■感想など■

2009年07月19日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【10】■■
 ――山中圭介に生理が来た――――

 その情報は、あっという間に学校中へと広がり、昼頃になるまでには上級生も下級生も彼を見かけるたびに
 「大丈夫?」とか
 「元気出してね?」とか
 「や〜ん……代わってあげた〜い」とか
 「お姉様可愛そう」だとか、
 それこそ“面白がってる”としか思えないような言葉をかけてくれたりしたものだから、当の圭介は甚だ機嫌が悪かった。

 校内比としては、事が事だけにひどくナイーブな問題でもあり、男子よりも女子の方から声をかけられる方が多く、それは、彼が「男から女へ」と外見が変化した事で、皮肉にも女子の人気の方が極端に上がった事も一因していた。
 それも、同級生より、上級生や下級生からの人気が高く、特に「お姉様」とかのたまう“あたまおかしい”下級生の一団はややこしくて、単純に圭介を「お姉様」として慕う一派と、女だったとわかる前から(学校ではいまだに『女性仮性半陰陽』ということで通っているのだ)圭介を慕っていた一派に別れていた。その上、前者は更に「お姉様のヴァージンを守る」一派と「お姉様のヴァージンは男なんかにはあげない」一派に別れているからさらにややこしかった。
 全体数としてはともかく、その中で、熱烈にラブコールを送ってくるのは数人に過ぎない。けれど、今回、とうとう圭介に生理が来た事で、学校内でも圭介を完全に「女」として扱う事が暗黙のうちに了解され、トイレも更衣室もシャワーでさえも、全ての女子用施設の使用が、女子と同じように許可された(……と京香に言ったら「やっと他の女共も、圭ちゃんが『女』だって認めて“下さった”ってコトじゃないの? ったく……ゲンキンよねぇ……」と本人よりもずっと怒ってたけれど)ため、「チャンス」を狙う輩が増えるだろう事は“少女達”の中では、もはや必至だと思われている。
 もちろん「チャンス」とはいっても具体的に圭介をどうこうする……という事ではなく、圭介とお近づきに……できれば親密な関係に……というくらいで、大半は、その「親密な」というレベルも「幼馴染みの川野辺先輩みたいに」という可愛いものだった。
 もっとも、「一緒に買い物したい」とか「一緒にお昼したい」とか「一緒におトイレしたい」とか、中には「一緒にシャワーしたい」だの「一緒に寝てあの豊満なお胸に包まれたい」だの思わなかった子が全くいなかった……とは言えないのが、少々困りものではあったのだけれど(つまりは、いたわけだ)。

 この町は、『星人』が圭介のために設え、圭介のために環境や人間の深層心理までも“整備”した町ではあったけれど、全ての住人の具体的な行動や思想、行動理念までを縛る事までは実施されていない。少ないながらも、盗難事件や窃盗、強盗、婦女暴行などの犯罪が起こっている事からもそれは明らかであり、それはまた、町よりもさらに統制された学校という“閉鎖空間”であっても、完全に生徒の行動を制御するには至っていなかった。
 確かに、とりたてて進学校というわけでもない学校ではあったけれど、生徒の大半は「激しい気性」とか「突出した暴力衝動」とは無縁である。だからと言って、別に優等生ばかりというわけでもない。学級崩壊を起こさない程度に授業は騒がしいし、教師から見た「問題」(そういうのは往々にして生徒から見れば些細な事だったりする)も日々、駅前商店街の八百屋のキュウリのように一山いくらでポコポコと頻繁に発生する。
 それは少年少女の性衝動に関して一層顕著であり、いかに人間の持つ動物的な根源衝動が抑制しにくいか、第三者によって統制しにくいか……の証明ともなっていた。

 圭介のケータイに頻繁に入ってきた男子生徒からの“あたまわるい”ラブ・メールは、圭介が片っ端から着信拒否したおかげで、ここ4日あたりはめっきりその数を減らしている。それでもスパムメールのように手を変え品を変え、ネットカフェや漫画喫茶などから送られてくるものもあって、一日に2〜3通のメールが今も送られてきていた。
 それだけのメールが日々送られて来ている……と知れば、大抵の者は「在校時には尚の事、男子生徒からのアプローチがあるだろう」……と思うかもしれないが、実はそうでも無い。
 それに関しては圭介も特に不思議に思うことも無く……というより、自分が「不特定多数の男に性対象として多大な興味を抱かれている」という事実から無意識に目を逸らしていただけなのだけれど……学園生活はいたって平穏であった。
 そしてその影で、その実態も規模も不明な『けーちゃんファンクラブ』なるものが暗躍していた事を知る者は少ない。
 そうでなけれ ば、ひょっとしたら健康診断のあの一件以後、数日のうちに、一部の男子生徒達によって圭介のヴァージンは奪われていたかもしれないのだ。

 もっとも、それに対して保健教諭にして『星人』でもある空山美智子が何か対策を施したか……と言えば、実は全くしていなかったりする。学校と言う鳥篭の中の悲喜交々(ひきこもごも)は、彼女を微笑ましい気分にさせこそすれ、危機感を感じるような事などほとんど無かったからである。
 もし、圭介が他の男子生徒に力に任せにレイプされたとしても、それはそれとして「その後」の「精神的なアフターケア」さえすればいいとさえ思っていたのだ。『星人』の因子が発現した以上、命さえあれば後はどうとでもなるし、この学校内で圭介の生命活動を停止させられる人間は一人もいない事は確認済みだった。
 レイプされ妊娠すれば、それもまた良し。
 精神的ストレスから再変体するのなら、それも已む無し。
 実にアバウトにも見えるが、それは「圭介の精神と肉体に人為的な改変を加える事は最小限に抑える」というただ一点のみを厳守するための処置でもあった。再変体というリスクによって圭介のマトリクスが変異してしまう恐れもあったけれど、長大な寿命を持つ『星人』にとって、圭介という個体のみに全ての希望を託すほど、美智子は楽観的でも悲観的でも無いというだけの事なのだ。
 「圭介がダメなら、次がある」
 その認識は、『星人』の倫理観には反していない。

 話を元に戻そう。

 そんな風にして、圭介の「女」としての「生理」が校内に知れ渡った事で、男女共に彼を見る眼が確実に変わったのは事実だった。
 そして今日、生理2日目を迎えた圭介は、彼を取り巻く周囲の人間に対して劇的な影響を与えていた。
 主に異性に対して「ものすごい引力」を備えてしまったのである。
 果たしてそれが、『星人』と地球人とのハーフである彼特有の資質なのかはわからない。それでも、圭介の表情、視線、唇の動きから胸の揺れ、指先の動きやスカートから伸びる白い太股に至るまで、全ての「女」を示すパーツに男達の視線が集中していた。
 どこにいっても、何をしていても、常に男達の視線がまとわりつく。

 ところが、当の圭介は……と言えば……。

         §         §         §

 昼休み、今日は弁当が無かった圭介は、いつもの3人で食堂に来ていた。

 話していたのは、水泳部で行われる3年生の第一次追い出し会の事だった。
 8日前の12日に部長引継ぎを終わらせた水泳部は、夏の大会出場者を除いて事実上部活から引退する3年生を、血も涙も無い受験地獄のただ中へ叩き込む…………もとい、送り出すために3年対1・2年生混合チームでの全体記録会を行う事が、毎年の恒例行事となっていた。
 部活動の一環……というわけでもなく、主に「あくまで生徒の自主活動」という名目にはなっていたけれど、自己ベストを更新した部員から抽選で選ばれた人に贈られる商品の経費はOBのカンパと部費から捻出されていたから、半分は部活動のようなものだ。
 確か、去年は東京ディズ●ー・シーへの1泊2日の招待券だった。
 今年は、大阪ユニ●ーサル・S・ジャパンへの招待券だと発表されたばかりだった。
「でも残念だよねぇ……夏の大会の代表選手に選ばれた1・2年生には、勝っても権利が無い……なんて……」
 自分が持ってきたデカ弁当を既に平らげてしまった由香は、弁当箱を脇に除けて、食堂のサブメニュー「小どんぶり(親子)」を食べながら言った。
 いつもながら健啖な彼女に、もう誰も驚いていない。
「仕方ないよ。あくまでこれは3年生のためのイベントだし。俺達が万一勝ったりしたら、何のためのイベントだかわからなくなっちゃう」
 自分の家で作った油揚げで握った稲荷寿司を、食堂の箸で一つ摘みながら、困ったような顔で健司が肩を竦めた。
「まあ、確かにそうだけどぉ……もし健司くんが勝ったら、3人で行けるじゃない? 夏休みに」
「招待券はペアだよ?」
「じゃんけんで一人は自腹」
「あ、やっぱり?」
「当然じゃない。…………あ、それともけーちゃんと2人っきりで行きたい?」
「え? いや、そんなの悪いよ。だったら由香ちゃんとけーちゃんで」
「それじゃ意味無いの」
 由香はそこまで話すと、
「けーちゃん…………ねえ、聞いてる?」
 シューマイを挟んだ箸を持ったまま、ぼ〜〜っ……としている圭介を見た。
「けーちゃん?」
 今日の圭介は、いつにも増して変だった。
 …………いやべつに、「いつも変だ」という話では無くて。
「……ん? なに?」
「…………話、聞いてた?」
「……ごめん。なんだっけ?」
「健司くんがね、けーちゃんと2人きりで旅行したいって話」
「ふぇ?」
 途端に、圭介の顔が“ぶあっ”と劇的に変化する。
 まるでリトマス試験紙だ。
「あ、赤くなった」
「ば……馬鹿っ! コノヤロ健司! 変な事言うなっ!!」
「……ひどっ! 俺、そんな事言って無いよー……」
「え?」
 “きょとん”とした圭介に、健司がなんとも言えないような顔をして無言のまま由香を指差す。
 視線を転じれば、何事も無かったかのように真犯人がお茶を啜っていた。
「ゆ〜〜〜〜か〜〜〜〜…………」
「だって、今日のけーちゃんってばヘンなんだもん」
「ヘン……って……どうヘンなんだよ」
「うーん…………なんか、えっち」
「はぁ?」
 そうなのだ。
『なんか、えっち』
 そう表現するしか無い。
 今日の圭介は、ずっとどこか夢見るような顔をしていた。目も、朝からいつも潤んでいるし、ほっぺたもほんのりと赤い。
 まるで、いつも『発情』しているかのような感じだった。
 おまけに、物憂げに「ふう……」とか溜息を吐(つ)いたりなんかするものだから、普段とのギャップで「オンナのミリキ」100%増し……って感じだ。
「えっちってなんだよ、えっちって」
「言葉通りだよ? ……うーん……えっちがイヤなら…………『エロい』?」
「やめれ。……というか疑問系で言うな」
 圭介はなんだか体中から力が抜けるのを感じ、定食の皿を押し退けるようにしてテーブルに突っ伏した。
 実際、ほんのりと赤い顔で目が潤み、重たそうでやーらかそうな胸を、食堂のテーブルに“のしっ”と乗せながらぐったりする圭介を見たら、たぶん10人中9人くらいまでが「エロっ!」と言いそうだった。
 圭介にしてみれば、初めての生理で体がなんとなく熱っぽく、だるくて、腰が重くて痛いから、いつものように走ったり笑ったり出来ないだけ……なのだけれど、確かに、ちょっと張ったおっぱいを気にしたり、折に触れてスカートを押さえたり、座る時に気をつけながらゆっくり腰を下ろしたりする姿は、同性の由香から見ても、なんだか「おしとやか〜」な感じがした。それが“あの”けーちゃんなら、その事を知る他人から見た“それ”は、ものすごい「破壊力」かもしれない。
「ほら、おへそ出てる」
 胸をテーブルに乗せてだらしなく“ぐたー……”としているためスカートからブラウスが出てしまい、ちょっとだけ可愛く覗いた圭介のお腹を、由香は笑いながら突付いた。
「やめれ」
「いいよねぇ……けーちゃんは。ウエスト細くて」
「やめれっての」
 由香の指を“ぺいっ”と押し退けて、圭介はごそごそとテーブルに伸びたままブラウスをスカートに入れた。本当はTVとか漫画でよく見るように、ブラウスもスカートに入れず出しっぱなしにしたいところなのだけれど、由香先生の厳しい『女の子チェック』では決して認められていなかった。
 やぶったらキツイおしおきのすえ廊下に正座。
 もちろんオヤツのプリンは没収である。
「そういえば、7月に入ったらプール開きでしょ? けーちゃん、水着って買ってある?」
「なんだよ……唐突だな」
「そう? 健司くんの話が出たから」
「ついでかよ」
「まだ先だもん。それに、プールの前にはもう一つイベントがあるし」
「イベント?」
 由香が『にへ〜〜……』と笑った。
「期末テスト」
「うえ〜〜〜……」
 圭介はさも嫌そうに下顎を突き出し、いかりや長介のようなダミ声を出した。
 せっかくの“美少女”が台無しである(ここは笑うところじゃありません)。
「水着は期末の後に一緒に買いにいこ?」
「あ〜〜〜う〜〜〜…………」
 圭介はテーブルにおでこを“ごんごんごん”とぶつけながら、自分が体育のプール授業の事をすっかり忘れていた事に、今さらながらショックを受けていた。
 プール開きは、7月の第一週。圭介のクラスは7月の5日だ。
 しかもこの学校の水泳の授業は、男女混合だ。つまり、女になったこの体を、水着一枚だけの状態でクラスの男達の前に晒すわけである。
『クラスの馬鹿共に見られるのかー…………』

 ――――――ちょっとブルー入りました。

 県によっては、どうにも勘違いしまくった教育委員会によって、中途半端に「男女平等教育」だとか「ジェンダーフリー教育」だとかいう『ガラクタ教育』を「時流に乗り遅れないように」とばかりに取り入れていて、そういう観点から男女混合だったりするのだけれど、この学校は、生徒会の投票で議決された、れっきとした生徒主体の授業形態だった。その上、水着は「遊泳の阻害」と「モラルの逸脱」さえ無ければ体育時の服装と同じく、“高校生らしい範囲で”色も形も自由であり、肌を見せたくない者はそれなりのものを、思いきり男子を挑発したい者は許される範囲でギリギリのものを、それぞれ選ぶ事が許されていた。
 校長からして「よく学び、よく遊び、よく楽しめ」をモットーとする学校……というのも、なんだか遊びに比重がありそうで珍しいけれど、それで問題が無いのだから、保護者からの抗議も極めて少ない。
 なんにせよ、生徒主体で決められた授業形態を、その生徒が自らボイコットするわけにもいかなかった。
『水着……かぁ…………』
 去年はパンツだけで良かった。
 でも、今年は女物の水着を、自分で買ってこないといけない。
『多恵さんは専門外……かなぁ……』
 やっぱり由香と一緒に買いに行った方がいいだろうな、と思う。あんまり成長していない由香でも、水着は新しいのを買うだろうし…………と、彼女が聞いたら怒ってむくれて拗ねまくるようなものすごく失礼な事を思いながら、圭介は隣に座る健司の、箸を持つ右手の指を見た。
 健司の手は、ゴツくて大きくて指も太い。
 水を強引に引き寄せ、押し出し、掻き分ける水泳選手の手だ。
『健司は水泳をずっと続ける……のかな……』
 期末テストは6月27の火曜日から、6月30日の金曜日まで。それに先駆けて、今週の金曜日の6月23日には、進路指導が予定されている。この進路指導で、今まであやふやだった自分の進路が具体的な色を帯び始めるのだ。
 そして、健司、由香の、2人の幼馴染みとの関係の行く末も。
『東京の大学…………狙ってるんだよな……』
 テーブルにおでこをつけながら、美味しそうに稲荷寿司を食べる健司の、牧歌的にのどかな顔を盗み見る。

 ――――別離(わかれ)は、近い。

 それを思う。
 思う事で、胸の奥にある何かが、“ぎゅうっ”と誰かに握り締められるような気がする。
 きちんと考えなくてはいけないのだろう。
 けれど今は…………あまり考えたくなかった。
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