■感想など■

2009年08月15日

第16章「欲しがるカラダ」

■■【3】■■
 そして翌日。
 夏休み突入を3日後に控えた、7月15日の土曜日。
 桂は昼過ぎに目覚め、

 ――それからずっとオナニーしていた。

 まるで“それ”を覚えたての猿のようだ。
 “これ以上の肉体の過剰反応を抑えるため”……という大義名分の元、ソラ先生のお墨付きで解禁された自慰は、桂にとってまるで麻薬のようだった。
 決して激しくはない。
 むしろ穏やかですらあった。
 ゆっくりと撫で、擦り、突付く。
 お腹の中――膣内――まで指を入れるのは、絶頂に向かいたい時だけ。
 後は、おっぱいとクリトリスへの刺激だけで、ゆるゆると心地よく生ぬるい快楽に身を任せ、クーラーで程好い室温に設定された部屋の中、ベッドの海でひそやかに身を震わせるのだ。
 他の刺激は極力抑える。
 カーテンは引かれ、夏の陽光は淡くしてあった。
 パジャマの前をはだけ、ズボンを太股まで引き下ろして、なかば枕に顔を埋めるようにしながら没頭する。
 密やかな“ひめごと”は誰にも邪魔される事無く、桂はただゆったりと体に満ちる快楽に身を任せた。

 男の自慰と女の“それ”とが根本的に異なるのは、男の絶頂がすべからく射精を“最終目的”として行われ、その完遂と共に終了するのに対し、女は絶頂そのものが必ずしも目的ではなく、しかも、望めば望んだだけ何度でも絶頂を甘受する事が出来るというところだろうか。
 その上、基本的に男が海綿体への血液流入による男根勃起を前提にしている以上、その持続時間がそのまま自慰の処理時間と直結しているのに対して、女は大抵の場合、それよりも遥かに長時間に渡ってゆったりと快楽を受け続ける事が出来る。

 ――だから。

 次に気がついたのが日もだいぶ傾いた午後4時過ぎだったからといって、たぶんきっと、誰も責められないのではないだろうか?

 ……と、実に3時間近くも自慰をし続けてしまった彼女は、誰ともなしに自己弁護してしまったりした。
 もともと今日は健司の家へ彼を見舞いに行くため、その前に“自浄行為”で感じやすい体を鎮めよう……という目的だったのだ。
 目覚めたばかりだというのに「健司の顔が見られる」と思っただけでとろとろになってしまってはそうするより他無いと思い、あくまで“しぶしぶ”始めたのだけれど、いつの間にか“それ”そのものが目的となってしまったのだった。
 もちろん、由香がそれを知ったなら、きっと冷たい目で“じと〜〜……”と見られてしまうのは必至だったから、それはもうぜったいに言わない……と、堅く心に誓ったのは秘密だった。

 そんな風に、自分の意志の弱さを痛感してしまった桂ではあったけれど、何度も躊躇った挙句、ようやく健司の家に電話して「お見舞いに行っていいか」聞いた頃には、4時半をだいぶ過ぎてしまっていた。
 しかも電話に出たのは、彼の血の繋がらない兄であり、その上「今、眠ってるから」と、昨日、彼の母に言われたのと全く同じ言葉で返されては玉砕せざるをえなくて、さすがの桂も、この時ほど自分のあまりにもあんまりなヘタレ具合に、心底泣きたくなってしまったのだった。
 昨日、学校帰りに桂が立ち寄ったのは、健司も母親に聞いて知っているはずなのだから、彼の方から電話をかけてくるべきだ…………などとは、ちらとも考えないところが、妙に今の彼女らしいと言えば…………らしかったけれど。

 そして、彼女が打ちひしがれたまま受話器を置いて数分後、呼び出し音が再び鳴った。

 電話は、旅行中の両親からだった。
 かなりなイキオイでメゲてしまった桂に気付かないかのように、電話口では相変わらずの父が相変わらずの調子で、旅先で起きた事や出会った人、当地の天気とか街の様子とかを、こちらが聞いてもいないうちからこと細かく教えてくれた。
 東京からフランクフルトへは12時間もかかる。
 昨日の午後1時半の便で旅立ったはずだから、現地へは今日の夜中の1時頃に到着したに違いない。
 日本とドイツの時差は、7月現在、サマータイム実施中につき約7時間だ。そのため、日本が午後4時半過ぎの今、向こうは朝9時半頃……だろうか。
 にも関わらず、これだけベラベラと話す事があるとは…………昨日、現地時間の午後6時に到着したとして、それからさっそく夜の街を出歩いたとでもいうのだろうか。
 そう考えると、この父の元気さ加減は異常だと桂は思った。
 直行便で12時間も飛行機に乗りっぱなしだったのなら、もうちょっと大人しくなってもいいはすではないだろうか? 少なくとも、桂自身はホテルの部屋に案内された直後、ベッドに倒れ込んでピクリとも動かなくなる自信があった。
 ……17歳の若さで、さすがにそれもどうかと思わなくもないけれど。
 ともかく桂は、歳相応なんて言葉がこれほど似合わない父親はいない……とげんなりしなら、それでも、海外からの電話のはずなのに30分以上も喋り続けた父親の話を打ち切るべく、「母さんは?」と聞いた。
「涼子ちゃん? まだ部屋にいると思うけどな」
「…………親父さぁ……今、どこにいるの?」
「ん〜? せっかくドイツくんだりまで来たんだ。ホテルのモーニングより、朝食は街に出て食おうと思って、涼子ちゃんとロビーで待ち合わせしてるのさ」
 「どうだ、羨ましいか?」とでも言いたそうな口ぶりだった。
 この夫婦は、きっと旅先でもラブラブっぷりを発揮するつもりなのだ。
 桂はさっきよりも更にげんなりしながら、フランクフルトの街の往来で人目をはばからずキスする両親を思い浮かべ、またしてもダメージを受けてしまった。
 黙って立っていれば「ロマンスグレイ」と「クールビューティ」の組み合わせだ。それは、他人が見たら美男美女のベストショットなのかもしれないけれど、桂にしてみれば二人の正体など嫌というほど知っているわけだし、何より、両親のセックスを想像させる光景など、“生臭い”ことこの上ないのである。
「……で、待ってる間、暇だからボクに電話した……と?」
「正解」
「切るぞ」
「待て待て。もうちょっとしたら涼子ちゃん来るから」
「……いいよ。金がもったいない」
「コレクトコールじゃねぇぞ?」
「払うのはボクじゃない」
「そういえばそうか」
 電話の向こうでハッハッハッと声高らかに笑う父は、きっとロビーで非常に迷惑な客としてホテルマンにチェックされているに違いない。
「母さんにはよろしく言っといてよ、それから……」
 ちょっと口篭もり、桂は受話器を握り締めたまま深呼吸をした。
「ん? どうした?」
「…………あ、あの……あんなこと言って悪かったって……」
「あんなこと?」
「……昨日の夜……」
「昨日?」
 桂は、母に向かって
『誰が泣くかっ! さっさと行っちまえ! せいせいするっ!』
 なんて言葉を投げつけてしまったことを言っているのだ。
 それ父に言うと、
「なんだ。そんな事気にしてたのか?」
「だって……さぁ……」
「大丈夫だ。お前が涼子ちゃんを愛してる事は、涼子ちゃんも俺もわかってる。
 今さら何を言われても動じやしないさ」
「……いつ帰ってくる?」
「ん? なんか素直だな?」
「茶化すなよ」
「まだドイツに着いたばかりだろう? もう寂しくなったのか?」
「そんなんじゃないけど……」
 桂は急に心細くなって口をつぐんだ。
 なんだか突然、このまま両親と会えなくなるような、そんな気がしたのだ。
 結局、母とは話をしないまま、桂は受話器を置いた。
 けれど、父の明るい……明る過ぎるくらいに明るい声が、沈みがちな桂の心を軽くしたのは確かだった。

         §         §         §

 月曜に提出する1学期最後の数学の宿題を済ませ、なんとなくテレビを見ているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
 7時を過ぎ、そういえば起きてからスナック菓子とお茶しか胃に入れていないな、と思いながら冷蔵庫を開けた桂は、食べる物が見事なくらい何も無いので、久しぶりに外へ食べに行く事にした。
 御飯だけ炊いてお茶漬けにしてしまっても良かったけれど、両親長期不在の初日からソレはさすがにまずいだろう……という、高度演算の脳内処理により即時決定されたのだった。

 梅雨はまだ明けていないけれど、7月も半ばになれば夜でもなんとなく蒸す。
 桂は洗いざらしの綿シャツにカーディガンをひっかけ、ジーンズとホーキンスの革サンダル……という、実に簡単な格好で、男だった時には学校のダチや健司とよく行った、駅前の商店街にある全国チェーンのカレー屋へ向かった。
 おっぱいの先っちょの綺麗な紅色の果実は、まだちょっとぴりぴりしていたから、もちろんノーブラなんかじゃない。

 8時前という事もあり、駅前商店街は、まだほとんどの店が開いていた。
 けれど、その中でも店じまいの用意をしているところが大半だから、あと10分もすれば一部の飲食店以外はシャッターを下ろしてしまうだろう。
 桂は商店街まで来てから、道行く男達の視線が綿シャツのボタンを弾き飛ばしそうなくらいぱんぱんに張った胸に注がれるのを感じ、ちょっと後悔した。けれど、挙動不審になるともっと注目されるかもしれないので、手軽で値段が安くて出てくるのも早いコンビニエンスな全国チェーンのカレー屋にさっさと入り、掻き込むようにして食事を済ませ、そそくさと店を後にしたのだった。
 けれど。
 背が低くて○学生みたいな顔付きのくせに、おっぱいばっかり“巨大”な、まるでアレでソレでナニなアニメな世界から抜け出してきた妄想少女然とした、頭の悪い言い方をすればいわゆる“ロリ巨乳”な少女が、大盛のカレー(トッピングはソーセージとチーズとナスとカボチャだ)を“がふがふ”と掻き込む図というものが、周囲の男達の視線をどういう風に集めるか……という事にはまだ、至っていない桂であった。

 雲の多い夜空には、半分ほど欠けた上弦の銀月が顔を出し、時折、薄闇の中でアスファルトを照らしている。
『ちょっと食べ過ぎたかなぁ……』
 男だった時と同じ感覚で400グラムライスを注文してしまった桂は、トッピングも山盛りで注文してしまったためにお腹がパンパンになっていた。今、もし「走れ」と言われたらその場で吐いてしまいそうだ。
『まあいいや…………風も気持ち良いし……』
 駅前商店街から桂の自宅までは、ゆっくり歩いてもたかだか30分程度の距離だった。
 そのため桂は、腹ごなしついでに夜道の散歩と洒落込んでもいいだろう……と、『夜道を一人で歩く年頃の少女』としては、いささか思慮に欠けると言われても仕方無い行動に出てしまったのだった。
 ちょっとだけ遠回りをしたのだ。
 そして、『谷口豆腐』という看板のかかった、古びた建物の前まで来ると、2階にある、明かりの消えた窓を見上げた。

 ――そこは、彼女の幼馴染みの部屋の窓だった。

 もう2日もアイツの顔を見ていなかった。
 それも、ただ見ていないだけではなく、彼は昨日、風邪を引いて学校を休んだのだから、どうしようもなく不安な気持ちにさせる空白の2日間だった。
『もう寝てる……のかな?』
 1階はまだ電気が点いているから、ひょっとしたら、今はそこにいるのかもしれない。遅い夕食を取っているか、テレビでも見ているのかもしれない。
『風邪……もういいのかな……月曜に逢えるかな……』
 今日、あれだけ“ひとりえっち”したのに、たちまち“きゅんっ”として“じゅんっ”として“じわぁっ”としてしまう。
『逢いたいな……』
 蒸した、生ぬるい空気が肌に纏わり付き、いつしか桂は、無意識に自分で自分の体を抱き締めていた。
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