■感想など■

2009年07月15日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【6】■■
 保健室の窓を見ると、外はもうすっかり真暗だった。
 壁の上に設置された白い文字盤の時計を見ると、針は9時20分辺りを指している。雨宿りをしている時、最後に時計を見たのは6時46分だったから、あれからもう2時間半近くも経っている事になるだろう。
 圭介の質問に
「なんとなく」
 の一言で打ち切ったソラ先生は、汗で濡れたシャツを着替えるようにと、新しいシャツと、それに替えのナプキンとパンツを彼に渡してカーテンを閉めた。
 履いていたパンツのナプキンを替えるだけにしようかと思ったら、ちょっとだけ赤茶色の汚れが付いていたので、圭介がパンツごと替えることにしたためだった。
 説明書を見ながら、圭介は新しいナプキンをパンツに張り付けた。おりものシートでなんとなく馴れてはいたものの、メーカーが違うためか形状が少し違っていて、一応説明書に従う事にしたのだった。保健室には、急に生理が始ったりした女生徒のために、ナプキンもタンポンも、そしてSLMのパンツさえも常備してある。学校出入りの業者の都合か、一つのメーカーしか無いのはイロイロと不便そうだったけれど、まるだけまだマシだと思わないといけないのかもしれない。
『…………そういえば、健司と由香は……』
 圭介が倒れたのなら、きっとたぶん当然のように傍らにいるはずの2人の姿が無い。
 圭介はブルマごとパンツを脱ぐと、あそこのカタチそのままに細長くべっとりと赤茶色の血のついたナプキンを見て、顔を顰めながらソラ先生に聞いた。
「いや、ついさっきまでいたんだけどね。あんまり遅くなると学校的にまずいもんだから帰した」
「……そう……」
「…………2人とも、すごく心配してたぞ。特に川野辺なんて、初めて自分の娘が風邪を引いた母親みたいだった」
 その様子が目に浮かぶようで、圭介は自然と口元にうっすらと笑が浮かぶのを感じる。
 そしてウェットティッシュで膣周辺を拭ってから、
『こういう事はトイレに行ってやるべきなんじゃあ……』
 と思ったけれど、もう始めてしまったことは仕方ないと諦めることにした。
 固まりかけた、まるでレバーのような経血が、ちょっと臭かった。
「川野辺も、自分だってさんざん経験あるんだし、生理は病気じゃねーってわかってんのにな」
「……健司は……」
 躊躇った後、圭介がぽつりと呟く。
「気になるか?」
 冷やかしでもなく、揶揄するわけでもなく、ソラ先生はあったかい眼差しでカーテン越しに動く圭介の影を見た。
「…………べつに…………」
「安心しろ。川野辺よりもっと心配してた」
「……安心って……べつにボクは…………」
「お前の事が大事なんだよ。川野辺も、谷口も」
 ソラ先生の、裏に何も無い真っ直ぐな言葉に、圭介のほっぺたがほんのり紅く染まってゆるむ。
 汚れたパンツとシャツと、ビニールに押し込んだウェットティッシュを、カーテンの間からソラ先生が手を伸ばして「よこしな」と言ったけれど、さすがにそれは断った。いくらなんでも、あまりに恥かし過ぎるからだ。
「お前に謝っておいてくれってさ」
「誰が?」
「健司」
「健司が? なんで?」
「急に怒って悪かったって」
「……そんなの…………」
 自分があんな事をしたから、だから健司は怒ったのだ。彼の憤りは正当なもので、謝られてはこちらの方が困ってしまう。もっとも、それでも謝ってしまうのが、健司という人物なのだけれど。
「何かあったのか?」
 圭介は、カーテンを開けたソラ先生の問いに、曖昧に微笑んで見せた。言葉には出来ないけれど察して欲しいという、彼なりの精一杯のメッセージのつもりだった。
「とうとう迫ったか?」

 ――ぜんぜん伝わってなかった。

 圭介が軽く睨むと、「おーこわっ」とかなんとか言いながら席を立って、テーブルの上の急須にポットからお湯を注いだ。そして備え付けの小型冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、湯気の立つ湯飲みに少し注いで冷ますと、圭介に手渡す。
「まあ、飲め」
 喉がカラカラに渇いていた圭介は、彼女の言葉が終わる前にひとくちだけお茶をまず口に含み、粘っこい口内を洗い流すようにして飲んだ。“こくこく”と一息にお茶を飲み干してから、鼻に手を近づけて“くん……”と小鼻をひくつかせてみると、なんだか……鉄っぽい匂いが染み付いてしまった気がした。
『血の匂い…………』
 鼻血とはまた違う“生臭さ”に感じるのは、それがあの“肉の亀裂”から垂れ落ちてきたものだからだ……と、知っているからだろうか。
「……で、どんな感じだ?」
 ソラ先生が、ベッド脇の椅子に座って高く脚を組む。今日の白衣の下は、枯草色のジャケットとスラックスにローファーという、どうにもカッコイイ出で立ちだ。足を組んで座る姿がここまで決まる女性というのは、生徒を含めても校内では彼女しか見当たらないだろう。「女性」というより、ホストクラブで女性を相手にする側にいた方が、よほどしっくりときそうな感じだった。
「……ヘンな感じです」
 左手に湯飲みを持ったまま、右手で下腹部を擦る。体の奥から内臓の一部が血と共に剥がれて落ちてくる……というのは、男にはたぶん一生縁の無い感覚だろう。それに、パンツの中にナプキンがある……というのは、やはり馴れないうちはどうにも気になるものなのだ。
「気分は?」
「……まだちょっと……」
「そうか。まあ……初めてなんだ。無理はするな」
「先生……」
「ん?」
「……これってやっぱり…………子供……作れるようになった……ってことですよね?」
 再びソラ先生にベッドに寝かせつけられながら、圭介は小さな声で聞いた。
「…………『星人』のネットワーク・メモリィには、過去、異なる種族の間に創った…………すまん、出来た子供が、もう片方と同種の間に“自然発生的に受胎した”という記録も、決して無いわけじゃない。しかもお前は、その点は涼子さまと他のメンバーが念入りに調整したから、たぶん問題無いと思う」
「涼子さま?」
「……あ、いや……まあ、今さら隠す事でもないけどな。一応、私達のネットワークのアタマだし」
 なんとも言えない顔をして鼻の頭を掻くソラ先生は、クールな外見とは似つかわしくない可愛らしさを見せた。立場的というばかりではなく、感情的にも圭介の母に頭が上がらないのかもしれない。
「ソラ先生……」
「ん? なんだ?」
「ボク…………どうしても子供を作らないとダメかな?」
「…………イヤか?」
 圭介は答えず、保健室の白い天井を見つめた。

 保健体育の授業や、由香やクラスメイトから聞いていて、生理とか妊娠とか出産などに関しては、知識としては男だった頃からは比べようもないほど豊かになったと思う。けれど大抵の女性が、物心ついた頃からお人形さん遊びや同世代の女の子同士などで培う『母子関係』や『家族』、『育児』のシミュレーションを経ていない圭介には、『子供を産む』という事への「想い」とか「憧れ」とか「気構え」とかは、無い。
 「結婚への憧れ」
 「愛する人と結ばれる悦び」
 「愛する人の子を身篭る悦び」
 「母になる悦びと誇り」
 「自分の血肉を分けた存在を生み出す事の出来る女の自負」
 性同一性障害でもない限り、どんな女性でもチラリと一度は脳裏に浮かべてみるかもしれないそれらの想いは、圭介にはまるきり無いのだ。

 逆に、「恐怖」……と言っては変だけれど、「恐れ」みたいなものは、あった。
 それはクラスメイトの女子が生理の時にひどく痛がったり、暗くなったり、面倒くさがったりするのを間近で見ていたし、保健体育の授業では出産シーン(!)の記録ビデオなんかを見たりした事にも起因するだろう。実際、分娩台に横たわった女性の股間から、血みどろの肉のカタマリが“ずるり”と出てきた時には、いつの間に『物体X』か『エイリアン』のビデオと入れ替わってしまったのだろう……なんて、なかばホンキで思ってしまったし、そのショックと吐き気で眩暈まで起こしそうになってしまったのだ。
 正直、圭介には、思春期の「多感」で「繊細」な女生徒達にこんなスプラッタビデオを「教育の一環」と言いながら見せてしまう学校が、全国にいったい何校あるのかは知らない。けれど、たぶん確実に両手に余る……と、勝手に思っている。
 もっとも、当の女生徒達は「多感」とか「繊細」とかの言葉とは程遠い感性の持ち主で、吐き気と眩暈で朦朧とした圭介に、隣の女子などは、
「あーんなの出てきたら、ガバガバのユルユルになっちゃうじゃんねぇ?」
 などと、平気な顔でなんでもない事のように言ったものだから、
『やはりこのくらい図太くないと、毎月あそこから出血するような“スプラッタ人生”は送れないのだろうな』
 ……と、言葉にしたならばこんな感じの事を失敬にも思ってしまったのだった。

 それから、そう。
 処女喪失(ロストヴァージン)にしたって、そうだ。
 当然、「妊娠」「出産」の前には、「受胎」があるわけだけれど、その「受胎」のためには「セックス」という行為をしなくてはならず、それを思うと圭介はどうにも泣きたくなってしまうのだ。
 なぜなら、「血がドバッと出る」だとか「体が裂かれるかと思った」とか「痛くてしばらくガニ股でしか歩けなかった」とか、京香を始めとしてクラス中の「経験者」が、まるで圭介を恐がらせるのを目的としたみたいに大袈裟に言うものだから、すっかり彼の中では「初めての時は生理なんかよりもっと痛くて苦しくてさっさと逃げ出したくなるくらいになる」という認識が確立してしまったからなのだった。
 男だった時には、単純に「エッチって気持ち良いものだ」という認識だけがあって、たとえ相手の女の子が初めてでも「痛いのはその子だけだけど、代わってやれない以上、気の毒だとは思うが仕方ない」なんて結構気楽に思っていた。
 ところが、いざ自分が女になってしまうと、そういう男の考えがものすごく無責任で考え無しに思えてイヤになってしまったのだ。

 痛いのも、苦しいのも、女ばっかりじゃないか。

 そんな感じだ。
 男と女の「性」が、凸と凹であり、一方が一方に「肉体の一部を挿し入れる」というカタチをとっている以上、受け入れる側が「受身」になってしまうのは、これはもう、どうしようもないのかもしれない。
 一方的に体の中に押し入って、好き勝手に蹂躙して、そして勝手に気持ち良くなって射精してさっさと出ていく……。
 クラスの「経験者」から聞くと、自分がもと男だった事も忘れて「男」という「種族」そのものに憤りを感じてしまう圭介だった。
 そんな男と「セックス」しなければならない。
 相手がもし健司だとしても、結局は彼も「男」である以上、女が心に淀ませる「不安」とか「恐れ」とか「苦しみ」とかは、たぶんわかってもらえないだろうと思う。もちろん健司が、クラスの女子達が言うような「身勝手」で「我侭」で「自分が気持ちよければ女の事なんてどうでもいい」と思っている男なんかじゃない……とは思う…………いや、信じたい圭介ではあったけれど。
「先生……」
「ん?」
「は……初めての時って……やっぱ……イタイ…………かな?」
「……さあ……どうだろうな。個人差があるから、どっちとも言えんな」
「……あぅ……」
「けど、まぁ……お前に限って言えば、マクが裂ける時の痛みはねーんじゃないかな?」
「マク?」
「処女膜。破瓜の痛みってのは、いわば異物――この場合は陰茎だな……による粘膜損傷と、処女膜の裂傷がもたらすものが主だ。ところが粘膜損傷はともかく、処女膜の裂傷に関しては、そもそもお前にマクが無いから裂けようもない」
 ソラ先生の身も蓋も無い言い様に、圭介はちょっと頬を赤らめて絶句した。
「……そ……え? …………無いんですか? ……その……処女……膜……」
「あるわけがない。そもそも処女膜というものがどういうものか、お前は知ってるか?」
「はあ……まあ……一応……」
「言ってみな」
「…………その…………あそこの中に張ってる、薄い……膜…………」
「10点」
 呆れたように“ぴしり”と冷酷な採点を下すと、ソラ先生は“ぺちっ”と圭介の額を叩いた。
「保健体育の授業で習っただろう?」
「…………知らないですよそんなの……」
「ウソつけ。4月のイチバン最初の授業で、男女の『性交』について話した時だぞ」
「…………その頃、ボクは男でしたけど」
「…………」
「…………」
「…………で、処女膜だが」
 じと……と、やけに湿度の高い目付きをした圭介をあっさりと無視して、彼女は“にこり”と男らしい(?)笑顔で微笑んだ。
「ずるい」
「うっさい。
 いいか? そもそも処女膜ってのは『膜』じゃない。胎児期に子宮と膣が形成される際に残った成長の名残で、実際には厚みのある襞(ひだ)みたいなもんだ。……で、それ自体にさして意味は無い」
「……は?」
「ん〜〜……まあ、乱暴な言い方すれば、『尾底骨』とか『虫垂』と同じようなもんだな。免疫力の低い時期の、雑菌による感染症を防いでいる……とか言われてるけど、それならなおさら、免疫力が十分に高まって以後の存在理由が無いんだ。
 だいたい、お前は胎児の時に“性別”したわけじゃない。つい先日、女に性別変化したばかりだ。
 そんなお前に、処女膜があるわけないだろう?」
「そうか……無いのか……」
 圭介はホッとしたように呟いた。
 一見しただけでは、それが「安堵」なのか、はたまた「落胆」なのかは窺い知る事が出来ない。美智子は“くいっ”と右の眉だけを器用に上げて言った。
「それともナニか? やっぱり処女膜ブチ破ってもらいたいか?」
「まさか」
 ニヤニヤと、なんだか不穏なほどいやらしい笑みを浮かべる彼女を、圭介は憮然とした顔で見上げた。どこの世界に、しなくていい痛みをあえて受けたいと思う人間があるものか、と思った。
 けれど、そう思いながらも
『本当の女だったら…………そういう痛みも嬉しいものなのかな……』
 と思ってしまう。
 男性雑誌とか、ライトノベルなどのジュブナイル小説などには、男と結ばれて痛みと出血に涙を零しながら、それでも健気に「痛くないよ。だって、あなただから」とか囁く女の子が頻繁に登場するけれど、たぶんあれは男の妄想が生んだ「こうあって欲しい」という女性像なのだ……と、圭介は思う。少なくともクラスメイトの「経験者」には、男が思い描くような「妄想少女」はいなかったから。
 けれど、それが彼女達の真の姿なのだとも決して言い切れないから、本当は『その時』どう思っていたのかなんて事は、圭介にもわからなかった。
『……痛いのは、やだな……』
 そして、男とセックスするのも。
 もし相手が健司だとしても、男のちんちんをあそこに挿し入れられる…………というのは、想像しただけで潜在的な恐怖が沸き起こる。
 まさしく、肉体を「侵される」という感覚だ。思わず“ぞっ”として、胃が重たくムカついてくる。
「なあ圭介」
 天井を見つめたまま黙り込んでしまった圭介に、ソラ先生はゆっくりと言った。
「私は、お前が好きだ。いや、私だけじゃない。『星人』の全てが、お前を大事に思っている。
 確かに私達は、お前の子供を望んでいる。もっとハッキリ言えば、私達『星人』のマトリクスを受け継いだお前と、この地球の人間との種族的融合を。
 でもだからこそ、お前にはお前が望む形で、お前の愛する者の子供を、この世界に産み出して欲しい。
 お前がこれから男に戻れるか…………それはわからない。
 けれど無理強いするつもりはないんだ。どうしても女として子供を産むのが嫌だ……と言うのなら、この先、何年かかるかわからないが…………方法を考えよう」
「…………ずるいね」
「どうして?」
「そうやってボクの意志を尊重してくれてるみたいだけど、本当は、違うんでしょ?」
「なにが?」
 いつもクールなソラ先生の顔に、ちらりと動揺のようなものが見えた。
 ……気がした。
「『星人』のテクノロジーがあれば、ボクの意志なんて無視して妊娠させられるはず。
 でもそれをしないのは」
「圭介……?」
「ボクに『星人』に対しての不信感を抱かせないためなんだ」
「……圭介、それは違う。私達は」
「……ごめんソラ先生…………母さんが来るまで、ちょっと眠っていい? ……なんだか、すごく眠いんだ…………」
 圭介は毛布を頭まで引き上げると、しくしくと傷む下腹部に手を当てて胎児のように丸くなり、ぎゅ……と目を瞑った。
 先生はそれ以上何も言わず、ただ黙って席を立ち、カーテンをそっと閉めた。

 遠ざかるソラ先生の足音を聞きながら、圭介はそろそろと毛布から頭を出した。クリーム色のカーテン越しに、ソラ先生のシルエットが遠ざかって行く。無理矢理追い払ってしまったような気まずさがあったものの、気持ちはそれほどささくれ立っているわけではなかった。彼には、自分が本当に「子供を産める身体」になった事で、改めて気付いた事があるのだ。
 「子供をつくる」というは、当然、その子供を「育てる」必要があるという事だ。
 では、子供をつくったら、誰がその子を育てるのか?
 『結婚』して自分が……という選択肢は、『結婚』という一点においてのみ、どうしても有り得ないように思えた。
 「純粋な地球人」でも無ければ「親になる覚悟」も無い自分が、どうして純粋な地球人の相手と『結婚』など考えられようか。第一、好きになった相手の性別で自己の性別を変化させてしまう人間が、果たしてこの地球上で「人間」であると言えるのだろうか?
 また、男として(地球人の)女性を妊娠させたとしても、『星人』達は(母はどうかわからないけれど)、その女性を保護し、監視し、万全の管理の元で子供を産ませる事を要求するだろう。
 ソラ先生がかつて言った言葉が、圭介の耳に甦る。
『言っただろう? 「星人」にとって地球人の常識や法律なんてのは、無いのと同じだって』
 あの言葉を、圭介は今だってハッキリ覚えている。

 あれは、『星人』が地球人とは似て非なるもの……“異質な倫理観の元に行動している”という意味だと、そう、圭介は思うのだ。

 もし、圭介が男として子供をつくるのであれば、相手は健全な地球人の女性でしか有り得ない。
 それも、地球人の倫理観に包まれて育ち、その倫理観を根幹に人格を形成した「常識人」のはずだ。そんな女性が、出産までの数ヶ月間に渡って、今の圭介のように(彼の場合は肉体が固定化するまでの一時的な処置ではあるけれど)『星人』にモニターされながら生きていけるだろうか?
 圭介は、不完全ながらも『星人』達の精神ネットワーク『ナーシャス』とアクセスしているためか、不快感より、むしろ安心感の方を感じてしまうのだけれど(というより、時々忘れてしまうほどだ……と言った方が適切かもしれない)、普通の…………「地球人の倫理観で育ち、その倫理観を根幹に人格を形成した常識人」には、“四六時中、生活の全てをモニターされている”という状況は、とても並みの精神では耐えられない事だと思うのだ。
 圭介には、好きになった――愛した女性を、そんなストレスのカタマリみたいな状態にしてしまう事など、とても考えられない。
 もしかすると、そのようなストレスに晒されて健康を害する事の無いように、あえて事実を隠蔽した上でモニターするのかもしれないけれど、無事出産した後、子供は『星人』のものとして、その女性(母親)から取り上げられ、引き離されてしまう…………ということも考えられるのだ。
 そうなるのであれば、むしろ『星人』にとっては圭介が女として子供を孕み、『星人』のコミュニティの中で出産する事を望むだろう。母親がもとより『星人』の一員であれば、産まれた子供を母親(圭介)から引き離す必要も無く、圭介自身の反発(心因的負担)も少ないだろうからだ。

 浅い眠りに入り込みながら、圭介の意識がぼんやりと思う。
『……ボクは…………』
 ――――動物園のパンダみたいな立場なのかもしれない。
 “大事にされ、可愛がられてはいても、子供を産む事を最大の役目として与えられている”
 ――――健康な子を成すためにだけ期待された個体――――。

 …………不思議と、悲しみは無かった。
 ただ、思い至ったその事実が、静かに重く胸に落ちてきただけ――――だった。
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