■感想など■

2009年07月28日

第13章「覚悟と決意」

■■【8】■■
 ちょっと痛む左足を庇いながら、桂は急いでトイレへと駆け込んだ。
 スリッパを突っかけて、内開きの個室のドアを閉め、そのドアに背中を預けてから後手にツマミを捻ってロックする。少しツンとした塩素の匂いを鼻腔に感じながら、ドキドキと高鳴る胸を押さえる。じわじわとした“熱”がおっぱいの奥に溜まり、それがともするとおっぱいの頂点で息づく赤味の増した“グミキャンディ”を、“きゅんきゅん”と刺激してしまおうとたくらんでいた。しゃくりあげるように息をして、唾を飲み込みながら目を瞑れば、先ほど感じた“もう一つ”の身体の変化をハッキリと感じてしまう。
 桂は、授業中で誰もいるはずの無いトイレの物音を息を潜めてじっと聞き入る。
 そして本当に誰もいないことを確かめると、立ったまま水着のボトムを引き下ろした。それから意を決するように白いサポーターの股間に当たる部分を覗き込んで、彼女は「やっぱり……」と、そっと溜息を吐く。
 そこには、水とは明らかに違う“ぬるぬる”した粘性の高いものが光を弾いて、在ったのだ。
「…………濡れてる…………」
 桂は『はっ……』と、自嘲するように息を吐き、顔を上げるとそのままの勢いで“ごんっ”と音がするくらい強くドアに後頭部を打ち付けた。
『なんて…………』

 ――――なんて、だらしのない体なんだろう――!! 

 親友の手が触れただけで、こんなにも容易く反応し、涎を垂らして、欲情してしまうオンナの体……。
 それが持つ意味を思い巡らせるまでもなく、目の前の冷酷な事実は、「この体」が「健司」に「抱いてもらいたがっている」事を桂に突きつけてくる。
 ここまで節操の無い体だと、いっそ可笑しくさえ、ある。
 今より遥かに動物的で脊髄反射的だった男のちんちんの方が、まだ理性的に思えてきた(もちろん、決してそんな事は無いのだけれど)。
 教師もクラスメイトも、由香だって近くにいたのに、脹脛をマッサージされただけであそこを濡らしてしまうオンナ。
 こういうのを、何と言うのか、桂は知っている。
『インラン…………』
 そう、呼ぶのだ。
 こうして意識の表層にその言葉を浮かべてみれば、体が心を裏切り、記憶を裏切り、そして誠実で優しい健司までもを裏切っている気がした。
 ついさっき極間近で見た吉崎の“欲情した目のおぞましさ”など微塵も感じさせない、それどころか「きもちいい」と形容してもいいくらい柔和な健司の瞳を、自分は薄汚れ、暗く穢れた欲望で手酷く裏切っている。
 じんじんと痺れるように疼く体が、厭(いと)わしかった。
 目の前の白い洋式便器が滲んで、揺れる。

 女の体になり女のメンタリティに侵されてしまった今の桂にとって、感情の揺らぎは涙腺のゆるみに直結している。世に「女の涙ほど信用出来ないものはない」と言われるのは、それがちょっとした感情の振幅や体調によって、簡単に流す事が出来てしまうからだ。女は男などと違い、流動的な「状況」と自分の「意志」で、容易く泣く事が出来る。
 女にとって「涙」は、馴れてしまえば自由にコントロールさえも出来る、男に対して最も有効な「女の必殺技」なのだ。
 けれど、男だった時には滅多に泣く事など無かった圭介にとって、抑えきれない滂沱の現象は、残されたわずかな男のメンタリティでさえも溶かし流してしまいそうで嫌だった。
 しかも、まだまだ感情の揺らぎを自分で抑えられない桂にとっては、涙を感じることでいっそう自分の無力さ、不甲斐なさを心に刻み付けてしまう結果にさえ、なっていた。
『女になっただけじゃなく、その上インランで恥知らずかよ…………』
 涙と共に心に浮かび上がる自嘲すら、今の桂には、その心を切り裂く“自責の刃”となる。
「あ……」
 ぬるぬるとした粘液のしたたりを腿に感じ、桂は目をぎゅっと瞑って顎を上げた。両手を下腹部に当てれば、その下腹の奥の内臓器官が“きゅん”と切なさに身悶えするような気がする。
『求めている………………健司の…………ちん……………………精液…………』
 これが女の体の持つ「業」なのか、それとも桂個人が持つ『星人』と地球人とのハイブリットとしての資質なのか、彼女自身もわからなかった。
 ただ一つわかっている事は、自分がどこか「狂っている」のではないか? という想いだけだ。
 で、なければ、“自分で認めてもいないのに”“体が求めてしまうはずが無い”。
『いっそのこと……』

 ――――――狂ってしまおうか?

 あの日、あの夜、あの風呂場の、あのバスタブの中で“した”ように……。
 親友を…………“決して思い描いてはいけない者”を思い描きながら、狂ってしまおうか?
 そう思いながら、ぬるぬると濡れそぼる股間に、白く細い右手の指を伸ばしかけた、その時、
「けーちゃん?」
 突然聞こえた、聞き慣れた舌足らずの由香の声に、桂の体が“びくり”と震えた。
「え……あ、な……なに?」
「大丈夫?」
 声の調子で、トイレの入り口あたりにいるらしい事だけ、わかった。
「う、うん。なんで? どうした?」
 音を立てないように急いでボトムを引き上げて、それから、用を足してもいないのにトイレのレバーを捻って水を流す。
 冷たくなった“ぬるぬる”の粘液が“べとり”と股間について、ひどく気持ちが悪かった。
「ん。一応、保健室に行こ?」
「いいよ。大袈裟だな」
 言いながらドアを開け外に出ると、ちょっとだけほっぺたをふくらませた由香の顔があった。
「いいから。いつまでも男の子みたいな気持ちでいちゃダメだってばぁ」
「なんだよそれ」
「デリケートな体なんだって、ちゃんと自覚しなさいってこと」
 こむら返りくらいで保健室に行くのもどうかと思ったけれど、このまままたプールに戻っても、健司と顔を合わせるのはなんとなく気が引けた。由香が来るのがもう少し遅かったら、こんな場所だというのに、また健司を思い浮かべながら自慰をしてしまっていたかもしれないのだ。
「けーちゃん、聞いてる?」
 “ぷう”とすっかりほっぺたをふくらませた由香の側を、桂はすり抜けるようにして洗面台まで行くと、汚れてもいない手を軽く洗う。それから小さく吐息を吐いて、
「……ん。わかった」
 こくりと頷いてみせた。
 正面の鏡を通して、由香がくるっとした大きな目を細めて笑ったのが見える。
「その前にシャワー浴びてね? 塩素の匂いさせたまま制服着ちゃダメだよ?」
「わかってるよ」
 本当に、まるで母さんが2人いるみたいだ。
 桂は目に溜まったままの涙を“ぐしぐし”と少し乱暴に手で拭うと、口元をゆるめてトイレを後にした。

         §         §         §

 シャワールームの個室は一つ一つが、左右に模造大理石の石版、正面にピンクのタイル地の壁、そして入り口には足首までの淡いクリーム色のシャワーカーテン……といったように、ちょっとしたボックスのようになっている。
 開放感……という意味ではいささか足りないたけれど、体を洗っているところを他人に不用意に見られない……というところは、比較的生徒達に評判が良かった。もちろん上は塞がってなどいないけれど、中に入ってしまえばシャワーカーテンにうっすらと浮かび上がる影だけが、中に人がいるかどうかの目印になっている。
 つい先日、由香とはデパートの狭い試着室で水着の“選びっこ”などしたけれど、まだお風呂などの「裸の付き合い」は、する事も無いだろうと思っていたし、実際、した事が無い。
 いまだに全身を人前に晒す事に抵抗がある桂は、女子更衣室やそこのシャワールームでも、いつも大きめのバスタオルで体を「防御」して女子からの視線をガードしていた。
 そういう意味では、この、他の人の視線を遮る事の出来るシャワールームは、正直ありがたい……と、桂は思う。

 バスタオルを、シャワーカーテン横にあるドアノッカーみたいなフックに引っ掛けて個室の中に入り、コックを捻って水量と温度を調節し、ちょっとぬるめのお湯を出す。
 そのお湯を頭から浴びながら全身の力を抜くと、凝り固まった心までが徐々にほぐれていくようだった。
 ふと、ぺたぺたとシャワールームの床を裸足で歩く音がして、すぐ左隣に誰かが入り、同じようにコックを捻る音がした。
「けーちゃん」
「うん?」
 放水音に紛れた声は、やっぱり由香だった。
 本気で、桂を保健室まで連れていくつもりでいるらしい。
 桂は苦笑しながら、ボトムを膝まで下げてシャワーヘッドを手に取った。『肉の亀裂』から染み出し“ぬるぬる”とした粘液は、水着の上からでは洗い流せない。ちょっとカッコワルイけれど、立ったまま両脚を少し開いて(つまり、ガニマタになったのだ!)シャワーヘッドを近付ける。左脚の脹脛がまだ少し傷むけれど、我慢出来ないほどでもない。
「ねえ、けーちゃん」
「ん?」
 由香の声に、水流の向きを上に向けようとしていた手が止まる。
 顔を上げ、脚を元に戻してなんとなく左を見た。
「なに?」
「いつまで自分の心にウソつくつもりなの?」

 単刀直入だった。

 いきなりにも程がある。
 由香は前置きも何も無く、まっすぐにそう聞いてきた。
「…………なにが?」
 心の中に押し込めたものを見透かされたわけでもないのに、桂は“ぎくり”として一瞬だけ息を止めてしまう。
「そうやって、ずっと自分を誤魔化して、それでいいの? ホントにいいの?」
 思い詰めたような、由香にしては珍しくも真剣な声だ。
 何もかも見透かされている気がして冷や汗が出たけれど、桂はごくりと喉を鳴らし、それでも努めて平然と答えてみせた。
「だから何が?」
「けーちゃん。いい加減観念しないと、ひどいよ?」
 ……なにがどう「ひどい」のか、ちょっと聞いてみたいと思った。
 桂が口篭もったまま答えずにいると、
「だってけーちゃん、健司くんのこと、好きでしょ?」

 ――――声が後から聞こえた。

「わわっ! コラ! 何見てんだよ!」
「可愛いお尻」
 シャワーヘッドを手にしたまま、桂はびっくりして左手で股間を隠し、カーテンから顔を覗かせた由香の視線を避けた。ただ、ボトムを膝まで下げていたため、白くて可愛い“ぷるっ”としたお尻が丸見えだった。水滴に濡れ光り、ほのかにピンクがかったお尻は“きゅ”と緊張したように引き締まり、その間の翳りをわずかに覗かせている。
「ばかっ! 早く閉めろっての!」
「あ、ごめん」
 そう言うと、由香は“するり”と個室の中に身を滑り込ませて後手にカーテンを“ジャッ! ”と閉め、にっこりと笑ってみせた。
「だからぁ! なんでそこで入って来んだよ!?」
「いいじゃない。たまには一緒にシャワー浴びたって」
 彼女は水着を着たままで、手にはビニール製のポーチを持っていた。
 用意周到だ。
 確信犯に違いない。
 もちろん、間違った意味の方ではなく、由香にしてみればそれは悪い事でもなんでもなく、「当たり前にしちゃっていい、(由香の)道徳的に正しいこと」なのだろう。
「オマエなぁ……」
 由香の方を向くわけにもいかず、さりとていつまでもこのままでいるわけにもいかず、桂は背中を向けたままシャワーヘッドを元の位置に戻す。ただ、そのままでは頭からまともにぬるま湯を浴びてしまうので、ヘッドの角度を横にずらしておいた。
 シャワーを止めてしまわなかったのは、誰かがシャワールームに入って来ても、音でバレないようにするためだった。2人で一つの個室に入ってる……なんて知れたら、からかわれるのは目に見えているからだ。
「女同士だもん。何か問題ある?」
 ものすごく問題があるように思っている桂は、由香の台詞に困ったような表情を浮かべた。更衣室にあるシャワールームより幾分広いとはいえ、ここだって元々2人で使用するようには設計されていないスペースなのだ。いくら桂と由香の体が小さくても、2人が中に入ればどうしても体の一部が触れ合ってしまう。
「あ」
 腕が触れ合って、桂は思わず熱いものに触れたかのように“びくり”と体を震わせた。
 それが気に障ったのだろうか。
「そんっっっっっっなに、私のこと嫌い?」
「……なんでそーなるんだよ」
 “むうっ”とほっぺたをふくらませながら言う由香に、桂は疲れた顔で言う。
 さっきまでのブルーな気分が、すっかり消えてしまっていた。そういう意味では、由香のこの突拍子も無い行動はありがたかったけれど、もうちょっと場所を考えて欲しい……というのが、今の桂の正直な気持ちだ。
「じゃあいいよね?」
 膝まで下ろしたままのボトムを引き上げようとした桂を無視して、由香はポーチをカーテンのフックに引っ掛けると、するすると水着を脱いでゆく。桂は呆気に取られ、ボトムを引き上げる事も忘れてつい見入ってしまった。
 日に焼けてない真っ白な肌が露わになり、ベビーピンクな乳首や、可愛らしいヘソや、“もしゃっ”と控えめな茂みなどが、次々と桂の目に飛び込んでくる。
「コ……コラ。ナニ勝手に……」
「ホラホラ、こんなの取っちゃって」
「あっ!」
 隙をみて、ずるっとボトムを足首まで引き下ろされた。
 桂はバランスを崩して転びそうになり、屈み込んだ由香の肩に思わず手をかけて、
「あ、ちゃんとお手入れしてるね? 感心感心」
 と至近距離で彼女に下腹部の茂みを直視された桂は、ほんのりと桜色に染めた肌を“かあっ”と一気に紅潮させてしまう。
 由香が嬉々としながらした事は反則行為で、罰金行為で、とにかくもう……女同士だってしちゃいけない事なのだ! 
「ばっ……見るなっ!」
「なあに? 人のは見ておいてそーゆー態度取るんだ?」
「オマエが勝手に見せたんだろ!?」
「……けーちゃん、可愛くない」
「可愛くなくて結構」
「むー……」
 由香は、しかめっ面でくるりと背中を向けると、ゴソゴソとポーチからプラスチック製のミニボトルを取り出す。そして、なんとか足首まで下がったボトムを“由香の方を向かず”“お尻を突き出さないように”気を付けながら、屈み込んで懸命に引き上げようとしている桂の背中に、情け容赦無く数滴垂らした。
「ひゃっ!?」
「背中洗ったげる。実はコレ持ってきたんだ」
 由香の手には、とろりと粘度の高い動きを見せる、薄緑色をした試供品のボディソープがあった。
 お湯と、この状況に火照った桂の肌には、ちょっと冷たすぎる刺激だった。
「オマエ……ここ、風呂じゃねーっつーの」
「気にしない気にしない」
 笑いながら由香は、桂の足首まで下がったボトムを“ぎゅ”と踏み付け、身動きが取れないことを見計らってから、今度はトップを捲り上げる。
「んわわっ!?」
 “ぶるんっ”と桂の重たい双丘がこぼれ出て、彼女は慌てて捲り上げられたトップ引き下げようとした。……が、それを見越して、由香は器用に桂の足からボトムを抜き取ってしまう。

 ……いったいこんなワザ、どこで覚えたのだろう?

「ゆ〜〜〜〜〜か〜〜〜〜〜〜〜〜……」
「怒らない怒らない。笑顔笑顔」
 下半身を素裸にされて、それでもまだ抵抗するのは馬鹿らしくなったのか、桂は一つ溜息をつくと自分からトップを脱いで横の模造大理石の石版の上に水着を引っ掛けた。
「いい脱ぎっぷり♪」
「ばか」
 右手でおっぱいを、左手で茂みを隠しながら、桂は上目遣いに睨みながら下唇を噛む。その、お風呂に入れられるのが嫌で散々逃げまわったものの、とうとう部屋の隅に追い詰められた子猫……といった風情の桂に、由香はくすくすと笑う。
「はい、むこう向いて」
「んあっ?」
 くるんと背中を向けさせられ、桂は正面のタイルを見たまま立ち尽くした。
「じっとしててねー」
「ひゃ」
 ぬるん……とボディソープを落とした由香のちっちゃい2つの手が背中を滑り、桂の可愛らしい唇を割って声が漏れる。
 由香はニキビ一つ、ホクロ一つ無いすべすべの背中に両手でソープを塗り広げながら、その肌の気持ち良さに笑みを浮かべた。
「おきゃくさーん、痒いところはないですかー?」
「ばーか。そういう時は『どこからきましたー?』だろ?」
 『圭介』だった時に読んだ事のある男性誌では、ソープ嬢がそんなセリフを言っていた。
「そういうもんなの?」
「そういうもんだ」
 そうして2人で、くすくすと笑う。
 由香のちっちゃい手で塗り広げられ、泡立てられるソープの感触は、こんな状況だというのに桂の心を解きほぐしてゆく。
「でね? さっきの話だけど」
「さっきの?」
「健司くんのこと、好きでしょ? って話」

 ――――まだ続いてたのか。

 桂はタイルを滑り落ちる水滴を見ながら、小さく溜息を吐く。
「ね、好きでしょ?」
 由香の追及は冷酷非道で、およそ容赦というものが無かった。
「そっ………………そりゃオマエ……幼馴染みだし……アイツいいやつだし……男として」
「ちがうちがうちがーーう」
 強引に、ぐるんと体を回された。
 左足が少し傷んだけれど、それよりも、たっぷりとして重たげに実ったおっぱいが体の回転に遅れて左右に揺れ動き、赤い登頂で軌跡を描く方に気を取られる。重たく揺れるおっぱいに感じた“むず痒い”感覚に、桂は慌ててその豊乳を両手で掴むようにして手の平で覆い、ちょっと“こわい”由香の目から隠した。
 けれど、由香は“そんなところ”など見ちゃいない。
 正面から“じっ”と、まるで宿題があるのを隠してた子供を見るお母さんのような目で、桂の瞳を真っ直ぐ覗き込んでくる。
「ちがうでしょ? “女”として、好きなんでしょ?」
「だっ……ばっ……んなことあるかっ」
「だって、健司くんのこと、すっごく意識してるよ? 目で追ってるよ?
 姿が見えないとソワソワしてるよ? 自分で気付いてないの?」
 びっくりした。
 自分ではそんなこと、ちっとも意識なんてしていなかったからだ。

 ――――そうか……他からは、ボクはそんな風に見えていたんだ。

 桂は由香の言葉にいまさらのように驚き、そして恥じた。
 由香に……端で見ていれば気が付いてしまうくらい、自分は健司のことばかり見ていたのだ。
「め……めちゃくちゃ言うな。なんでボクが健司を意識しなくちゃいけないんだよ?」
「ちがうの?」
「ちがう」
「……ね、けーちゃん。気付いてないみたいだから言うけど、けーちゃんてウソつく時、鼻の穴が“ぷくっ”って広がるの。知ってた?」
 桂は“ばっ”と鼻を右手で覆って、慌てて横を向いた。
 それから、何かに気付いたかのようにハッと目を見開くと、そろそろと由香を見る。
 幼児体型の素裸を隠しもしない童顔の小悪魔は、

 ――“にやぁ”と、笑ってた。

 “にやぁ”だった。
 “にこっ”じゃなかった。
 なんかもう、
『ぜんぶわかってるんだから』
 とでも言いたそうな、そんな笑顔だった。
 あの時の、
 桂が『もう健司から逃げない』と自分に誓って、
 健司に立ち向かった、
 6月19日の、
 1時間目の、
 休み時間に見せた、

 ――あの笑顔だった。

「てめえ! 騙したなっ!?」
「だってけーちゃんってば強情なんだもん」
 突然、由香が桂の首に両腕を回し、“きゅ”と抱き締めた。桂の自己主張激しい巨大なおっぱいと、由香のささやかだけれど“ふにょん”とやさしくやわらかいおっぱいが、形を変えながら互いの体温を伝え合う。
「ゆ――」
 桂は、名前を呼ぼうとした。

 でも、出来なかった。

 やわらかく、あたたかく、そして優しく狂おしく残酷な「オンナのカラダ」が、『何も喋るな』と言っていた。
 桂の体だけではなく、由香の体からもそれは伝わってくる。
 ……“ぺたり”と密着した肌のその部分が、ひどく…………熱いと思った。
「あのね?」
 由香は、桂の白い首筋にキスするくらい唇を寄せながら、ゆっくりと話す。
「けーちゃんは気付かないのか、本当は気付いてて気づいてないフリをしているのか、気づきたいくないだけなのか、それは私もわからないけど、でも私が言っちゃうね?
 けーちゃんは、健司くんが好きなの。
 たぶん、ずうっと前から。
 そりゃあ、自分が実は女の子だったって気づく前はどうか知らないけど、今じゃ、けーちゃんってすっかり女の子なんだよ?
 どこからどう見ても、立派な女の子。
 ううん。外見だけじゃない。
 きっとそれに気づいてないのは――気付こうとしないのは、けーちゃん、本人だけなの。
 だから私が言うね?
 言っちゃうね?
 けーちゃんは、健司くんが好きなの。
 ものすごく、好きなの」
 桂は、由香に抱き締められたまま、憮然として彼女の背中越しのカーテンを見た。
 シャワーが降り注いでいるというのに、プールの方から、かすかにクラスメイトの声が聞こえる。こんなところで、こんな風に、自分と由香が裸のまま抱き合ってるなんて知ったら、彼らは果たしてどう思うだろうか?
「……オマエって……さ、こんなキャラだったか?」
「ふふっ…………もう、言いたい事黙ってるのはヤメにしたの。
 黙っててもなにも始らないってわかったから。
 だって場合によっては、始る前に終わっちゃう事だってあるんだもん」
「なんだよそれ」
 桂の言葉が終わるか終わらないか……というタイミングで、不意に唇へとやわらかいものが押し当てられる。

 ――――キスされた。

 そう気付いた時にはもう、甘美なほどやさしい触感の唇は離れていて、目の前には、涙をいっぱいに浮かべた由香の、ちょっと子供っぽい顔があった。
 桂は驚きのあまり、身じろぎすら出来なかった。
「――ね、知ってた?
 私、ずっとずっとずうううっと、けーちゃんが好きだったの。
 ちゃんと男の子として、大好きだったの」
「ゆ……由香……??」
 目の前に立つ幼馴染みの少女からは、今まで一度たりとも漏らした事のない秘密を生まれて初めて告白するような…………そんな張り詰めた空気が伝わってくる。シャワールームには、ノズルから迸る飛沫が床のタイルに降り注いで立てる音だけが響いていた。
「けーちゃんはもう覚えてないかもしれないけど、けーちゃんが転校してきたその日から、ずうっと好きだったの。
 隣の席になって教科書見せてあげた時から、ずうっとずうっと、好きだったの」
 由香は話しながら泣き、泣きながら話した。ぽろぽろとこぼれる雫は、涙なのかシャワーの水滴なのかわからないけれど、彼女は確かに泣いて、いた。
 そうして堪えきれずにしゃくりあげると、再び桂を“ぎゅ”と抱き締める。
 シャワーの音に混じって、泣きじゃくる声がシャワールームに流れた。
「初恋だった。
 けーちゃんだけ、見てた。
 けーちゃんが私の事見てなくても、私はけーちゃんだけ見てたの」
 桂はただ、じっと由香のやわらかい体を受け止めたまま、動かなかった。

 動けなかった。

 なんて言ったらいいのか、わからない。
 いや、そもそも声をかけていいものかどうかもわからない。
 由香が自分の事を、「男として」好きだったなんて、思わなかったのだ。
 ずっと、一緒にいた。
 小学校の3年生の時からずっと、妹のように、時には姉のように、由香はいつも『圭介』のそばにいて、いることが当たり前になっていた。『圭介』もちろん由香が好きで、でもそれは普通の女の子に対する「好き」とは違っていて、あまりにも近くにいすぎて異性とは意識出来ないままに抱いた「好き」だった。それは「家族」に対する「好き」と、とてもとてもよく、似ていた。
 そしてそれは、桂に何の根拠も無く「由香も同じだ」と、思い込ませるのに十分な『距離』でもあった。

 ――――謝るべきだろうか?

 どうして?
 「気付いてあげられなくてゴメン」とでも?
 結局は何も変わらないと知っていて、それでも謝ってみせることに、いまさら何の意味があるだろう?
 それは、単なる自己満足でしか無いのに。
「びっくりした?」
 圭介が動く事も出来ずに葛藤していると、由香は“くすり”と笑って、桂の首に腕を回したまま上半身を少しだけ離した。
 乳首と乳首が擦れ合って、ちょっとくすぐったい。桂は、おっぱいの奥にまだ消えずに残っていた甘い“熱”が、再び大きく、熱く……炎へと変わろうとしている事に気付く。
 そして、由香は……と言えば、鼻と鼻がくっつきそうな距離で、なんだか「いろんなことにとりあえず決着つきました」というような顔をして実に嬉しそうに笑った。
 その笑顔に、カーボンフリージングされたハン・ソロみたいだった桂の体の硬直が、ゆっくりと解けてゆく。
「さっきのキス…………あれ、ボクのファーストキスだったんだぞ?」
「ふふふ。私もだよ? 私の初めては、きっとけーちゃんだってずっと思ってたもん」
 嬉しそうな顔のまま、由香が言う。

「けーちゃん、濡れてたでしょ?」

 “ぎょっ!? ”とした桂の目が、大きく見開かれる。
「それって、健司くんに脹脛をマッサージされたからだよね? 触られちゃったからだよね?」
「だっ…………な……、そ、それは……」
「いいの。責めてるわけじゃないの。
 イヤじゃなかったでしょ? でも、吉崎くんに触られたら、すっごくイヤだったでしょ?」
 “どうしてわかるんだ? ”と言いたそうな桂に、由香は“んふ”と「オンナの笑み」を浮かべる。それは、桂がまだ身につけてない、経験と知識に裏付けされた、可愛らしい「オンナノコの笑み」だった。
「私もね、けーちゃんには、どこを触られても、ちっともイヤじゃなかったよ?
 健司くんもそうなんだけど、健司くんの場合はちょっと感じが違うかな?
 けーちゃんが触ると、なんだか『ほわわん』ってなるの。
 あったかくなって、ドキドキするの。
 今だから言うけど、私、けーちゃんの事が好きだったから、大好きだったから、
 だからきっと、触られるとあんな風になったんだと思う」
「べ……別にヘンなとこ触ったりとか……してなかっただろ?」
 手とか頭とか肩とか、時には背中を叩いたりとかはしたかもしれないけれど、ドキドキするようなところなど触った覚えは、桂には無かった。
「触っても良かったんだけどねぇ」
「由香……」
 くすくすと可笑しそうに笑う彼女に、桂の体から力が抜ける。
「ね、けーちゃんは、健司くんに触れられたら、どんな感じになるの?
 それって、私がけーちゃんに触れられたのと、ひょっとしたら同じなんじゃないの?」
「ボ……ボクは……そんな……」
「まだこだわってるの?
 あのね? 男同士の友情も、男と女の恋愛も、どっちも大きな目で見れば同じ『愛情』なんだよ?」
「そうは言っても…………」
「トモダチだから? 親友だから? だから好きになっちゃいけないの?
 そんなの、誰が決めたの?
 好きになっちゃヘン?
 おかしい?
 好きなのに押さえ込んで好きじゃないなんて思おうとしてる方が、どうかしてるよ。
 そっちの方が、ヘンだよ」
「……なんかオマエ……すげぇな……」
「ダテに女を17年もやってないもん。これでも、けーちゃんよりずっとずっと先輩なんだぞ?」
 声と共に、再び不意打ちのようにキスされた。
 あんな告白を受けた後では、とても拒否なんか、出来なかった。
 やわらかな唇が重なり、甘い吐息が口腔と鼻腔をくすぐる。
『オンナの体でも、女の子の息って……いい匂いに感じるんだなぁ……』
 それが由香だからなのか、女の子全般がそうなのか、桂は知らない。
 吉崎とは大違いだ。
 そんな事を、ちらりと思った。
「ん……ん……」
 “ぷちゅ……ぷちゅ……”と、唇と唇を合わせるだけの、小鳥がついばむようなキスが繰り返され、桂は冷たいタイルに背中を任せたまま、少しずつ全身から力が抜けてゆくのを感じた。

 きもちいい。

 あの由香が相手なのに、きもちいい。

 授業中にこんな場所でこんな事をしていることが信じられない。
 何もかもが現実と思えなくて、何もかもがぼやけてゆく。

 ――――きもちいいと、こうなっちゃうんだ…………。

 女の体に対する、新たな発見だった。
 自慰とは違う、他人からのアプローチが、こんなにももどかしく、こんなにも心地良く、そしてこんなにも泣きたくなるものだったなんて…………! 
 でも、「流される」のはイヤだった。
 ただ流されるまま、由香にキスされて…………もしその先まで…………。
「ゆ…………ゆか…………ゆ…………だめ……」
「けーちゃん…………」
「だめ……だって…………ゆか……」
 理性が抵抗する。
 けれど体は、そして「ずっとこうしていたい」と請い願う感情は、少しづつ少しづつ“とろとろ”にとろけてゆく……。
「ゆか……こんな…………ボクは……」
 その抵抗すら、彼女の唇の感触が許さない。
 “ぷちゅ”と唇が合わさり、その上で、上唇を“ちろっ……ちろっ……”と嘗められては、もう抵抗する事など出来ようはずも無かった。
「……ね、けーちゃん。女の子になってから、オナニーって、した?」
「…………ふぁ? ……」
 とろん……とした顔の桂のほっぺたに、由香は“ちゅっちゅっ”とキスしながら聞く。そうしながら、トイレや風呂場でしてしまった自慰の記憶に頬を赤らめて目を伏せた桂に、由香は“ほにゃっ”とタンポポのような笑顔を浮かべた。
「あんまりしてないでしょ?
 私が教えてあげる。
 私も、そんなに知ってるわけじゃないけど、けーちゃんよりずっとずっと先輩だから」
 いたずらっぽい瞳に、普段の彼女からは想像も出来ないくらい淫靡な光が宿る。
「…………オナニーの?」
「……くすっ…………そう。オナニーの」
 そう言ってから、由香は「ばか」と囁いて、桂の紅潮した肌に指を滑らせた。

         §         §         §

ちゅく……

 それは水音……だった。
 シャワーの音が響いているのに、ほんのわずかな音でしかないはずなのに、その水音は、桂の耳に確かに届いた。
「んあっ!」
 びくびくと腰が震える。
 自分の股間に伸びた由香の右手を桂の左手が捕まえて、けれど彼女の指の触れている部分から引き離す事も出来ずにほっそりとした白い腕も“ぶるぶる”と震えた。
 水音は、体の中心から聞こえる。
 大事な「オンナノコ」の部分から聞こえる。
「やっぱり、濡れてる…………ね」
 “くすり”と密やかな笑みを含んだ由香の言葉に、桂の全身が羞恥に“さっ”と朱が差す。ほっぺたや耳たぶばかりではなく、首筋も胸元も、すっかり綺麗なピンク色に染まっていた。
「ん……ま……待てって……ば…………」
「だーめ。待たない」
「……や…………つよ……」
「強過ぎた? じゃあ、こんな感じ?」
「んひゅあっ……! ……」
 何か話そうとして、その瞬間与えられた巧みで強い刺激に呼気が漏れ、奇妙な音だけが桂の唇から迸った。
「けーちゃんって…………可愛い……」
 タイルに背中から押し付けられ、身も世も無く由香にしがみついたまま、左のおっぱいとあそこを彼女に自由にされていた。
 抵抗は出来ない。
 もう、本気でしたいとも思えなかった。
「あ……だ…………やだ…………やだ…………」
 左脚の痛みが、どこか遠い。
 それよりもずっとずっと強く、甘やかで、体中をかけめぐる快美な感覚が、一斉に桂の脳の感覚部位へと襲い掛かっていたからかも、しれなかった。
 やがて由香の両手が、桂の背中のソープをたっぷりと掬い取り、その泡を桂の全身へと塗り広げてゆく。抱き締められながら背中を、腰を、そして女らしく豊かにふくらんで、それでいて“きゅ”と引き締まったお尻を、由香の両手が撫で、揉み、そしてなぞってゆく。
「んっ……んっ……んっ……」
 由香の両手が“きゅ……きゅ……きゅ……”と、白くて“ぷるっ”とした桂の尻肉を揉み込むたびに、桂の唇から押し殺した声が漏れる。それが可愛くて、楽しくて、嬉しくて、由香は両手の指を全て使って彼女の柔肉を愛撫した。

 ――翻弄される…………!!……

 とろけた桂の意識が、警告を発する。
 「溺れてはダメだ」と、覚醒を促す。
 けれど体は「このまま身を任せてしまえ」と、桂の理性を唆(そそのか)すのだ。
 香しい由香の吐息と、やわらかく熱い体が桂の全身に密着して、触感だけで心も体もとろかそうとする。それが恐くて由香にしがみつけば、さらなる愛撫で桂の心の牙城を崩そうと、彼女の手の平と10本の指が桂の滑らかな肌を巧みに這い回った。
「あっ……ぁうっ……あっ……あぁっ……あっ……あっ……」
 もう、吐息なのか艶声なのかわからない。
 抑えようとしても抑え切れぬ快楽の色が、艶やかに声に混じっていた。
 “ちゅう”と再び唇を奪われる。
 ……これは何度目のキスだったろうか?
 くらくらとした頭でそんな事をちらりと想った途端、不意に“くるん”と後を向けさせられ、タイル壁に両手を着くように促された。突然失った由香の甘い体温に不安になり、後を振り返ろうとした時、それはきた。
「くぅあっ……ぅ……」
 脇から回された由香の両手が突然、揺れ動く重たいおっぱいを捕まえて、その先端を人差し指と中指で挟み込むようにしながら“きゅきゅきゅ”としごいたのだ。ぺたりと由香の前身が桂の背中に押し当てられ、幼いカタチのふくらみが“ぷにぷに”と弾む。そして、こりこりと勃起した薔薇色の先端が桂の肩甲骨をくすぐるようにして刺激すると、“ぞくぞく”とした震えが彼女の背中の中心から首筋まで、一気に走り抜けた。
「けーちゃん……ホントにおっぱいでっかいね……」
「な……何度も……見て……る……だろ? ……」
「うん。でも、やっぱりこうして手で掴むのと、見てるだけとは、やっぱりちがうよ。
 クラスの子達が触りたがったのも、わかる気がするな……」
 そういえば、あれだけクラスの女子達にムチャクチャ揉まれまくったおっぱいも、由香にだけは遊び半分で揉まれた記憶が無い。
 それを彼女に聞くと、
「だって……なんか恥ずかしいし……それにけーちゃん、嫌がってたもん」
 と言った。

 由香の手はソープの滑りを利用して、桂のおっぱいを絞るように何度も何度も揉んだ。手の平を上を向けていっぱいに広げ、裾野から頂きにかけて、下から掬い上げるように“たぷっ……たぷっ……たぷっ……”と愛撫する。桂の乳房の奥に灯った炎は彼女の体を内側から炙り、ちろちろと蛇が舌を伸ばすように下腹部の奥に在るオンナ特有の内臓器官を刺激した。
「んん……う……うぅ〜〜……」
 引き結んだ口の代わりに、可愛らしい鼻腔がぷっくりとふくらんで甘ったるい鼻声を紡ぎ出す。むずがる赤ん坊のような、オヤツがもらえなくて泣き出しそうな女の子みたいな、由香の母性を刺激する……そんな声だった。
「ふふっ…………でも、けーちゃんがこんなに可愛いって知ってたら、もっと早くシテあげても良かったかも」
「ば……ばかやろー……」
「ほらほら、女の子がそんな乱暴な言葉遣いしないの」
「んんんぅ〜〜〜〜〜〜〜っ……!!! …………」
 由香の両手の中指と親指が、ソープで滑る乳首を、まるでそれが『罰』であるかのように、強引に“きゅむっ”と摘み上げる。その強い刺激に、桂の目から涙がぽろぽろとこぼれた。
 決して哀しいわけではない。
 これは女の体が持つ、単なる生理反射に過ぎないのだ。
 けれど、涙がこぼれた事を自覚すると、桂の心は自分が何の力も持たない、無力で愚かな幼子にでもなったかのような錯覚を覚えてしまった。そして、「もう許して欲しい」という想いと、「もっといぢめてほしい」という想いが交じり合い、絡み合い、下腹を“とろり”としたものが滑り落ちてゆくのを感じるのだ。
「ひんっ…………」
 幼馴染みの女の子に体をいいように嬲られている……というのが、桂の中の被虐心に火をつけたのかもしれない。
 「オンナ」へ体が変体したばかりの頃に立て続けに見たあの『淫夢』では、桂はいつも誰かに翻弄される側だった。キスされ、嘗められ、吸われ、揺らされて嬲られる。あらがうことも出来ず……いや、あらがうこともせず、ただこの体に刻み込まれる快美感を甘受していた。
 あの時の感覚を、彼女は今、ハッキリと思い出している。
 けれど、声は出せない。
 夢の中のように、請い願い更なる快楽を求めるような、甘ったれた声を上げるわけにはいかなかった。
「声、出していいよ?」
 けれど、それを見透かしたように由香が“くすくす”と笑いながら言った。
「……なんで……オマエ……そんなに慣れて…………くっうっーー…………」
 首筋にキスされ、そのまま左の耳たぶを“はむっ”と唇で甘噛みされた。ちゅるちゅると啜られ、ちっちゃい舌でぺろぺろと嘗められれば、熱い吐息に炙られて首筋を“ぽぽぽぽっ”と炎が走る。“ぞくぞく”とした震えを生み出すその炎は、震える艶声と震える吐息となり、ちろちろとピンクの舌が覗く桂の唇を割って流れた。
「ふぁっ…………ふああぁあ〜〜…………あっ……あっ……あっ……」
「慣れてなんか、ないよ? ただ一所懸命にしてるだけ」
「で……でも…………でも……なんか、ボクの弱いとこばっかり…………」
 抗議しようとしたその途端“するんっ”と、瑞々しい水密桃のような桂のお尻の狭間に、細くて小さい由香の指が滑り込んできた。
「あっ! だめ…………そこ……だめだって……」
 背中の筋肉が緊張し、桂の全身が硬直する。“きゅんっ”と可愛いお尻が引き締まり、指の動きが制限された。
 それでも“ぶるるっ”と身震いする彼女を無視するように、由香は中指の腹で“ひくひく”と動く可愛らしい蕾を“さわっ”と撫でてみせる。
「くうっんっ」
 くすぐったいような、気持ち悪いような不思議な感覚に、桂は“ぴくっ……ぴくっ……”と体を震わせた。
「それね、私も思った。不思議だよね」
 桂の『弱いとこばっかり』という言葉に、右手の指をくにくにと動かしながら由香は答える。
「けーちゃんがどんな風にされるとキモチイイか、どんなところがキモチイイか、自然に頭に浮かんでくるの。
 まるで自分の体にしてるみたいに、指が勝手に動くの。
 ……なんでかな?」
 そんな事があるのだろうか?
 そう思ったものの、確かめる術(すべ)は無い。それに、
『ボクに聞くな』
 桂はそう言いたかったけれど、おっぱいとお尻の蕾を触られながらでは、とても言葉に出来るような状態では無かった。
「んっふっあ……」
 両手を握りしめて冷たいタイルについたまま、おでこも“こつん”と当てる。冷たい水に入った時のように首を竦め、全身を“ぶるぶる”と小刻みに震わせながら、それでも由香が左の乳房とお尻の狭間を同時に嬲ることを止める事も出来ない。
 いや…………止めたくなかったのだ。
「……ぁあ…………」
 泣き出しそうな、苦しそうな、引き絞るように押し殺した悲鳴が、桂のぷっくりとした瑞々しい唇を割って漏れる。
 時々、“もぞり”と腰が動くのは、もっと奥を触れて欲しいからだ……と、由香は感じていた。少し指を動かせば、内腿まで垂れ落ちてきた粘性の高い『蜜』のぬめりを感じる事が出来るからだ。
「キモチイイ?」
 残酷な由香の、甘い…………けれど冷酷な確認の声が降る。
 答えられないのを知っていて、それでもわざわざ聞いてみせる……というのは、やっぱり“いぢわる”以外の何ものでもない。
 “きゅむっきゅむっきゅむっ”とリズミカルに弾力に富む乳房を揉まれ、ソープの泡を絡めた指で後蕾を撫で擦られると、熱い吐息が塊のようになって吐き出される。お尻の蕾を嬲られる事で気持ち良くなる……というのは、何かとんでもない気がしないでもない。やはりそこは排泄器官であり、快楽を得るような…………いや、快楽を得てはいけないような気がしているのだ。
 それでも、
「ぅんはあぁああぁぁ〜〜〜……」
 ……と、砂糖をまぶしたような甘い声が耳に響き、桂はそれが自分の発した声だとは、にわかには信じられなかった。
 それは、LL教室で行われる桑園京香の特別講義で見た、あのアダルトビデオの女優と同じ声だったからだ。快美に濡れて涙に震え、とろとろにあそこをとろかせながら淫らに白い体をくねらせていた、プロジェクターが映し出す映像の中のAV女優と、全く同じ“色”をしていたからだ。
「んんっ……んっ……ふぅっ……」
 桂は震える膝を“がくり”と折ると、タイルに両手をついたままずるずると床に崩れ落ちた。左手を床に落とし体を支え、それでも右手は壁に残されているが、タイルに左頬をつけたまま“ぶるっ”と震える彼女は、すっかり四つん這いのような格好になっている。
 ただでさえ重たい乳房が重力に引かれて紡錘状に垂れ下がり、桂が身じろぎするたびにその白い柔肉がゆさゆさと揺れる。もちろん“垂れる”とは言っても、力を失ってだらしなく垂れるのではなく、肉の充実を見せながらも自重でどうしようもなく下方に引かれてしまう……という感じだ。
 その、“うしちち”状になったおっぱいを、由香は右……左……と順番に揺らし、揉み、撫でる。もちろん、すっかり勃起してぷっくりとふくれた乳首を摘んだり優しく捻ったりする事も忘れない。
「こうしてると、けーちゃん、牛みたい」
「……あっ……やっ…………やらぁ…………」
 桂はすっかり呂律が回らなくなり、“いやいや”と首を振る代わりに白くてつるりとしたお尻を“くねくね”と振ってしまう。そんな彼女に、由香は“くすくす”と笑みをこぼしながら、爪がしっかりと短く手入れされた左手の中指を口に含んだ。そうして、たっぷりと唾液をまぶすと、そのまま桂の尻肉の狭間に在る造形から“とろとろ”と流れる粘液を絡める。
「あっ……い…………いたっ…………」
「けーちゃん……痛い?」
「いたっ……やっ……抜いて…………ぬいてっ……」
 桂の狭くて“きゅんきゅん”と閉めつけるキツイ膣口へ、ぬぬぬ……と第一関節まで中へと指を押し進めた由香は、泣き出しそうな桂の言葉にその動きを止める。
 抜いてくれるのだろうか? ……と桂が思ったのも束の間、由香は右手で桂の背中を、脇を、そして乳房を撫で、擦り、揺らしながら“ぬぬ……”とさらに押し進めてみせた。
「ひんっ……」
「……ん〜……指1本でもキツキツだね……。タンポンは入るのに……」
「やら…………やらぁ……」
「ん…………もう抜くからねぇ…………痛くしてごめんねぇ…………」
 予防接種で泣きじゃくる幼児をあやすように、由香は桂の頭をなでなでとなでる。そうして“ぬるっ……”と指を抜くと、壁にほっぺたをつけたままぐすぐすと鼻を鳴らす桂に、由香は“ちゅっちゅっ”とキスをした。
「由香は…………由香は……いぢわるだっ……」
 涙目で睨み付けてくる桂が、たまらなく愛しい。
「そう?」
「らって…………だ、だって……そうだろ? こんな……」
「こんな?」
 由香は“くすくす”笑いながら、包皮に隠された桂の陰核を“つんっ”と指の腹でつついてみせた。
「んひっ……」
 途端、“びくん”と桂の体が震え、もったりと豊かなおっぱいが“ぶるっ”と揺れる。
「だっ……あっ……も…………らめぇ……」
 首筋にキスされ、すっかり充血して硬く勃起してしまった唇色の右乳首を“きゅきゅきゅ”とリズミカルに中指と親指で摘まれながら、後から前へ股間を通って伸ばされた中指でクリトリスを包皮の上から“くりくり”と嬲られる……。
「ふあぁっ…………ふぅぁっ……っ……」
 目の前がチカチカする。
 全身の血が逆流してしまうみたいだ。
 血が、熱が、由香の触れたところに集中してしまう気がする。
 きゅううううぅぅ……とお腹の中の器官が切なそうに訴えかけてくる気がする。
 男だった頃にはこんな時「貪りたい」という感覚を抱いただろう桂は、今はかつて無いほどに受動的であり、むしろ「貪られたい」という気持ちを明確に自分の中に発見していた。男だった頃の記憶と女になってからの記憶が、ぐずぐずに解(ほど)けて交じり合うのを感じてしまうのだ。

 かつて自分は男だった。

 陸上部でそこそこの記録を残し、男子制服を着てクラスメイトと馬鹿みたいな話でゲラゲラと笑い、中学の運動会ではリレーのアンカーとして1年2年3年の混成B組を勝利に導いた事もある、背は小さいけれどちゃんと立派な男だった。

 でも、今は女だ。

 小用であっても便器の便座を下ろして用を足し、スポーティながらちょっと可愛いデザインの下着を胸に着けて、化粧水で肌の手入れを欠かさず、10キロの米袋を持つ事さえも出来ず、真暗な夜道をビクビクしながら歩く、胸がものすごく重たい、ただの女だ。

 そして、今はそれを嫌悪もせずにすっかり受け止めてしまっている。

 「自分」は「自分」で、性別が変わっても“魂のありよう”は変わっていないはずなのに、そう思っていたのに、そう信じていたのに、日々少しずつ全てが変化していく。
 『男だった頃の自分』と『女になった自分』が、ゆっくりと、でも確実にその比重を変えてゆく。
 交じりあい、溶けあい、後戻り出来ないほど結び付いてゆく。
 全身を駆け巡る、オンナとしての快美感。
 それは、男だった時には想像も出来ないほどの甘美な感覚だった。

 どんどん溺れてゆく。

 とろけてゆく。

 “女の悦び”に、ハッキリと目覚めてゆく。
 “肉の悦び”に、ハッキリと埋没してゆく。

 戻れない。

 もう、戻れない。
 “好きな人”に、『抱かれたい』と願う。
 『抱きたい』ではない。
 『包まれたい』と願うのだ。
 大きな背。
 広い肩。
 逞しい腕。
 厚い胸板。
 引き締まったお腹。
 全てを使って、自分を『包んで』欲しい。
 『護って』欲しい。
 力の無い自分を、泣き虫になってしまった自分を、そして、本当なら性的に好きになるはずのない人を好きになってしまった自分を。

 桂の“好きな人”とは、それは…………。

「ゆ……由香……ゆかぁ……」
 むずがり、名前を呼び、泣き出しながら、桂は体を捻って床にお尻を落とした。
 そうして幼馴染みの小柄な少女を“ぎゅっ”と引き寄せ、自分から切なげに抱き締めて、その可憐な唇へと口付けた。
 “ちゅ……ちゅ……ちゅ……”と小鳥のキスは続き、やがてどちらからともなく“ぬるり”と舌が踊る。唇と唇が合わさったその境目、互いの口内への境界線で、まるで『E.T.』の映画のワンシーンを再現したかのように、ゆっくりとピンクの舌が接触を果たした。
 そうしてから、その舌のやわらかさしなやかさに対して、まるで驚いたみたいに、不意に2人の唇が離れる。
「……どうしたの? けーちゃん」
「……ボ……ボクは……ボクは………………」
「たまらないの? どうしたいの? どうしようもないの? どうしてほしいの?」
 由香は、陶然としてうわ言のように呟く桂のおっぱいを、右手で“さわっ……”“たぷっ”“きゅっ”“つんっ”……と散々弄びながら甘いキスを繰り返し、幼子に問い掛けるように何度も優しく囁いた。
「……んっ…………んっ……んっ…………」
 白くて大きくて重たくて“もったり”とした揺れ動くおっぱいを、由香は“もにゅ……もにゅ……”と優しく優しく揉み立てる。マシュマロよりも“もっちり”としていて、お餅よりもしっかりとした張りがある。同性の由香でさえ、ずっと触っていても飽きない心地だった。これが男ならば、きっと“狂う”かもしれない。そう思わずにはいられない、桂のおっぱいだった。
“ちゅっ…………ちゅっちゅっ……ちゅっ……”
 繰り返されるキスは、ずっと「小鳥のキス」だった。
 先ほどの接触がウソだったかのような、唾液の交換も舌の戯れさえもない、「子供のキス」だった。
「……ボクは、健司が好き……なのかなぁ……? …………ずっと……ずっと友達だったのに……親友だと思ってたのに……女の体になったら、どうして……女として好きになっちゃったのかなぁ……?」
 口付けを終えて桂がふと顔を伏せると、透明な涙がぽろぽろときらめきながらその目からこぼれる。
「……嫌なの?」
 おでことおでこをくっつけて、由香が幼子に問い掛けるようにして聞いた。
 桂は、ふるふると首を振る。水をたっぷりと吸ったセミロングの艶やかな黒髪から雫が散り、涙と共に宙に舞った。
「……イヤじゃないから……だから………………だから…………」

 だから、イヤなのだ。

「トモダチだから? 親友だから? だから好きになっちゃいけないの?」
 由香は、さっきと一言一句まったく同じ言葉を囁いた。
「男だったのに、男の健司を好きになるなんて、そんなの……」
「ヘン?
 気持ち悪い?
 そんなの、誰が決めたの?
 言いたい人には言わせておけばいい。けーちゃんは間違ってない。
 誰にも恥じる事なんか、ない。
 けーちゃんはどうしたいの?
 ホントはどうしたいの?
 健司くんに『ぎゅっ』て、して欲しくないの?
 好きなのに押さえ込んで好きじゃないなんて思おうとしてる方が、どうかしてるよ。
 ヘンだよ」
 声を潜めながらも驚くほど強い調子で、由香はそう囁いた。そして、言い終わるかどうかというタイミングで、由香の左手が“するっ”と桂の肉唇へと伸びる。
「あっ……! ……」
「健司くんのこと考えるとこんなにとろとろに濡らしちゃうくせに、それでもまだそんなこと言うの?
 胸がドキドキするでしょ? “きゅうん”ってするでしょ?
 目がうるうるしちゃうでしょ?
 それはぜんぶ、けーちゃんの体が『素直になりたい』って言ってるんだよ?
 けーちゃんが素直じゃないから、体が一所懸命知らせようとしてるんだよ?」
「……あっ……はっ……やっ……んっんっんっんっ……んあっ……」
 ぬるぬるとした粘液を絡め、大陰唇を、小陰唇を、陰核を包んだ包皮を、そして“とろり”とした白濁の『蜜』で潤う膣口を、由香のちっちゃ指が馴れた感じで、けれどこの上も無く繊細な指遣いで這い回る。
 桂は由香にすがりつき、その動きを止めたいのか、それともさらに促したいのか、自分でもわからないままに両手で由香の二の腕を掴んでいた。彼女の腕は細く、やわらかで、筋肉など無いのではないか? というほど頼りない。けれど、桂を心細くさせ、ふるふると震えさせ、そしてぽろぽろと泣かせているのは、他ならぬこの“ちっちゃな”少女なのだった。
「あのね」
 恥ずかしい粘液を纏わりつかせた指を桂の股間から“ぬるん……”と引くと、由香はそのまま彼女の重たいおっぱいに“ひたっ”と下から掬い上げるようにして両手をあてた。“ぽよん”として“たゆん”で“ふにゅん”な桂のおっぱいは、充血して“ぷくり”とふくらんだ乳首をのせて、いつもよりいっそう大きくなったように見える。その充実した重さは由香の羨望をかすかに刺激するけれど、それ以上波立たせる事は無かった。
「けーちゃんのおっぱいがおっきいのは、たぶん、この中に“大好き”がいっぱい詰まってるからなんだよ」
「……だいすき?」
「そう。『だいすき』。
 けーちゃん、健司くんのこと考えない日って、ある?
 毎日考えてるでしょ?」
 桂は答えられなかった。ただ、目を伏せた。
 けれどそれが、真の『答え』になっていた。
「一日のほとんど、“その人”のことばかり考えてる。
 一日のほとんど、“その人”のことだけを考えてる。
 それって、“恋”だよ?
 “恋”なんだよ?」
 やわらかくて、あたたかくて、やさしくて、重たい桂のおっぱいの、その大きな双球の下の血潮の泉が、“どきん”と驚くほど大きく高鳴った。
「ねえけーちゃん……。けーちゃんは今、“恋”をしてるんだよ?」
 びっくりしたように目をまんまるに見開いた桂のおっぱいを、“もにゅん”と寄せて、ぱっと手を離す。
 “たゆん”“ぽにょん”と揺れ動く乳肉を見るのは、ちょっと愉快だった。
「女の子のおっぱいがふくらむのはね?
 その中で『だいすき』がふくらんでくるから。
 誰かへの『だいすき』でいっぱいになるから。
 きっとけーちゃんのおっぱいは、私の何倍も何十倍もいっぱい『だいすき』が詰まってるんだよ」
 由香の、ちょっと“ドリーム”入ったメルヘンなお話に、桂はこんな時だというのに思わず『ぷっ』と吹き出してしまう。
「じゃ……じゃあさ、由香みたいにぺったんこの胸の子は、みんなその『だいすき』が足りないってコト?」
「うん」

 断言しやがった。

 桂が思わず絶句すると、由香は大真面目に桂を見て、それからおっぱいにあてた両手を今度は薔薇色に染まった彼女のほっぺたにあて、優しく包み込んだ。
「これで最後にする。後は、健司くんにしてもらってね?」
「え?」
 『何を?』と聞く前に、“むちゅ”とキスされた。
 反射的に目を瞑り、彼女に合わせて少しだけ唇を開く。その間隙を“ちろっ”と、やわらかく、ぬるりとした、ちっちゃな由香の舌が撫でた。その先端が桂の歯に当たり、彼女が『あれっ?』と思う間もなく、今度は上唇と前歯の間に、“それ”が“にる”と入り込む。
『舌……』
 そう気付いた時には、緩んだ歯の隙間を、今度こそハッキリとしたカタチで由香の可愛らしくも意地悪な舌が“するっ”と入り込んできた。
「……んんぅっ……」
 “ぞくぞく”として首筋の産毛が立ち上がって、桂は慌てて身を引こうとするものの、計画的犯罪を執行中の由香は両手で桂のほっぺたを挟んだまま、彼女の口内で驚いて縮み上がった舌を“つんつん”と舌先で突付いてみせた。

 ――――泣きそうだ。

 “ぞくぞく”が止まらない。
 どうしよう?
 どうすればいい?
 逡巡(しゅんじゅん)は一瞬で、決断はしたことさえ曖昧だった。いつの間にか桂は、自分から由香のしなやかな舌に自らの舌を絡め、自分から進んで彼女の舌を吸っていたのだ。
 由香の唾液は甘く、香(かぐわ)しい。
 そう、感じた。
 もちろん「甘い」というのは比喩表現であり、実際に甘味があるわけではない。どちらかというと由香の唾液はさらさらとした無味であり、プールの塩素の香りがわずかに残っているほどだ。
 けれど「甘い」と桂は思う。
 愛しさが胸に満ち、観念的に脳が「甘い」と感じてしまうのだ。
「ん……ふぁ…………」
 ひとしきり互いの舌を、唾液を味わい、やがて陶然とした表情のまま唇を離した。唇と唇の間を、きらめく銀糸の橋がかかり、それが“ぷつっ”と切れると共に、桂は、“あの”由香と『オトナのキス』をしてしまった……という妙な感慨が胸に満ちるのを感じる。
「大人のキス……だね」
 桂の想いを知ってか知らずか、由香はそう言って“にこり”と笑うと、桂の唇の端から垂れた涎を優しく中指で拭った。
「由香……なんでこんな…………け……経験ある……の?」
「無いよ? けーちゃんが初めて」
 恐る恐る聞いてみる桂に、由香はあっけらかんとした表情で言った。
「……なんか……すごかった……くらくらした」
「うん。私も。本とかでどうやればいいか知ってたけど、やっぱり知ってるのと実際にするのとでは全然ちがうねぇ……」
 ……なんだか余裕がありそうで、桂の癪に障る。
「いいのかよ? ファーストキスが……その……女の子で……」
「女の子同士だからノーカウントだよ?」
「ノーカウント?」
「キスの数には入れないってこと」
 じゃあ、ファーストキスじゃない……のかな……。
 桂がちょっとがっかり(?)して目を伏せると、由香は桂の顔を覗き込んで“くすくす”と笑った。
「また濡れちゃった?」
「……そんなこと…………ない……」
「濡れちゃったんだ」
「……人のゆーこと聞け」
「はいはい」
「あ、なんかムカつくー」
 2人して素裸で笑い合い、どちらからともなく立ち上がると、由香はシャワーノズルを手にした。そうして桂の肩や、揺れ動くおっぱいや、もしゃもしゃした茂みのある下腹に、もうちょっと熱めにしたぬるま湯をあててゆく。
 そうしながら、ものすごく自然な動作で“するん”と桂の股間に右手を滑り込ませると、
「やっぱり」
 と言いたそうな顔をした。
 桂は慌てて彼女の右手を掴むと、腰を捻って狭い個室の隅へと逃げる。
「けーちゃん、足大丈夫?」
「……まだちょっと痛いかも……」
「ごめんね?」
「そう思うんなら、ンなことすんな…………由香……なんかものすごくエッチだぞ?」
「そうかな?」
「オマエって、こんなだっけ?」
「こんなだよ?」
 そう断言されては、もう桂には何も言うことはない。
「もっとずっとえっちなコトだってしたコトあるもん。
 オナニーだっていっぱいしたもん。
 知らなかったのはけーちゃんだけ。
 気付かなかったのは、けーちゃんだけ。
 気付いてくれなかったのはけーちゃん」
 つらつらと平気な顔して言う由香に、桂はもう何度目かわからなくなってしまったほどの「絶句」をして、彼女の顔を見た。
 彼女の告白に愕然としたのではなく、今まで散々「女の子の裏側」を見てきたというのに、なぜか由香にだけはそれを当てはめてみようとは思わなかった自分に気付いてしまったからだった。
 おそらく、家族の「匂い」のする彼女に性的なものを重ねる事を、桂は無意識にタブー視していたのだろう。
「ええと……たぶん、けーちゃんが可愛いから、こんなになっちゃうんだと思う。
 女の私でさえそうなんだから、きっと男の子なんかはもっとすっごくエッチになっちゃうんじゃないかな?」
「……やだ。それ」
 桂が眉根を寄せてほっぺたをふくらませると、由香は“ほにゃ〜ん”とした笑顔を浮かべて、シャワーのお湯を止める。
 そうしてバスタオルを手に取ると、桂の頭に被せて髪の水気を丁寧に拭い始めた。
「こうなったら、けーちゃんをちゃんと女の子にしてあげる。元は可愛いんだもん。磨けば、健司くんだってメロメロだよ?」
 強引に洗われた子猫のように、情けない顔をしながら首を竦めた桂の髪を“わしゃわしゃ”と拭きながら、由香はウィンクをしてみせる。
「いや、遠慮したいなぁ…………メロメロってのも死語だし」
「うるさい。ゆーこときくのっ」
 まるで聞き分けの無い妹を叱る姉のようにふくれてみせた由香は、すぐに悪戯っぽい目付きをして、桂のほっぺたに“ちゅ”とキスをした。

         §         §         §

 結局、シャワールームで20分以上も“秘め事”に興じてしまい、プールを後にしたのは授業が終わる15分前くらいだった。あと5分も遅ければ、授業を終えたクラスメイトが“放牧を終えた羊の群れ”みたいにシャワールームへとどやどやと雪崩れ込んで来ていただろうから、まったくもって危機一発な状況だったわけだ。もちろん、授業中にトイレへ行こうとして、ふとした拍子にシャワールームを覗いた生徒が全くいなかったか? ……と言えば、決して断言出来ないところではあったのだけれど。

 校舎へと続く特殊舗装の小道を由香と手を繋いで歩いていると、桂は、ついさっきまで彼女と「えっちなこと」をしていたというのが、まるで夢の中の出来事のように感じてしまう。全身を気だるく覆う快美感の残滓はあるものの、それは淫靡な感覚ではなく、どこか“ふくふく”としたあったかいものとして体全体に満ちているのだった。

 ふと、小道の左手に広がる樹木園を見ると、そこには桂達がこの学校に入学するずっと以前からここにあるというでっかい桑の木があって、鈴なりに実って真っ黒に熟した桑の実の、甘い良い匂いがした。
 桂は――『圭介』は、去年のちょうど今頃、この木に健司と一緒に登って、口の中や周りを真っ赤にしながら食べまくり、アナゴに大目玉を食らった覚えがある。入学してまだ2ヶ月しか経っていなかったから学生帽なんてものを被っていて、『圭介』達は収穫篭代わりに使ったその中にたっぷりと桑の実を摘み込んだ。けれど摘んだ実で、学生帽の白い部分が赤黒く染まってしまったのも、今では良い想い出だった。
 あの時の由香は木の下で先生が来るのを見張っている役だったけれど、木に登った『圭介』と健司をずっとハラハラしながら見守っていて、アナゴが根性注入棒(……と呼ばれているただの使い古された竹刀)を持ってやってくるのをすっかり見逃してしまった。
 カメムシやら羽虫やら毛虫やらが結構いる木の下にいるのは、それはそれで勇気がいることではあるけれど、自分に課せられた使命はちゃんと果たして欲しい。
 そう思ったからこそ『圭介』は、放課後、涙を飲んで由香にアイスを奢らせ、『課せられた責任を放棄することの重大さ』を、身をもって理解させてやる事も忘れなかった。
 …………今思えば、結構ひどいことしてた気がしないでもない……。

 一応、当初の目的通りに保健室へと向かった2人は、昇降口から足音を忍ばせて校舎に上がり、授業中の廊下を歩きながら、それでも終始無言だった。時々、示し合わせたように顔を見合わせ、どちらからともなく“にこっ”と笑う。
 誤解を恐れずに言うのならば、桂は、由香に対して今まで以上の、妙なシンパシーを感じてしまっていた。エッチな事をしてしまったという気恥ずかしさはあるけれど、それよりも胸に満ちていたのは、一種の共犯意識……というか、秘密を共有してしまったという事からくる「共感」だった。
 それに、とうとう隠されていた互いの恋心を『告白』してしまったのだ。
 隠すものが何も無いというのは、心の結び付きを深くする。
 もちろん、桂にはまだ告げられない秘密――『星人』の血を引く……とか、本当は女性仮性半陰陽ではない……だとか――が、たくさんあるのだけれど。
 それでも、由香のちっちゃくてやわらかい手を握っていると、胸の中の凝り固まったものがどんどんほぐれていく気がする。
 素直に自分の心を見つめる事が出来る気がする。

 健司が好きだ。

 でもそれは「幼馴染」として「親友」として「男」として好きなんであって、決して由香が言うように女として好きなんじゃない。
 そう、ずっと思っていた。
 そう、思おうとしていた。

 ――――でも、そうじゃなかった。

 もう、否定しても否定出来ない何かが、桂の胸を締め付けている。
 けれど。
『もしそうだとしても、アイツはボクを女として見ていない』
 その事実を忘れるわけにはいかない。
 健司は一所懸命に、前と同じように接しようとしてくれている。
 「親友」のまま、いてくれようとしている。

 そんなアイツに、自分はどうすればいい?

 桂が自分の気持ちを認めても、それは決して実る事の無い、報われない恋なのはわかりきっている。
 それでも彼に告白する勇気なんて、今の桂には、まだ無かった。
 桂はまだ「ほんとうのこと」を話していないのだ。
 由香だけではなく、アイツにも話していないのだ。
 『女性仮性半陰陽』で、遺伝的にはもともと女だった…………という事になっているけれど…………本当は違うのだ。
 たった一月前まで桂は……『圭介』は正真正銘の男で、遺伝的にも肉体的にも精神的にも完全な男だったのだ。

 その「男」が、たった一ヶ月で「男」を好きになった。

 「友情」が「愛情」に変わった。

 それは、バイセクシャルでなければ「気持ち悪い」と思うだろう。
 「いつから好きだったの?」と健司に問われたら、なんて答えればいい?
 小学校三年生の時からずっと「男と男の友情」を育んできた相手に、たった一月の間に愛情を感じて、好きで好きでたまらなくなっている。抱いて欲しくて心も体も切なくなってさえ、いる。

 マイノリティ・ラヴ。

 そんな単語が頭に浮かぶ。
 肉体の変化に精神が引きずられた……と言っても、にわかには信じられないだろう。
 もともとホモセクシャルだったと言われた方が、まだアイツも納得出来るに違いない。
 桂の置かれた状況というのは、それだけ複雑で、かつ異常な状況なのだ。

 始まらない恋は哀しい。

 けれど、始まっても決して終われない恋だって、苦しいのだ。
『わかんねぇ……もう、わかんねぇよ……ボクはどうしたらいいんだ…………』
 とりあえず一歩だけ、前には進んだ。
 進む事が出来た。

 健司が好きだ。

 その事実を認めて、受け入れる事が出来た。
 いつか聞いた多恵さんの言葉が甦る。
『女は……他はどうか知らないけれど私は、相手の人が好きじゃないと、そういう気持ちにはならないな。
 その人を好きで、“その人に愛されている自分”を想像すると、すごく――イイカンジになる』
 由香としたことを、もし健司とする事になったら……。
 もし、健司にしてもらったりなんかしたら……。
 そう思うと、そう思うだけで、胸がドキドキして“きゅうん”として、目がうるうるしてしまう。
 下腹の奥にある、男には無い器官が“きゅんきゅん”してしまう。

 …………愛されたい。

 初めて、涙が出るほどの切なさで、そう思った。
 健司が好きだから、アイツが欲しいから、だから…………
『――だからケイちゃんも、好きな子にアピール出来る下着の一枚や二枚は持ってた方がいいかもだよ?』
 甦る多恵さんの言葉に桂は、机の下から2番目の引き出しの、その裏側に、封筒に入れてセロテープで貼り付けてある、ものすごく可愛くて過激でえっちな下着の2冊のカタログを、家に帰ったらちょっと見てみようかな……と、思った。
 もちろん。
 それを実際に買って、身に着けて、健司に見せる…………なんて事は、本当のところはとてもとても出来そうになかったけれど。
 ただ、ほんのちょっとの勇気を――。

 ――――勇気を、もらえるような気がしたのだ。
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