■感想など■

2009年08月06日

第15章「獰猛な欲望」

■■【2】■■
 次の日の水曜日、健司のタイムが目に見えて落ちてきている……と、彼の従姉であるところの岬玲奈から話し掛けられたのは、桂が水泳授業のためプールに行こうと教室を出た、2時間目後の休み時間のことだった。
「何か心当たりは無い?」
 と、麗しくも涼しい眼差しで問われるものの、桂にも由香にも、特に心当たりは無かった。
 今朝も朝練で健司とは別々の登校だったけれど、昨日の帰りは別段、普段と変わりない様子だったからだ。確かに少し元気が無いようにも見えたけれど、それは大会が近いためナーバスになっているのだろう……と桂も由香も思っていた。昔から健司は、ああ見えて結構デリケートなところがあるから。
 玲奈の言うには、大学の推薦がかかっているこの時期、夏休みの大会に向けて行われる選考会の、そのメンバーから外されるような事があれば、将来にも大きな影響があるのだという。健司の従姉であり、女子水泳部の部長を2年生に引き継いだ今は、水泳部の総合マネージャーなんてものをしていたりするのだから、心配するのも仕方ないことなのだろう。そして彼女は、気がついた事があれば逐一報告する事を、ほぼ一方的に桂と由香に取りつけて、3年の教室へと帰っていった。

 3時間目は体育で、水泳授業だった。
 昨日の5時間目も体育だったのだけれど、生理休暇のため参加出来なかった桂は、朝から浮き足立っていた。先週の水泳授業には、C組とD組の共同授業でありながらE組とF組の水泳部員も参加していたのだ。また健司と同じ時間に同じプールで泳げると思うと、それだけでドキドキを鎮められなかった。それに、玲奈に頼まれたこともあり、健司の様子を公然と見る事が出来る。
 ……別に、健司の裸が見たいとか、そんなんじゃないのだけれど。
 ところが、肝心の健司は“過剰練習になる”とかで今日は参加が無く、とうとう顔を合わせるのも下校時までお預けとなってしまった。また理由をつけてE組まで逢いに行こうか……とは思ったものの、“あの”河野内の顔が浮かんで嫌な気分になったため、いつもの待ち合わせの場所で由香と大人しく待っているしか無かったのだった。

 そして、帰りは一緒に帰る事が出来たものの、桂が選考会の事でハッパをかけても由香が夏休みの話を持ち出しても、彼はどこか上の空で、昨日よりももっと“いつもの彼”らしく無く、そういう意味ではすごく……ヘンといえばヘンだった。
 だからといって体の調子が悪いのかといえば、そんな事はないようで、
「記録が落ちたのは、たぶんフォームを少し変更した事からくる、ストロークのタイミングの微妙なズレが原因じゃないかな?」
 ……と、健司は言った。
 水泳の事はよくわからないけれど、健司がそう言うのならきっとそうなのだろう。
 桂は少しホッとしながらも、玲奈が健司の事をマネージャーの分を超えて心配する事に、ちょっとだけ胸が“ぞわぞわ”した。
 それは“嫉妬”とまで強くはないけれど、かといって何でもないこと……と笑えるようなものでもない気がした。

 健司の家は、学校からたかだか8分ほどの場所だ。
 だから、いつもの事ながらあっという間に別れが来る。桂はもっと健司と話していたかったけれど、彼の体調の事を聞くだけで時間が過ぎてしまったのだった。
 日曜日には昼からずっと一緒にいて、映画を見て、お茶して、画材を買いにつき合わせて、ついでにウィンドウショッピング…………なんてものにまで引っ張りまわして…………“もう話すことなんて何も無い”なんて錯覚するくらい、いろんな事を話した。
 小さい頃からずっと一緒で、相手の考える事とか好きな事とか、そんな事は飽きるくらい話しているはずなのに、話せば話すほど話し足りなくて、もっとずっと一緒にいたくて…………この日も桂は、「じゃあね」と言いながら家の中に入っていく健司の後姿を見ながら
『健司の家も、ボクの家も、もっとずっと学校から遠かったら良かったのに……』
 なんて事を思ったりした。
 そこには、

 ――そうしたら、もっと一緒にいられるのに。

 なんてキモチが潜んでいて、でもそんな、声にならない桂の言葉は、健司の前でも由香の前でも話せない、確かなホントの気持ちだったのだ。
 だけれど、それがあんまりにも「乙女チック」な考えだったので、彼女は、由香が訝しげに首を傾げてしまうくらい真っ赤な顔で“てれてれ”と照れまくってしまったのだった。

 だから……と、決してそれが原因というわけではないのだけれど、桂はその日も“また”、自分で自分を“慰めて”しまった。
 それでも、最初から健司を意識しつつ自慰行為に及んだのは、今日が初めてかもしれなかった。今までは、どこか否定的な想いのままで事に及んでいた気がするのだ。
 少し前まで正真正銘の男だった女が、親友への友情が愛情に変化した事で肉欲までも感じてしまう。
 それは、ひどく異常で気持ちの悪い事だという認識が強かったのだ。
 でも、今は違う。
 「好き」なものは「好き」。
 それは、誰はばかり無く心に浮かべる事の出来る、桂の唯一の……そして今一番強い想い……だった。

         §         §         §

「ただいまー…………」
 相変わらず誰もいない家に帰って自分の部屋に入り、制服のまま学習机の前に座ると、少し紅潮したほっぺたのまま天板に突っ伏した。
 母はテレビの収録で夜の11時まで帰って来ないし、父はいつものように得体の知れない“出張”で兵庫県に行ったままだった。一人分の晩御飯を作るのは面倒だけど、冷蔵庫にはたぶん何か入ってるだろうから心配はいらないと思う。母は自分が遅くなる時には、必ずオカズになるなるようなものを作っておいてくれるからだ。
 ――味はともかくとして。
「ふう……」
 目を瞑り、体の中に満ちるものを知覚すると、自然と熱い吐息が漏れた。
 日曜日に健司と『デート』してから、もうずっと心が“ぽわわん”としている気がする。あんなに憂鬱だった生理痛が、初めての時よりもずっとずっと軽かったのは、きっと精神的なものもある気がした。
 こうして電気を点けず闇の中にいると、わずかではあるものの『星人』達の精神ネットワーク『ナーシャス(深きもの)』とアクセス出来る気がする。以前は一方通行だったものが、今は感じ合えるように思える……というのは、桂の中で『星人』の力が確実に強まっている証(あかし)だと思えた。それはおそらく、桂が肉体的に女性として完全に固定化しつつある事と、決して無関係ではないのだろう。
 だとすれば、生理をあと1回経るか……地球時間で一月半ほど経てば、完全にアクセス出来るようになるのかもしれない。
 今は、精神ネットワークにアクセスする……とはいっても、言葉で伝え合うわけではない。なんとなく、耳に聞こえない人々の(?)心の“ざわめき”みたいなものが感じられる程度なのだけれど。
 それでも、煩わしさとか恐怖とかは全く感じなかった。
 こちらが感じているのだから、きっと他の『星人』にはこちらの精神的なものがハッキリ伝わっているのかもしれないけれど、それをイヤだとは思わなかった。
 むしろ、見守られているような安心感だけを感じるのだ。
『ボクが健司に抱いてる感情も…………“みんな”に伝わってるのかな…………』
 今まで出会った『星人』は、母とソラ先生だけだ。
 先生は、初めて自分の正体を明かした時、確かこう言ったはずだ。

『私は涼子さんのメッセージを受けて、最初にあの方の元へ集まった「星人」の一人だ。
 それ以後、私はずっとお前の事を見てきたんだ。私だけじゃない。
 最初に集まった3人の「星人」は、そのままこの島国に留まり、お前と、お前の家族を護り続けてきた。
 お前がこの街に引っ越してきたのは、偶然じゃない。この街は、お前のために用意されたものなんだ』

「…………最初に集まった3人の『星人』…………」
 母「涼子」とソラ先生「空山美智子」の他に、この島国……つまり日本には、まだ2人の『星人』が住んでいる……。
 おそらく日本は日本でも、きっとその2人もこの街と何らかの関係がある人達なのだろう。
「でも……」
 ……と、桂はふと思う。

 ――そもそも、『星人』は現在、何人くらいいるのだろうか?

『地球人とは違う人達…………』
 “生物的に”全く別の生き物。
 それでも「知的生物」という意味で「人」には違いなく、「人」であるがゆえに孤独に耐えられなくて「地球人」との混血を望み、その血の中へ埋没し、同化し、帰化する道を選んだ人々。
 桂は、地球人との間に子孫を作るために、父と母の遺伝子を掛け合せて作られたハイブリットだ。
 地球人の資質を多く受け継ぎながら、母の持つ『星人』の因子をも、その遺伝情報の中に持ち合わせている。そして地球人(かれら)との自然受胎からの妊娠・出産を目標とした、いわばテストケースと言えた。
 こう考えてしまうと、まるで『実験体』か何かのように思いがちだけれど、父と母の愛情はホンモノだと信じられる以上、桂は自分の境遇を悲観的に捉えるつもりはこれっぽっちも無かった。
 ただ、自分が本当に『彼等』の悲願を成し得る存在なのかどうか。
 それだけが気がかりだった。
『ボクの…………相手…………』

 番(つがい)。

 片割れ。

 桂は、机にほっぺたをくっつけたまま、部屋の隅に立つイーゼルを見た。
 そこには、日曜の夜から描き始めた絵が置いてある。
 まだスケッチを終えて、カンバスにマチエール(下地)をジェッソで軽く作った程度だけれど、“何”を“どう”描くのかは、もう頭の中に全体像が描かれていた。
 あの『デート』の後、心の中で膨れ上がり、今にもこぼれ落ちてしまいそうな想いを、絵にしたいと思ったのだ。
 もちろん、恥ずかしいので「そのもの」は描かない。
 描けない。
 「彼」の写真は、桂と一緒に写っている子供の頃からのものがたくさんあるけれど、彼女は心の中に在る「彼」の『イメージ』を絵の具に託してカンバスに描き出すつもりだった。
 ただ、描いて――それでどうする……という事は考えていない。
 完成した絵を「彼」にあげる……とか、部屋に飾る……とか、イロイロ考えてみたものの、どれもしっくりとこなかった。
 たぶんこの絵は、完成してもきっと誰にも見せる事は無いに違いない。
 そう、桂は思っていた。
『健司……』
 目を瞑れば、脳裏に鮮やかに浮かび上がる幼馴染みの微笑み。
 見る者を安心させる、どこか“ぽわわん”とした牧歌的な微笑み。
 のどかな牧場でのんびりと草を食(は)む牛のような、柔和で深い瞳。
 笑うとエクボの出来る頬。
 ちょっと厚い唇。
 太い首。
 ガッシリとした肩と厚い胸。

 ――あの胸に……抱かれた。

「……ん……」
 知らず、左手がミニスカートの中に滑り込む。
 「そこ」はもう、しっとりと湿り気を帯びていた。

 ――抱かれた。

 ――両腕で。

 “ぎゅうっ”……と、息が詰まるほど強く抱かれたあの日の、夕日の射し込む教室は、決して忘れる事の出来ない甘美な記憶だった。
 むせかえるような「オス」の体臭に包まれながら、自分が今はまぎれも無い「女」で、圧倒的な力の差を健司の逞しい腕から感じ、自分は「護る者」から「護られる者」になった事を痛いくらいに実感した。
 たぶん男だったなら、悔しくてたまらないに違いないその認識は、桂に「惑い」と「混乱」と、そして「安堵」と「幸福感」を与えてくれた。

 ――この男に護られたい。

 ――大事に大事に扱われ、こわれものみたいに触れられたい。

 その欲求が、日を置くごとに強くなってきたのだ。
 そして、逞しい男を、もっともっと感じたかった。
 自分が失って、もう取り戻せないものにすがるかのように、健司の体を抱き締めたかった。
 抱き締められたかった。
 もっと深くに感じたかった。
 もっと深く…………体の奥底にある、欠けた肉体……穿(うが)たれた、決して1人では埋められない穴を、健司の“逞しさ”で満たして欲しいと願った。
 健司を感じること。
 健司に満たされること。
 健司と感じあうこと。
 健司に与えること。
 健司を包み込むこと。

 ――健司と、一つになること。

 それだけで……それを想うだけで、胸が熱くなる。
 苦しくなる。
 切なくなる。
「……んんっ……」
 濡れてしっとりと湿ったパンツの股間を、左手の中指で“すりすり”と擦る。

 彼なのだろうか?
 彼……なのだろう。
 いや、彼しかいない。
 彼しか考えられなかった。

 自分の番(つがい)となるもの。

 自分の片割れ。

 そして――――――

『夫…………??』
「ふぅあっ…………」
 媚びるような甘えるような泣き出してしまいそうな、濡れた、声。
 唇を割って迸り、開け放した窓から外に漏れ聞こえてしまいそうで、桂は慌てて声を潜める。
 でも、指は止まらなかった。
 “ちゅくちゅく”と音がする。
 水音だ。
 粘液質な音だった。
 しっとりと濡れた布地の向こうで、たっぷりと滲み出た蜜液が襞を潤わせ、ぬるぬるとした感触を生み出している。
 ぷくりとした大陰唇の奥から少し顔を出した小陰唇を、押し潰すように指を這わせれば、それがそのまま刺激となって“ぞくぞく”と腰から脊髄を這い登り脳をとろかせた。
「んっ…………は…………」
 どうしてこんなに?
 そう思うほど指が自分の意志とは無関係に何度も何度も布地を擦(こす)り上げ、包皮に包まれた淫核を探る。
 小さく敏感な部分を柔肉の上から捏ね、突付き、そして指の腹で円を描くようにして擦(さす)った。
「……ぁ…………ぁ…………ぁ…………」
 ひそやかに、ひめやかに紡がれる艶声は、自分の声のはずなのに自分の声ではないかのような“いやらしさ”に濡れていた。
「くぅ…………ん…………」
 腰が、動く。
 椅子の上でくねくねと揺らぎ、“びくびく”と震える。

 もっと。

 もっと。
 もっと。

「あ……ぁ……はっ…………」
 視界が滲み、涙があふれ、机にぺたりとつけたほっぺたを濡らす。
 自分でもわからない衝動にかられ、桂はブラウスをスカートから引き出し、下から中に左手を忍ばせた。大きくて重たいおっぱいを支える、ワイヤー入りのブラをちょっと苦労してずり上げると、もったりとした乳肉が重力に引かれて“たぷっ”と体の下に砲弾型に垂れ下がる。まるでたわわに実り十分に熟した南国の果実のようだ。乳暈が“ぷくり”とふくれて、いつもよりふっくらとしている。小さかった乳首が勃起して熱く固くとがり、自己主張のあまり“じんじん”とした痺れさえ感じてしまう。
 充血して“ぷるり”と震えるその右乳首を、桂はいきなり親指と中指で“きゅ”と摘んだ。
「んうっ!!!」
 “びりっ”と走った電気のような波に、全身が震えた。
『あぁ…………おっぱい…………おっぱい……きもちいい…………』
 何度も“きゅきゅきゅ”と摘み、そのまま中指で“くりくり”と撫で、押し潰すようにして乳肉の中に押し込んだ。
「ひっ……んっ…………くぅふ…………ぁ……」
 “びくびくびく”と体が震え、腿に“ぎゅうう”と力が加わり右手を挟み込む。
 自分で触ってこうなのだ。
 もしこれを、健司に触れられたら…………揉まれたら……嘗められたら…………自分はきっと、狂う。
 狂ってしまう。
 そう思えた。
『狂ってもいい…………めちゃめちゃになっても…………いい…………』

 健司に抱かれたい。

 きもちいいこと、してほしい。

 思考がとろけ、爛れて、何も考えられなくなっても、それが幸せな波によってなら、喜んで迎えられる気がした。
 右手の中指の動きはますます大胆になり、捏ねるように押し潰すように陰核を刺激し続けた。
 “きゅう”と下腹の奥の内臓器官が切なく啼き、とめどなく流れる“涙”がクロッチの部分をすっかり“ぐしょぐしょ”にしてしまっているのさえ知覚した。
『漏らしちゃった……みたい…………』
 ぽろぽろと涙がこぼれ、目を開いても視界は歪み、滲み、揺れる。
『なか…………に…………』
 一瞬の躊躇いがあった。
 シャワールームで由香に指を挿し入れられた時は、すごく痛かった。タンポンのアプリケーターは比較的すんなり入るのに、指だとどうして痛いのか。
 『体の中(内臓)に異物を入れる』と言う事に潜在的な恐怖が在る以上、指でもアプリケーターでも同様であるだろうに、アプリケーターに恐怖を感じないのは、たぶんそれを「医療機器」(正確には違うのだけれど)として認識しているからかもしれない……と、思わなくもなかった。それに対して指が「恐い」のは、爪などで中を傷付けてしまうかもしれないと思ってしまうからなのだろうか。
 けれどこの時の桂には、それらを認識する余裕は無かった。

 “中”に、欲しい。

 それだけが、あったからだ。
 何でもいいから、胎内(なか)に迎い挿(い)れたかった。
「ん……」
 “もぞもぞ”と下腹の方からパンツに右手を忍び込ませ、もしゃもしゃと茂ったそんなに濃くはない“茂み”の中、そろそろと指を伸ばした。クリトリスに直接触れるのは、まだ少し恐い。
 “茂み”や周辺にべっとりとついた蜜液で指を十分に濡らしてから、内陰唇を“くにくに”となぶる。
「はぁ…………ぁん……」
 声に出してから、桂は“ぎょっ”として目を見開いた。
 そのあまりにも艶めいた色っぽい「オンナの艶声」を、自分が出したことに驚いてしまったのだ。
 その声は「オンナ」そのものだと思えた。
 「オトコ」を求めて啼き狂う、「オンナ」という名のケモノの声そのものだと思えたのだ。
 指を進め“奥”に至れば、そこには肉厚の折り重なった陰唇が、体のまんなかにある“傷口”を覆い隠そうとしている。

 ――ああ、そうだ。

 その思いが、何かの啓示のように桂の脳裏に閃いた。
 この“肉の亀裂”は“傷口”なのだ。
 月に一度、痛みと共に血を流し、「オトコ」に癒してもらうことを、塞いでもらうことを希(こいねが)う。
 機が満ち体が熟せば、涙を流し、打ち震え、「オンナ」である自分自身にも「オトコに癒してもらうのはとてもとても気持ちの良いことだ」と教え始める。
 この傷口は体の中心の奥深くまで届き、その洋ナシ型の臓器まで続く肉の道の入り口でもある。
 そうだ。
 この“傷口”は、オトコを――愛する者――を体内に導き、誘い、取り込むための亀裂…………。
「……ぃひぅ……」
 “くくっ”と中指を押し進め、膣口の肉壁に先端を数ミリか進入させただけで、むず痒さにも似た“もどかしさ”が腰を中心にした痺れを生んだ。

 ――とろける。

 理性が、思考がとろける。
 何も考えられなくなる……。
「…………ひぅ……ふ……ぅん……」
 “ぬる…………ぬる…………”と、粘度の高い蜜液を掻き分け指を遊ばせると、思いのほかスムーズに中指は埋没していった。
『あ…………なんで……?』
 由香の指はあんなに痛かったのに。
 “にゅっ”と進入した中指は、第一関節までねっとりとした熱い肉に包まれ、その刺激は途端に激しい快美感と共に桂の体を駆け登った。
「ぅふあぁっ……」
 淫靡な響きの熱い吐息が、カタマリとなって唇を割り開き散ってゆく。
 そして指は、そのまま“ぬゅ……ぬゅ……”と第ニ関節まで抵抗も無く入っていった。
「…………ぁ…………?……」
 けれど数秒後、桂は

 ――こんなものか、と思った。

 先ほどの感覚はいったい何だったのか。
 第一関節まで挿し入れただけで生まれた激しい快美感は、どこへ行ってしまったのか。
 そんな風に、桂がわずかな落胆と共に指を抜き出そうと“くにっ……”と胎内で蠢かせた時だ。
「ひんっ……」
 不意に“ひひゅっ”と呼気が漏れ、歯がカチカチと鳴った。

 すごい。

 いたい。

 きもちいい。

 むずむずする。

 むずがゆい。

 せつない。

 様々な感覚が一度に押し寄せ、桂の頭を一気に満たした。
 そして膨大な感覚情報を処理出来ず、彼女の脳はたった一つの感覚だけにまとめてしまう。

 ――苦しい。

 内臓を“ぐるっ”と指で掻き回されたような、どうしようもないほどの気持ち悪さと、それを上回るほどの『波』。
 そう、それは『波』としか言いようが無かった。
 膣の入り口の、しなやかな膣括約筋が“きゅううう”と締まり、それと同時に会陰部で交差して繋がった肛門括約筋も同じように収縮した。そしてそれが再び『波』を生む。
 その『波』は全身を嘗め、揺らし、侵してゆく。
「……ぁひ……っ……ぅ……ひんっ……」
 瑞々しく若々しさに満ちた筋肉を忍ばせる、粘膜と襞に覆われた膣の入り口が、その『波』を生み出す“装置”になっているのだ……と、桂は無意識に知覚した。
 してしまった。
 膣の入り口を擦り上げるように何度も指を出し入れし、指の腹で胎内のお腹側にあるザラリとした部分を何度も撫でた。
 そうして、入り口から5センチほどの位置にあるそのコリコリとした弾力に富んだ場所は、桂の“お気に入りの場所”となったのだった。
『……ああぁあああぁ〜〜ぁ〜〜…………』
 それは、第一関節程度の深さでは、到底感じ得なかった領域だった。
「……ぁあ……」
 学習机に突っ伏し、ほっぺたを天板にぺたりとつけて、桂は忘我の域にあった。
 全身に広がった『波』に体中の細胞が弛緩し、甘美に身を委ねて打ち震えている。

 もしこれが健司のあの太くて骨っぽい指だったら。

 そう考えてしまうだけで、新たな蜜液がとろとろと溢れた。
 オトコの体には無い『傷口』に指を挿し込み、デリケートな内臓の内壁を傷付けないように擦り上げる。
 まるで“剥がれかけたカサブタを丁寧に剥がしてゆくのにも似た”快感…………!

 いたきもちいい。

 あつくてつめたい。

 むずがゆい。

 くるしくせつない。

 ――ぜんぶ、ほんとう。

「……けん…………あっ…………け……あっ……けんじ……けんじ……け……あっ……」
 気がつけば、幼馴染みの青年の名を、桂は涙ながらに呼び続けていた。

 切ない。

 苦しい。

 その二つの感覚が、どろどろとした混沌から急激に膨れ上がる。
 ここに彼がいないことが、哀しい。
 こんなにキモチイイことを感じさせているのが、彼ではない事への理不尽な憤り。

 ――どうしてアイツはここにいないの?

『ばかっ……』
 涙がこぼれる。
 声が震える。
 熱く火照った吐息が震え、充血してじんじんと痺れる乳首が震えた。

 ――この体はアイツのものだ。

 唐突に思う。
『そうだ』
 頭に浮かんだ牧歌的微笑みの“ぽややん”な親友の顔に投げかける。

 この体はオマエのものだ。
 オマエのためにオンナになった。
 オマエのためにおっぱいだって大きくなった。
 オマエの赤ちゃんが欲しいから生理もきた。

 オマエに抱かれたくて、ボクはどんどんエッチになってゆく。

『けんじ――』
 幼馴染みだった、子分だった、親友だった、男同士の友情を育んだ、今は愛しいひと。
 彼の名を心の中で呼びながら、とめどなく涙をこぼしながら、立て続けに桂は

 ――イッた。

         §         §         §

 “はー……はー……”と吐息も荒く、なかば放心したまま“こくり”と唾を飲み込む。
「……あぁ……」
 意識がふと途切れてから、どれくらい経ったのだろう。数秒のようにも、数分のようにも感じられる。
 のろのろと身を起こし、パンツの中に入れたままだった右手を抜き出すと、桂はティッシュを2・3枚取って右手のぬめりを拭った。
『べとべと……』
 ぽろぽろここぼれる涙を、左手の甲で拭う。鼻を啜り、喉を鳴らす。
 しょっぱいのが涙なのか鼻水なのかさえわからないほど、顔がぐちゃぐちゃだ。

 ――ものすごく、感じた。

 あんなにも感じてしまったのは、オンナになってからでも初めてのことかもしれない。
 健司の顔を思い浮かべ、名前を心の中で何度も呼び、ここにいてくれないことを詰(なじ)りながら終わりの無い快楽の渦に飲み込まれてしまった。理性を無くし抑制も効かないまま、うっとりととろけそうなほどの幸福を感じ、何度も何度もイッてしまった……。
『ケダモノだよこれじゃ……』
 目元を拭き、鼻水をかんで一息つくと、途端に溜息が出た。
 ふと、机の天板の上に水溜りを見つけ、指で触れてみると、なんだかとろとろとした粘液だった。
『あ……よだれ……』
 顔を顰め、左手で口元に触れると、確かに左頬がぬるぬるしていた。
『きたないなぁ……』
 再びティッシュを取ってキレイに拭い去る。
 快感に我を忘れ、口を大きく開いて喘いでいたのは自覚していたけれど、まさかこんなにだらしなく涎まで垂らしてしまうとは。
 もし、健司と“そーゆーこと”になって、それで、今みたいにものすごく気持ち良くなったりなんかしたら、自分は今みたいに涎をだらだらと垂れ流してしまうのだろうか……。
「……やだ……」
 “かああぁ……”とほっぺたに血が昇る。顔が火照り、泣きそうになった。

 ――みっともない。

 それこそ、飢えた犬と同じだ。
 もし健司にそんなみっともない自分を見られたら、恥かし過ぎて、もう二度と顔を合わせられなくなる。
「ぁあ…………でも…………」
 ティッシュをくしゃくしゃと丸めて屑篭に投げ入れ、スカートを脱いでベッドの上に広げる。
 電灯を点けないままブラウスのボタンを外して“ばさっ”とイスの背に引っ掛けると、しっとりと冷たくなったパンツが気持ち悪かったのでそれも脱いでしまい、肩に引っ掛かったままのブラと一緒に右手に持った。

 ――自分は、どうかしてしまったのかもしれない。

 汚れた下着と替えの下着を左右の手にそれぞれ持ち、素裸のまま階段を降りながら、桂は闇の中、惑いもせずに重たいおっぱいを揺らし“とたとた”とバスルームに向かった。
 洗濯籠を無造作に開けて汚れ物を入れ、バスルームの電気を点ける。
「…………っ…………」
 洗面所兼脱衣所のドアを背に、右手に鏡がある。腰まで映る、壁面いっぱいの鏡だ。
 その大きな鏡に、潤んだ瞳の、ほっぺたを紅潮させた、『私、発情してます』と言わんばかりのグラマラスな女の子が、世にも情けない顔でこちらを見返していた。
 胸に抱えるようにしていた替えの下着を、洗面台の横に置く。
 もったりと重たそうに揺れ動く大きなおっぱいが、電灯の光の下、少しピンクに染まった白い肌を晒していた。
 女になって初めて目覚めた日の昼、この鏡で、自分の姿を映してみた時の事を思い出してみる。
 あの時の自分の体は、まだ女性化して間も無くて、ウエストもそんなに締まってなかったし、全体的に凹凸に乏しかったような気がする。
 幼児体型……と言っていいくらいの未熟な体だった。

 でも、今はどうだ?

 背こそ小さいものの、おっぱいは目を見張るくらい大きいし、それに対してウエストは心許無いほど細い。お尻も、おっぱいと比べると確かに小さいけれど、女として見れば十分大きく張っている。骨盤自体が男と違って大きくがっしりとしているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
 ひょっとしたら、本当はウエストはあの時と変わっていないのかもしれない。けれど、おっぱいとお尻に女らしい脂肪がついて、結果的に細く見えているのだろう。
 結果、全体として、ものすごくメリハリのある体になっていた。
 そして、いつも特に思うのは……
「すごい…………胸……」
 ほっそりとした体に、そこだけ別のイキモノが張りついてるかのようにおっぱいが“ぶくーっ”と膨らんで、さすがに自分の胸ながら少し格好悪い気がした。
『健司の好みの体…………か…………』
 ソラ先生の言った事が正しいのなら、この体は健司のためにこんな風に変化したのだ。
「でも…………邪魔だよな…………」
 ポツリと呟いて、桂は小さく溜息を吐いた。
『確かに……頭悪そうに見えるや……』
 「おっぱいが大きい女は感度が悪い」とか「頭が悪い」とか迷信があるけれど、少なくとも桂の感度は女になったばかりの頃と比べて、各段に上がっている……と、桂自身、そう思えた。
 だからこそ、不安になるのだ。

 ――自分は、どうかしてしまったのかもしれない。

 ……と。
「5回…………だもんなぁ……」
 確実に、自慰の回数が増えていた。
 健司とデートした日の夜、そして昨日の帰宅後と深夜、そして今日の朝。
 桂は、おっぱいとあそこを弄って心の……そして体の火照りを慰めた。
 そうしないと、学校で健司と顔を合わせられない気が…………笑えない気がしたのだ。
 案の定、学校で健司の事を思うだけで、健司の顔を見るだけで、胸が“ふくふく”とあったかくなって動悸が激しくなり、腰の中のずっとずっと奥から、“うずうず”とした『波』がさざめき這い寄ろうとする。

 ――『誰か』になだめて欲しくて、涙を流す。

 けれど、体が疼くのを抑えるためにした自慰は、ひょっとして自分の体を更に敏感にし、更なる疼きを誘う事になっているのではないか?
 そう、思わなくも無いのだ。
『感じ……過ぎる…………から……』
 ふと、鏡の中の少女が、左手で左のおっぱいを下から掬い上げるようにして持ち上げる。中指で“ぷくり”とふくれた乳首を“くりくり”と弄ぶと、桂は自分の右手がいつの間にか自分の右の乳首を捏ねている事に気付いた。
「――ッ……」
 慌ててタオルを手に取り、バスルームに駆け込むと、シャワーのハンドルを捻って冷たいままの水を頭から被った。
『どうなっちゃうんだろう…………ボク…………』
 急速に頭が冷えてゆく。
 体の火照りも、徐々に収まってゆく。

 自分の身体が恐かった。

 快楽を知り、快楽を貪り、快楽に溺れた体が、もっと激しい刺激を、もっと幸福に満ちた刺激を求めている気がした。
 自分でも気付かないうちにおっぱいやあそこを弄るようになったらオシマイだ。
 ヘンタイであり痴女であり、もしそれで健司以外の男を求め始めたら…………。
 桂は水の冷たさではなく、自分の心に浮かんだ暗い想像のために“ぶるっ”と身を震わせた。
『もう、オナニーするの……やめよう…………これ以上は……なんか恐い…………』
 自分が自分でなくなる恐怖。
 自分の身体が自分で自由にならない恐怖。

 その恐怖に呑まれてしまう前に。


 けれどその決心が、決意が、桂の中の“何か”を狂わせてゆく事に、この時の彼女には到底気付けるはずも無かった。
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