■感想など■

2009年07月31日

第14章「君は俺が護るから」

■■【3】■■
 次の日は、七夕だった。

 7月5日から7日の3日間は、どういうわけか学食で「笹団子」が出る。
 七夕に笹団子を食べる風習は、この町には無い。聞けば、学食のおばちゃんの郷里の風習なのだという。
 大人の都合がどうあれ、学校で美味いものが食べられるというのは生徒達にとっては福音であり、最終日となった今日の学食は、いつにも増してなかなかに繁盛していた。
 そして、初日の5日から笹団子を受け取る時には一緒に小さな短冊も渡されて、それに願い事を記入して学食の出入り口に置かれている投票箱に入れておくと、今日の放課後には正面玄関横の両柱に裏山から採ってきた笹にくくりつけられて飾られる寸法……という、高校にしてはひどく子供っぽくもロマンチックな行事も、毎年行われている。
 実際、高校にもなって地域子供会のような「幼稚」な行事に生徒が参加するのか? と言われれば、普通なら「馬鹿馬鹿しくて付き合ってらんない」と嘯(うそぶ)いて短冊を破り捨ててしまうような事態になるところだけれど、この学校はこういう行事に、妙にノリが良く、おまけに恋愛関係の「御利益」さえあるという噂があるため、他校の生徒の分まで持ち込む生徒すら現れている始末だった。
 そして、その短冊はもう一つの役割で使われる事が往々にして有った。
「6枚…………」
 5時間目の授業が終わってトイレに行って一息つき、そして教室に戻って席につくと、桂の机の中には既に、色とりどりの短冊が6枚も入れられていた。丁寧に折り込まれ、三角形になったその短冊には、たぶんおそらく、桂に想いを寄せる生徒の気持ちが切々と綴られているに違いない。

 これが、短冊のもう一つの役割だった。

 バレンタインチョコの男版……とでも言おうか。
 この学校の生徒の間で十数年前から誰ともなく始められ、ケータイが波及し秘めやかに告白する……なんて事がまどろっこしく感じられる現在であっても、脈々と続けられてきた恒例行事らしい。

 手順はこうだ。
 好きな子のいる男子生徒は7日の昼までに短冊を受け取り、それに想いをしたためて、7日の午後の授業が全て終わる前に、目当ての女の子の机の中に入れておく。本当は目に付く場所ならどこでもいいのだけれど、下駄箱やロッカーに入れておいても、その日の内に見つけてもらえなければ単なるゴミと化してしまうため、自然と「次の授業前に必ず目にする場所」として「机の中」とか「鞄の中」が定着したらしい。
 そして女の子は、短冊に想いと共に書かれ、指定された色の短冊に、その想いに対する返事を書いて、同じく正面玄関の笹の「指定の場所」に、その返事の短冊を吊るしておく。例えば短冊に、「赤い短冊で、右の柱の下から4番目の枝」と書かれていたら、そこに返事を書いた赤い短冊を吊るすわけだ。
 数年前までは、何も書かない短冊を吊るしておくことが即ち「OK」を表していたらしい……のだけれど、トラブルが続いて返事そのものや、何か目印になるものを書いて吊るすのが約束となっている。
 今では、その返事の仕方一つにも約束事があって、
 短冊を「吊るさない」のは、そのものズバリ――「NO」。望み無し。諦めなさい。
 短冊に「ごめんなさい」は、今はダメ。でもちょっとはいいと思ってる。今の彼と別れたら考える。
 短冊に「ハートマーク」は、セフレでもいいなら。
 短冊に「キスマーク」は、私も好きでした。OK。今すぐLOVE ME!
 …………なんて風になっていたりするのだから、女もしたたかかものだ。
 ただ、これもまた、3月14日のホワイトデーのキャンディとビスケットとマシュマロの関係と同じで、どれが本当の答えか……なんて、学年によっても微妙に変わってて、「私も好きでした」のつもりで「ハートマーク」を描いたらいきなり体を求められて幻滅した……という事例もあるから、努々(ゆめゆめ)注意を怠ってはいけない。
 もっとも、笹は9日の朝には撤去されるから、返事が出来るのは7日の放課後から8日の放課後まで。
 土曜日とか日曜祝日で学校に来るのがそもそも不可能という場合には、直接、相手の家の郵便受けに入れておく……とかするのは、バレンタインのチョコとまさに同じようなものだと言えた。
 男子生徒と女子生徒が鉢合わせすると気まずいことこの上も無いので、男子が返事の確認をするのは大体8日の放課後なのだけれど、あいにく今年の7月8日は土曜日で、撤去されるのは月曜の朝という事になっている。困るのは女子も同じで、例年なら7日の放課後から8日の放課後までが猶予なのだけれど、今年は今日の放課後までしか余裕が無いため、クラスの女子達もなんだかソワソワと落ち着かなかった。
『まあ……ボクには関係無いけどさ……』
 桂は6時間目の間、ずっと机の中で6つの短冊を指で弄っていた。
 でも…………と、想う。

 この短冊を健司に見せたら、どうなるだろうか?

『けーちゃんがもらったものだから、けーちゃんが決めるのが一番でしょ?』
 きっとそう言って、いつものように牧歌的微笑みを浮かべるに決まってる。
『だよなぁ……』
 ヤキモチとか、そういうのは期待するだけ無駄というものだ。そもそも自分と健司は恋人でもなんでもなく、ただの幼馴染みで、親友かもしれないけれど……少なくとも桂自身はそう思っていたけれど……友達で…………決してヤキモチを焼くとかそういう色恋の関係なんかじゃないのは確かだった。
 昨日のあれだって、友人として、からかわれる桂を心配して……のことだと思うし。
「悪い事したかな…………」
 昼休みは、健司と由香とは一緒に昼食を摂らなかった。
 生徒練の間にある中庭のベンチで、一人で食べた。保健室に行く事も考えたけれど、なんとなくソラ先生とも顔を合わせたくなかった。途中、物珍しそうに寄って来る男子や女子が鬱陶しくて、さっさと弁当を掻き込んで美術室に移動して、残りの休み時間は製作途中の絵を描いていた。
 教室に戻ると由香がなんとなく責めてる気がして、5時間目が終わったらすぐに逃げるようにしてトイレに向かった。
 自分はトコトン“へなちょこ”だな……と、しみじみと思う。

         §         §         §

 結局、短冊は中身も見ずに焼却炉に捨てに行く事にした。
 中身を見たら、ケータイのメイルと違って手間が掛かってる分、きっとそのまま捨てられなくなりそうだったし、だからといって返事をするつもりなど更々無かったからだ。
 もちろん、昨日のように直接本人に告げることなど考えてもいない。
「好きな人がいる」
 そう言って断れたらいいのだろうけれど、今はそんな風に口に出してしまう事さえも、出来ない気がした。

 放課後になり、掃除当番の子とゴミ捨てを代わって校舎裏へと向かう。
 この学校は清掃そのものは業者に委託してあるため、生徒のする事は実質的にはほとんど無いと言っていい。けれど、学校教育の一環として、教室内で生徒の出来る事だけは、生徒自身に任せられているのだ。黒板周りと、先生の机、それに軽い掃き掃除とゴミ捨てだけではあるけれど、当番制で持ち回り担当を決め、その責任を果たすだけでも情操教育にはいいらしい。
 ――よくは知らないけれど。
「ひどいなぁ……捨てちゃうの?」
 まだ火が燻っている焼却炉にゴミ箱の中身をぶちまけ、それからポケットの短冊を取り出して中へ放り込もうとした桂は、後から不意にかけられた声に、思わず飛び上がりそうになった。
「な、なんだよ?」
 見れば、男子にしては珍しく、髪を染めてもいないし脱色もメッシュもしていない、どこからどう見ても“フツーの高校生”が、『やれやれ』といった顔で立っていた。
「それ書いたの、オレ。そう、その青いの。それってオレのシンボルカラーなんだよねぇ」
 誰もそんな事は聞いてない。
『あ〜……いるよなぁ……こういう勘違い系ナル男(お)って』
 桂は「ふんっ」と鼻を鳴らすと、わざと男から見えるように体をずらし、焼却炉の中へバラバラと、折り畳まれた色とりどりの短冊をいっぺんに投げ入れた。
「あ〜あ…………ほんとに捨てちゃったよ……。まだ読んでくれてないんでしょ?」
「読む必要なんて無い」
「ね、オレの事知ってるでしょ?」
「知らねー。誰?」
「……知らない? マジで?」
「知るか。ボクは忙しいんだ。他に用が無いなら行くぞ」
 早く健司の教室に行って、とりあえず昨日の事を謝らないといけないし、今日は由香と杉林先輩の家に遊びに行く予定なのだ。
 杉山先輩の家は古い名家で、七夕にはちょっとした夕食会が催される。桂は、それに呼ばれたのである。
「まだ何も言って無いじゃん。用はこれからだよ」
「ボクの方には何も無い」
「オレの事知らない? マジで? バスケ部の楡崎 要(にれさき かなめ)って、女の子の間じゃあ結構有名なだけどなぁ」
「あ〜……」
 そういえば、女子の話題にも何度か出てきた気がする。
『A組の男子で、背が高いし頭も良くて、そのうえ顔も良いからステイタス代わりに連れ歩くには丁度良いけど、ヘンにフェミ入った勘違いナルシーって評価だったな……』
 適当におだててキャーキャー言っておけば奢ってくれるから、“見せカレ”にはいいけど恋愛の対象にするにはちょっと……というタイプらしい。噂ではバイセクシャルでもあるだとか。
『たぶんコイツは、女子からあんな評価を受けてるなんて、これっぽっちも思ってないんだろうなぁ……』
 桂は、初対面の相手にも関わらず、めちゃくちゃ失礼な事を心に浮かべ、目の前の男をじろじろと見た。
 背は高い。180はあるかもしれない。健司とどっこいどっこいだろう。
 髪は短く刈り込んでいて、ツンツンと針山みたいにとんがっていた。顔は健司とは正反対で、線が細く色も白い。本当に運動部か? と思いたくなるくらいすらりとした体躯には、それでも筋肉はしっかりついているようだった。
 確かに、見た目は悪くない。
 でも、女子の評価があれでは、きっと遊び相手は事欠かなくても、本当の恋など出来そうに無いに違いない……なんて思える。
 桂は目の前の男がなんとなく哀れに見えてきたけれど、だからといって答えてやる義務は無いから、黙って男の横を通り過ぎようとした。

「けーちゃん、E組の健司が好きなんだよね?」

 突然かけられた男の無遠慮な言葉に、立ち去ろうとした桂のほっぺたが“かっ”と赤く染まった。
「アハッ……わっかりやっすぅい。へぇ……ほんとなんだぁ……へぇ〜……」
「ばっ……ばかやろうっ」
 顔を覗き込んでくる楡崎の顔を引っ叩いてやろうとするけれど、その右手は何も触れる事無く空を切る。
「言わなかった? オレってバスケ部だって。けーちゃん美術部でしょ? 文化部がスピードでオレに勝とうなんて、甘い甘い」
 声が左後ろすぐそばから聞こえて、桂は思わず飛び退る。左耳に吐息が触れたような気がして、全身に鳥肌が立った。
 いつ回り込んだのか、わからなかった。
 軽快なステップと、相手の死角を熟知しているからこそ出来る動きだった。バスケには興味無いからバスケ部のメンバーなんて知らないけれど、ひょっとしたらこの男は部のメンバーの中でもそこそこ上手な…………いや、主力選手かもしれない。
「へ〜耳が弱いんだねぇ……ペロペロしてあげようか?」
「てめっ」
 回り込まれては追いかけ、手を伸ばしても触れる事すら出来ない。
 そうこうするうちに、桂はいつの間にか楡崎に、校舎の壁際へと追い詰められた形になっていた。
 息が荒く、汗が吹き出る。
 喉がひりついて、思わず唾を飲み込んだ。
「……ど、どういうつもりだ……オマエ……」
「ちょっと聞きたい事があってさ」
「聞きたい事?」
「けーちゃんってさ、一月前までは男だったんでしょ?」
 いざとなったらキンタマ蹴り上げてやる……などと不穏な事を思いながら、桂は目の前の男の涼しい顔を睨み付けた。
「…………それが?」
「男性器…………チンポもあったっていうじゃない? それって手術でどうにかしたの?」
「オマエに言う必要は無いだろ」
「そうだねぇ……でもさぁ、そーゆーのって、普通の男はどうかなぁ?」
「なにがだよ」
「気持ち悪いんじゃないか? ってことさ」
 ぐっ……と喉が詰まり、胸の奥に重たい石を埋め込まれたような感覚を覚えた。知らず、左手でブラウスの胸のところを握り締め、目を瞑る。
「『女性仮性半陰陽』って言ってもさ、そんな聞き慣れない言葉なんかより『性転換』って言った方がわかりやすいじゃん?
 それが間違ってるかどうかなんて関係無いからね。外見が男から女になったってだけで充分でしょ?」
「……だから、それがどうしたってんだ」
「考えてみてよ。けーちゃんならわかるはずだよ? いくら可愛い女の子に見えてもさ、自分の彼女が元男だったなんて、本人は良くても他人からとやかく言われるかもしれないんだよ? ホモとか同性愛者とか、最近だとボーイズラブってゆーの? そんなのに、真面目で優しい健司君が耐えられると思う?」

 切り裂かれた。

 胸を、鋭利な氷のナイフが滑って、今まで張り裂けそうになっていた心の薄皮をあっけなく切り開いていった。

 痛い。
 血が、溢れる。

 ……体が、震えた。

「お、オマエはどうなんだよ?」
「何が?」
「あんなもの寄越して、もしボクがOKしたら……オマエは耐えられるのか?」
 “あんなもの”とは、短冊の事だ。
 本当に桂が好きで出したのかどうかは、今となっては不確かではあるけれど。
「オレ? オレは全然オッケー。だってオレ、バイだもん」
「は?」
「男も女もオッケーってこと」
 そう言って、楡崎はにっこりと、何も知らない女子が通りかかったらそれだけで“ぽ〜〜っ”となってしまいそうな、それはそれは魅力的な笑みを浮かべた。
「実を言うとさ、けーちゃんの事はずっと前から気に入ってたわけ。
 けどアレじゃん? 男にはオンナにあるものが無いから、いざコトに及ぼうとするとイロイロタイヘンなワケ。心を愛しても最終的に体の繋がりってのは恋愛にとってスッゴク重要なファクターだからね。
 でも、今のけーちゃんならそーゆーのはバッチリオッケー問題ナッシング。
 あそこはオンナノコだしおっぱいはでっかいし、体だけならそこいらのオンナなんて相手にならないくらいナイスなボディだし、心はオトコノコだから、女の子にありがちなめんどくさいことも無いだろうし」
「ま、待て待て待て待て待て!!」
「なあにけーちゃん」
「コトに及ぶって……なんだよそれは」
「やだなぁ。セックスに決まってるでしょ?」
「セ……」
 実はそうなんじゃないかな? なんて思っていた事でも、改めて口に出されるとそれはそれでショックだった。
「まさか、付き合ったら清く正しく交換日記から。キスは交際半年過ぎてから、結婚するまではペッティングまで……な〜〜んて、いまどき天然記念物どころか世界遺産レベルなコトを考えてたワケじゃないでしょ?」
 右手の人差し指を立て、目を瞑ってつらつらと喋る楡崎は、仕草がいちいち芝居がかっていた。
「健司君と『そ〜ゆ〜こと』する自分を、一度だって思わなかった……な〜〜んてコトは言わせないよ?」
「なっ……」
「ほら、真っ赤になった! わっかりやっすいよねぇけーちゃんって。可愛いなぁ」
「ばっ……おま……」
「想像の健司君はどうだった? 優しくしてくれた? 大事に大事に抱いてくれた? キスしてくれた? おっぱい揉んでくれた? 君を大事にするよって言ってくれた?」
「てめぇ!!」
 右足を蹴り上げた。
 ……が、楡崎はひょいっと軽く避けると、左手で蹴り上げられた桂の脚を持って、そのまま右手で“とんっ”と彼女の左肩を押した。
「あっ!」
 後頭部が“ごつん”と校舎の壁に当たり、一瞬、火花が散る。その隙に、右のほっぺたにやわらかいものが押し当てられた。

ちゅっ

 キスされたのだ……と気付くまで、5秒かかった。
「うわっ!」
「でもね、それは夢。想像。人のキモチって、自分達が思うほど強くないし、人の視線や評判っていうのは簡単にキモチを弱くする」
「このぉっ!!」
 逆上して手をぶんぶんと振り回しながら楡崎を追いかけるけれど、彼は笑みを浮かべたまま容易く“ひょいひょい”と避けてしまう。
 まるで大人と子供のケンカだ。
 いいようにあしらわれている気がする。
「健司君だって、たとえ、ひょっとして、万が一にも君の気持ちを受け入れてくれても、そんなのはすぐにウソになる。あっという間にキモチは離れていくと思うよ?」
「う、うるさいっ!!」
「彼には君と過ごした時間がある。男と男の関係だった時間が、何年もの時間がある。それでも彼は君を、けーちゃんを女として見てくれるかなぁ?」
「うるさいって言ってんだろっ!?」
 息が上がり、地面にへたり込み、桂は石を掴んで投げつけた。彼はそれも軽く避けて見せると、桂を挑発するように、ズボンのポケットに両手を突っ込んだままステップを踏んだ。
「たとえばキスする時、抱き締めた時、セックスする時、彼は、男だった君を重ねてしまう。
 バイじゃない彼には、きっと辛いだろうね。
 自分は誰とセックスしてるんだろう? どうしてセックスしてるんだろう? そう思ったり」
「黙れっ!」
「ここの生徒もこの街の大人たちも、表面は優しいけれど本当はどうかな? 男だった君と付き合ってる健司君を見る目は、たぶん確実に変わると思うよ」
「黙れぇっ!!」
「この街は東京ほど同性愛に肝要じゃない。その東京だって、外国に比べたらまだまださ。おかしいよね。人が人を好きになるのに、いいも悪いもないはずなのにね」
「黙れよぉ……」
 唇を噛み、俯いた桂の目から、ぽろぽろと涙が滴った。

「視野が狭いって言ってんの。男は健司君だけじゃないよ? オレみたいなのもいるって知っておいてよ。今はそれだけでいいからさ」

 声が遠ざかる。
 目をごしごしと擦って涙を拭うと、周囲にはもう誰もいなかった。
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