■感想など■

2009年08月23日

第17章「切り裂かれたココロ」

■■【5】■■
 その後、亮は桂を空いている部屋に案内してソファに座らせ、自分はその隣に座り、反応を示さない彼女に色々話し掛けたり、手を握ったりしていた。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの桂の顔をハンカチで拭い、ティッシュで鼻を噛ませ、姿を消したと思ったら次には水の入ったコップとおしぼりと魔法のように手にしていた。
 “慰めているつもりなのだ”と桂が気付いた時、彼女はそのあまりにも皮肉な現実に、どうしようもなく可笑しくて涙が出た。
 世界中でただ一人、この世で一番女として見て欲しい相手からは全く女としては見てもらえず、自分の事を良く知りもしないどうでもいい男からは、こんな風に壊れ物に触れるように女として扱われている。

 ――なんという皮肉だろうか。

 8年来の、幼馴染みで親友で弟分な牧歌的微笑みのアイツは、こんな時でさえ記憶の中で微笑んでみせやがる。
 男と男の友情は、たとえ片方が肉体的にも精神的にも社会的にも女になったとしても、決して揺るがないというわけだ。
『ああ…………』
 もう1年分どころか一生分くらい泣いたように思えたのに、健司の顔を思い浮かべただけで、またぼろぼろと涙が溢れてこぼれた。

 何もかもが、もうどうでも良かった。

 ただ息をするのさえ、面倒臭かった。

 今の自分のアイデンティティや存在理由が、全て否定された気がしていた。
 健司に愛されるためだけに変化した体。
 健司を愛するように変化していった心。
 その全てが、もうずいぶんと前から健司にとっては嫌悪すべきものでしかなかったのだから。
 隣で何か熱っぽく語っている亮の目を見た。
 何を言っているのかわからなくて、面倒臭いから適当に頷いておいた。
 実際、亮が何を話しているのか、よくわからなかったのだ。話している言葉はわかるのだけれど、それが意味を成すものとして認識されず、ただの音の繋がりにしか聞こえない。
 だから、
「な、いいだろ?」
 彼がそう言った時、桂は本当に彼が何を言っているのか、全くわかってはいなかったのである。

 ここは叔父が経営しているとか、この部屋は外から見えないようになっているとか、カメラは付いてるけど基本的に見てないとか、店員には来ないように言ってあるとか、色々耳元で囁かれたけれど、桂の頭には何一つ入らなかった。
 肩を抱かれ、右の耳に息を吹きかけられながら熱っぽく口説かれている自分を、桂はまるでテレビの安っぽい恋愛ドラマを見ているような感覚で識(み)ていた。
 ソファに座っている自分を、頭上2メートルから俯瞰で眺めているような感覚。
 奇妙に冷静で、奇妙に無感動だった。

 感情が、ちっとも動かない。

 揺るがない。

 両肩を掴まれ、亮にソファへと押し倒された時も、
 ブラウスのボタンを外すのさえもどかしげに、乱暴に捲り上げられた時も、
 桂は、涙の溜まった冷たい目で、じっと天井を見ていた。
「好きだ」
 ティッシュペーパーより軽くて安い愛の言葉を囁きながら、亮の唇が喉元を這い回る。
 ぞわぞわとした嫌悪感が全身を覆い、胃の中のものを残らず嘔吐してしまいたくなる。
 やがて彼の唇が桂のそれを捕まえようとした時、桂は無意識に顔を背け、目を瞑った。

 ――キスだけは、イヤだった。

 キスは、特別なものだ。
 こんな男に許していいものなんかじゃない。
 汚くて、惨めで、ゴミクズみたいなこんな体なんて、どうなってもいい。何をされてもいい。

 でも、唇だけはイヤだ。

 唇は、心に繋がっている。
 心の一番奥の深いところに繋がっている。
 それを汚されるのだけは、どうしてもイヤだった。
「桂……顔上げろよ」
 苛立たしげに言いながら、亮がのしかかってくる。
 重たくて、筋肉質な身体が胸に痛くて、身動きするつもりは無かったけれど完全に身動き出来ない事が苛立たしかった。
「桂……」
 生臭い息が顔にかかり、右手で強引に顔を掴まれ、上を向かされる。
 ぷっくりとした可愛らしいほっぺたがひしゃげ、ピンクの唇が歪んでよじれた。
「ヤダ」
「桂」
「ヤダ」
「桂ッ! いい加減にしろよてめぇ」
 亮のドスの効いた声が愛を囁いたその同じ唇から滑り出て、桂はその変貌が可笑しく、顔を背けたまま唇の端を少し歪めて笑った。

 ――ヤレるとわかったら、もう本性を出しやがった。

 男なんて、やっぱりこんなものだ。
 いっそ言ってやろうか?

 ――お前には、この薄汚い体だけで十分だろう?

 唇だけは、ボクの心だけは、お前なんかにやるものか。

 あくまで顔を背け、首を捻り、キスを拒む桂に、亮は小さく舌打ちして空色のブラを引き千切るようなイキオイで上に捲り上げた。
 背中のホックが悲鳴を上げ、歪み、本当に“ぶちっ”と千切れる音がして、そしてその音は、桂をほんの少しだけ哀しくさせる。もう、冷え冷えとした哀しみでいっぱいに満ち、溢れそうな冷たい心には、新たな悲しみが入り込む余地など無いのだけれど。
 いっぱいまでブラと共に上へと引き上げられた白い乳肉が、“ぶるんっ”と揺れながら光の元へまろび出る。先端の紅い彩りが桂の身体には不相応な大きさの乳房の上で、まるで今からされる事への恐れから震えているように見えた。
「――っ……」
 亮の目が、感嘆の色で染まる。
 仰向けになっている桂の体の上で、メロンみたいな大きい乳肉は大福餅のようにやわらかく潰れ、それでもわずかに脇へ流れるだけで“もったり”と大きく盛り上がって、美しいカタチのままに自己主張していたからだ。
 わずかに濃くなった乳首の赤は、桂の血の色であり命の色だった。
 少女の呼吸と共に胸の上の“巨大”な柔肉がゆらゆらと揺れる。
「……綺麗だぜ……桂…………」
 そうして、まだ、男には一度だって直に触れられた事なんて無い処女雪のようなおっぱいが、情欲に濡れた亮の視線で“犯されて”ゆく。
「……んっ……」
 視線でたっぷりと犯されたおっぱいが、今度は亮の節立った指で一度に“きゅむっ”と掴まれた。やけにじっとりとして、熱く、汗と匂いが肌にまで染み込んでくるような錯覚が桂を襲った。
『――気持ち…………悪い…………』
 ぼんやりと思う。
 かすかに、どこかの部屋で歌われているのだろう曲が聞こえる。
 学生にとっては終業式で明日から夏休みだと言っても、普通の人達にとっては平日に過ぎないのだ。10時を過ぎれば学生も減るし、そもそも一般の客自体が少ないのだから、今人が入っている部屋自体も少ないに違いない。
 そんな事を薄靄がかかったようにハッキリしない頭で考えていると、今度は“べとり”と生あたたかいものがおっぱいに吸い付き、乳首を吸い上げた。
 見下ろせば、亮が量感たっぷりな乳肉を両手で掴みながら、べろべろと白い肌と紅い乳首を嘗めたくっている。
 薄い唇から伸びるのは、ぬらぬらと唾液にまみれたサーモンピンクの舌であり、それはまるでナメクジが這いまわるような、ヒルやミミズや、汚泥の中に潜む得体の知れない軟体の環形動物や、死肉に群がるおぞましいウジが這いまわるような、例えようも無いほどの嫌悪感だった。
 桂はその光景に吐き気を覚え、口を押さえて顔を背けた。
「……ぐぅ……っ……」
 酸っぱいような匂いは、亮の唾液の匂いだろうか。酒や食べ物の匂いも混じり、その口で自分の乳房を吸われているという事実に、桂の体が断固たる拒絶を示しているのだ。
「声……出したかったら出していいんだぜ? 完全防音だからさ」
 何を勘違いしたか、亮はにやにやと笑いながら更に一所懸命になって乳房を揉みたくり、“ちゅばっ”と音を立てて左右の乳首を交互に吸った。
 桂が「感じている」とでも思っているのだろうか。

 ――お笑いだった。

 思わず笑いの発作さえ起こりそうになる。
 乳を吸われても、揉まれても、アイツ以外の誰にされようが、そんなものは痛くて気持ち悪いだけだ。
 セックスそのものが初めての事で、しかも女として男に抱かれるなんて、つい一ヶ月半前には考えもしなかったのだ。
 当然、覚悟とか気構えなんか無いし、待ち望んだ瞬間でも無い。
『でも、それでいい。ボクにはお似合いだ』
 それでも意志とは無関係に、瞳に涙が盛り上がり、目尻からこぼれた。

 心は硬く、硬く、何があっても、何をされても、揺るがぬように。

 好きにすればいい。

 これ以上この薄汚い体が汚れる事など、無いのだから。

 桂はただ天井を見つめ、とても趣味がいいとは言えない壁紙を眺め、体の上を這い回る亮の気持ちの悪い舌や痛みしかもたらさない手の事など、ぜんぶ忘れてしまおうとした。
「ちょっとは反応しねーの?」
 亮が顔を顰めて言う。
 その手が、桂のすべすべとした太股に張り付き、なでなでと撫でる。
 “ぴくっ”と脚が震えた。
 脚を蹴り上げたくなるのは、もう反射でしかない。
 やがて亮の手はミニスカートを捲り上げ、滑らかなお尻をひと撫ですると、桂の股間に指を伸ばした。
『ああ……そうか……』
 不意に桂は理解した。
『コイツは、こういう事がしたかったから、ボクに付き纏ってきたんだな』
 結局は、女のマンコを触りたいから。
 女のマンコに自分のチンポを突っ込みたいから。
 つまりはセックスは生殖行為で子作りバンザイ子孫繁栄おめでとー…………。
『馬鹿らしい』
 桂のマンコ目当てで、亮は「彼氏に立候補」し、面白い話題や興味を引く話題で桂を楽しませ、カラオケに誘ってはしゃいでみせたのだ。
 これが、目的。
 これ以外に、欲しいものなど無い。
 なんて馬鹿馬鹿しい。
 なんてくだらない。
 亮がボクの一体何を知ってる?
 何も知らない。
 自分の好みの女だったという、ただそれだけ。
 何でもいいんじゃないか。
 女にも男にもなれない中途半端な、人間とも言えないような生物でも、マンコついてれば何でもいいんだ。
 心なんかいらないんだ。

 でも。

「んっ……うっ……」
 亮の手がパンツの中に入り込み、もうすっかりぐちゃぐちゃに濡れた性器を撫でる。
「なんだよ、もうこんなか? 桂って初めてじゃなかったのか? 感度いいなぁ」
 ニタニタ笑う胴色の短髪の男の顔が、急にのっぺらぼうに見えた。
 「男」という「記号」に見えた。
 亮も、「男」という性の一つの形に過ぎない。
 桂にとっての「その他大勢」の一人に過ぎない。

 でも。

 でも、ボクは違う。

 健司は違う。

 ボクは健司の体が目当てなんかじゃなくて、心が欲しかった。
 健司は絶対に「その他大勢」なんかじゃなくて、「谷口健司」という、一人の愛しい…………

「……ひんっ……」
 ぬるっ……と、ささくれ立った太いものが粘膜を引っ掻きながら膣内に進入する。気持ち悪さよりその痛みに、桂の腹がしゃくりあげるように波打ち、乳房が“たぷたぷ”と面白いように揺れた。
 指よりもぜったいに太くて長いとしか思えないけれど、指でしかないもの。
 亮の右手の中指が、大陰唇を押し退け小陰唇を割り、膣口をこじ開けて奥へと侵入していた。
 ふと、このものすごい嫌悪感と気持ち悪さと絶望の中、亮に抱かれ、膣内で射精されたら、
『男に戻る……かも……』
 そう思った。
 もしそれが可能ならば……そう出来るのであれば、もう健司への想いに悩み苦しむ事も無く、全てを無かった事に出来るような気がした。
 けれど同時に、再び男に戻った後では、この街にはもういられないだろうとも、思った。
 名前を変える時、『圭介』は両親に問いかけ、両親はそれに答えた。

『もし、ボクがまた『女』から『男』に戻る事があったら……そしたら、また「圭介」に戻れる?』
『お前が望むなら』

 そう父はキッパリと言い、母はその笑みを絶やさなかった。
 けれど両親の言葉をそのまま全て鵜呑みにするわけにもいかない……と桂は思っている。
 人間の記憶を消したり操作改変したり、そんな便利な技術があれば、女になってからの桂の苦労だって最初からもっと軽く出来ただろうし、たとえあったとしても、それを使用していないということは、ひどくリスクの高い…………簡単に言えば地球人にとって良くない結果を生む事になるからだろうと想像出来るからだ。
 もし戻れるとしても、それはこの街以外の場所でのことになるのだろう。
 そんな危険な技術を、健司や由香や、この学校のクラスメイトに使うわけにはいかないからだ。
 とすれば、男に戻れば、人々の記憶が変えられない以上、自分の存在そのものを彼等の前から、この街から、消さなければならなくなる。

 そこまでのことを光速の何分の一ほどの時間で思考した桂は、次の瞬間、
『ボクは、何をしようとしているんだ?』
 そう思い、

 ――ぞっとした。

 このまま亮に抱かれる事で苦しみや悩みや哀しみから開放されるとしても、それで健司や由香の前から消えなくてはならないのであれば意味が無いのだ。
 いや、単純に男に戻る事で無くなる哀しみ以上のものを、自分は背負い込まなければならなくなる。
 その時、自分は果たして生きていけるのだろうか?
「……ヤダ……」
「ん?」
「やっぱりイヤだ」
 桂は不意にそう言い放つと、亮の唾液がべとべとについたおっぱいを乱れたシャツで掻き合わせるようにして隠し、身体を捻って股間に浸入した彼の指を払った。無理に引き抜かれた指が膣壁を擦り上げ、それでも桂は痛みに悲鳴を上げる事はせず、ただ顔を顰めて唇を引き締める。
 亮の前で、「女の弱さ」を見せるのは、なんだか嫌だったからだ。
「はあ? 今さらナニ言ってんだよ」
「気が変わったんだよ! 嫌だってったら嫌なんだ!」
「俺と付き合うって言ったじゃねーか。だからここにいんだろ? 脚広げたんだろ?」

 ――ウソだ。

 桂に、亮と付き合うなんて言った覚えは無いし、自分から脚を広げた覚えも無い。茫然自失となった桂をよそに、勝手に一人で盛り上がり、勝手に話を進めて、勝手に押し倒しただけだ。
 それでも亮に「誤解」させたのは桂の落ち度である事に変わりは無く、彼女は“ぐっ”と言葉に詰まり、目を反らした。
 それを「良し」と捉えたのか、亮の手が桂の腕を掴んで再び彼女を強引に仰向けにさせる。
 乱れたシャツが開き、剥き出しのたっぷりと重たい乳房が彼女の体の上で“ゆさっ”と揺れ、踊ると、亮は下唇を嘗めて尖り始めていた乳首に吸い付いた。
「やめろっ…………って……!!」
 充血して勃起した乳首に強い刺激が与えられ、刺すように痛んだ。
 また、亮に掴まれた右手がソファに押し付けられ、折れそうなほどの激痛が桂の息を飲ませる。
 男の自由にされる女の体。
 その屈辱と嫌悪に涙が出そうになる。
「りょっ……亮! てめっこのっ……」
「大人しくしろよ」
「ばっ……あっ……」
 “にゅるん”と、蜜液の滴った秘唇を亮の右手の指が撫で上げ、望まない勃起を果たし顔を出したクリトリスを、包皮の上から刺激する。桂は“びくんっ”と身体を震わせ、仰け反り、白い首筋を天に晒して全身を硬直させた。
 心の伴わない肉体反射としての“反応”に、桂自身が戸惑い、軽くパニックを感じている。
 自由なはずの左手は亮の右肩に置かれ、懸命に彼の体を押し返そうとするものの、男の肉体が持つ圧倒的な質量に、今の桂の脆弱な腕では太刀打ち出来ようはずも無かった。
『――そんなっ!! …………』
 吐き気をもよおすほど嫌悪している“健司でない相手に与えられる刺激”に対して、こうまでもあからさまな反応をしてしまう自分の身体に、桂は手酷く裏切られたような気分だった。
 そして、仰け反り晒した白い喉に、亮が“ぱくり”と甘く噛み付き、歯を立てぬまま“べろり”と嘗める。
「ふあっ……あっ……! ……」
 全身を駆け抜ける甘い電流に、桂の心が悲鳴を上げた。
 その隙を突くように、亮の右手が桂の尻を撫で下ろすように動き、するりとパンツを膝まで引き下ろした。
「やっ……やだっ! ……ばかっ! ……亮……きらいになるっきらいになるからなっ!」
「じゃあ今はまだ嫌いじゃないんだろ? いいぜ? 好きにさせてやる。俺ナシじゃいられなくなるくらい、たっぷり可愛がってやる」
「ばっ……だっ……っ……ひんっ……! ……」
 “ぬろろ……”と、白い喉から“ゆさゆさ”と揺れる乳房まで、亮は唾液の道を創り、糸引く唾液をまるで塗り込むようにして、勃起した紅い乳首を舌で“ころころ”と転がした。
 そうしながら、右手の指は包皮の上から肉芽をリズミカルに突付くのだ。
「あっ……やっ……ひっ……」
 “びくんびくんびくん”と、面白いように桂の身体が跳ね回る。強引に釣り上げられ、岩の上で身を躍らせる若鮎のような、瑞々しい“性のダンス”だった。
 亮はソファの上で桂に圧し掛かり、脚を巧みに割り込ませて彼女の両脚を強引に押し開く。
 “ぱかっ”と開かれた白い肌の内腿は、すっかりピンク色に染まり、その帰結点にはとろとろに濡れた肉の裂け目が在った。
「へぇ……」
「みっ……見るなっ! 見るなあっ!」
「やだよ」
「なっ……ひっ……! ……あっ! ……ああぁ〜〜〜〜〜っ!! ……」
 熱を帯び、たっぷりと血液が流入して充血した小陰唇が、“ぷくり”と膨らんだまま亮の指を受け入れる。
 拒絶の心を裏切って、桂の身体は“雄”の肉体を欲していた。

 心と身体が、どんどん“分離”してゆく――!!

『健司じゃなくても……男なら誰でもいいのかよっ!! ……』
 絶望的な想いに身を震わせれば、覆い被さっているケモノはそれを「悦び」だと思い、手の、指の、舌の動きを尚いっそう深めてゆく。
 立ち昇る“オスの匂い”。

 髪の匂い。

 亮の汗の匂い。

 唾液の匂い。

 肌に塗り込められた唾液が生み出す嫌悪すべき甘美――――!!

「くっうっ――うっ――うっ…………」
 “ぬるっ”と亮の右手中指が第二関節まで膣内に滑り込み、桂は息を止めてその“ぞくぞく”とした甘い刺激に耐えた。
「あっ! ……あっ! ……あっ! ……」
 腰を、揺する。
 それは、逃れたいのか、誘いたいのか。
「気分出てきたね」
「ばっ……ちがっ……」
 亮のいやらしい言い方に、たちまち頬が“かっ”と熱くなり、眩暈するほどの羞恥に涙がこぼれる。
 目の前数センチの亮の顔を見れば、彼の顔は普段からは考えられないほど、醜いくらいの情欲に彩られていた。
『…………!? ……』
 その“オス”の顔に、記憶の片隅が引っかかる。

 ――どこかで、見た顔だった。

『誰?』
 記憶の断片に浮かび上がっては消え、消えては幻のように浮かび上がる。
 思い出してはいけないものだと、理性が悲鳴を上げる。
 それでも、桂の身体をまさぐる亮の欲望にまみれた顔は、桂の記憶を刺激してやまなかった。
「ひっいっ……」
 膣内の指が“ぐりぐり”と腹で粘膜を擦り上げ、しなやかな筋肉を圧迫する。
 桂の思考はたちまち千々に乱れ、強い性的刺激に押し流されようとしていた。
 喉を嘗められ、乳をしゃぶられ、乳首をキツく吸い上げられる。
 その上で彼の熱い吐息が火照った肌を炎のように炙るのだ。
 乳や腹、脇に彼の灼熱の呼気が触れれば、そこから“汚らわしい”甘美な波が“ぞわぞわ”と全身を侵してゆく……。
 乳首をキツく吸われたまま亮が頭を振りたくれば、重たい桂の乳肉とて“たぷたぷたぷ”と揺すられ、中に生み出された“熱”が下腹の奥のオンナの臓器に直結した信号を忠実に送ってしまう。
「あっ! んあっ! やっ……やだぁっ……!! ……」
「ここは嫌がってねーぞ? ぬるぬるだ」
「ちがっ…………あっ! ……ちがっ……うっ……」
「何が違うんだよ。ここも、ここも、ここも」
 亮の指は膣内の腹側の粘膜を擦り上げ、そして引き抜かれると共にすっかり包皮から顔を出した淫核を捏ね、ぷっくりと膨らんだ小陰唇を摘み上げ擦った。
 そのたびに桂は「あっ! あっ! あっ!」と小さく浅い呼吸と共に声を漏らし、いやいやと首を振る。
「全部悦んでるじゃねーか。ぬるぬるだぞ? 早く俺が欲しいって思ってんだろ?」
「ちがうっ! ちがっ……ちっ……ひいんっ!!」
 無理矢理に引き摺り出された肉体の快感などに「悦び」などは無い。
 奪われ、踏み躙られ、弄ばれるオンナの尊厳が、それを否定するからだ。
「……けっ……けんじっ……けんじぃ……」
 泣きながら幼馴染みに助けを呼ぶ桂を見て、亮は顔を顰めて舌打ちした。
「俺に抱かれてる時に、他の男の名前なんて呼ぶなよ」
「けんじ……健司っ……健司っ……」
 自分の声も聞こえていないかのように、部屋のドアを見つめながら必死に幼馴染みの名を呼ぶ彼女に、亮は思わず窓の外を見やった。健司でなくとも、万が一にも誰かが覗き込んで邪魔が入るような事にでもなれば、もう自分は一生、桂(この女)を手に入れる事が出来なくなる。
 亮にしてみれば、それは考えるだけでムカつく、クソッタレなことであった。
 身体の下には、たっぷりと豊満なおっぱいを備えた、美味しそうな身体がある。汗ばみ、しっとりと潤った白い肌には、今は綺麗な赤味がさして例えようも無く美しく、色っぽい。幼ささえ感じさせる可愛らしい顔に凶悪な美巨乳という組み合わせは、昨今のグラビアアイドルの中にも滅多にいないタイプの女だった。

 たまらない“御馳走”だった。

 抱くには極上な身体なのだ。

 その身体を、今、自分は自由にしている。
 それを邪魔されるのだけは我慢ならなかった。
 桂は目に涙をいっぱいに溜め、こちらを見上げている。発情し、自分の身体の中で暴れまわる快感の嵐に、ただただ翻弄されているのだ。今ならば、このまま押し切れば、容易く自分のものに出来そうな気がした。
 彼女の着ている綿シャツは前がすっかりはだけ、ホックが千切れて用を成さなくなったブラは押し上げた胸元に引っ掛かっている。少し前から頭の上でまとめて掴み、ソファに押し付けている両手には申し訳程度の力しか入っていない。
 彼女が亮の身体の下から逃れようと身体を揺するたび、重たげな重量感たっぷりの乳肉が“ゆさゆさ”と揺れ動いて彼の目を楽しませていた。その上、膝までパンツをずり下げられ、両脚の間の楚々とした秘花を、ぬめりが滴る様子まで克明に明かりの元へと晒しているのだ。
 その彼女から立ち昇る香りは、亮の頭の芯を容易く痺れさせる“発情したメスの匂い”に他ならなかった。
 それでも尚、この姿を「男を誘っているいわけではない」と言われ、納得する者がいるとは到底思えない。

 ――こういう時の女の「嫌だ」という言葉は、「良い」と同義なのだ。

 そう、亮は理解している。
 女にはセックスするための「理由」が必要なのである。

 男に押し切られ、強引に。

 その場の雰囲気に流されて。

 心から求められて仕方なく。

 一度きりとの約束で。

 そんな、理由にもならない理由で身体を開いた女を、亮は何度も抱いてきたのだ。
 その彼から見れば今の桂は、抱くに容易い女ではないものの、決して抱けない女ではなかった。
「頼むよ……桂……愛してるんだ。お前が欲しいんだよ……」
 膣内をかき回し、クリトリスを擦り上げながら耳元で囁けば、視線をさ迷わせていた桂の瞳が“ぎゅっ”と閉じられる。
「……だ……だめっ……だって……」
「何がだめなんだ? 俺は桂を愛している。愛しているから抱きたい。それがだめなのか?」
「だ……だって……健司……」
「健司とは恋人同士じゃないんだろう? アイツは桂を好きだって言ったのか?」
「い……言って……ないっ……でもっ……でもっ……」
「俺は好きだ」
「……っ……」
「桂。俺は桂が好きだ。だから欲しい」
「……そんなっ……」
 目尻から透明な涙がこぼれ落ち、ぷっくりと瑞々しい唇がわなわなと震える。一度だけ大きく息を吸ってゆっくりと目を瞑ると、桂は観念したように全身の力を抜いた。
 “びくんびくん”と腰が震え、膣内に挿し入れた指が“きゅうう”と一度だけキツく締めつけられた。
「……わ……わかった……よ……。一度だけ…………一度だけなら、オマエの好きにしていい……」

 ――堕ちた!

 亮はそう思った。
 耳たぶも首筋も胸元もおっぱいも乳首も、舌で唇で唾液を塗り込め、“べとべと”の“どろどろ”にしてやった。
 アソコは指でたっぷりと嬲り、弄り、“ぬるぬる”の“とろとろ”にしてやった。
 少女の紅く染まった肌にはうっすらと汗が浮かび、熱に浮かされたような潤んだ瞳には、もう諦めの色があった。
 ここまで嬲ってやってそれでも自我を護ろうとする『女』は、今までの彼の経験には存在しなかった。
 ここまで「許して」おきながら、それでも先を拒んだ『女』は、今まで抱いた中に一人もいなかった。
 もう、いける。
 好きに抱ける。
「――手……」
「え?」
「手、痛いよ……」
「あ、ああ、悪い」
 押さえつけていた彼女の細い両手を開放しても、彼女は抵抗しない。
 もう完全に俺のモノだ。
 亮はそう思い、体を離す前に彼女の白くてすべすべとした喉を“べろっ”と嘗め上げた。
 そうして桂の膣内から指を“ぬるっ”と引き抜き、体を起こす。
 けれど、
 ニヤニヤとしたいささか締まりの無い表情のままズボンのベルトを弛めてホックを外し、ちらりと外へ視線を走らせた彼が次に見たのは、

 スリッパの裏だった。

         §         §         §

 にやけた顔の亮を見ながら桂が考えていたのは、たった一つのこと。
 どうやってこの状況から脱するか。
 ただそれだけ。

 ――誰がおとなしく亮(おまえ)なんかに“ヴァージン”をやるものか。

 そんな考えがちらりと浮かび、それに対して自分で自分に苦笑してみせながら、思ったよりその自分が冷静である事にも驚いてさえ、いた。
 こんな時、きっと「普通の」女の子ならばパニックに陥り自暴自棄になったりして、亮の言うように観念し、流され、彼のいいように抱かれてしまうのだろう。そして「仕方なかった」とか「どうしようもなかった」とか「あんな時、女の力で何が出来る?」とか「どうせいつかは捨てるものだから」とか、行き場の無い怒りや後悔や自分自身への嫌悪や男への絶望などが小さな胸の内で肥大して自分自身を壊してしまわないように、上手に上手に、まるで真綿で包むようにして「処理」してしまうに違いない。

 もちろん、桂は自分がふと思った“ヴァージン”という言葉に、特別“神聖”な想いを抱いているわけではない。
 男だった頃ならまだしも、女になってからの「処女膜」の“安っぽさ”には幻想も神聖も感じなくなっていたし、膜一枚(実際には膣内に未練たらしく“こびりついた”ままの「肉襞」でしかないのだけれど)で女の価値が決まるなんてのは、“馬小屋で生まれた大工の息子を教祖にかかげる世界最大の一神教が押し進めた「妄想」”か、“日がな一日自分の楽園(へや)に引き篭もって自分だけのための正論を振りかざし悦に浸っているような男が胸に抱く青臭いファンタジー”に過ぎない……なんて風にも思っていたからだ。
 それに、ソラ先生には「お前には処女膜は無い」とキッパリ言われているし、指を入れた時にもそれらしいものに触れた覚えは無いから、いわゆる簡易な意味での「処女膜=ヴァージン」ではないと自覚しているため、その重要性は桂の中でも全然軽かった。

 ただ、本質的な意味での「未通=ヴァージン(男根性交が未経験)」は、決してこんな風に失っていいものじゃないのは、いくら桂でも自覚している。
 「あげる」にしろ「捨てる」にしろ、その意志は自分によってされるべきで、その場の雰囲気に流されたり、ましてや無理矢理奪われる……なんてものではない。古来より女は搾取されるもの……と相場は決まっているのかもしれないけれど、少なくとも桂の辞書に「奪われる」なんて言葉があるのは我慢ならなかった。
 だから。
 亮が、熱っぽくぬかるんだ“とろとろ”の膣内からその無礼で不衛生で無遠慮な指を抜き取ると、桂は彼がほんの少し視線を外した瞬間を狙って、両足を胸元まで一気に引き寄せた。
「あ?」
 その瞬間の亮の顔といったら、きっとたぶんものすごく見物だっただろう。
 あいにく桂からは見る事が出来なかったけれど、桂の右足がかろうじてまだ履いていた、カラケボックス備え付けの趣味の悪い花柄室内スリッパの裏が顔面にヒットする瞬間、亮は、自分に何が起ころうとしているのか全く理解していない屠殺場の牛か豚のような目で、ぼんやりと迫り来るスリッパの裏を見ていたのだ。
「げべっ」
 ヒキガエルでも、もうちょっと綺麗な声で鳴くだろうというような間抜けに潰れた声を漏らし、亮はソファを転げ落ちた。
 テーブルがその拍子に倒れ、上に載ってた灰皿やメニューなどが安っぽい絨毯の上に散らばる。
 桂は腰を中心にして泥のようにどんよりと溜まった倦怠感を強引に振り払い、膝まで下ろされたままのパンツを引き上げようと身を起こした。
 その細い足首を、亮の手がガッチリと掴む。
「このっ!」
「はっ離せっ!」
 万力のような力で桂の足首を掴んで離さない亮を、桂はがむしゃらになって蹴り付けた。
 2度3度と、亮の腕や肩を蹴り上げるものの、すぐにソファから引きずり落とされ、腰をしたたかに打ち付けて、桂は小さく呻き声を上げて身を捩る。
 うつ伏せになり、懸命に絨毯を引き毟るようにして這うけれど、怒りに顔を赤黒くした亮に無理矢理引き摺り戻された。
 その拍子に裸のおっぱいが絨毯と“ザッ”と擦れ、硬いままの乳首にヤスリがけでもしたかのような痛みを走らせる。そのため、ミニスカートが捲れ上がり、白くぷっくりとした、意外に豊かな尻肉が暗めのライトの下にすっかり剥き出しになってしまったと気付くまで、一瞬の間があった。
 その一瞬で後から腰を抱えられ、やわらかい尻肉のクレヴァス(割れ目)に何かが触れる。
「あっ!!!」

 ――激痛……だった。

 瞬間的に尻の筋肉が痛みに緊張し、収縮し、硬直した。
「かっ……は……」
 亮の指が先ほどとは比べようも無いほど乱暴に膣内へ挿入されたのだと知るまで、桂は息をする事も出来なかった。体が突っ張り、見開いた目から涙がこぼれる。
 スカートではなく、どうせなら綿シャツに着替えた時、下もズボンにするべきだった……と後悔したけれど、全ては遅い。
 “ずぶり”と根元まで一気に挿し入れられた亮の中指が、桂のお腹側の“ざらっ”とした内壁を何度も擦り上げる。
「ひあっ! あっ!」
 痛い。
 快楽も何も無かった。
 無理矢理突っ込んだ時、亮の爪が粘膜を傷付けたのかもしれない。
 いや、きっと傷付いたに違いなかった。

じゅぷっ! じゅっ! じゅぷっ! ぶぷっ!

 粘っこくて激しい粘液の立てる水音が、“尻の中”から聞こえてきた。
「……いっ!!!! ……」
 体の“中”を汚され、暴力的に蹂躙される。
 涙で滲む目を見開き、絨毯を掻き毟って、彼の腕を逃れようと腰を揺すった。
 けれど桂が腰を揺するたび、まるで昆虫採集セットにピンで蝶を留めるように、亮の指が膣内で前後し、文字通り刺し貫かれるような痛みを彼女に与え、身動きを止めるのだ。
「いっ……いたっ……いたいぃっ……」
 蚊の鳴くような声を引き絞り、それでも桂はじりじりと絨毯を這う。
「人の顔を蹴っといて、今さら逃げられるなんて思うなよ?」
 押し殺したような声が上から降ってくる。
 “ぎょっ”として振り仰げば、覆い被さってくるように、押し潰すように、ライトの逆光になった黒い影が、在った。
 その黒い影の中から、充血してギラギラとケモノ色に染まった両目が、暗い情動をたっぷりと滲み出させながら見下ろしている。
「ひっ……」
 その瞬間、桂は亮の指を奥深くまで咥え込んだままの膣口を“きゅっ”と収縮させ、顔を引き攣らせて全身を硬直させた。
 亮の目が、影が、肉厚な胸板が、そして暴力的な指が、空山美智子によって記憶の奥底に沈められ、追いやられ、やがて風化して忘れ去られようとしていたあの記憶を断片的にほじくり返したのだ。
 何度も引っ叩かれ、乳房をぐちゃぐちゃに握り潰されそうになりながら殴られ、泣いても叫んでも許す事無く強引に自分をレイプしようとした、ケモノの記憶を。
「じっとしてれば、俺も乱暴はしないよ」
 急に優しげな声音を出し、亮は耳元で囁くようにして言った。
 桂はたったそれだけで、まるで冤罪を証明された死刑囚のように涙と鼻水を垂れ流し、ひたすらこくこくと頷く。
 亀のように上半身を縮こまらせた桂の脚から、亮はパンツを手早く抜き取り、絨毯の上でその尻を抱え上げた。
 強引に膝を立てられ、尻を高くかかげるよう引き起こされたその姿は、四つん這いのケモノのカタチをしていた。
 彼は、今まで男には一度たりとも許した事の無い身体を、健司以外には決して触らせないと誓った処女雪のような身体を、彼女の“ヴァージン”を、後から、まるで発情(さか)った犬のように奪い、汚そうというのだ。
「あぁ……やだ……やだ……やだ……」
 桂の全身がぶるぶると震え、“ぎゅっ”と瞑った両目から涙がぼろぼろとこぼれる。
「そのままじっとしてろよ……」
 カチャカチャをベルトの音がして、ファスナーが引き下ろされる音がした。
「ひっ」
 腰が引き寄せられ、親指で強引に尻肉が割られる。
 歯の根が合わず、カチカチと音を立てた。
 全身を嫌な汗が伝い、目の前が真っ暗になる。
『けんじ……けんじ……けんじ……けん』

――――ぬるっ

「あっ!」
 膣口に感じた“ぬるり”としたもの。
 その“正体”を察知し、あまりのおぞましさに桂の身体が反射的に弾け、部屋の隅まで、猫に追われたネズミのような俊敏さで逃げ退った。
「やっ…………やだぁっ! ……」
 身を縮こまらせ、まるでそうすれば亮の目から姿を消す事が出来るのだと信じているような愚かさで自分の両肩を抱き、震えている姿は、憐れを通り越して滑稽ですらあった。
 これがあの『桂』なのか。
 これがあの『圭介』だった者なのか。
 彼女を知る者が見たら目を疑わずにいられなかっただろう。
「桂っ!」
 不意に、怒気を含んだ亮の声が桂の耳を打つ。
 それだけでひとたまりもなく脅えた桂は、思い切り息を吸って
「だれかたす」

――ぱんっ!!

「ひゅうっ!?」
 全てを言う事は、出来なかった。
 痛みより何より先に、頬が焼けた鉄棒を押し付けられたように熱くなり、頭を壁にぶつけて世界が歪んだ。
「俺の言った事、わからなかった?」
 覆い被さる影を震えながら見上げて、桂はしゃくりあげながら唇を震わせる。
「わからなかった?」
 セミロングのさらさらの髪が乱れ、汗びっしょりの額に、頬にと張り付いている。
 涙をぼろぼろとこぼしながらいやいやをするように首を振る桂に、亮はもう一度手を上げてみせた。
「ごめんっ!!」
「――ごめん? 女の子は『ごめんなさい』だろう?」
「ごっ……ごめんなさい…………」
 一度口にしてしまえば、後は自分でも止めようが無かった。
 この恐怖から、苦痛から逃れられるなら、言葉遣いなどどうでもよかった。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……許して……もうやめて……ぶたないで……」

 何に謝っているのか。

 何に許しを請うているのか。

 自分をこれから犯す男に懇願して、それが叶えられるとでも思っているのか。
「……ぶたないよ。悪かったよ。桂があんまり聞き分け悪いから、俺もつい手が出ちまったんだ。ホントだぜ? いつもはこんなことするような俺じゃないのは、桂が一番良く知ってるだろ? 知らない? そうか? そんな脅えた目で俺を見るなよ。優しくしてやるから。な? 脅えた目で見るなって言ってるじゃないか。だからさ、抱かせてくれよ。損はさせないから。な? 桂が大人しくしてれば乱暴なんかしない。絶対にしない。ホントだ。だからそんな脅えた目をするなって言ってるだろうっ!!!?」
 ぐいっと後頭部で髪を掴まれ、無理矢理に上を向かされ、桂は白い喉を見せながら顔を引き攣らせて涙のいっぱいに溜まった目で亮を見上げた。
「……やっ……やめっ……」
「え!? なんだって!?」
「ご……ごめんなさいっ……ごめんなさいっ」
「なに謝ってんの? それじゃ、まるで俺が桂を苛めてるみたいじゃないか」
「ゆ……ゆるして……」
「ああっ?!」
 目の色が、さっきまでの亮じゃなかった。
 もっと凶暴で、もっと貪欲で、もっと暴力的だった。
 世界中の男性から「男」という成分を抜き出して凝縮して形にしたような、そんな威圧的なものを感じた。
 肉体的な差異などなければ、いくら桂だとて亮に負けはしない。
 そう思っていた。
 今だってそう思っている。
 本当はそう思っている。
 けれど、そんなちっぽけな自負さえ吹き飛ばしてしまうような、圧倒的な、生物的な優位性をこうまで示されてしまうと、桂にはもう何も出来なかった。
 なにしろ“あの時”、“その気”になった男には、胆力も無く武術の心得も無く、たかが17歳の高校生でしかない普通の女では、どう抵抗しても決して敵わないと思い知ってしまったからだ。
「なあ、桂……違うだろ? 抱いてくださいだろ!?」
「だっ……やっ……」
「イヤじゃないだろう? なあ、桂……抱いてください……ほら、言ってみろ」
 ふっと亮が髪を掴んでいない左手を上げる。
『ぶたれる』
 その認識が桂の身体を硬化させた。
 髪を掴まれ、無防備な顔を晒すしかない桂は、老婆のようにぶるぶると震える両手を眼前で交差し、懸命に顔を背けようとしている。その姿はあまりにも憐れで、悲哀を誘い、そして“滑稽”だった。
「言ってみろ」
「だ……だい……だい……」
「抱いてください」
「だ……だい……て……」
「ください」
「くだ……く……くださ……い……」
 肉体的な暴力の前には、人間の尊厳もプライドも、男の記憶からの強さもなにも役に立たなかった。
 踏み躙られ、踏み荒らされ、力でねじ伏せられて言う事をきかされる。
 男の自由にされる。

 これが女か。

 これが、本当の女か。

 こんなものが本当の女の姿だというのか。

「……ふっ……うぅ……」
 噛み締めた唇から嗚咽が漏れ、悔しさのあまり新たな涙がぽろりと頬を伝い落ちる。
「仕方ねぇな。愛する桂にそこまで言われたら、俺もイヤとは言えないからさぁ」
「あっ!」
 手を離し、抜けて指に絡みついた黒髪を払うと、亮は床に崩れ落ちた桂の右足首を掴み、絨毯の上に引き倒した。
 隠そうとした彼女の両手を乱暴に払い、亮は無造作にシャツを左右に開き、唇を舌で湿らせながらたっぷりとした乳房を両手で揉みしだく。
「……んっ…………うっ……んっ…………」
 肩の横に力無く投げ出された両手の指が、乳肉を揉み込まれるたびに“ぴくりぴくり”と動き、桂の涙に濡れた頬が引き攣った。
「楽しもうぜ……なあ……桂……」
 “にちにち”と桂の股間を右手の指で強引に分けると、亮は親指でクリトリスを捏ねまわしながら中指と人差し指で膣口周辺を嬲った。
 緊張と恐怖と苦痛でそこはすっかり“乾いて”しまっていたけれど、わずかな分泌を頼りに“ずぶずぶ”と指を埋めてゆく。
「……いっ……ぁ………………ひっ…………」
 乾いた内壁を擦られ、引き攣るような痛みが桂の身体をますます萎縮させる。
 そんな桂の様子に顔を顰め、亮は

――べっ! ……

 右手に唾を吐き、彼女のあそこに“べとり”と塗りつけた。
『……あぁ……』

 精神(こころ)が……壊(お)れる。

 こんな屈辱的なことがあるだろうか。
 泡混じりの汚らしい唾を“ぐちゃぐちゃ”と塗り込まれ、桂は目の前が真っ暗になるのを感じた。
 亮はそれを何度も繰り返すと、ズボンとトランクスを引き下ろして“これが最後”とばかりに桂の両脚の膝の裏に手を入れ、彼女の股間を上に向けた。

――べっ! ……

 生暖かい唾が直接あそこに吐き掛けられ、会陰を伝い後の蕾を濡らし、尻を伝って背中にまで達する。

 ――穢れた身体だと、思った。

 男にも女にもなれない、不完全な生き物には相応しい、どうしようもなく無様な身体だと思った。

 でも、ここまで貶められなければならない法は無いはずだ。
 女になって、初めて体験するセックスが、健司ではないというだけで桂の心をズタズタに引き裂いている。
 にも増して、駅のホームに吐き散らされるのと同様な唾を、女として……いや、生物として大切であるべき「生殖器官」に塗り込まれ、吐き掛けられたのだ。
「いくぜ……」
 べとりと、熱いような冷たいような、つるりとゴムみたいな質感の“汚肉”が、唾にまみれた小陰唇に張り付く。
『けんじ……』
 しゃくりあげ、涙をこぼし、それでもただ天井を見つめるしかない少女は、心の中で幼馴染みの青年の名を、ただひたすらに呼び続けていた。
「へへ……すぐ気持ち良くなるって。俺、上手いってよく言われるしな。実際上手いんだぜ? なにせ…………」
 尻を揺すり、今まさに突き入れようとした亮の顔が強張ったまま固まる。
「……なに……してるんだ?」
 硬い声は、いつの間にか開け放たれた部屋の入り口から聞こえてきていた。

         §         §         §

 その後の事は……実のところ、桂本人はあまり良く覚えていない。

 猛然としたイキオイで入ってきた大きな影が亮を弾き飛ばし、そのイキオイのまま壁に叩き付け、泣きじゃくる桂を、まるでモンスターに襲われたヒロインを助けるアナクロな正義のヒーローのように、そっと優しく抱え上げた。
 けれどすぐに亮がケモノそのものといった唸り声を上げながら影に飛び付き、ムチャクチャに殴り付ける。
 影の手を取って立ち上がりかけていた桂は、2人の応酬に弾かれ、腰が抜けたようになってソファに裸の尻を落とし、そのまま、その光景をしばらく呆然と見ていたのだった。
 絨毯の上を転げまわり、テーブルを倒し、桂が座ったままのソファを弾き飛ばしながら、上になったり下になったり目まぐるしく立場を変えつつ掴み合う彼等が、なんだか人ではないように感じられ、ひどく恐ろしくて、桂は震える手で必死に涙の溢れる顔を拭った。
 そして、亮が再び上になって、組み敷いた影に向かって近くに転がったマイクを強く握り締め振り上げた時、桂の中で何かが爆発した――。

 桂が、夢か現実かも不確かな景色の中でふと気がつくと、自分が亮をテーブルの下に転がっていたプラスチックの灰皿で、思いきり、殴っていたのだ。

 悲鳴は無かったと、思う。
 ただ、血走った目で見上げてくる亮の顔を、肩を、背中を、震えながら、泣きながら、ただひたすらに殴った。
 彼が頭を庇って絨毯の上に倒れても容赦しなかった。
 そもそも遠慮というものが、これっぽっちも無い殴り方だった。
 プラスチックに血が付いて、手が痛くなって振るう事が辛くなると、今度は灰皿を持ったまま蹴った。
 自分のしてしまった事におののくよりまず、手にぬめる血の臭いに全身の血が沸騰したように高ぶり、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、亮を罵倒し、蹴りまくった。

 何が桂をそこまでさせたのか。

 そこまで残酷にさせてしまったのか。

 亮からの暴力の前に、人としての尊厳も何もかも踏み躙られ、オモチャのように扱われるしかなかった自分自身への怒りなのか、それともただ純粋に、自分をオモチャのように扱った亮への怒りなのか。
 けれど、
「もういい! もういいよけーちゃんっ! 気絶してるから! それ以上やったら死んじゃうよ!」
 そうして、あたたかく、優しく、逞しい両手で肩を掴まれ、背中から引き寄せられている事に気付くと、桂はそれこそ電池の切れた玩具のように、ぴたりと動きを止めてしまったのだった。
「……ひっ…………っ…………ひっ…………」
 息が荒く、俯いた目からぼたぼたと涙が零れた。
 手から滑り落ちた灰皿が絨毯の上を転がってゆく。
 身体が震え、火のように熱く火照っているのに、身体の奥底だけが氷のように冷たく硬くなっていた。
「けーちゃん……」
 声が聞こえ、そこで初めて桂は顔を上げる。

 影は、やっぱり、健司だった。

 優しい瞳はいつものままで、
 胸の奥がぽかぽかしてくるような笑みを浮かべながら、
 ちょっとだけ困ったように唇を歪めてみせていた。
「もう、そこまでにしておこうよ」
 その彼の、肩を引き寄せていた大きな手が離れると、桂はゆっくりと健司の方へ向き直って
「……ふ……ふゃあぁ〜〜〜…………ふえぁ〜〜〜…………」
 まるで小学生か幼稚園児のように、感情を“ダダ漏れ”にして泣き出した。
 17歳という年齢など、これっぽっちも感じられない、ものすごい泣き方だった。
 母親を求めて火のついたように泣きじゃくる赤ん坊の方が、まだマシだと思えるような泣き方だった。
「わわっ……」
 ひとたまりもなくうろたえ、泣きたい気持ちになったのは、むしろ健司の方だ。
 泣きじゃくる桂は、綿シャツの前がすっかり開き、ブラは上に捲り上げられて、でっかいおっぱいが挑戦的に前へ飛び出したまま“ゆさゆさ”と揺れている。
 亮の唾液に“てらてら”と濡れ光る紅い色の乳首まで、すっかり健司の前に晒しながらも、桂はただわんわんと泣くだけだ。
 そして、身体のそこかしこには蚯蚓腫れのような赤い引っ掻き傷が刻まれているうえ、絨毯の上には、くしゃくしゃに丸まったパンツが落ちていて、桂の股間からは泡混じりの粘液が“とろり”と膝小僧まで垂れ落ちてきていたのだ。
「けーちゃん……」
 それを目にした瞬間、再び健司の目の前が真っ赤になる。

 遅かったのだろうか?

 もう桂は、亮に犯されてしまったのだろうか?

「……っふぇあぁ〜〜〜…………」
 泣きじゃくる桂は、彼の言葉など聞こえていないかのように、顔中を口にして、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
「……まさか……」
 そして健司は、口にしてから自分の無神経さに顔を顰めてしまう。
 自分より桂の方がショックに違いない。
 それを本人の目の前で直接聞こうとするなんてのは、愚の骨頂どころか極刑になってもおかしくないくらいの大罪だ。
「……ひっ……ひぃぃん…………ひぃぃ……ぃんっ…………」
 しゃくりあげ、両手で拭うそばから涙を滝のようにぼろぼろとこぼし、そのうえ鼻水まで垂らしている桂をもう一度見て、天井を見て、インフォメーションの流れるテレビモニターを見て、あまり趣味がいいとは言えない壁紙を見て…………まるで追い詰められた小動物のようにキョロキョロと落ち着き無く何度も周囲を見て、ようやく健司は桂の肩にそっと両手を置き、自分の胸へと引き寄せた。
「けーちゃん……とにかく、ここから出よう?」
 学校のカバンやバッグや制服は駅のロッカーで、この店には健司も桂も手ぶらで入っている。
 このまま店を出ても、何の問題も無かった。
 とにかく、亮達と一緒にいるのは、もうたくさんだった。
 こんな事になるのなら、無理矢理にでも由香と一緒に帰っているべきだった。
 そんな後悔で胸の内を真っ黒に塗り潰しながら健司は屈んで、絨毯の上で寂しそうにうち捨てられたままの、桂のぬるぬるに濡れたパンツを拾った。そうして、それを折り畳んで躊躇いも無くズボンのポケットに入れ、しゃくりあげる少女の肩を抱くようにして、荒れ果てた部屋を出る。
「帰ろう。けーちゃん」
 メチャクチャな部屋も、呻き声を断続的に上げながら血を流して倒れている亮も、今の健司にはどうでも良かった。
 桂のあまりのキレっぷりに毒気を抜かれたものの、正直に言えば健司だって、あの瞬間――部屋に入り、床の上で桂が裸に剥かれて亮に抱かれようとしているところを見てしまった瞬間、そしてその桂が、泣きじゃくりながらどこも見ていないような目で天井を見ているのを見てしまった瞬間、この自分が、亮(あいつ)を殺してやろうとさえ思ったのだ。

 いや、今だって、そう思っている。

 同情してやる気持ちなんて、耳掻き一杯分さえありはしなかった。
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