■感想など■

2009年08月05日

第15章「獰猛な欲望」

■■【1】■■
 月曜日からは、いつもの日常がいつものように通り過ぎていった。

 「親友宣言」を自分からしてしまった桂は、もう、健司に対して焦ったり、特に意識したりしないよう心に決めた。
 彼が「好きだ」というキモチに変わりは無いのだけれど、焦って全てを台無しにしてしまうより、卒業までの2年半を、彼と由香と3人で、今までのように楽しく過ごしていこうと思ったのだ。
 心の奥底に秘めた「好き」というキモチを誤魔化す事は出来ないけれど、だからといって、彼に絶対応えて欲しい……という気持ちが抑えられないわけではないからだ。
 いつか、ちゃんと伝えようと思う。
 全てを伝えようと思う。
 自分が『星人』のハーフである事も、仮性半陰陽とかの誤魔化し無く、元々は正真正銘の男だった事も、健司への友情が元で肉体が変化し、それが愛情に変わった事も……。
 それで彼に嫌われてしまうとは、思えなかった。
 あの健司だから……という事もあるけれど…………いや、健司だからこそ、時期がくれば、そして真剣に心から想いを伝えれば、自分のありのままを受け入れてくれるような気がするのだ。
 それにはまず、自分が完全な女になるのが先決だと思えた。
 もう一度生理を迎え、ちゃんと女性に固定化して、そして本心から完全に女性として生きて行く覚悟が出来れば、その時、何があっても、何が起こっても、自分は健司に対して偽り無い自分を晒せる気がした。

 そう、思っていた。

         §         §         §

 月曜日の事だ。
 桂は、3時間目後の休み時間に、健司のところまで数学の教科書を借りに行った。
 ホントのところは…………実は、理由なんてどうでも良かった。健司が例によって水泳部の早朝練習のため、朝は一緒に登校出来なくて、結局まだ一度も顔を見ていなかったから「ちょっと見たいな」……と、ほんのちょと……思っただけなのだ。
 「昨日の今日でしょ?大丈夫?」……と、由香は少し心配そうだったけれど、生理も4日目(実質的には3日目)に入って、身体的にも情緒的にも、思ったよりだいぶ落ち着いてきたから、健司の顔を見てもそれほど無闇に高ぶる事なんて無いだろう……と桂は思っていた。
 ところが、
「おーい谷口!カノジョが来たぞカノジョが!」
 健司を呼び出してもらおうとした桂は、E組の教室の入り口から“ひょい”と顔を出しただけでこんな声が上がるのを聞いて、一気に血液を頭に上らせてしまった。
「かっ……カノジョなんかじゃないぞっ!?」
 ばたばたと手を振りながら一所懸命に否定しているけれど、ほっぺたがリンゴみたいに真っ赤になっているから説得力なんかこれっぽっちも無い。カノジョじゃないかもしれないけれど、桂が健司の事を単なる幼馴染み以上の感情でもって見ているのは、誰の目にも明らかだった。
「……カノジョじゃねーの?」
「ちっちがわいっ」
 ……動転して言葉遣いまでヘンになってる。
「…………奥さんが来てるぞー」
「そっちに持ってくかこいつわっ!」
 一呼吸置いてからいきなりとんでもない掛け声を出した、見知らぬ仲でもないその男の頭を、桂は“すぱんっ”と引っ叩いた。
「ひでぇ……人のことフッた上に暴力まで振るうなんて……」
「…………オマエが悪いんだ。ンなこと言うから…………ってゆーか捨て猫みたいな目で見ても全然かわいくねーからやめろ」
 実を言えば目の前の男は、つい4日前の放課後、夕焼けの射し込む特別教室で桂に告白してきた男だった。
 E組なのだから、ここに来れば当然、この男とバッタリ顔を合わせる可能性もあったわけで…………本当は、来るのはどうしようかと、直前まで迷っていたのだ。けれど、あまり気にし過ぎるのは何かヘンだし、こういうのは気にするといつまでも引きずるし、何より健司の顔が見たいキモチが大きかったから、気にしないことにしたのである。
 そのあたり、異性に対する女性特有の残酷さが出ていたかもしれない。
 つまり、

 ――恋は、目的の男(ひと)以外の、全てに優先されるのだ。

 もちろん、フッた男の事なんてこれっぽっちも気にかけやしない。
 別にしたいとも思わないし。
「今、ちょっといないみたいだな。中で待ってるか?」
 桂が自分の事を“道端に落ちている石”くらいにしか思っていない……などとは夢にも思っていないのか、男は優しげな顔で気を効かせたりなんかした。
「……いい。特に用事があったわけじゃないし」
 などと言いつつも、桂が“ふう……”と溜息を吐いたりなんかするものだから、男は途端にニヤニヤと笑みを浮かべる。
 それから不意に屈み込んで、背の低い桂の耳元に口を寄せ
「お前の好きなヤツって、谷口なんだな」
 と、素早く小さな声で囁いた。
「ばっ……ちがっ……」
 廊下まで跳び退って両脚を踏ん張り、くりくりとした大きな目をさらに大きく見開いて、桂は真っ赤な顔で“あうあうあう”と酸欠の金魚みたいに喘ぐ。
 そのあまりにも“わかりやすい”反応に、男は“ぶっ!”と吹き出し、
「わかってるって」
 と、桂の頭を子供とか子猫とか、とにかく“そーゆーの”にするみたいに“ぽんぽん”と叩いた。
「ちがっ……オマっ……あた……さわっ……!」
 『違う』『オマエ、頭さわんな』と言いたいのだろうけれど、動揺しまくっていてはそれもままならないらしい。
「可愛いなぁけーちゃんは」
「オマっ……ばっ……」
「あ、谷口来たぜ?」
「……オ…………オマエ…………このやろう……覚えてろよぉ……」
「はいはい」
 ひらひらと手を振る男を睨み付けながら、桂はF組の方からやってくる健司の方へと、スリッパを“ぱたぱた”鳴らしながら歩いて行く。それでも、苦々しい顔付きが、健司の方を向いた途端に“ふにゃ”とやわらかくなったのを見て、彼は
「……ホント…………可愛いねぇ……」
 ――と、薄い唇を歪めて、面白そうに目を細めた。

「どうしたの?けーちゃん」
 教室の中からビシバシと飛んで来て、容赦無く突き刺さってくるE組の生徒達の視線を浴びながら、健司はさすがに居心地悪そうに桂を見た。
「ん……その、数学の教科書忘れちゃってさ……オマエ持ってない?」
 桂のクラスの男子がいたら「熱でもあるんじゃないか?」と言いつつ額に手でも当てそうなくらい“もじもじ”と恥かしそうにしながら、桂は上目遣いに健司を見上げた。お腹のところで両手の指をくにくにしたりなんかしているものだから、見ようによっては告白の現場に居合わせてしまったような錯覚を見る者に与えている。
「あ、俺も無いんだ。ごめん」
「今日、数学無いの?」
 “きょとん”と無防備に見上げてくる桂の瞳に、健司は一瞬たじろいでしまう。
 桂のくりくりした瞳と、なんだかわからないけれど彼女から立ち昇ってくる芳しい香りに、思わず胸が高鳴ってしまったのだ。
「あるけど……」
「ん?」
「……俺も忘れちゃってさ」
 一瞬だけ言い澱んで、健司は「ははは」と笑った。
「なんだよ。役に立たないなぁ」
「あ、自分の事棚に上げて、そうゆう事、言う?けーちゃんはいっつもそーだよねぇ……」
 “仕方ないな”という感じに肩の力を抜いて自分を見る健司の目に、桂は嬉しくなって“ふにゃふにゃ”と口元をゆるめた。

 やっぱりこーゆーのが、いい。

 こうやってふざけあって、以前と同じように“ただの仲の良い幼馴染み”でいるのが、いい。胸が“ふくふく”とあったかくなって、体中がじんわりとして、すごく幸せなキモチになる。
 桂が“ふにゃふにゃ”と笑っていると、健司は何とも言えない顔で見ながら小さく溜息を吐いた。
「なに笑ってるの?次の時間なんでしょ?他に教科書借りるあてはあるの?」
「子供扱いすんなよ。ボクだって考えてないワケじゃないぞ?」
「考えてないでしょ?」
「う……考えてる。少なくともオマエよりは」
「……誰かに借りてきてあげようか?」
「……オマエ、ボクの言う事まるきり信じてないだろ」
 桂がちょっと拗ねたようにほっぺたをふくらませて、健司を上目遣いに睨み上げた時だ。
「オレが貸してやるよ」
 不意に、横から声と共に数学の教科書が飛んできた。
 危なっかしい手付きで慌ててそれを受け取った桂は、“きょとん”とした顔で、教室の窓から上半身を投げ出した男を見る。
『だれだっけ?』
 見覚えがあるような無いような、記憶を逆撫でるような感覚が桂の脳裏を走る。そして、小学校の時、自分と何かにつけて争った薮本に似ているのだ……と気付いた時、男は意外にも人好きの良さそうな顔でにっこりと笑って言った。
「河野内(こうのうち)ってんだ。よろしく」
 背が高く、一見して痩せているようにも見えるけれど、カッターシャツを押し上げる胸板の厚みも、腕の太さもなかなかのものだ。
 その顔は、目付きを鋭くして恫喝すれば、街にいる中途半端なチンピラくらいなら簡単にビビらせそうだった。にもかかわらず、どこか憎めない雰囲気を纏っているのは、子供っぽく無防備な笑みを目元に浮かべているから……かもしれない。優男とは正反対の印象で、なんだか「ちょっと人に慣れ過ぎたオオカミ」を見ている感じがする。
 一度見たらそこそこ忘れそうに無い顔だけれど、桂の記憶に無いという事は、今まで一度も関わりが無かったからなのだろう。
 桂がE組に遊びに来る事なんて滅多に無いし、そもそもE組は男女比率が極端で、男子が34人もいるのに女子は5人しかいないから、どんな生徒がいるのか情報も乏しかった。
 もっとも桂としては、女になる以前も、健司の方から自分と由香のところに来てくれるから、E組に来ようという気すら起きなかったのだけれど。

 桂が黙ったままでいると、河野内は、ブラウスを中からブチ破って今にも飛び出してしまいそうなくらい思い切り良く押し上げている彼女のおっぱいを見て、チェックのミニスカートからすらりと伸びるキレイな脚を見て、そして再び彼女のくりくりとした黒目がちな瞳を見た。
「そうだな……デート1回でいいや」
 女になってから男の視線に敏感になった桂は、それだけでもう目の前の男と話す気が無くなり、
「は?」
 ……と、あからさまに馬鹿にした顔で眺めた。
 何が哀しくて男とデートなんかしなくちゃいけないのか(もちろん健司は別だ)。
 けれどその、健司に対する『乙女チックモード』とはまるで違う冷酷で冷徹で冷淡な視線にも、男はまるきり動じなかった。
「教科書貸してやるからデートしてくれ」
「あのな、別に聞き返したわけじゃねーよ。馬鹿かオマエは」
 “ふんっ”と鼻で笑って、桂は教科書を河野内に投げ返す。
 隣で健司が「けーちゃん……」と心配そうに言うのを耳にして、顔に投げつけるのだけはカンベンしといてやったのは誉められていい……と、桂は思う。
「なんでボクがオマエとデートしなくちゃいけないんだよ」
「売約済みでも、デートくらいはいいんじゃね?」
「ばいやくずみ?」
「それとも、谷口としかデートしないって決めてんの?その体は谷口専用?」
「なっ…………」
 破廉恥な河野内の言葉に、“カッ”と激しかけた桂の細い肩を、健司が両手で押さえる。
 ちょうど頭の上にある健司の顔を見上げると、彼は小さく首を振った。
『あ……』
 こんな時だというのに、背中に密着した健司の下腹を妙に意識してしまう。
 だから……というわけでもないのだろうけれど、
「もう、教室に帰った方がいいよ、けーちゃん」
 健司が何かを必死に我慢しているかのように小さく囁くと、熱く沸騰しかけた頭が急に冷えてしまった。
 突然、頭から冷たい水を“ザバッ”と浴びせられたような気分だ。
「だ、だけどオマエ……」
「谷口くんさぁ……今、オレはけーちゃんと話してんだけど?」
「いいから帰ってよ、けーちゃん」
 健司の表情が硬い。
 途端、桂の“ふくふく”とあたたかかった胸までもが、急速冷凍でもしたみたいに冷たくカチカチに縮こまってしまう。
「な……なんだよ……ボクがいると迷惑か?……」
 彼女は小さく息を吸ってくるりと振り返ると、健司の顔色を窺うように彼を見上げた。
 他の誰に何を言われても思われても構わないけれど、健司に『鬱陶しい』とか思われるのだけは嫌だ。
 少女の、そんなすがるような眼差しに、なんだか濡れた光を見たような気がして、健司は思わず息を呑んで目を反らしてしまう。
「そんなんじゃないけど……」
「たにぐちぃ」
 E組の生徒が何人も窓辺に集まってくる。皆、事の成り行きをニヤニヤとしながら眺めていた。
「ちょっとはお前のシアワセってやつ、寂しいオレにも分けてくれよぉ」
「けーちゃん」
 河野内の声を背中に聞きながら、桂は健司に肩を押されるようにして、自分の教室へ向かって一歩踏み出した。
 2・3歩、歩いたところで健司を振り返り、その背後でニヤニヤ笑う河野内を見る。
『ちくしょー……なんだよアイツ……』

 ――せっかく健司と話してたのに。

 廊下のゴミ箱でも蹴っ飛ばしたい気分だ。
 でも、ホントにそうすると、たぶん健司が律儀にも片付けようとするに違いないから、ムシャクシャするけどやめておく。
 「ボクも忍耐強くなったなぁ」などと思わなくもない桂であった。
 D組のところまで来ると、彼女は息を大きく吸って気を落ち着かせ、気分を切り替えて、肩越しに背の高い幼馴染みの柔和な瞳を見上げた。
「今日、一緒に昼飯食べられるのか?」
「ごめん。今日はちょっと無理」
 ぐ……と胸が詰まる。
 でもそんなのは少しも顔に出さないようにしながら、桂は口元に笑みを浮かべてみせた。
「…………帰りは?」
「帰りはいいよ。いつもの時間ね」
「わかった」
 チャイムが鳴る。
 また、授業が始まる。
 桂はもやもやとした気持ちのまま自分の教室へと帰り、健司はその後姿を、何ともいえないような顔でじっと見つめていた。

 結局、教科書は、隣の生徒に見せてもらった。
 でも『星人』の因子が発現した桂にとって、教科書程度の知識は既に頭に入っているのだ。
 ――だから授業なんて、ちっとも聞いていなかった。


 けれどそんな事があっても、それは日々続く日常の1コマに過ぎない。
 良くも悪くも桂は学校の有名人であり、時にからかわれ、時におもちゃにされ、時に憧れと熱烈な好意で見つめられる日々を送る桂にとって、河野内みたいな人間との“記憶したくもない時間”など、ほんの些細な事に過ぎないのだ。
 放課後、いつものように健司と由香を待ちながら、校門に近い体育館横のベンチで座っていても、退屈そうにしているだけで下校途中の生徒が次々と声をかけてくる。それらを適当にあしらい、時に話し込んでいれば、時間はあっという間に過ぎていった。
 そして、6時半に由香がテニス部の部室の方からのんびりとやってきて、そして7時に健司がプールの方からやってくる頃には、いくら昼が長くなったとはいえ、この時期では、空はもうすっかり薄闇に包まれている。夕焼けの残照に、山の方からやってくるのだろうコウモリ達が、飛び交う羽虫を捕える為に舞っているが見えた。

 帰宅途中、桂は、いつもどおりに話をしようと思ったものの、3時間目後の休み時間にあった事がしこりとなって、健司との会話はどこかぎこちなかった。河野内との時間は忘れても、あの時の健司の「桂に早くこの場から立ち去って欲しい」という表情や声の調子が、桂の頭から離れなかったのだ。
 それは健司も同じだったのか、いつにもまして無口で、桂や由香が話し掛けないと会話が成立しないほどだった。もっとも、由香だけはいつものようにマイペースで、だからこそハッキリとした気まずさだけは、感じずに済んでいたのだけれど。
 けれど、健司の家ももうすぐ……というところで不意に彼が鼻血を出し、由香が
「……えっちな事思い出したんでしょー?」
 と、突拍子も無い事を口にすると、それによって彼だけでなく(なぜか)桂までもが赤くなってしまい、自然にそのしこりも感じなくなって、やがていつものように笑って別れる事が出来たのだった。

         §         §         §

 次の日。
 つまり、7月11日の火曜日は、桂にとって一つの「記念日」……とも言えそうな日となった。

 2時間目と3時間目に家庭科の授業があり、桂はそこで、生まれて初めて手の込んだ(?)御菓子を作ったのだった。
 メニューは「クッキー」と「黒ゴマプディング」…………という、パイやケーキに比べれば比較的簡単なものではあったけれど、今までは、御菓子というのは“買ってくるもの”であって、決して“自分で作るもの”ではない……と思っていた桂にとっては十分「手の込んだ」御菓子だった。
 かなり面倒臭そうで、最初はかなり憮然としていた桂ではあったけれど、作ってみて意外な面白さに、
「ハマるかも……」
 と密かに思ってしまった。
 そもそも御菓子というものは、材料の分量さえキッチリと量って、決められた手順で決められた通りに作れば、そうそう失敗などしないものだ。確かに、「決められた手順で決められた通りに作る」というのが難しいのだけれど、桂にしてみれば材料を混ぜたり捏ねたり量ったり……というのは、絵を描く時にジェッソや油や顔料を扱うのにも少し似ていて、だからこそ、そんなに抵抗無く進める事が出来たのかもしれない。
 焼き上がったクッキーは少し硬かったし、プディングも甘さが今一つだったけれど、「初めてにしては上出来」と先生に言われ、桂は少し誇らしく、そしてすごくずごく嬉しかった。当然、自分が作ったクッキーとプディングの中でも特に出来の良いものは、後で健司に食べさせてやるつもりだったからだ。
 そこには、一ヶ月前とはまるきり違う、女子ばかりの家庭科室に何の違和感も無くすっかり馴染んでいる『少女』がいた。
 そして。
 生理も終わったし、御菓子も上手に焼けたし……と、クッキーをキッチンペーパーに包んでハンカチでラッピングし、口元を“ふにゃふにゃ”とさせながらとろけそうな笑顔を浮かべる桂を見て、由香は、なんだか「バレンタイン前日にボーイフレンドにあげるチョコレートを一所懸命作り上げた娘を見る母親」のような気分を感じ、にこにこしながら
「女の子だねぇ……」
 と呟いたのだった。
 一般に『美少女』という呼称が、顔かたちだけではなく、その人間の醸し出す雰囲気も含めて「美しい」とか「可愛らしい」とか感じられた時に初めて冠してもいいようなものだ……と思っている由香にとって、この時の桂は間違いなく『美少女』だったのだ。
 もっとも、男だった頃の桂に“本気ラヴ”だった彼女にしてみれば、本当を言えば心の中では悔しいやら哀しいやら誇らしいやら苛立たしいやらじれったいやらで、もう、それはそれはタイヘンな事態だったのだけれど。
 ちなみに。
 プディングは幸いにも無事、健司の口に入ったけれど、クッキーに至っては昼休みにクラスの男子によって貪り食われ(それはもう、インパラの死体に群がるハゲタカさながらに!!)、一枚も残らなかった。
「ボクが作ったんだぞ」
 と自慢げに胸を張って「へへーん」とそっくり返っている可愛らしい少女を見れば、年頃の……しかも気安い仲であれば、それはもういぢめたくなって当然かもしれない。結論を言えば、それを事前に認識していなかった桂の落ち度……と言えなくもなかったけれど、涙目になって男子を追い掛け回す桂は、それはそれでいつもの元気な彼女を取り戻したように見え、由香はいろんな意味で心を落ち着かせる事が出来たのだった。
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