃくて可愛くて頼り無げな少女を“ぎゅっ”と抱き締めてしまいそうだった。
『いやぁ……いかんいかん』
 ……それこそ犯罪になってしまう(なりません)。
「ボク……ヘンなこと言いませんでした?」
 セーターを着ながら、メロンちゃんが不安そうに言う。
 多恵は彼女の髪をセーターから出して指で軽く梳いてやりながら、
「……ヘンなこと?」
 ……「アレ」のことだろうか?それとも「ソレ」のことだろうか?
 微笑みを崩さないまま、急いで考えた。

 メロンちゃんは、酔っ払ってもメロンちゃんだった。
 可愛くて素直で正直で、良い子だった。
「だから、ボクはダメなんです。ボクはボクじゃダメなんです。アイツは、もっと……もっと女の子っぽくないと、きっと……」
 そう言いながらぽろぽろと涙をこぼした彼女が、たまらなく愛しかった。
「アイツに嫌われるなら、ボクは女でいたくない。ボクは男に戻りたい。アイツとふつーのダチだった頃に戻りたい……」
 しゃくりあげる少女が切なくて、いじらしくて、思わず肩を抱いた。
「かーさんたちは、ボクがアイツとえっちしてこどもつくればいいっておもってるんです。アイツじゃなくてもオトコならだれでもいいからこどもつくれっておもってるんです。でもだったら、それだったら、ボクはあいつとがいい。まだ、アイツとならいい。けろ、ボクはオトコなんですよ。きいれますか?たえさん!ボクはオトコなんれすよ!?……どうふればいいんれすか?しゅきならおろこれもおんられもかまわらいとかっていーますけろ、ならボクがよくてもあいるは?あいるはきっといやにひまってる…………らっれボクはおろこらったんらから……らから……」
 泣きながら、半分眠りながら、呂律(ろれつ)の回らない事を呟く少女の、その心の痛みが少しでも和らげばいいと思って、多恵は少女の髪をずっと撫で続けていた。

『この子は、この子のままでいいのに……。そのままでいいのに……どうしてそこまで自分を否定するんだろう……その彼にこだわるんだろう…………』
 そう思い、自分を見つめるメロンちゃんから目を逸らし、多恵は「ふう……」と溜息をついた。
 その仕草に少女が“びくん”と体を震わせ、多恵は「しまった!」と思った。すがりつく子猫を邪険に手で払い除けたような罪悪感と気まずさが、一気に彼女の胸に満ちた。
「あ…………違う違う!ちょっと今日はアルコールが抜けるのが遅いなぁって思っただけ。別にケイちゃんがヘンなこと言ったとか、そーゆうんじゃ、ないのよ?」
 メロンちゃんは、本当はもっと活動的でポジティブな性格なんじゃないかな?……と多恵は思っている。
 今まで男みたいに一緒に遊んでいた幼馴染みがいて、ここまで「女」として変化してしまった自分の体に戸惑い、嫌悪し、悲嘆している…………そう感じるからこそ、そう思えた。
『女であること……女だということ……それに対する悦び……とか、幸せ……とか、そういうものを感じられれば、また違うのだろうけど……』
 多恵は、当たり前だけれど物心ついた頃から女として生きてきた。女である事が当たり前で、それを疑問に思ったことは全くと言っていいくらい無いのだ。
 確かに時々「男だったらな」とか「男になれたらな」とか思ったりもする(特に生理の時とか!生理の時とか!生理の時とか!それから生理の時とか!)が、それが思っても仕方ない事だと自覚しているし、自分の性を受け入れているから、今さら変えられるとも思っていない。
 「女であること」「肉体的に男性よりも弱いということ」を意識して利用してきたつもりはないけれど、それなりの恩恵も受けてきたのだ。時々、女である自分をうざったく感じる事も無いわけではないが、それでも「嫌悪」するまでには至っていなかった。

 けれど、メロンちゃんは違うのだろう。

 彼女から聞く話を繋げてみると、多恵には朧(おぼろ)に見えてくるものがあった。
『ケイちゃんは、小さい頃から男の子みたいに……ううん……男の子として?育ってきたのね。
 幼馴染みの男の子とも、男同士みたいにして遊んでいた。
 でも、成長して、体がどんどん女になってきて、それで急にその幼馴染みの男の子がよそよそしくなった……。
 ケイちゃんはその男の子の事が好きなのに、ずっと男の子として一緒に育ってきたから、それを自分でもまだ認めたくない…………けれど好きだから、それを否定したい理性と感情がケンカしちゃて、ぐちゃぐちゃになっちゃってる。
 その上、お母さん“たち”は、ケイちゃんにその男の子の子供…………“後継ぎ”……かな?……を、産んで欲しがってる……。
 好きだから、感情ではきっとたぶん“受け入れたい”と思いかけてるのかもしれない。
 でも、理性の方では今まで男同士みたいにして育ってきた男の子と、セックスするなんて考えられない……。
 …………そうしているうちにも、ケイちゃんの周りの状況は、どんどん……刻一刻と変わっていっている…………。
 そう…………ケイちゃん自身の意志も無視して』

 ――――なんて“大時代的”な話だろうか。

 それが真実とどのくらい隔たりがあるのか多恵にはわからないけれど、でも、そこに真実が少しでも含まれているのなら、女の子の意志も人格も無視したその状況には、じゅうぶん怒っていい理由があるように思えた。
『……田舎の方の古い家だと、なんだかまだありそうな話ね』
 多恵はメロンちゃんの頭を引き寄せて、ゆっくりと抱き締めた。少女は一瞬だけ体を硬くしたけれど、抵抗することなく多恵に身を任せてくれる。2人の間で、多恵よりもずっとずっと豊かな乳房が、“ふかっ”とクッションのように形を変えて多恵の胸を押した。
『この子の家って……どんな家なんだろう……』
 メロンちゃんのおっぱいの心地良いやわらかさを感じながら、ふと多恵は思った。

 例えばこれが時代劇とかだったら、よくありそうな筋立てかもしれない。
 世継ぎの生まれない藩主が、一人娘の姫を息子と偽って育て、自分の最も信頼出来る家臣の息子を遊び相手兼世話役としてつける。
 姫はどうあっても女だから、成長すればおっぱいだってお尻だって大きくなるし、立場もただの子供から藩主の子供としての側面が重要視されてくる。
 そのうちに姫の遊び相手だった家臣の息子は、今までずっと兄弟みたいに育ってきた姫を、ある時から「主君の娘」として扱い始める。もう遊び相手でも、幼馴染みでも無い。自分が仕える主君として見始めるわけだ。
 それに対して、姫は彼がどうして急によそよそしくなったのかわからない。
 彼はただ、自分の立場と姫の立場を明確にしただけなのに、姫からすればそれは「拒絶」として捉えてしまう行為だ。
 一緒にいるのが当たり前で、彼のことを当たり前のように好きになっていた姫は、その「拒絶」が哀しくて仕方ない。
 そして、姫の体もどんどん女らしくなってきて、もう女であることを家臣達に隠せなくなってくる。
 やがて藩主は「息子」として育ててきた姫に“見切り”をつけ「それならば」と信頼出来る家臣の息子と夫婦になり「世継ぎを産むように」と姫に告げる。
 今まで男として育てられて、男として育ってきた姫は、父母の言いようが理解出来ない。
 世の習いとして、自分が世継ぎを産まなければ御家断絶となる事は重々承知している。けれど、今まで男として兄弟のように一緒に育てきた彼を、今さら夫と呼べるのか。契りを結べるのか。
 確かに好きだという感情はあるだろう。
 けれどその「好き」という気持ちは、その頃にはもう「男としてのもの」なのか、「女としてのもの」なのか、姫自身にもわからなくなっている。

『で、大抵の場合はそこに物語の主人公が絡んできて、姫は自分の本当の気持ちに気付いて彼と結ばれ、めでたしめでたし…………と』
 けれどそれは現実ではない。お話の中の出来事だ。
 登場人物の感情は、お話の都合にいいようにコントロールされ、観客の感情に好ましいものとして映るようにだけ描写される。
『そう……物語と違って、ケイちゃんは今こうして生きて、悩んでるんだもの。そんなに都合良く物事が運べるなら、神様仏様なんて必要とされるはずないよ』
 もちろん、多恵の大好きなメロンちゃんを取り巻く現実には、都合良く現れてくれる主人公なんていないし、家臣を諌めてくれる偉そうな水戸のちりめん問屋の御隠居様……なんてのは、なおさらいるはずもない。
 それに、「そういう話」では大抵の場合、姫の立場は流動的で受動的で、結局は男達の都合の良いようにされているものだ。姫自身の主張なんて誰も耳を貸そうとしないし、聞いたとしても「御家のためです」とか「もっと御自分の立場をわきまえなさい」とか言われて黙殺されてしまうのだ。
『この子がそーゆーお話の姫様みたいに、ガマンして、そして潰れてしまっていいワケないじゃない……ねぇ……』
 多恵はメロンちゃんのさらさらの黒髪に頬を寄せながら、彼女の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な友人の顔を思い浮かべてみた。
 こんなにも可愛くて優しいメロンちゃんが、こんなになるまで好きになるような男の子……。
 ……ちょっと想像出来ない。
『タカちゃんだったら、悩みもしないで突き進んでいくだろうし、マリちゃんなら相手の論理の穴を徹底的に突いて、完膚なきまでに論破しまくって自分の主張をしっかりと貫きそう……』
 彼女達の性格の10分の1でもブレンド出来たら、きっとこの少女がひとりぼっちでこんなにも悩んで苦しんで泣いてしまうことなんて、無いだろうに。
「ねえ、ケイちゃん……このままで聞いて」
 多恵は、ソファに体を預けメロンちゃんのやわらかい身体を優しく抱き締めたまま、その艶やかな髪に唇をつけるようにしてゆっくりと囁いた。
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