■感想など■

2009年07月20日

第12章「お母さんになれるということ」

■■【11】■■
 生理になると、なぜお腹が痛くなるのか。

 男だった時には、単純に「血が出るから」としか思っていなかった。
 けれど、女になってからは自分のものでありながら未知のものである女の体について、きちんとした知識が必要だという由香先生のお言葉により、圭介は保健体育の教科書とかネットとかで少し調べてみた事がある。

 簡単に言えば、生理痛と言うのは
 「受精卵をちゃんと着床させるために体が懸命に作り上げた子宮内膜が、
  受精しなかった事で不要になり、
  次の排卵に向けて再度作り直そうと不要になった物を体外へ排出しようと子宮が収縮を繰り返すから」
 だという。
 その「収縮」によって、子宮の壁に作った「子宮内膜」をバリバリベリベリと強引に剥がし、排出する作業を、生理痛として感じるのだ。
 今朝、圭介がトイレで見たレバーみたいなものは、単に血が固まったものだけではなく、その子宮内膜の一部(?)も含まれていたらしい。

 ――――正直、思い出して気分が悪くなりました。

 由香に、「生理痛は温めると楽になる」と教えられて、圭介はブラウスの下にシャツを着込む事にした。実は、今朝も一応言われてはいたのだけれど、家を出る時には薬が効き始めていたし何より遅刻寸前だったから、ブラウスを着る時にすっかり忘れていたのだ。
 後、腹巻きをする事も勧められたけど、これはちょっと躊躇した。
 京香やクラスメイトの女子から、「お風呂でゆっくり温まるのもいい」とか、「ハーブティーが効く」とか、「香油でいいのがある」とか、色々聞いたけれど、みんな、生理の悩みについてはいくら話しても話し足りないみたいで、よほど普段から鬱憤が溜まってるんだなぁ……などと圭介は思った。
 かといって、生理痛を憎んでいても生理そのものを「こんなもの無くなってしまえばいいのに」と思っている女の子は意外に少なくて、いくら煩わしくても「子供を産むための下準備だと思えば我慢出来る」という意見が少なくないのには、正直驚いた。もちろん、中には「男共がよく神聖視するけど、そんなに神秘的な事が好きなら、いつでも代わってあげるっつーの」と鼻の頭にシワを寄せて噛み付くみたいに言う女の子もいたけれど。

 困ったのは体育の授業の時で、圭介が「生理休暇」を教師に告げた後、彼は女子更衣室に抵抗も空しく強引に引っ張り込まれて、
「今、どんな気分?」とか、
「男の気持ちとしてはどーなの?」とか、
「自分に生理が来るのは知ってた?」とか、
「来た時、どう思った?」とか、
「ナプキン? タンポン?」とか、
「生理用品は自分で買ったの?」とか、
「家族はなんて言ってた?」とか、
 非常に答えにくいことを、きゃっきゃっと笑いながら直球ど真ん中でズバズバ聞かれた。
 更衣室では、“あたまわるい”エロ漫画やAVなどでよく描写されるように「素っ裸で着替える女子」なんてもちろんいなかったけれど、それでもブラとパンツだけ……とか、薄いスリップだけだったりペチコートだったり……とか、いまだに圭介にはちょっと直視出来ない姿の女の子に囲まれながらの質問攻めには、正直、泣きたい気分てんこもりだった。
 最後には、顔を真っ赤にして俯きながら黙り込んでしまった圭介を、みんなで「かわいー」とか言いながら頭撫でたりして、実のところこれも、一つの「セクハラ」なんじゃないだろうか? と彼は真剣に思ったものだ。
 そんなこんなで、生理の話は今日一日で、たぶん一生分したんじゃないか? ……と圭介は思った。
 男子が聞いたら顔を青褪めて恐れおののきそうなスプラッタ話とか、女子に夢も希望も無くしそうな不潔極まりない話とか、聞きたくもない事まで聞かされたのだから。
「3日目になるとさ、血もちょろちょろとしか出なくなんじゃん? あたし、敷物の方なんだけど、あれってキレイに出来るんだよね」
「何が?」
「マン拓」
「あ〜〜〜……あるあるある。アナとかクリとか、面白いくらいバッチリ取れてて、すっげー笑える」
「グロイけどね」
「きたねー」
「ひどっ!」
「汚いって言えばさ、アタシの友達で前の日にタンポン入れたまんま、次の日の下校時間まで入れっぱなしの子がいたよ」
「うわっマジ?」
「さすがにそんだけ入れてたら臭(にお)ったね」
「なまぐさぁ〜……」
「あたしはタンポンってダメだなぁ……」
「どーして?」
「使う時にさ、馴れないうちはチツの入り口とか中の方向とか確認しなくちゃなんないでしょ?」
「痛いもんね」
「ってゆーか、腹ん中にモノ入れるのがヤダ」
「でも、ナプキンってどうしても血が中から降りてくる感じとか、ムレたり痒くなったりするっしょ?」
「けどヤダ」
「ナマグサオンナ」
「ひどっ!」
「私は最初からタンポンだったなぁ」
「ロスト(ヴァージン)早過ぎ」
「ちがうって。別に来る前からエッチしてたわけじゃないし」
「ほんと〜? ……いたっ!」
「なぐるよ?」
「殴ってからゆーな!」
「ナプキンってさ、1時間おきぐらいに替えなくちゃなんないじゃん? アレがチョーウザ」
「すぐに汚くなるし、気持ち悪いしねー」
「あんたのが多いからだよ」
「ひどっ!」
「え? あたしもそーだよ? 二日目とかしょっちゅう替えにトイレ行くし、臭いにも気を使うし、授業とかムチャ最悪。漏れたらどうしようってそればっかり考えてる」
「多い日用じゃないの?」
「もちろんそれだけど、でも朝礼のある日に来ちゃったら泣きたくなるよ。教頭ってば話長いから」
「あ、それはセーリじゃなくてもフツーにイヤ」
「風呂も大変だよねー……ソッコーで体拭いて、もうゲリピーん時みたいに超特急でトイレ行かないとダメだし、寝る時も夜用スーパーとかつけててもやっぱり心配」
「男子にゃ一生わかんねーだろうなぁ……ホント、拷問だよ」
「だよねー……なんでオンナにばっかり、こんなめんどいのがあんだろ」
「不公平だよねぇ……」
「血みどろになるからエッチもできないし」
「え? アタシするよ?」
「ゲッ! 猟奇かよっ!?」
「なんか、すげームラムラくるもん。来ない?」
「あ〜私も来る来る来るー……なんかわかんないけど『チンポくれー!』って思うよね」
「うるさいエロ魔神」
「ひどっ! …………ねえ、さっきからあたしばっかりメチャクチャ言われてない?」
「いーじゃん、ホントなんだから」
「……あれ? けーちゃんどうしたの?」
 圭介がいる事をすっかり忘れていたように、一人がパンツ丸出しで体育用の靴下を履きながら言った。
 一瞬、由香を除いて今まで好き勝手言っていた女子生徒の全員の目が、彼に集まる。
 圭介は、顔を真っ赤にして「あ〜…………」と言ったきり、

 ……何も言えなかった。

         §         §         §

 そんなこんなの、6月20日の今日。
 そして生理2日目。
 さらに言えば、今日は近所一帯に圭介の「月経到来」がバレまくった記念(?)すべき日…………でもあった。
 これで彼はもう、公私共に「女」として認識されてしまった事になる。
 学校から家までの、普段ならばせいぜい15分ほどしか通学時間のかからない行程で、実に6回も近所の人に声をかけられた。
 一人を除いてみんな、見知った顔のおばさん達で、みんなそれぞれ母の持っていった赤飯のお礼から、「実は女だった」圭介への興味半分、心配が3割、あとの2割は幼い頃の圭介の思い出……という内容で、3人目まではマトモに相手をしていたけれど、さすがの彼も4人目からは、相手の言う事をただ「はい」とか「ええ」とか「そうですね」とか曖昧な言葉だけで濁しておいた。
 そして家の前まで来た時、「おばさん」じゃない人物に声をかけられた。
「ケイにーちゃん!」
 声変わりもしていない、甲高い子供の声だった。
 圭介が知る中で、彼をこう呼ぶ人物を、彼は一人しか知らない。
「まー坊……」
 振り返れば、そこには近所に住む老夫婦の『孫』であるところの少年が、両手両足を踏ん張ったままこちらを睨み付けていた。
 その老夫婦の方は、道で出会えば会釈する程度の知り合いだった。けれど、この少年の事はよく知っている。彼らの「娘」は夫婦で共働きをしているため、彼らの住んでいる通り3本向こうの家から、少年はよくこの界隈まで遊びに来るのだ。そして、圭介が高校に入るまでは、近くの公園でサッカーを教えたりキャッチボールに付き合ったりして、時々ではあるものの、面倒を見ていたのである。
 最初に出会ったのは少年が小学校2年生くらいの時だったから、今は5年生のはずだった。ここ数ヶ月はずっと姿を見ていなかったけれど、それでも時々近所で逢ったりすると軽口を叩き合うような、そんな関係がずっと続いていた。
 少年の方も圭介によく懐いてくれていたし、圭介としても近所の子……というより、「従弟」……とか、そんな「近しい者」という感じの方が強かった。
 短く切ったボサボサの頭、汚れてもいいような安い服、それに半ズボン……という格好は、まさに「田舎の子供」といった感じだ。
 圭介は顔をほころばせて少年に向き直り、それから一瞬躊躇して、それでも一歩踏み出そうと――――
「ケイにーちゃん本当か!? にーちゃんがオカマだったって!!」

 …………いきなりだった。

「……誰がオカマだ」
 思わず全身を強烈な虚脱感が襲う。
「だってスカート履いてるじゃん!」
「これは……」
「ちんちん取ったのか!? しゅじゅちゅしたのかっ!?」
「ちょっと待て。落ち着け、な?」
 圭介は慌てて駆け寄り、手をばたばたと振って周囲を見回した。
「そのでっかいオッパイ、ホンモノかっ!?」
「こっ声が大きいっつーの! ばかっ!」
「もう遊んでくれないのか!? サッカー教えてくれないのか!?」
 これ以上無いくらい、無駄に、無闇に、やたらと元気だ。
 意志の強そうな太い眉と、たぶん両親の趣味で脱色したのだろう茶色がかった髪、それに紫外線をまったく気にしない健康的に焼けた若々しい肌が、見るからにもう「やんちゃぼーず」といった風体だった。
「…………今、ちょっと体調悪いから、また今度な?」
 まさか『生理』というものを、この歳の子供に説明するわけにもいかないだろう。
 圭介は小さく溜息をつくと、自分にもかつて確実に在った『少年時代』を、今まさに体現している少年に微笑んでみせた。
「まー坊……オマエにも、もうすぐわかる時が来るよ」
「セーリか!?」
「…………なんで知ってんだオマエ……」
 思わずげんなりする。
「こないだ、美穂ちゃんにも来た」
「…………来た……って…………」
「血が出た。ケガしたかと思った。スカートめくったらパンツに血がついてた」
「めくんな!!」
「いてっ」
 圭介は少年の頭を、以前と全く同じ調子で「すぱんっ!」とはたくと、彼の目の前にしゃがみ込み、その黒目がちの大きな目をまっすぐ見て小さく息をついた。
「……なあ、まー坊…………その……女の子ってのは、色々大変なんだ。だから、あんまいじめんな」
 自分でも何かおかしな事を言ってる気がするけれど、『本気』と書いて『マジ』と読ませるくらい真面目だった。
 まー坊は頭を押さえながらちょっと不服そうに圭介を見つめる。
「いじめてないぞ」
「スカートめくるなっつーの」
「みんなしてる」
「だからすんなっつーの。だいたい、スカートめくりなんて今でもやってんのかよ……」
「ズボンはいてる女子もいるけど、スカートはいてる女子にはする。それが『れいぎ』だ」
「何が礼儀だ。アホなこと言ってんなっつーの」
 そういう“ガキっぽい”事は、昨今の小学生はしないと思っていた圭介には、まー坊の言葉が少し新鮮だった。
 ゲームやパソコンやスポーツや塾や……とかく性的なエネルギーを削ぐような環境に包まれていながら、それを対外的に発散するアクティヴな機会を持ち得ない少年達と、少年達にちっとも負けていないアグレッシヴで攻撃的な少女達の間では、セクハラめいた事が発生する事すら驚異だった。
「なにがタイヘンなんだ?」
「は?」
 ちょっと自分の考えに入っていた圭介に、まー坊は不意に問い掛けた。
「……まあ……その……色々、だ」
「なにがいろいろなんだ?」
「…………色々って言ったら色々なんだよ。いちいちツッコムな」
「セーリきたら美穂もこんなふうにおっぱいがふくれるのか?」
 まー坊の視線が、ブラウスを突き破りそうなくらい思い切りよく前にふくらんだ圭介の胸に注がれている。
 その視線には不思議といやらしさを感じなかったから、圭介はまー坊のしたいようにさせておいた。小学生に胸をじろじろ見られたからといって恥ずかしがるような、そんな乙女ちっくな感性は圭介には無い。
「……その、美穂って子……小学生なんだろ?」
「あたりまえだ」
「……いや、ボクはその子、知らないし」
「ボク?」
「…………あ、そうか……ええと……オ……オレ……」
 自分を『オレ』と言うのが、なんだかもう…………すごく、気恥ずかしかった。
「ケイにーちゃん……ヘンな匂いがする……」
「え!?」
 “ギクリ”とした。
 生理の……経血の匂いがわかってしまったのだろうか?
 そう思いながら圭介が身を強張らせていると、
「香水のにおい?」
 まー坊は眉根を寄せながら、まるで宇宙人でも見るような目で圭介を見た。
「え? ……あ、ああ……」
 どうやら、圭介が『匂い消し』のためにちょっとだけつけている、フレグランスの香りの事を言っているようだ。
『驚かせるなよな……もう……』
 今さらのように、圭介は自分が道端で無防備にしゃがみ込んでいた事に気付いて、ミニスカートを押さえて立ち上がろうとした。
 遠目からはパンツが丸見えだったかもしれない。
『ま、どうせ見えないだろーけど』

 ――――その時だ。

「んにゃっ!!?」
 ぐにゅ……と思いきり強く両胸を掴まれ、思わずその痛みに肩をすくめると、今度はそのまま『どんっ!』と押された。圭介はバランスを崩し、ひとたまりもなくアスファルトの上に尻餅をついてしまう。
 あられもなく無様に両足を広げ、血がついてもわからないように……と選んだ黒いパンツが捲くれ上がったミニスカートから覗いて、圭介は慌ててスカートを押さえた。
 びっくりしてお尻が痛くておっぱいが痛くて、そして急激に怒りが込み上げる。
 けれど、まー坊を見上げて怒鳴ろうとした圭介は、彼の顔を見て息を飲んだ。
「おまえ、だれだ!!」
 降り注ぐ怒声に、体が“びくり”と震えた。
 女の肉体が持つ“本能”的なものなのか、それとも男性体から女性体に変化した時の性差から来るものなのか、今では圭介の肉体は、怒りを込めた大声に過敏に反応してしまう。
 男だった時にはなんとも無かった声量にも、なぜか肉体が萎縮してしまうのだ。
「ケイにーちゃんは香水なんてつけなかったし、そんなブクブクしたオッパイなんかもなかった! ケイにーちゃんにセーリなんてこないっ! スカートなんてはかないっ! おまえ、だれだ!? ケイにーちゃんじゃないだろっ!? おまえ、だれだよっ!?」
「まー坊……」
「おまえ、男が好きなんだろ!? 女ならそーだよな!? でもケイにーちゃんは男だ! だから男なんか好きにならない! おまえはケイにーちゃんじゃない!! 女のおまえはケイにーちゃんじゃないっ!」
 生理で張った乳房を乱暴に掴まれた事よりも、硬いアスファルトでお尻を打った事よりも、まー坊の言葉の方が何倍も何十倍も痛かった。
 目の前で怒鳴り散らす子供に何か言わなければ、何か言っておかなければ。そう思うのに、ただ口をぱくぱくを開けるだけで言葉が出てこなかった。
「きもちわるいっ!! おまえ、きもちわるいっ!!」
 ざっ! と砂をかけて走り去る少年の背中を、
 圭介の存在そのものを拒絶し、嫌悪し、記憶から消し去りたいと熱望しているかのようなその背中を、
 圭介はとうとう呼び止める事が…………出来なかった。
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