■感想など■

2009年07月25日

第13章「覚悟と決意」

■■【5】■■

 7月になった。

 7月最初の登校日は3日で、月曜日で、そしてどしゃぶりの大雨だった。
 梅雨明け宣言はまだまだ先の事になりそうで、土曜日からずっと、朝からムシムシと湿気の高い、いや〜な日々が続いている。
 こういう日はさすがの桂も「スカートで良かったかも…………」と思ったりする。
 ズボンの時は、いくら夏服とはいえ通気性が悪く、じっとりと汗をかいたらズボンが脚に纏わりついて、不快極まりなかった事を思い出すのだ。
 ミニスカートはその点、(下からの)通気性“だけ”はいいので、男子の目が無い所では女子のみんなで盛大に“ばさばさ”とスカートを扇いだりしていた。
 こんな蒸し暑い日は、アンスコを履いたりしている子も滅多にいない。
 暑いし、何よりも『蒸れる』からだ。
 だから女子トイレとか、更衣室とか、男子の目の無い所では白とかブルーとか黒とか赤とかベージュとか縞々とか、様々な色とりどりの花が咲き乱れる事となる。

 そんな中、体育の授業などで更衣室が鮨詰めになったりすると、もう最悪である。
 いくら設備のいい学校であっても、空調は万能ではない。運動した後の更衣室は、熱気に汗や“おりもの”や生理などの体臭、コスメや香水や、それにビスケットやキャンディやチョコといった御菓子などの甘い匂いが交じり合い、充満して、気を抜くと眩暈さえ起こしそうになる。
 シャワー室はいつも満員で、8つある個室で一人2分以内と定め、ざっと汗を流すだけでも、休み時間に全員が済ませるのは到底無理だった。結果、どうしてもあぶれてしまう人が出るわけで、そういう人は更衣室の「備品」として置いてある、制汗デオドラントやさらさらシートの御世話にならざるを得なくて、更衣室にまた数種類の匂いが混じる事になるのだ。
 いくら「さわやかなクールレモンの香り」とか「フレッシュシトラスの香り」とかいっても、それが大量に使われて大量に捨てられたゴミ箱は、別名『パンドラの箱』と呼ばれて(真実は、ひっくり返しても「希望」なんてものは絶対に出てこない「カオス・ボックス」なのだけれど)誰も好んで近付こうとはしない。いっそのこと「無香性」だけに限定してしまえばいいものを、当然のように真っ先に無くなってしまうものなど、もちろん誰も期待すらしていなかった。

 この更衣室の惨状を夢多き男子高校生が一目見たら、きっと幻想や夢や、その他いろいろな美しい想像などが木っ端微塵に砕かれて踏みつけられてトイレの便器にまとめて流されてしまうのは目に見えている。そしてその男子高校生は、夢破れたロートルプロ野球選手みたいに、うつろな瞳と丸めた背中を揺らしながら学校の廊下を幽鬼のようにさ迷うに違いない…………なとど桂は思ったりする。

 男子なんてものは女子より遥かに精神的な成長が遅くて、現実から目をそらすことでしか自分を護る事が出来ない“ひ弱”な存在なのだから、女子は男子を護ってやらないといけない。男子が好む幻想を護り、更衣室やトイレでどんな激戦や惨状が繰り広げられていようとも、それを知られてはいけないし、見透かされてもいけない。
 女の子は『女の子』という“生物”であり、男子とは違う系統の人間なのだと、他ならぬ「か弱い男子達」に、思わせ続けていなければならないのだ。

 なんて逞しい生物だろうか。
 たぶん、男が死滅しても女は自分で増殖していく気がする。

 桂はそんな風に、“自分が女に『変体』した「意味」を改めて考えさせられる直面”に、それこそ毎日のように出会っている…………。

         §         §         §

 そんな中、桂にもちょっとだけいいニュースがあった。
 ソラ先生に呼ばれて、生理後の体調を診てもらった時、
「もう、カチューシャを外しても、思念が誰彼構わず入ってくる事は無いだろう」
 と言われたのだ。
 生理が来た事で、能力が比較的『安定』したためだろう…………という事だった。
 そしてその能力は、もうすぐ自分の意志で、ある程度コントロール出来るようになる…………とも。

 けれど、それと同時にこうも言われた。
「肉体が完全な固定化に向かっている」
 …………と。

 それは桂にとって、果たして「いいニュース」なのか、それとも「悪いニュース」なのか。
 彼女自身にも、よく、わからなくなっていた。
 ソラ先生――空山美智子――は、言う。
 一つ確かな事は、固定してしまえば、今後、桂が男に戻る可能性は、ほとんど無くなってしまう…………と。


 幼年期から青年期にかけて健司に抱いた友情・友愛が、不安定な肉体と精神に干渉して桂は…………圭介は『女性化』した。
 美智子に言わせれば、それは男のメンタリティでは、もともと在り得ない事態なのだという。

 確かに、桂が、こと恋愛に関してほとんど興味を抱けなかった…………という事にも一因があったのかもしれない。
 中学時代は陸上だけに打ち込み、絵画に衝撃を受けてからは、それ一本に情熱の全てを向けていった。性愛対象としての女性には人並みに関心を持っていたかもしれないが、恋愛に関しては全くの“からっきし”だった圭介が、唯一自分を預けられるものが健司だった…………とすれば、本来、健司との間に育まれたそれは、おそらく、かけがえの無い一生モノの友情に昇華しただろう事は、想像に難くなかった。
 けれど、圭介の肉体は、それを「愛情」という大きな枠組みでのみ捉えた。
 圭介にとって“好ましい存在”である健司の『遺伝子』を、『星人』の子孫に必要なものとして、欲したのだ。

 彼にとって不幸(?)だったのは、肉体変化が「性欲」だけでは起き得ないものだった…………という点だろう。

 脊髄反射的な単純性欲は、動物的である。
 動物的であるがゆえに、「愛情」というメタファー(隠喩:metaphor)が無ければ“『星人』の因子を地球人の中に組み入れる事を目的とした圭介という個体”そのものが、存在を『否定』される事となる。「愛情」は「性欲(種族保存本能)」を人間が都合良く言い換えたものではあるが、人間だからこそ持ち得るものでもあるからだ。
 そして言い換えた時点で、自己及び自己の子孫を残す事を最優先とする「動物的繁殖欲求(性欲)」と、イコールでは結べないものとなる。
 なぜ、任意に形態(性別ですらも!)を変化させられる『星人』が、こんなにも「不便」な肉体を桂に“与えた”のか。
 おそらくそれは、桂の「母」である涼子にもハッキリと理解出来ていないのかもしれない。
 ただ、空山美智子は、圭介が人間であるために、そして『星人』が地球人と「融合」していくためには、どうしても必要なものなのだ…………と、認識していた。

 そして、圭介の身体は「友情」という「愛情」をキーにして、健司を受け入れられるように、『変体』した。
 女性という、「受けとめる性」に。
 やがて肉体が変化した後は、男としてのアイデンティティは解体され、価値観は揺らぎ、記憶は薄れ、対人関係が変貌を見せた。
 もう、圭介が…………桂が男に戻る可能性は、限りなく低い。精神的に成熟してしまえば、友情を「性愛対象に対する愛情」と誤認してしまう事も無くなり、例え女性に対して「限りなく愛情に近い友愛」を感じたとしても、「生物学的な性愛(繁殖)対象」ではない性が相手では、桂の肉体が男性化する事は無くなってしまうからだ。
 そしてそれは、桂が生理を迎える度に、肉体固定化のプロセスと共に進行してゆくのだ……と、美智子は言った。

 本当に男に戻りたいのであれば、生理など問題にならないくらい、「女性の身だけでは感じ得ないほどの強烈なストレス」を、一刻も早くその身に受けなければならない。
 つまりそのためには、まだ「女」という「性」に慣れ切っていない今、男のメンタリティを持ったまま、出来れば健司以外の男と“激しい嫌悪感を抱いたまま”セックスするのが一番良い。その時に感じる抗しがたい精神的苦痛と共に、膣内粘膜で生殖細胞(精子)を感知すれば、おそらくそれで男に戻る事が出来るだろう。
 けれど、生理を迎える度に、その確率は低くなり、そして
「あと、2ヶ月だ」
「2ヶ月?」
「あと2回、生理がきたら、たぶんお前は、もう一生女のままだ」
 桂は、保健室のキャスター付きの椅子に座りながら、ソラ先生の『告知』を聞いた。
 全身から、“ぶわっ”と汗が吹き出る。
 意識しないまま、膝の上に置いた両手を、関節が白くなるくらい強く握り締めていた。

 男に戻るか。
 女のままでいるか。

 ――――決断を迷う時間は、もう………………無い。
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