■感想など■

2009年09月13日

第22章「暴かれた本当の嘘」

■■【1】■■
 それは、何の変哲も無いちょっと大きな町医者……という感じの建物で、区役所通りの坂を少し登ったところにあった。
 明かりが消え、ひっそりとした玄関をまわり、裏口に自転車を走らせると、そこには迎えがいた。
 彼女の後をついて非常灯しか点いていないリノリウムの廊下を歩き、エレベーターに乗って数分後、少女はその部屋に一人で入り、そして、立ち尽していた。



 いったいこれはなんだろう?



 「それ」を見た時、桂はぼんやりとそんなことを思った。 窓の無い部屋だった。
 壁も天井も床もベッドもシーツも、そこにある「それ」も、白い。
 その白い中に、赤やピンクが混じっている。

 肉の色だ。

 ここに案内してくれたあの看護婦は、言葉少なに、ソラ先生から話は聞いている……と、言っていた。
 30過ぎの、優しそうな人だった。
 その人が言ったのだ。
 決して嘘を言うような人には見えなかった。
 第一、嘘を言って彼女にどんな益があると言うのだろう。



 では、ここは健司の病室なのだ。



 エレベーターに表示されていない地下8階で降りて、やけに明るい白い廊下をずいぶん歩いた右手の病室だった。
 機械がいっぱいあった。
 薬の匂いがした。
 息を吐く音がした。息を吸う音がした。
 気味が悪いくらい規則正しい音だった。
 電子音も、した。
 乾いた音だった。
 桂の他は誰もいない。
 医師も看護婦さえも。
 「それ」以外は誰もいない病室だった。

「ひっ……」
 息を、強く吸い込む音がした。

 誰が?

 そう思った桂は、それが自分の呼吸の音だと気付いて、そこで初めて、自分が今まで息をしていなかった事実にようやく思い至った。
 むさぼるように息をした。
 薬の匂いに混じって、かすかに鉄の酸化した匂いがした。
 錆の匂いだった。
 何かが腐ったような匂いもした。
 死んだ動物の匂いに似ていた。

 腐った肉の、匂いだった。

「健司……?」
 ベッドに近付き、手を伸ばし、引っ込めた。
 頭も、顔も、首も肩も腕も、全部包帯に包まれていた。
 包帯は所々赤く、よく見ると大部分が黄色っぽかった。
 白いところの方が少ないような感じさえした。
 ベッドに横たわる「それ」の鼻から下は肌が露出し、口の中には白い樹脂製のパイプが差し込まれている。
 その唇は、ぞっとするような色をしていた。
 紫と言うより蒼。
 蒼と言うより黒に近かった。
 けれどその唇も鼻も、桂の見慣れた、愛しくてくるおしくて求めてやまない、幼馴染みで弟分で“初めての男”で、同時に“最後の男”と決めた「彼」のものに、間違いなかった。
 桂の唇が震え、体が吹雪の山岳に裸で立ち尽くしているかのように激しく震えていた。
 イヤな汗が、脇から脇腹に流れる。
 空調は、ちゃんと効いていた。

 何があったのか。

 何が起きたのか。

 なぜ、彼がたった一人で変わり果てた姿でこんな地下深くに横たわっていなくてはいけないのか。
 彼が何をしたというのか。
 『星人』の事を知ってしまったからか? それとも、桂と繋がったからか? 愛し合ったからか? もしそうならば、桂も彼と同じ咎を負うべきではないのか? 罰を受けるべきではないのか?
「健司……」
 涙が溢れた。
 唇を噛み締め、息を吸い込む。
 胸いっぱいに健司の血の匂いを満たす。
「なんでお前が……こんな……」
 『星人』のせいだろうか?
 彼等が何かしたのだろうか?
 もし『星人』のせいなら。
 彼等が自分の愛する者を傷付けたのなら。
「ボクは許さない……」
 たとえ相手がソラ先生でも。
 たとえ……母であっても。
 ベッドから出た彼の腕に右手を“そっと”触れた。
「ひっ……」
 “ずるっ”と包帯がめくれ、ピンクの瑞々しい色が覗いた。
 手に、“べたべた”するイヤな匂いの黄色っぽい汁が付着していた。
「……ぃい……」
 しゃくりあげるようにして呼吸をし、ぶるぶると震える右手を開いて指に付いた汁を見た。

 肉が、腐っている?

 その考えが頭に浮かんだ途端、桂の目から涙がぼろぼろとこぼれた。
 非現実的な事実に心が硬化して、べたべたした腐汁の付いた右手でシャツの上からやわらかな左乳房を掴んで捏ねた。
 鈍い痛みが乳房に走り、痛いほど膨らんだ乳首から針で刺されたような刺激が全身へと走り巡る。
「…………健司…………けんじぃ…………」
 ツンとした薬の匂いと呼吸器と電子音に包まれながら、桂はベッドに屈み込み、呼吸器から繋がる樹脂パイプを咥えた、黒く変色した恋人の唇に顔を寄せた。

 口付けたかった。

 こんな薬っぽい匂いではなく、肉の腐ったような匂いではなく、ただ彼の匂いを胸いっぱいに吸い込みたかった。
 彼の唇を感じたかった。
 ただ、それだけだった。
「健司……」
 無意識に、舌で唇を湿らせた。
 その時だ。

「人殺しッ!!」

 濡れて艶やかな唇が、彼のそれに触れるか触れないか。
 たったそれだけの、ほんのわずかな距離を残して、少女は横から突然腕を掴まれ、引き起こされ、突き飛ばされた。
 世界が回り、肩を、頭をしたたかに壁にぶつけ、一瞬視界が白く染まった。
「健ちゃんを殺す気ッ!?」
 浴びせかけられた罵声に、桂は床にへたりこみながら訳もわからず身を震わせる。
「なっ……」
 いつ部屋に入ってきたのか?
 それに全く気付かなかった事に、桂は動転して声の主を見上げた。
「出て行きなさいよ!」
「……え……なっ…………」
「まだわからないの!? あなたが健ちゃんをこんな風にしたんじゃないっ!!」

 激しい敵意だった。

 視線に人を殺す力があったならば、今、ここで、桂は確実に死んでいただろう。
 それほどまでに激しい敵意だった。
 「殺意」と言ってもよかった。
「玲奈……さん……」
「あなたなんかに名前を呼ばれたくないわっ!!」
 その、健司の従姉の高校生離れした美しい女性は、白い頬をさらに白くし、だが青味がかった白眼は充血して血走ってさえ、いた。
 美しい人であるのに。
 いや、美しい人だからこそ、その様子には鬼気迫るものがあった。
 鬼相だった。
 いつか、職員室の前で彼女に向けられたものと同じくらい…………いや、もっとずっと冷たく鋭い視線だった。
 あの時彼女は、「こんな声が出せたのか」と桂が驚くほど、低く暗い声で言ったのだ。

『いい気なものね。あなたのせいで』

 あの時の言葉は、その意味も理由も知らない桂の心を抉り、傷を付けた。
 けれど今の玲奈の発する言葉の冷たさは、あの時の比では無かった。

 怖い。

 向けられる悪意に萎縮し、ただ顔を上げることにさえとてつもない努力を必要とした。
「玲な……」
「……近付かないでっ…………寄らないでよ人殺しッ! なぜあなたなの?! どうしてあなたなのよっ!! どうしてあなたは健ちゃんを選んだのよっ!! あなたにはちゃんと用意された相手がいたのにっ!!」
 傷付いた子供を守ろうとする獣のように、ベッドの前で両手を広げて吠え、牙を剥き、威嚇する。

 訳がわからない。

 背中で健司をかばうようにして立ち、少女の視線から隠すように手を広げる玲奈に、桂は床にへたりこんだまま唇を震わせた。
 何を言ってるんだろう?
 ボクが健司を愛したことで彼が『星人』にこんなふうにされてしまったとしたら、もしかしてそのことを、彼女は知っているのだろうか?

 なぜ?

 なぜ彼女が『星人』の事を知っている?

 健司が話した?

 まさか。
 あいつがむやみに秘密を人に話すはずがない。

 では、どうして?

 思考が答えに至る事も無いまま巡り、震えはいつしか全身へと至った。
 壁に背中を預けながら立ち、玲奈の顔を見て、シーツを盛り上げる健司の体を見た。
 ちりっと、視線に焼かれたような気がして視線を戻せば、すぐに左の頬が熱くなった。
 続いて焼け付くような痛みがじわりと広がる。
「あ……」
 ひっぱたかれた……と気付くまで、3秒かかった。
 桂はそれだけでひとたまりもなく萎縮し、再びずるずると壁に沿って座り込んでしまう。
 じんじんと頬が熱く、頭がくらくらした。
 ぶたれたというその事実より何より、明確な悪意を具体的な形でぶつけられた事の方がショックだったのだ。

 そもそも、なぜここに彼女がいるのだろう?

「いまさら何しに来たの? あなたがここに来る資格なんてあると思うの?」
「…………ど、どういう……」
 冷たい目で、まるで地面を這い回る虫でも見るように見下ろされ、桂はひんやりとした白壁に背中を預けたまま呆然と玲奈を見上げた。
 逆光の中で玲奈の目は、冷たく輝いていた。
 怖い。
 桂は単純に、そう思った。
 そんな桂に対して憤り、さらに何か言い放とうとした彼女の腕を、背後にあるドアから入ってきた人影が取った。
 それは壮年の男性で、桂の記憶が正しければ玲奈の父親のはずだった。
「玲奈……やめなさい……圭介君…………今は桂さんか……この子には何の責任も無いんだ」
「どうしてっ!?」
 さらさらとしたショートボブの髪を振り乱し、しなやかな体をよじって父親の手を振り解くと、彼女は地団駄を踏む幼子のように右足でリノリウムの床を蹴った。
 その振動と音に桂は“びくっ”と身を震わせる。
 今はこの女性(ひと)の狂気じみた敵意だけがひどく怖かった。
「全部この子のせいじゃない! この子が健ちゃんを好きになったからじゃないっ!!」
「玲奈……」
「教えてあげる。全部教えてあげるわ」
 父親の悲しそうな瞳に構わず、玲奈は訳もわからずに脅える桂に向かって屈み込み、美しい唇に歪んだ笑みを浮かべて少女の華奢な左腕を掴んだ。
「いたっ……」
「痛い? 痛いですって? こんな事くらいで?!」
 桂の発した言葉が、更に彼女の激しい憤怒の炎に油を注いだようだった。
「健ちゃんが学校でどんな目にあってたか知ってた? 体中傷だらけで、痣だってたくさんあるのよ!? めちゃくちゃされてないノートとか教科書なんて無いし、クラスで健ちゃんの味方なんて誰もいなかったし、ひどい事も言われてた。もっとひどい事だってされてた。健ちゃんの制服が2回も変わったこと知ってた? 健ちゃんの靴が4回も変わってたの知ってた?」
「あ……痣?」
 桂の脳裏に、健司の顔にあった痣が浮かんだ。
 いつだったか、桂が彼に「告白」しようとキュロットスカートを履いて向かった公園での事だ。
 あの時、健司は桂に
『寝坊したから走って来たら、人にぶつかった』
 と言わなかったか?
 それに、校内なのに生徒用の白い上履きではなく教員用スリッパを履いてり、時には制服ではなく体操服のジャージを着ていた事もあった。
 あれは全部、健司が学校で誰かに何かをされて……“いじめられていた”という事なのだろうか?
『いじめ……? ……健司が??』
 その二つの単語が、桂の中ではちっとも繋がらない。
 体も大きく、逞しく、水泳部のホープで人柄も良い。そんな健司が誰かからそんな仕打ちを受けるという事自体が、桂には信じられなかった。
 だとしたら、他に何か原因があるはずだ。
 そしてそれは、桂の他には考えられなかった。
 思えば、健司はE組の連中を異常に警戒していた。
 E組の房田という、あまり顔も覚えていない男子生徒に告白された日だってそうだ。

『けーちゃん、E組の奴に告白されても、絶対にOKしちゃダメだよ?』

『俺の言うこと聞いてよ。告白されてもOKしちゃダメだからね? それと、2人きりで会ってもダメ』

 あの時は健司の目が真剣過ぎて怖くて、あまりにも逼迫していて、彼“らしくなさ”が桂の態度を硬化させてしまった。
 掴まれた両肩の痛みが、恐い顔で睨まれた事が、辛くて怖くて、哀しかったのだ。
 それに、桂がE組に会いに行った時も、クラスメイトや河野内に対する警戒は尋常では無かった。
 彼等から、健司は護ってくれていたのだろうか?
 その方法はわからないけれど、そのせいで、痣が出来たり、子供っぽい……けれど心を挫くにはひどく効果的な「いじめ」を受けてしまうような手段で。
「あの子は何にも言わないからずっとずっと平気な顔してるから私はつい最近まで全然気付かなかった。なのにあの子の一番近くにいた貴方がどうしてわからなかったの?!
 どうしてわかってあげられなかったの?
 気付いてあげられなかったの!!?」
「玲奈っ……」
「離してっ……この子にはちゃんと言わないとわかんないのよっ! この子は聞く義務があるわっ!!」
「いや、玲奈……桂さんは……」
「いい? あの子は何も話さないけど、きっとどこかでサインを出してたはずよ!
 あなただけにはわかるような印を出してたはずなのよ!
 だってあなた、健ちゃんが好きなんでしょう!? 好きだったんでしょう!?
 好きな相手がいつもと変わってたら普通気付くわよ! 気付かないとおかしいわよっ!」

 そうだ。

 制服も、上履きも、痣も、水泳のタイムが目に見えて落ちた事だって、健司が桂に隠そうとしても隠し切れない“サイン”だったはずだ。
 自分の事に精一杯で、健司の向けるいつもの笑顔に隠された、彼の苦しみや苦悩にはこれっぽっちも気付かなかった。

 いや、ちがう。

 気付こうとさえ、しなかったのだ。

「そんなひどい目にあってても、あの子はずっとあなたをかばってた。あなたを護ろうとしてた。いつだってあなたが一番だった。あなただけが一番だったのよ。なのにあなたは能天気に学校に行って能天気に女やってて、それであの子を責めたのよね? 笑ったのよね? どう? 今の気持ちは。楽しい? 嬉しい? どう? あなたはね、自分がこの子を護ってるつもりで実はずっとずっと大事に大事に護られてたことに気付いてないだけだったのよ? どう? どんな気持ち??」
「もうやめないかっ」
 玲奈の父は、唾を飛ばし激昂する娘の腕を取り、強引に引き起こした。
「もう離してよっ! 最後まで言わせて! 私はこの子に全部言っておかないと気が済まないの!
 じゃないと……健ちゃんが可哀想すぎるっ!!」
 引っ張られないように両脚を踏ん張ってその場に留まった玲奈は、青い炎の灯った瞳で桂を射た。
「それなのに健ちゃんはあなたのために無理をして、体だってめちゃめちゃなのにあなたに心配かけたくなくてずっとずっと私にも黙っててくれって頼んで、学校も部活も休まないでいつもみたいに平気な顔してそれでこんな事になったんだわ! どうして気付いてあげられなかったの!? 健ちゃんが好きなんじゃなかったの!? あなた結局、自分の事ばっかりじゃないっ!!」
「そ……そんな……ボクは……」
「あんたが健ちゃんをこんなにしたのよ!? あんたのせいなんだから! 人殺し!! 健ちゃんが死んだら、私はあんたを許さない! 一生許さない!」
「玲奈っ!」
 肉を打つ音が病室いっぱいに響き、玲奈は顔を伏せてじっと床を睨んだ。
 激昂した玲奈の頬を、とうとう父親が張ったのだ。
 その音の激しさに、桂は自分が叩かれたかのように身を強張らせた。
「やめなさい。健司くんのそばじゃないか。これ以上……」
「…………離して……」
 父親の腕を振り解き、玲奈は髪を振り乱したまま床を睨み続けていた。
 伏せた顔を覆うボブの髪が、彼女の表情を隠している。
「もう……気が済んだから……」
 しん……と静まり返った病室の中で、玲奈の靴が床を擦る“きゅっ……”という音だけが、やけに大きく響いた。
「ごめんね……健ちゃん……」
 玲奈の白くて華奢な手が健司の頬を、肉が崩れないように、優しく撫でる。
 その仕草は、まるで病床の幼い我が子を想う母のようだった。
 けれど、伏せた顔を隠す黒髪の合間から覗く彼女の目は…………桂をこのまま殺したくて仕方無いとでも言いたげな光を湛えて、どうしようもないほどの恐ろしさを纏ったまま、静かに少女を見据えていた。
「あなたなんか……健ちゃんに好きになってもらえる資格…………無いわ。そんなものあるわけがない。
 …………あなたが健ちゃんの代わりに死ねばいいのに」
 ぞっとするような声音だった。
 冷たい水の底から呼ぶ死者の声のように、もはや何の感情もこもっていない、怖いくらいに透明な声だった。
「死ねばいいのに」
 もう一度だけポツリと呟くと、彼女はまるで生気の無い足取りで部屋を出ていった。
 後に残された彼女の父親は、まだ壁に背を凭せ掛け床にへたり込んだままの桂に軽く頭を下げると、何も言わずに娘の後を追う。

 少女は、ただぼんやりと2人の後姿を見送る事しか、出来なかった。

         §         §         §

 自分のせいで、健司がいじめられていた。
 日々追い詰められ、肉体的にも精神的にも疲弊し、苦悩していた。
 なのに自分は、自分の事ばかり考えて、まるで気付く事が出来なかった。
 その事実を、少女は愛しい彼の眠るベッドの横に立ち尽くしたまま思い返していた。
「けんじ……」
 あの、愛を確かめ合ったラブホテルで見た、痣だらけの健司の身体が、桂の胸を締め付けた。
 血と膿にまみれた包帯に巻かれ、ベッドに横になる彼の体には、まだあの痣が残っているのだろうか?
 シーツから出た腕は、包帯から覗く部分だけを見ても浅黒く変色し、静脈が浮き出て、健康的に日焼けした水泳部員のものではない。
 なにがあったのか。
 いくらいじめられてたとしても、体がこんな風になるはずが無い。
 けれど、きっとこれらは全て自分が原因なのだろう。
 いじめも、体調不良も、こうして体が崩れかけているのでさえ、きっと自分が原因なのだろう。
 でも……


 どうして健司はそこまでしてくれたんだろう?

 そうしてボクなんかのためにそんなふうに護ってくれていたんだろう?


 勝手に涙がこぼれ、顎を伝ってシーツに落ちた。
 ごしごしと右手で涙を拭い、鼻を啜った。
 頭がガンガンと痛くて、玲奈に引っ叩かれたほっぺたが熱くて、目の奥が熱くて鼻の奥がツンとして、桂は自分の「決意」の証であるスカートを両手で“ぎゅっ”と握り締めた。
『ボクは……』

 ボクは、健司のオンナだ。

 健司は、ボクのオトコだ。

 その決意としての「スカート」であり、それはつまり男だった自分への完全な決別と、何があっても自分が健司を護り、助け、そして癒してやるのだという覚悟のカタチであった。
『健司はボクが護る。もう、誰にも何もさせない。もう、離れない。ずっとオマエのそばにいるから』
 力の入らない、包帯に包まれた健司の大きくて少しひんやりとした左手を両手であたためるように包んで、桂は無理矢理に微笑んでみせた。
 それは愛する男に対する、揺るがない想いを込めた、切ないほど優しい微笑みだった。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/32090156

この記事へのトラックバック

★足跡代わりにポチッとしてってくださいな★