■感想など■

2009年08月31日

第19章「恋人」

■■【2】■■
 今の桂は、かつて『圭介』だった時に無意識下において結実していた自分の理想的な女性を、自ら体現しているようなところがある。もし、保険教諭であり、『星人』であり、そして桂の出自そのものに深く関わっている空山美智子が、健司との睦(むつみ)を経た今の彼女を見たらならば、きっとそう言うに違いない。
 そもそも、男が深層心理の奥深くに形作る『自分の思い描く理想的な女性像』とはなにか。
 それはいわゆる『アニマ(Anima)』とも呼ばれ「男性の中の女性像」とか「女性原理」などと呼称されるモノなのだけれど、今の桂は“彼女が『圭介』であった(自意識に目覚め性徴を意識してからの)十数年間に培われた女性観”や“「女性とはこうあるべき」「こんな女性が女らしい」という、やや大時代的な概念で形作られた「世の多くの男性が理想とする女性像」に少々偏った認識”によって形作られているようだ。
 『圭介』であった時、彼は「背が低いこと」や「男っぽくない顔立ち」などに、ひどくコンプレックスを抱いていた。
 それ故に、普通の男性が無意識につける「男らしくあるための仮面(ペルソナ)」が、彼の場合は強固で攻撃的で、世の多くの男性が「男とはこうあるべき」「こんな男性が男らしい」という認識を具現化したかのようなカタチを取っていた。
 つまり、強きを挫き弱きを助け、暴力には屈せず、悪い事は悪い、女よりも友情を優先し、もちろんだからといって女性に手を上げる事は絶対にしない……。
 それは、現実には存在し得ない、男から見た「理想の男性像」と言える。
 そしてだからこそ、その仮面(ペルソナ)に抑え付けられた『圭介』の中のアニマは、彼自身が無意識のうちに心のバランスを取るため、より「女性らしい女性」を心の中に理想像として住まわせたに違いなかった。
 彼が思春期を経るに従い、「女性原理」の体現として絵画に傾倒していったのも、ある意味、その一つのカタチなのかもしれない。
 「男性原理」が時として「モノを生じさせる(モノに働きかける)」力と置き換えられる時、「女性原理」は「モノを生み出す力」と置き換えられる。つまり、『圭介』の中のアニマが膨らみ育ち、抑え切れなくなった時、その創造の欲求の発露として一番興味を抱いた創作活動へとその場を求めたと言えるのである。
 間違って欲しくないのは、決してそれは「創造欲求は女々しいことだ」という頭の悪い思考を招くようなものではない……ということだ。創造と破壊は表裏一体のものであり、どちらかがより表面に現出したからといって、それがすぐに「女々しい」とか「粗野だ」などといった一極の視点に偏る事は無いのである。

 そんなバランスの中、ある日突然、肉体が劇的に変化する事により、ホルモンバランスの崩れと共に精神的な“区分け”が瓦解し、“外”へと噴出して、彼の「男らしくあろうとし続ける自我」を侵食していった。
 結果として、肉体変化によって「男らしい男であろうとした心」と「女らしい女を求める心」が入れ替わり、心は加速度的に「より女らしくあろう」とし、それと対を成すように「男らしい男」を「女として」求めるようになっていったのかもしれない。
 その上、それに相乗するように、『星人』の因子の発現により、女として男の精(DNA:遺伝情報)を求め受胎するよう、肉体的にも精神的にも「オンナ」としての自覚を促されていってしまったのだから、それはもう、対象(この場合は健司だ)に対して、より愛され、受胎の可能性を高め、子供を得るために、本人がそう自覚する事無いまま「可愛い女」「セックスしたくなる女」を体現してゆく事となってしまうのは、電車がレールを走るよりももっとあからさまな運命(作為と言っても良い)を感じさせる。

 極論として、いわば、桂は創られた「ファンタジー」なのだ。

 創られた?
 一体誰に?

 『圭介』をこの世界に生み出した星人『山中涼子』も、彼女の伴侶(遺伝子情報提供者)『山中善二郎』も、ここまで想定出来はしなかったのではないだろうか?
 男らしくあろうとし続けてきた『圭介』は、裏表の無い……持てない、ある意味、馬鹿みたいに純粋な「少年」だった。そして、由香や健司と共に育った、強くて優しくていぢわるでずるくてちょっと乱暴な「少年」は、そのまま「女の体」へと変化した。
 それも、小さくて、華奢で可愛らしく、けれど強烈に「オンナ」を感じさせる乳房を持った身体へ。
 健司にとっては、幼馴染みで小さい頃から共に過ごし、ふとした心の動きまで分かり合える間柄だ。
 しかもその上、桂は愛してしまった健司に対して、無自覚に「理想の女」を体現しようとしている。
 それも、彼には何をされてもどんな事を要求されても、きっと拒めない……拒む事など考えられないだろう「オンナ」を。
 だのに桂にとってはそれが、おそらくは泣きたくなるほど嬉しいことなのだから、健司にとって、これほど「都合の良い」相手がいるだろうか?
 決して単純に従順ではないけれど、自分の事をわかってくれる心と、庇護欲を掻き立てられずにはいられない可愛らしい顔、そして、欲望を悦びでもって受け止めてくれる豊満な体。
 望めば、全てが手に入るに違いない。
 桂の、心も、身体も、全て。

 望み得る彼女の全てが。

 そして今の桂は、そんな「都合の良いオンナ」である事に“どうしてそういう感情の動きになるのか自覚する事も無いまま”喜びすら見出している……。
 それはもう「ファンタジー」としか言いようが無い存在ではないだろうか。。
 もちろんそれに答えてくれる者は、この世界のどこにも存在しないのだけれど。

         §         §         §

 トイレの中で便座に素裸で座ったままの桂は、ほっぺたを両手で包んだまま“ほうっ……”と熱い吐息を吐いた。
 あそこは痛むけれど、今はその痛みすらいとおしい。
 けれど、「次」もまたあんなに痛いと、さすがに辛いかもしれないな……と思い巡らせる冷静さは持ち合わせていた。
『なんか……いっぱい……嘗められちゃったけど…………』
 股間を嘗める口淫“クンニリングス”は、アダルトビデオで見たり想像したりするのと、こうして実際に体験するのとでは、まるで違う。汚いところなのに…………いや、汚いところだからこそ、そこを嘗められるということに、深い愛情を感じてしまうのだ。

「汚くなんかないよ。けーちゃんの体で汚いとこなんて、無いよ」

 あの言葉で、自分に注がれる健司の想いを身体で感じ、抵抗など出来なくなってしまった。
 思えば、亮に無理矢理弄られ、指を突っ込まれ、汚い唾まで塗りつけられた場所だった。
 ただでさえ「汚い」場所なのに、亮によってさらに執拗に汚されてしまった場所だった。
 そんなところを健司に、一度風呂に入ったとはいえ、丁寧にたっぷりと時間をかけて嘗められてしまったのだ。

 それは痺れるような快感だった。

 精神までとろける快美感だった。

 本当にあそこが、とろとろにとろけてしまうかと思った。
 あんなことまでされてしまっては、もう自分は健司しか愛せない。
 もう健司しか、触れて欲しくなくなってしまう……。

 もちろん、他の男……という選択肢が気持ち悪く感じてしまう以上、それは初めから心に定めていたことではあるのだけれど、昨夜“えっち”したことで、改めて“心も体も彼に囚われてしまったのだ”と思い知らされたのだ。
 それは“たとえこのまま女でいられたとしても、きっと自分は健司以外の男を好きになるなんてことは一生有り得ないだろう”という認識を彼女に抱かせるには十分過ぎるほどの体験だった。
 他人から見れば、それは単純な思い込みに過ぎないかも知れない。
 けれど、恋とはいつも「誤解」と「思い込み」で成り立っているものなのだ。
 それを至福とするも苦痛をするも、結局は本人の心次第なのである。

『ああ……そうだ……。あいつ……どうしよう……』
 快美感を思わず反芻していた桂は、不意にとろけきった顔を引き締め、唇を舌で濡らした。
 今まですっかり忘れていた…………いや、忘れようとさえしていたことを思い出し、桂はトイレットペーパーで、改めて慎重にあそこを拭きながら、さっきとは全く違う意味の溜息を吐いた。
 思えば昨夜は、あのカラオケボックスで、かなり“むちゃくちゃ”してしまったのだ。
 怒りに任せたとはいえ、亮を灰皿で殴り倒して、蹴倒して、そのまま健司に連れられる形で逃げ出してしまった。
 たぶん、めちゃめちゃに怒ってるだろうな、と思う。
 確かにレイプされかけた怒りも決して無くなったわけではないし、ボタンの取れた綿シャツとかホックの壊れたブラとかに関しても、きちんと謝って欲しいと思う。
 でも、それならば自分も亮にちゃんと謝らなければならないだろう。
 手に血がついていた事を考えれば、灰皿で頭を傷付けてしまった事は明白だった。
 京香あたりに言わせればきっとたぶん、
「乙女の恋を邪魔する者は全身全霊を持って排除すべきなのよ。貴女のした事は正しいわ。
 正しいと思わなくちゃやってられないなら考えない事ね。
 考えるのをやめてるうちに事態は結構変わったりするものだし、誰か親切な人が変えてくれたりもするんだから」
 とかなんとか言いそうだけれど、“世界はそこまで都合良く出来ては無い”と思ってる桂にとって、その考えはちょっと解(かい)し難かった。

 ただ、亮が自分にしたレイプ未遂に関して言えば、「婦女暴行未遂事件」として警察に届けるつもりなんて、無い。
 別に亮を庇うわけではなく、そんな事をすれば深夜までカラオケボックスで騒いだ事も、そこで飲酒した事も公にされ、そうなればしいては水泳部自体の不祥事ともなって、夏の大会への出場辞退……果ては健司の体育大への話もナシになってしまうかもしれないからだ。
 そのうえ、こうして自分とラブホテルに入った事もいずれは知られる事となってしまうに違いない。
 いくら本人達が「純粋異性交遊」と思っていても、高校生がこんな場所に入れば教師はすべからく「不純異性交遊」とみなしてしまうだろう。だいたい、愛情を確かめあうのに「純粋」も「不純」も無いだろうに…………と思うものの、「愛在るセックス」と「ただ快楽(金)を貪る(得る)ためのセックス」と明確に区別する事が出来ない以上、全部ひとからげにして処罰してしまおう……という乱暴なものでしかないのだろうから、それも仕方のないことなのかもしれない。

 なんにせよ、健司の将来を潰すような事は、避けなければならないのだ。

 逆に言えば、健司(恋人)の将来が保証されるのであれば、正直、自分にあんな事をした亮など、たとえどうなろうと構わない。
 このあたりは、女性に混じり女性と密接に生活を共にする事で生まれた、桂の女性としての冷徹さ、冷酷さ、合理的思考などが具間見えたりもしているのだけれど、彼女は自分自身では気付いていなかった。
「はぁ……」
 出来る事なら、全て穏便に済ませられればいいのだけれど。
 こんな時、母や、ソラ先生や、彼女達の創った『星人』のコミュニティに頼れば楽なのかもしれない。
 でも、もしそうしたら、自分はどんどんダメな人間になってしまうような気がした。
『健司は、ボクが護らなきゃ』
 素裸のままアソコをティッシュで拭いながら、桂はやたらと力の入った眼差しで“ぷくっ”と小鼻を膨らませた。
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