■感想など■

2009年08月07日

第15章「獰猛な欲望」

■■【3】■■
 翌日も桂は、朝から抗し難い強烈な性的欲求を感じたけれど、どうにか自慰をしたいという欲望を抑え込む事に成功した。

 夏が近付いてきて日増しに強くなる熱気の中、ベッドで半分覚醒した状態のまま、おっぱいとあそこへ無意識に向かう手を引き剥がすと、冷たいシャワーで強引に高ぶりを鎮めた。登校した後も、“うずき”と“火照り”の続く午前の授業中だって、なんとか我慢し続けた。おっぱいの先端とあそこに、たっぷりと血が流れ込んで充血して、体を少し動かすだけでその部分が脈打つような気がした。
 トイレに行っても“じんじん”とするあそこには必要以上に触れず、ウォシュレットの刺激に思わず声を上げてしまいそうになりながら、必死になって自分を抑え続けたのだった。

 こんな時、健司が朝練で良かったと、思う。

 あの、見る者を無条件で安心させてしまうような笑顔が見られないのは寂しいと思うけれど、今の状態で彼と顔を合わせたら、すぐに“とろとろ”の“くちゅくちゅ”になってしまいそうで恐かったからだ。なにせ、彼の事を考えるだけで、“ざわざわ”“うずうず”と、体の奥底から沸き起こるようにさざなみが立つのだ。
 ただでさえ、歩く時に擦れるパンツの布地の感触さえ気になり、ブラの中では乳首が中途半端に硬くなったままだったから、健司に微笑みかけられたらそれだけで“いろんなとこ”が「ダメ」になってしまいそうだった。

 体全体が、快感を求めている。

 健司を求めている。

 慰めて欲しいと、泣いている。

 じっとしているだけで辛くなってしまうほど、体が火照ってたまらなかった。
 健司の朝練と同じくらい不幸中(?)の幸いだったのは、木曜日の授業が「生物」「日本史」「化学」「英語II」「国語II」「保健」であり、実験室を使用する化学以外は、教室を移動する事も無かった……ということだろうか。もっとも、化学の実験中には、京香に腰のあたりに触れられて、希塩酸の入ったビーカーを思わず落としそうになってしまったりもしたのだけれど。
 体育が無いことに関しては心からホッとした桂だったけれど、考えてみれば、明日は5時間目に一学期最後の水泳授業が控えているのだ。

 ――なんとかそれまでにこの体の中を荒れ狂う『嵐』を収めなければ……。

 そんな切羽詰った思いから、桂は昼休み、久しぶりに保健室までやって来ていた。
 朝からずっと、うっすらと頬を赤らめ、どこか熱っぽくてぼんやりとした雰囲気の桂を、由香がしきりに気遣ってついてこようとしたけれど、今回ばかりは遠慮してもらった。
 話は、体調だけではなく『星人』の事にまで波及するのが明白だったからだ。


 「管理・学習交流棟」の1階にある保健室のドアを開けると、ちょうどソラ先生は昼食のヤキソバパンを頬張っていたところで、彼女は、桂が後ろ手に引き戸を閉めて“カチリ”と押し込み型のロックをかけると、それだけで『星人』に関わる『秘密の相談』がある事を理解したようだった。
「もっと早く来るかと思ってたよ」
 “もぎゅもぎゅ”と口の中の惣菜パンを租借し、不味いのか美味しいのか微妙なところが生徒に密かなブームっぽい「スイカジュース」で飲み下した空山美智子という名の『星人』は、とても異星人とは思えないほどメチャクチャ地球に馴染んだ“オトコらしい”顔で“ニヤリ”と笑った。もちろん、「漢」と書いて「オトコ」と読ませるくらいのニヒルな笑みだった。

         §         §         §

 桂は、初潮を迎えた後、美智子に生理後の体調を診てもらった時、こう言われた。
「肉体が完全な固定化に向かっている」
 ……と。
 そして固定してしまえば、今後、桂が男に戻る可能性は、ほとんど無くなってしまうのだと。
 あれから一週間以上経っていたけれど、その時のあの言葉の意味を、まだ美智子に詳しく聞いていない。

『あと2回、生理がきたら、たぶんお前は、もう一生女のままだ』

 あの言葉は、時間的に2ヶ月という意味なのか、それとも時間とは関係無く生理が2回来たら……という意味なのか。
 それを聞く機会は、幾度となくあった。
 けれど桂はなんとなく保健室に来辛くて、そのままになっていたのだ。初めての水泳授業があった日にプールで脚を攣った時も、桂は保健室に来たけれど、その時は由香がべったりとひっついて、とても突っ込んだ話をするどころではなかったのだから仕方ない。
「教えて欲しい事があるんだ」
 桂はキャスター付きのイスをソラ先生の前まで引っ張ってきて、後ろ手にスカートを押さえて腰を下ろし、両脚の膝小僧を揃えて“ちょこん”と座った。
 その仕草に、美智子が目を“きゅっ”と細める。
「ふん…………だいぶ女らしくなってきたな?」
 脚を開いて“どすん”と座っていたのが、まるで遠い昔のことのようだ。
「……茶化さないでよ」
「ふ……ん……やっぱり2度の生理を経て、肉体的にも精神的にも女性化がかなり進んでいるんだな?」
「どうして……」
「『わかるのか?』って? 行動モニターは解除されたが、生体モニターはまだ継続中だからな。
 お前の体が2度目の生理を迎えた事は、既に私も知っている」
 『ナーシャス』を通してメンタルな部分での変化は、ある程度知られているのではないか? とは思っていたけれど、肉体的な変化までもがすっかり筒抜けだという事を知って、途端に桂は“かあああっ……”と頬を赤らめた。
 自分が『星人』と地球人のハーフの、貴重なサンプルデータとしてもモニターされている……という事実を、すっかり失念していたらしい。
「なんか……やーらしいなぁ…………」
 ミニスカートから覗く白くやわらかそうな太腿に両手を置いて、桂は拗ねたように“ぽちょぽちょ”と言った。
「なにがだ?」
「…………べ……別に……」
「ふん…………おおかた、オナニーの回数もモニターされてるとか思ったんじゃないのか?」
「ばっ……ばかっ! そんなんじゃねーってば!!」
 桂のわかりやす過ぎる反応に、美智子は“くくくっ”と鳩が啼くような笑い声を漏らした。
「怒った時の言葉遣いは相変わらずだな。そんなんじゃあ嫁の貰い手が無いぞ?」
「なっ……」
 ……今時、言葉遣いくらいで結婚出来ないわけもないのだけれど、それでも桂にはそれなりの効果をもたらしたようだ。
 激して立ち上がりかけ、それから慌ててイスに座りなおし、ふてくされたようにほっぺらをふくらませた。その反応はまるきり子供で、だからこそ美智子がからかいたくなっているという事に、彼女自身は気付けないでいた。
「安心しろ。お前のプライバシーは出来るだけ守るし、私達に提示されるのはお前の身体状態が異常値を出した時だけだ」
「……異常値?」
「主に脳波、心拍数、血圧、血糖値、各ホルモンの分泌状態からそのバランス、そして全身の発汗状態において……だな。
 異常が無ければ、当然、日常生活内の範囲と判断される。
 アドレナリンの過剰分泌に心拍数上昇、性ホルモンの分泌くらいじゃあ異常とは言えんから安心しろ」
 非接触状態でそれらのデータがどうやってモニターされているのか興味が湧いた桂だったけれど、聞くとなんだかもっと恥ずかしいことになりそうだったので、想像することもやめておいた。
「そ……そう……」
「もっとも、全てのデータは圧縮され保存されているから、無許可閲覧が許されている私なら、数値変動とその開始時間や継続時間から、お前がオナニーした回数なんてすぐに調べられるけどな」
「ソ……ソラ先生っ!!」
「冗談だ。怒るな」
 顔を真っ赤にして怒る桂に、ソラ先生は“ケケケケケ”と、芝居じみた笑みを浮かべてスイカジュースを“ずぞぞぞぞ”と吸い上げた。桂にはとても不味くて決して美味しいとは思えなかったジュースを、彼女は実に美味しそうに飲む。しかも、いくら好きだからといって、ソラ先生はいつ見てもヤキソバパンばかりを食べている気がする。
 料理オンチの母、涼子といいソラ先生といい、やっぱり純血の『星人』は味覚がヘンなのかもしれない。
 そんな事を思いながら、桂は美智子の言った言葉が気になり、つい
「……っ………………やっぱり嫁になる……のかな?」
 と、ポツリと呟いた。
「あん?」
 意外なほど神妙な声音に美智子が目の前の少女を見れば、彼女は溜息を吐いて、どことなく潤んだ瞳で宙を見上げている。
「あ……いや……その…………ボク、やっぱり『お嫁さん』になるのかな……って……」
「……嫌か?」
「…………嫌……とか…………そういうわけじゃ……ないけど…………なんだか実感が無いんだ」
「そりゃあそうだろうな。なにせ、17年間お前は男として生きてきたんだ。たった一ヶ月かそこらで、身も心も、周囲を取り巻く全てさえもがガラリを変わったって、記憶までもがリセットされたわけじゃない。
 自分が女じゃなく男だって自覚したその時から、意識するしないは別として、知識として、自分が結婚する時には『お嫁さんを“もらう”んだ』と思いながら育ったんだ。
 それを今になって『お嫁さんになって夫のもとへ嫁ぐんだ』と思えなんてのは無理っちゃ無理な話なんだ」
「…………うん…………」
「なあ、桂」
「え?」
「ひみゃれも、おふぉひょりもろりひゃいは?」
「……先生…………大事な話の最中にパンなんか頬張らないでよ……」
 美智子の手からヤキソバパンをひったくって、桂は“むう”と唇を突き出して睨み付けた。

         §         §         §

「今でも、男に戻りたいか?」
 “もぎゅもぎゅ”……と租借し、ジュースで流し込んで、何も無かったかのように美智子は桂に問う。
 その真面目過ぎるくらい真面目な顔に、桂は思わず息を飲んで目を伏せた。
「……わからない……」
「わからない?」
「……確かに記憶はあるんだ。17年間、男だった記憶は……少しぼやけてしまったような気もするけど、でもまだここに……頭の中にあるんだよ。でも……」
「でも?」
「ボク…………女である自分が、今はもう、そんなに嫌いじゃないから……」

 ――ウソだった。

 今では、前と比べようがないくらい“嫌いじゃなくなって”いた。
 男だった17年間が、女でいる一月半に呑まれかけている。
 けれどそれを「恐い」とか「嫌だ」とか思う自分が、もう、いない。
 それを自覚するのだ。
「前に私はお前に、あと2ヶ月……2回の生理が来たら、たぶん一生女のままだ……って、言ったよな?」
「うん…………実はボクが今日、聞きたかったのも、そのことなんだ。生理不順で、まさかあんなに早く2回目が来るなんて思ってなくて……」
「ああ……それは私も少し驚いている。まるでお前の体が、“一刻も早く完全な女になりたがっている”みたいだ」
「そんなの…………」
 彼女の言葉を否定しようとした桂は、どうしても否定する事が出来ず、ただ、そっと子宮があるだろう下腹部に右手をあてた。
 すると“ぬるり”と、その洋ナシ型の臓器と、それに続く“胎道”が動いたような気がした。
「…………ボクが完全に女になるのって、2回生理がくるくらいの時間? それとも、生理がキッカリ2回来たらってこと?」
「私は、生理が来た回数のつもりで言ったんだよ。
 お前の『変体』には、ホルモンが重要な役割を果たしている。中でも、女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌周期とその量の変動…………特にエストロゲンが、最も重要らしい……というところまではわかっているんだ」
 あまり聞いた事の無い言葉が並んでいて、よく、わからなかった。
「月経というものが基本的に無い涼子さまや私でも、この星で生きていくために地球の公転周期に支配される形へと肉体を調整した結果、内分泌系の生理機能が太陽の影響をもろに受けてしまう。
 ましてや、お前は前例の無い、我々と地球人との資質を持ち合わせた存在だ。
 だから、どのホルモンがどんな風に影響しているのか、自信を持って言えないが、あながち大ハズレってことも無いだろう。
 それはたぶん、生理不順であろうとなかろうと……な」
「そう――なんだ……」
「そういえば、オナニーの時にもエストロゲンは分泌されているんだぞ? 知ってたか?
 つまり、オナニーすればするほど豊富に分泌されて、お前の体はより完全な女性になっていく……って事だな」
「…………そう…………そうなんだ……」
「……驚いていないな?」
「……うん……なんとなく、そうじゃないかなって」
 自慰によって女の快感を覚え、それに溺れた事で肉体の完全固定化が進行したとするのなら、突然の生理も納得出来る気がした。
 急激な分泌系の変動で、体機能がパニックを起こしたのかもしれない。
「それでも、いいんだな?」
「え?」
 ぼんやりと子宮のあたりを撫でていた桂に、美智子は驚くほど真剣な表情を見せた。
「一生このままでも、いいんだな?」
「…………もう、時間も無いもんね」
「そうじゃない」
「え?」
「いいか? 時間が無いから……とか、仕方ないから……とかじゃなくて、お前が自分で選べ。
 男に戻るか、それともこのまま……女のままでいるか」
「……まだ……戻れる……の?」
「いや……可能性があるってだけだが……それでも、お前が本当に男に戻りたいと願うなら、今は無理でもその方法を必ず探し出してやる。
 でも、少しでも迷っているなら、新しい自分をそのまま受け入れて、新しい人生を前向きに見つめて欲しい。
 これは私だけじゃなくて涼子さまも同じ想いだ」
「母さんの?」
「そうだ。あの人はあんなんだけど、でもお前の事を一番に思ってる。『星人』の行く末だとか、悲願だとか、そういうものより何よりまず、お前の気持ちを考えている。リーダーとしては失格かもしれんくらいに……な」
「ボクの……キモチ…………」
「そうだ。完全な『星人』でないお前にとって、本当は……『変体』するというのは、ものすごく体に負担をかける危険なことなんだ。だから、お前が本当に望んでいるんじゃないのなら、お前に、何を差し置いても男に戻りたいっていうくらいの強い気持ちが無いのなら……涼子さまは、そのままのお前でいて欲しいと思っているんだよ」
「…………このままの……ボク……」
 桂は自分の体を見下ろし、たっぷりと重たそうにふくらんだおっぱいを見た。
 少し体を前傾しないとお腹を見る事も出来やしない、少女としては発育し過ぎて不恰好な、強烈に「オンナ」を感じさせる体を。
「……なあ、桂。私も、涼子さまも、そして他の『星人』達も、実のところ、お前がお前でありさえすれば、それでいいと思っている。男だろうが女だろうが、私達はお前を護るし、お前を愛している。
 けれど、お前が苦しむのなら、お前の記憶を消して……生まれた時から普通の女の子だった新しい記憶を植え付けてもいい。他の土地に新天地を求めてもいいんだ」
「…………ボクは、ボクがいい。男として生まれて、健司という存在に反応して女になった……ボクのままで」
 健司の名を想うだけで体が熱くなり、うっとりと痺れるほどの悦びが広がる。
「ボクの……ままで」
 彼と結ばれ、彼の子を身篭るために変体した『山中 桂』という『存在』。
 かつての桂は、それを忌んだ事もある。

 でも今は。

 このキモチを知ってしまった、今は。

「本当に……好きなんだな。健司のこと」
 美智子は、とてもとても好ましいものを見るような目で、桂を見つめていた。
 ……口元に青海苔がくっついてるのが間抜けだったけれど。
「……え? …………」
 桂は健司の事を想い、“あの”さざなみが体の奥から“ひたひた”と責め満ちてくるのに気付いた。
 今の桂は、それから目を背ける事は無い。心が、体が、女であること、女でいることに悦びを感じているように思えるからだ。
 過程がどうあれ、今の自分は健司を愛している。

 健司と愛し合いたいと思う。

 いつも思う。

 いつもいつも思う。
「……うん……」
 ぷっくりとした可愛らしい唇をピンクの舌で湿らせると、長い時間をかけて、桂はゆっくりと頷いた。
 目が潤み、頬が紅潮し、吐息が熱い。
 鼓動が“とくんとくん”と激しく早く打ち、口の中が乾いてくる。
 体が震え、下腹が“きゅ”と啼いたような気がした。

 “ぎゅっ”としたい。

 “ぎゅっ”とされたい。

 この気持ちが、男に戻る事で失(な)くしてしまうのであれば、女のままでいいと思った。
 女のままがいいと、思った。
 17年間の男としての時間も記憶も、惜しくないとさえ…………思った。
『恋は盲目…………か。……それとも…………』
 美智子は冷静な「観察者」としての目で桂の様子を見ながら、また一方で彼女の「保護者」としての意識のままに思わず抱き締めたくなるほどの愛しさを感じていた。

 目の前の少女は、正真正銘まじりっ気無しの『恋する乙女』だった。

 準備万端、いつでもOK、お持ち帰り推奨の『夢見る乙女』だった。

 健司が望むなら、きっといつでもどこでも何をしていても、彼の想いを受け止めるかもしれない。それくらい、どうしようもないほどの甘ったるい雰囲気を纏っている。とても、一月半ほど前までただの少年だったとは、思えなかった。

 なぜなら彼女は、「きもちいいこと」を知ってしまった「オンナ」の顔をしているのだ。

『……それとも、「溺れてしまった」……か……』
 女にとって「きもちいい」は、最重要優先事項だと、今では『星人』の美智子でさえ知っている。
 目の前に座るこの少女は、好きな人の事を考えると気持ち良くなる事を知ってしまった。
 好きな人の近くにいると気持ち良くなる事を知ってしまった。
 ならば、好きな人ともっと近くにいれば、もっと気持ち良くなる。
 そういう結論に、思考より何より、このうっとりと目を瞑った少女は『本能』で認識してしまっているのである。

 人間が何かを「好ましい」と感じ「好きだ」という感覚を抱くのは、その対象に触れると「きもちいい」のだと知覚するからだ。
 それは「満足感」であったり「幸福感」であったり、もっと感覚に直接訴えかける「快美感」であったりする。
 そして人間は、その「きもちいい」を持続させようとするし、もっと強く感じたいと願うようになる。
 その中でも最たるものであり、外的刺激が与え、漠然と感じる触感の中でも強烈なものこそ「性的快感」と言われるものだ。

 桂は自慰を繰り返すごとに、脳裏に浮かべた「健司という存在」と、自慰によって受けるその「性的快感」を結び付けることで「健司」=「きもちいい」という“図式”を自らの肉体に刻み込んでしまっている。その証拠に、今も桂は、自分が口にし、美智子が問うた「健司」という名前によってその存在を強く意識し、軽い性的な興奮状態にあった。

 「恋」とか「愛」というものが、「単純な動物的本能の産物」……または「自分達が単なる生物の一種族でしかないという事実から目を逸らしたい人間達によってこじつけられた言い訳」と言われる所以(ゆえん)は、それらの本質が、『種族保存本能を差し置いても“相手の存在を(精神的または肉体的に)感じる事で得られる強烈な快美感”に脳(生理機能)が囚われてしまったものに過ぎないから』……という説が、あながち否定しきれないものだからだ。
 ただそれを、俗に「パブロフの犬」と言われる「生理反射」と同列に扱っていいものかどうかは、美智子にもわからなかった。
『……まあ、この子はそれを自覚していないんだろうけど……な』
 健司という好ましい人間へ感じた『友情』を、桂の肉体は性愛的な『愛情』と“勘違い”して、肉体そのものを“健司の遺伝子を受け入れられる存在”としての「女性」へと変化させた。
 そして今、桂の体は健司の遺伝子を受け取り、受胎するために、本人の自覚も無いまま強烈な“刷り込み”を繰り返している。
 桂自身の意思で行っている自慰行為によって、桂自身の意思が及ばない肉体反射の構築が成される……というのはとても皮肉なことかもしれない。見方を変えれば、桂が感じている「健司への愛情」は、“ただ快楽を求め、健康で好ましい男の遺伝子を受胎したいと願う女の本能”でしかないのだから。
 それでも、桂自身が幸せであるのなら、その本質がどこにあろうが構わない……と美智子は思う。
「告白するのか?」
「……したい……けど……でも、まだ……いい」
 美智子の言葉に、桂は一瞬だけ考えるように目を瞑り、“ほう……”と、どこかうっとりしたような、もし色がついていたら間違い無くピンク色をしていただろう熱い吐息を吐いた。
「いい?」
「女のままでいるって決めたんだから、そんなに急ぐ必要は無いかな……って。
 時期がきたら、そしたら…………告白…………する」
「それまでは、普通の友達で……幼馴染みのまま……か。いいのか? それで」
「……うん……」
 桂は少し寂しそうに笑うと、お腹の前で両手の指を絡ませ、無意識に“きゅ”と胸を寄せた。男子生徒が見たら涎を垂らして喜ぶに違いないヴォリュームたっぷりなおっぱいが、両手に挟まれて“むにゅう”と盛り上がる。ブラの中で裏地と乳首が擦れ、桂は“ぴくん”と体を震わせた。
「今はまだ……ボクの事は幼馴染みの男友達のイメージから外せないみたいだし、ボクももっと……その……健司に好かれるような女らしい女にならないとダメかなぁ……って……思うし…………」
「……割り切ったもんだな、お前も」
「ちゃんとした女になって健司に好きになってもらいたい……って思ったら、覚悟ついちゃった」
「今のお前でも、すごく可愛いと思うけどな」
「……そ……そうかな?」
 美智子の言葉に、桂は“ぽっ”と頬を赤らめ目を伏せると、むにむにと唇を動かした。
「こりゃホンモノだ」
「なにが?」
「前だったら、『気持ち悪いこと言うな!』って怒っただろうからさ」
「…………そうかな?」
 自覚が無い事が、桂の変化を如実に語っていた。
「そんなに健司に抱かれたいか?」
「せっ……先生っ!!?」
「驚くこた、ないだろ? 見てればわかる。今も、ウズウズしてるんじゃないか?」
 美智子の視線が腕に押し上げているおっぱいに注がれると、桂は慌てて力を抜いて、ばつが悪そうに上目遣いに美智子を見た。
 自分が、無意識に乳首を刺激していたことに気付いたのだ。
「…………よく……わかるね」
「ちゃんとオナニーしてるか?」
 美智子はニヤリともせずに直球で聞いてきた。
「…………オ…………したから…………こんなにエッチになっちゃったんだよ」
「ほお?」
 にやにやとした美智子の“いぢわる”な視線に、桂はたちまち真っ赤になって顔をそらした。やーらかそうな耳たぶや、ホクロ一つ無い滑らかな首筋まで綺麗に赤く染まってるところなどを見ると、やはりどうしても美智子は嗜虐心をちょっぴり(?)刺激されてしまう。からかった時の反応が面白いだけに、その光景には強烈な誘惑を感じるのだ。

 受胎能力が無く、性欲やその他の動物的な衝動から遠い位置にいる美智子でさえこうなのだ。
 性欲を持て余して、日々の生活のほとんど全てがリビドーで動いている健全な高校男子では、きっとたまらないものがあるだろう。
 ここが法治国家であり、他国と比べてもモラルや性的抑制度の高い日本でなければ、今頃彼女は、とっくの昔に野球チームが作れるくらい犯されて尽くしていたかもしれない。
『……まあ、それなりの“保険”はかけてあるし、ガーディアンも側にいるし……な』
 美智子は胸の中で呟いてみる。
 桂が妊娠する(『星人』としては、相手が健司である必要は無い)のは歓迎しなくもないけれど、完全固定化前の無理矢理な性交渉は、彼女の意志を無視した男性体への「変体」のトリガーにもなりかねない。それに、万が一にも、彼女の肉体を傷付けられては元も子もない。
 そのための『保険』であり『ガーディアン』なのだけれど、美智子は、脳裏に浮かんだ2人の人物の顔を思い浮かべると、どうにも苦い想いを感じてしまう。
 なぜなら、『保険』には性格的にひどく問題があり、また『ガーディアン』も、本来とは違う“役割”を与えられてしまったからだ。

 本来「そうでない」役割を果たさなければならなくなった『ガーディアン』は、元々、桂の母である涼子と美智子が、『星人』のテクノロジーで“生み出した”人間だ。いわば、数百年前、まだ『星人』の数が大勢いた頃に彼らが個々で作り出した、不完全な『混じり』と呼ばれる人々と同種であり、桂の父親の善二郎の祖先と同じ種類の人間なのである。
『…………さて……肉体的には何も問題無いはずだが…………』
 ふと、美智子は思う。

 彼等と桂の決定的な違いは、2つある。

 一つは、桂が『星人』の因子を正確に次代へと伝える事が出来るのに対して、彼ら『混じり』は不完全なマトリクス・スフィア(恒久的遺伝子情報)しか持たず、地球人と交配を続けるたびに情報は劣化し、やがて「ただの人」となってゆくことだろうか。
 そしてもう一つは、完全な「調整」を受けない限り、20年から30年という短い時間で人生を終えてしまう事だ。
 不完全なマトリクス・スフィアが地球人の遺伝子に影響を与え、多くの場合、結果として体細胞をガン化させてしまう事が多かったのである。
『せめて、桂が子供を宿すまでもってくれればいいが……』
 今更ながら、自分達はことごとく、地球人の「常識」や「道徳」から逸脱した存在だと感じる。
 人ひとりの人生よりも桂の方が遥かに命の価値が高く、桂が子を成すためであれば『ガーディアン』の肉体を“そのために”調整する事さえ厭わない……。
『たぶん、桂がそれを知ったら…………』
 美智子は自嘲気味に唇を歪めた。

         §         §         §

「で、でも……これ以上は……恐いから……」
 美智子の思考は、桂の消え入るような呟きに掻き消された。
 数秒の間に膨大な情報を処理する事が可能な『星人』の脳では、体感の思考時間と実際の時間の流れに、若干のタイムラグの起きる事がある。
 実際、美智子がにやにやと笑いながら桂を見てから、わずか数秒しか経っていなかった。
「恐い? なにが?」
「……自分が信じられないんだ…………アイツの事考えると、すぐに手が……その……触っちゃうから……」
「どこを?」
「あ……う…………その……」
 これは何の拷問だろうか?
 頭に血が上って“ぐるぐる”と思考が沸騰しかけている桂は、いま自分が置かれている異常な状態に、それでも体が反応しかけている事に驚いていた。恥ずかしいのに、体が“カッ”と熱くなるのだ。下腹部に力が入り、“きゅ”と括約筋を締め付けてしまう。その動きと連動するように、濡れそぼった膣が“ぬるっ”と動いた気がした。
「してないのか?」
「え?」
「オナニー」
「……ず……ずっと我慢してる」
 美智子の右眉がピクリと動き、すっと目が細まる。
「ずっと? ……いつから?」
「……っ…………なんでそんな」
「いつからだ?」
 いつの間にかすっかり尋問口調になった美智子の言葉遣いに、桂は思わずビクビクしながら彼女を見た。
 まるきり、後ろ暗いところなんて無いはずなのに警官の職務質問に脅えてしまう、深夜の散歩に出た漫画家のような姿だ。
「…………き……昨日の夜から」
「まだ一日経ってないだろう?」
 恥ずかしそうな彼女の言葉に、美智子は驚いたとばかりに眉を上げ、大仰に声を上げる。
 対して桂は、まるで「なんてスケベな子だろう!」とでも言われたような気がして、ますます顔を赤くし、もじもじと身を縮こまらせてしまった。
「だってその……ダメなんだ……健司のこと考えると……す……すぐぬ……濡れて……きて……」
「ほぉ……」
「自分がどんどんえっちに……淫乱なヘンタイになってく気がして……自分が自分じゃないみたいで……」
「いいじゃないか。ヘンタイでも」
「こ、困るよ! ずっとこんなんじゃ、ボク…………」
「ほ〜……」
 ばたばたと手を振って“あうあうあう”と口をぱくぱくさせる桂を、美智子は面白そうに見ている。
「せ、先生…………これって、抑えること……出来ない?」
「これ?」
「その……感じ過ぎちゃう……から……」
「いやか?」
「だって! ……こ……困る……こんなの……」
「感度良くていいじゃないか。きっと初めての時もたっぷり濡れて痛くないぞ?」
「…………前に、先生……ボクにはしょ……処女膜は無いって言ってたけど、それでも痛いの?」
「私は『マクが裂ける時の痛みは無いんじゃないか』って言っただけだ。今まで入れたコトも無いような太いものを入れて、痛くないわけねーだろ」
「……そう……なんだ……」
「……それともなんだ、予行練習にブッといディルドーでも使ってんのか?」
「ディルドー?」
「張形……言い方がちと古いか。この場合はバイブレーターだな。ちんちんの形を模したオトナのオモチャだ」
 嬉々として語る美智子に、桂はものすごおく嫌そうな顔を見せた。
「……やけに詳しいね」
「そうか? これくらい常識だろう?」
「先生の偏った知識を常識にするなってば。ってゆーか、そんなもの使わねーよキモチワルイっ!」
「気持ち悪い?」
「だってそうじゃないか。ち……ちんちんのカタチした、その、オモチャなんだろ?
 そんなもの、あ……あそこに……い……入れる……なんて……」
 “ぷしゅぅ”と頭から蒸気でも噴き出しそうなくらい顔を真っ赤にして、桂は美智子を上目遣いに睨み付けた。
「痛いのが嫌だから事前に練習してんのかと思った……と言いたかったダケなんだが」
「してないっ」
「ムキになんな。……けど、そうか……してないのか……じゃあ…………痛いだろうなぁ……」
「う……」
「健司のちんちん、デカそうだもんなぁ……」
「うう……」
「見たことあるんだろ? 男同士だったんだから」
「お……男同士でも、んなもんまじまじと見たりなんかしねーよっ」
「見たこと無いのか?」
「あ……あるけどっ……そ、それは中学の修学旅行のだし……」
「最近は?」
「無いっ!」
 そう言いながらも、水泳授業で見た、彼の競泳用パンツの前を盛り上げる、(たぶん)普通より大きいサイズに違いない「もっこり」を思い出していた。
『あれ、たぶん、すっごくおっきい……よなぁ……』
 ちんちんの大きさで男の優劣が決まるなんて、そんな下らない事を考えたりはしなかった桂だったけれど、男だった時の自分のちんちんの大きさを思ったとしても、健司のモノと比べる男は大抵、劣等感に苛(さいな)まされるのではないか? と思わなくも無い。
「あるんだな?」
「…………無いっ!」
 桂の顔を下から覗くようにして聞き直した美智子に、彼女は再び顔を真っ赤にしながら噛み付くようにして言った。
「たっぷり濡れれば、そのでっかい健司のちんちんも、楽に入るってもんだ」
「…………っ…………みっ見てないって言ってるのに……」
 顔を真っ赤にして“もじもじ”と太股を擦り合わせている姿では、まるで説得力が無い。いかにも「つい思い出して、嫌なはずなのに体が反応して切ないんです」と言ってるようだ。やはり本人の意思に関わらず、健司の持つ「オスの器官」のイメージに、桂の「オンナの肉体」が如実に反応してしまったのは確かなようだった。
『もうすっかり「満ちて」いるな…………排卵も近い……か?』
 「排卵」とは辞書などには「卵巣の卵胞が破れて成熟した卵子が“排出”されること」とあるけれど、実は美智子は、その言葉は正しくは無いのではないだろうか? と常々思っている。「排出」とは「(内部の不用な物を)外へ出すこと」を指し、「生物体が体内に生じた不用あるいは有害な物質を体外へ出すこと」を指す。では、卵子は不用なものか? 有害なものか? と問えば、それは断じて否であり、それどころか新しい命のもととなる貴重な存在だと思っている。だから、それを「排」というネガティブな字をあてるというのは、そもそも子供をつくる権利も機構も持ち合わせない美智子にとっては命の冒涜にも近かった。

 それはさておき。

 主に、卵巣における性周期では、まず卵巣皮質に存在する原始卵胞が発育し、そして成熟卵胞となり、その後、排卵となる。
 最初から受精可能な状態で卵巣に格納されているわけではなく、成熟期間を経て卵管を通り子宮内に抽送されるわけだ。
『2回目の生理が7日…………今日が13日。…………6日……ってとこか…………』
 普通は、排卵から生理までは大体14日程度で、これは他の女生徒でもほとんど変わらない。それに対して、生理から排卵までの日数は14日を目安として個人差により前後する。
 ちなみに、体機能が安定していない青年期では、体調や精神状態によって簡単に早まったり遅くなったりするから、生理が遅れたからといって即「妊娠」とは言えなかったりもする。
 ついこの間、初潮を迎えた桂の17歳の肉体は、普通の女性であれば長い年月をかけて成熟してゆくシステムを、たった数週間で作り上げたため、どうしても生体機能としての歪(ひずみ)が起きてしまうのかもしれない。また、『健司の好む(と桂の意識が思っている)体』になるために急激に発育した乳房と乳腺も、生理不順の原因となるホルモンバランスの不安定を生み出した要因だと考えられる。

 美智子や涼子など、純粋な『星人』の『変体』と違って、地球人類の生理機能を受け継いでいるハイブリットな桂のそれが、精神とマトリクス・スフィア(恒久的遺伝情報)に与える影響は美智子にも計り知れない。それだけに、先ほどは「桂の自主判断に任せる」……とは言ったものの、正直に言えば、彼女には、これ以上の『変体』をして欲しくはなかった。
「お前の体が精神的、肉体的な刺激に敏感になっているのは、たぶん、もともと不安定だったホルモンバランスが、オナニーのし過ぎでさらに崩れ、生体機能が一時的にブーストアップしてるんだろう。
 ちょうど、買い換えてそこそこ慣らしが終わったばかりの新車に、ニトロぶち込んで急加速したみたいな感じだな」
「なにそれ?」
 『オナニーのし過ぎ』というところが妙に引っかかったけれど、桂はそれには触れずに先を促す。
「…………なんて言やいいかな? ええと……」
「……009の加速装置が起動しっぱなし……ってコト?」
「なかなかにマニアックな例えだな」
「ダチに昔の漫画とか好きなヤツがいるもんで……」
 その元ネタを知っている美智子も美智子だ。
 実際、彼女は漫画をよく読む。保健室の机の一番下の引出しには、古本屋で購入した漫画の単行本がいつもストックされていて、週に何度か入れ替わっていたりするし、さらには、日本の文化の中で漫画ほど素晴らしいものは無い……などと本気で思った時期があったりもして、それらは涼子にも秘密であった。
「暴走状態……とは、まあちと違うんだが、お前の快楽中枢が刺激に対して過剰反応しているのは確かだな」
「……で、なんとかなるの? ならないの?」
「何が?」
「抑えられるのかって聞いてんのっ! …………先生……お願い。何でも言う事聞くから」
 『ジュース買って来い』と言ったら100本くらい買ってきそうな顔で桂は手を合わせて拝むように美智子を見た。
「…………そこまで言うなら……」
「え? じゃあ……! ……」
「まあ待て。喜ぶのはまだ早いぞ。詳しい事は、内部生殖器の状態を診てみないとわからんからな」
「内部生殖器?」
「外陰部と膣と子宮……主に粘膜層と子宮内膜だな」
 あからさまな名称の名称の列挙に、桂の顔が途端に情けないものになる。
「……あそこ…………見るの?」
「イヤか?」
 ブラとTシャツを着けたままで、しかも相手は女医だったにも関わらず、健康診断ではものすごく恥ずかしかった。
 でも、今度はおっぱいではなくあそこなのだ。
 股間にある、性器そのものなのだ。
 その上、普段から良く知っている人間に見られるとなれば、いくら検査とはいえ恥ずかしさはいや増す。
「…………そ……そりゃ…………」
「何でもするんじゃなかったのか?」
「う……」
「本来なら、受精可能な卵子が排卵されているかどうか、卵子そのものを採取してみたいところだが……」
「……それって…………痛い??」
「卵子の採取は、例えお前が良いと言っても涼子さまの許可が無ければ出来ない相談だ」
「母さんの? なんで?」
「あのな……別に『星人』じゃなくても、この星……というかこの国じゃあ、医療機関だったら未成年者の生体組織採取には保護者の許可が必要なんだ。骨髄とか、角膜とか、そういうもののドナー登録とかもな」
「…………で、痛いの? ……」
「検査そのものは、ものの数分で終わるし、痛みも無い。地球の原始的な医療器具と『星人』のツールを一緒にするな。
 とりあえず明日の昼、またここにこい。調べてやるから」
「明日?」
「だから、あと1日だけオナニーを我慢しろ」
「ええ〜〜〜〜っ!?」
 桂は世にも情けない顔で自分の体を抱くと、俯いて美智子を上目遣いに睨んだ。
「仕方ないだろう? 生理機能を正確に診るためには、自己的な強い性的刺激から、一定時間以上は切り離した状態になってもらわないと、対策が立てられない。
 一時的なものなのか、それとも長期に渡る恐れのあるものなのか判断出来なければ、薬物投与か、快楽中枢その他の感覚器官の鈍化または限定遮断そのものか、そのどちらも選べないからな」
 そう言いながら桂の頭を“ぐしゃぐしゃ”と、まるで子猫の頭にそうするように少し乱暴に撫でた美智子は、どう見てもどこか嬉しそうだった。
「……先生……ひょっとして面白がってない?」
「あん? 別に私は明日の昼じゃなくてもいいんだぞ? なんなら放課後でもいいし、いっそのこと来週の月曜……」
「わ〜〜〜〜っ!!! …………っかった! わかりましたー!! …………いいよ明日の昼で……」
 泣きそうになりながら全面降伏した桂に、美智子はたとえようも無いほどに優しい眼差しを向ける。
「でも、明日は5時間目に体育があるんだ。昼休みの間になんとか抑えることって出来るかな?」
「諦めろ」
「え?」
 即答された。
「明日は調べるだけだからな。対処はまだ後日……じゃあ辛いだろうから、早退という事にしてここで処置してやる」
「早退? なんで?」
「検査自体はすぐに終わるが、結果が出るまでとなると、10分で済むかもしれんし、2時間かかるかもしれん。それは実際にやってみないとわからんからだ。
 わかったか? わかったら授業が始まるからさっさと教室に戻れ」
「……明日は一学期最後のプールなんだけどなぁ……」
「諦めが悪いな。検査結果が早く出ても、処置がすぐ済むとは限らん。
 その時は、どうしてもプールに入りたければ、授業の前にたっぷりオナニーして発散しとくことだな」
「そんなぁ……」
 がっくりと肩を落とす桂の首筋に、美智子は手を伸ばした。
「んひぅっ!?」
「ほらみろ。ちょっと触っただけでこのザマのくせに、男と一緒にプールなんて入ってみろ。
 奴らのギラギラした視線と汗の匂いで、お前なんかイッパツでヌレヌレになっちまうぞ?」
「んひ〜〜…………」
 桂は、美智子に触られた首筋を手で押さえて、真っ赤な顔のまま泣きそうな目で彼女を睨んだ。
「私を睨んでも状況は変わらん。さあ、さっさと教室に戻った戻った」
 しっしっと手を振る美智子に、桂は追い立てられるようにして入り口に向かう。
 なんとなく足元がおぼつかないのは気のせいだろうか?
「なあ」
 不意に上がった声に、桂は拗ねたように唇を突き出したまま振り返った。
「男に必要なのは『エッチする場所』。けれど、女に必要なのは『エッチする理由』」
「……なにそれ?」
「今、お前に必要なのはどっちだ?」
「え?」
「なんでもない。気にするな」
 首を傾げながら保健室を出てゆく桂の、その小さな後姿を見ながら、美智子はゆっくりと微笑んでいた。
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