■感想など■

2009年07月24日

第13章「覚悟と決意」

■■【4】■■
 結局、水着は亮達が帰ってから、由香と一緒になって選んだ。
 前に由香と下着を買いに来た時は、平日の下校後に訪れたので閉店時間まで間が無かったけれど、今回は期末考査最終日という事もあって、たっぷりと時間をかけて選ぶ事が出来た。
 それは、桂にとってはちょっと…………嬉しかった。
 水着は下着とは違って、トップもボトムも試着が出来た。けれど、試着出来るとはいっても、さすがにボトムは肌に直接着けるわけではなく、「下着の上から」して下さいと言われ、結局、試着室にイロイロ持ち込んで由香と一緒に“きゃいきゃい”言いながら選んだ。
 騒ぎ過ぎて、店員さんに注意されてしまったほどだ。
 正直、すごく、楽しかった。

 もちろん、「同性」とはいえ、由香の前で下着姿になる事に羞恥が無いわけではない。
 けれど、もう彼女には何度も裸を見られているし、学校では着替えとかシャワールームとかで下着なども散々見られているので、今ではそんなに抵抗も無くなっていた。
 それは、男だった頃からは考えられない事だし、試着室の狭い所で2人して下着姿でいる異常性を感じないわけではない。これが男同士だったら気持ち悪くて仕方ないところだ。もちろん、女同士だから平気…………というわけでもなく、結局は「相手が由香だから」という部分に落ち着いてしまうのだろう。
 …………もっとも、そんな事を考えてしまうのは桂だけのようで、由香は最初からこうして桂と買い物が出来る事が、楽しくて仕方ない…………とでもいった感じだった。幼馴染みで、どこか兄妹みたいで、それでも異性である事には変わりが無く、それゆえに2人がなんとなく感じていた壁…………のようなものが、同性になった事ですっかり消え失せてしまったようだ。

 ただ、由香は桂の、動くたびに重そうに揺れるヴォリュームたっぷりな乳房を見ても、別に“やーらしい”考えにはならないようだったけれど、桂は、まだちょっと複雑だった。
 確かに由香の下着姿は何度も見た事がある。けれど、最初の頃はなんだか「見てはいけないもの」を見ているようで、下着姿でいる由香よりも、それを見ている(見てしまった)桂の方が、恥ずかしくてたまらなかったものだ。
 それが、今回は狭い試着室で…………しかも、ほとんど密着した状態のゼロ距離で由香のささやかな胸を目の当たりにしてしまったわけだから、動揺するなと言う方が無理だった。

 最近特に、桂は男だった時と比べて、他人との距離が確実に縮まってきている…………と感じる事がある。

 例えば、人は他者と自分との距離を意識しないままに調整しながら生きている。仮に『他者』を大雑把に、「他人」「知人」「友人」「親友」「家族」「恋人」と分けると、「不快に思う距離」「寂しいと感じる距離」がなんとなく思い起こされるだろう。
 「不快に思う距離」とは、ある一定範囲より「入ってくると不安になる距離」であり、「寂しいと感じる距離」は、ある一定範囲より「離れると不安になる距離」の事だ。
 自分との距離が近い順に並べると、「恋人」「家族」「親友」「友人」「知人」「他人」となる場合が多いかもしれない。
 その感覚は、当然、人によって違うけれど、例えば嵐の山小屋で、自分ともう一人しかいない…………という場合、そのもう一人が“自分にとってどういう立場にいるか”で、その保持する距離が変わってくる。
 「恋人」であれば、身を寄り添い合い、時には抱き合うかもしれない。3メートル離れただけで不安になるかもしれない。
 「家族」や「親友」なら、手の届く距離にいれば安心し、部屋の端と端では不安になるだろう。
 「友人」「知人」の場合、見える距離にいれば安心し、「いる」と確証出来ない距離では不安に違いない。
 「他人」は、「いる」と確証出来る距離であれば安心し、全くその存在が感じられなければ不安になる。

 相手が由香や健司であっても、男だった時の桂は、無闇に触れたりはしなかった。もちろん、健司を蹴飛ばしたり、由香の頭をはたいたり…………という接触はその範疇ではない。座る時、歩く時、話す時などは、必ず一定の距離を開けていて、そういう時は相手の身体に触れないようにしていたものだ。なんとなく居心地が悪かったし、相手もそう感じているかもしれないと思うと、ちょっとイヤだったから。
 それが今では、こうして更衣室で密着していても、ちっともイヤではなくなっている。
 ちょっと「やばい」と思う。
 上半身裸で、ほとんど密着して、なんだか自分がイケナイ事をしているような気が“ぎゅんぎゅん”感じるのだ。
 進んではいけない領域に、一歩踏み出してしまったかのような、そんな感じが“ぎゅんぎゅん”するのだ。
 そんな中で見た、由香の、ささやかで桜色の乳首がぷっくりとした、見た目と同じに小学生みたいなぺったんこの乳房のせいで、桂はさっきからずっと、ドキドキが止まらない。
「ね、けーちゃん。今度はこれつけてみない?」
 無邪気な由香の声にハッと顔を上げれば、そこにはついさっき見た、エロ雑誌やグラビア雑誌でしか見た事が無いような、明るいオレンジ色をした“ちんまい”布地のトップがあった。
「え…………」
 その、あまりにも破廉恥な布地を見て固まってしまった可愛らしい幼馴染みを、由香はくるりと鏡に向かせて、さっさと彼女のたっぷりとした乳房に当てた。三角布以外は紐しか付いていなくて、薄いパットで薄赤い乳首と周辺を隠すと、手早く背中と首の後で簡単に結んでしまう。
「…………色が白いと、ちょっとビキニって間抜けな感じがするね」
「なんだよそれ」
 『間抜け』とはなんだ、『間抜け』とは。
 桂はちょっとだけ憤慨しながら、鏡に映った自分を見てみる。薄暗い試着室に浮かび上がった白い肌の少女は、なんとも情けない顔をしながら、手に余る大きさの重たげな乳房に両手を当て、拗ねたように突き出した唇を“むにむに”と動かしていた。
 確かに、こういう扇情的な“エロ水着”は、小麦色の肌にこそ似合うような気がする。
 そういう意味では『間抜け』と言えなくもなかった。
「でも、やっぱりエロエロだね〜…………」
「エロエロってゆーな」
「18歳未満観賞禁止でR指定だね〜…………」
「しまいにゃ泣かすぞコラ」
 そう言いながらも、桂自身も自分の姿ながら「エロ…………」と思ってしまうのは、これはもう…………どうしようもなさそうだった。
 布地からは、横からもむっちりとした乳肉がはみ出していて、ちょっと動くだけで重たそうに揺れ動くものだから、いつ乳首が「こんにちは」してしまうかわからない「恐さ」があった。やっぱり、こんな水着を着て人の前になんて、立てない。
 ましてや、アイツの前になんか…………
「ビキニはエロ水着で見せ水着だから…………着たら、ちゃんと見せないといけないんだよ?」
 ひょいっと顔を覗き込まれて、桂は“ぐっ”と息を詰まらせる。
「だ…………誰に?」
「さあ、誰でしょぉ」
 “んふふ”と笑う由香の目が、すっごくやーらしい。
 桂は、“かっ”と一気に血が上った顔を彼女から反らして、
「ばか」
 と小さく呟いた。

         §         §         §

 そうして、桂が購入したのは、ちょっとおとなしめのタンキニだった。
 一番肌を隠してくれそうなワンピースは、試着しようとしてはみたものの、大き過ぎる乳房が邪魔になって合うサイズが無かったのである。バストに合わせればウエストが余り、ウエストやヒップに合わせるとバストがものすごく窮屈だったから、それはもう仕方ないと言えば仕方がない。
 無理に乳房を“ぎゅうぎゅう”と中に収めようとすれば、苦しくてとても運動出来るような状態ではいられなかったし、それより何より、胸のところが“ぱっつんぱっつん”の“ぴっちぴち”になってしまい、ビキニよりも遥かに“エロっちく”なってしまうのだから、桂の意図からすれば、これはもう本末転倒なのだ。
 とどめに由香が、押し潰されて脇からはみ出してしまった乳肉を突っつきながら、
「…………やめとこ? せっかくのおっぱいがつぶれちゃう」
 とつぶやいたものだから、さすがの桂も、名残惜しそうにはしつつ、ワンピースは諦める事にしたのだった。

 それでも、水着を何度も交互に着けたり脱いだりして選んでいる時は、やっぱり楽しかった。
 …………楽しかった…………と言うのは、元男としては複雑な思いがあるものの、それでも身に着けるものを選ぶ…………というのは、どう言葉を変えても「楽しい」としか言いようが無い。さすがに「ひらひら」で「きらきら」なものは避けたけれど、夏らしい鮮やかな色合いのものや、可愛い模様の入ったものを見ると、なんとなく胸が“きゅ”としてしまうのだから、『心の女性化』もかなり進んでいる…………と認めざるを得なかった。
 桂自身はあまり認めたがらないようだったけれど、彼女の“水着を見る目”を見れば、由香だってわかる。

 可愛いのだ。

 気の無いフリをしながらも、なんとなく手に取ったトップを胸に合わせて“さりげなく”鏡に映してみるところなんて、可愛くて可愛くて、つい“ぎゅっ”てしてあげたくなる。
 由香が選んだ水着を着てみせても、いちおう興味無さそうにしていながらサイドとかバックとか、いろんな角度から鏡に映してみる。そんな、“自分がどんな風に見えるのか、気になって仕方ない”様子など、「だいじょーぶ! けーちゃんは可愛いよ!」と声に出してあげたくなってしまうのだ。

 トップとボトムは、大抵セットになって売られているけれど、この売り場では組み合わせが選べるものもあって、2人は迷いに迷った。迷うことそのものが楽しくて、買い物に来たのか、それとも迷うために来たのか、目的すら見失ってしまいそうだった。
 選べる範囲でボトムとは色違いのトップをつけてみたり、時にはすごーく“キワドイ”水着を「ここだけだから」という由香の悪賢い悪魔の囁きに誑(たぶら)かされて着てみたりして、桂は「女として身を飾るものを選ぶ楽しさ」を、本人としては少々複雑な心境ではあったものの、すごく、堪能してしまった。
 こういう楽しさを知ってしまうと、
『女も悪くないかな?』
 と思ってしまうからゲンキンなものだ。
 生物学的な「女」という種の面倒臭さ、不便さ、社会的不利さ、男性に対しての劣位性。
 そういうものを散々身に染みて感じながらも、「女」となってしまった我が身を、この時の桂は、ハッキリ「愛しい」と思い始めていたのかもしれなかった。
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