■感想など■

2009年09月15日

第22章「暴かれた本当の嘘」

■■【3】■■
 白い部屋の中で、真実は静かに、ゆっくりと、桂の感情の波を捉えるように語られた。
 熱くも寒くもない。
 湿ってもいず、乾燥し過ぎてもいない。
 だのに、桂の額には汗が浮かんでいた。


「お前はまず、自分が私達『星人』にとってどれだけ大切な存在なのか自覚して欲しい」
 そう前置きのように美智子に言われた桂は、何をいまさら……と、一瞬拍子抜けしたように薄く口を開け、それから不意に眉を顰めた。
 美智子は、そう言う事で彼女達『星人』のスタンスを桂に示したのだ。
 以前、美智子自身が言っていた

『子供を護るのは親の義務だ。
 子供を護るのは種の責任だ。
 だから私達「星人」は、お前を全力で護る。
 言っておくが、「星人」にとって地球人の常識や法律や慣習や宗教や、その他もろもろの“お前を縛る全て”など、紙屑同然だ。そんなものは鼻をかんで丸めてゴミ箱に3メートル先から投げ入れてやる。それを拒む事は出来ないし、する権利を与えた覚えも無い。
 私達はお前を護るためなら命を奪う以外の事は何でもやる。
 それを覚えておくといい』

 今思い出しても物騒な考えだ。
 しかしそれも彼等の境遇と悲願を思えば、わからなくもなかった。 『星人』は地球人達の中で、自分達の血(遺伝形質)……生きた証(あかし)を残そうとしているのだから。
 それも純血種同士による遺伝子交配ではなく、地球人との間に自然発生的に成した子孫で。
 そうして出来た子孫が代を重ねるごとに、やがて『星人』の血は薄まり、広がって、地球人と完全に融合し、その時初めて彼らはこの星の住人となるのだろう。
 もう故郷に帰ることの出来ない「人々」が求めた、もう一つの故郷。
 地球。
 この星に、自らの命の証(あかし)を遺(のこ)す。
 そのための、子供。
 それが桂なのだ。
 だからこそ桂には、彼らの希望が、期待が、願いが、かけられている。

 ――子を成すこと。

 彼等『星人』が最も願い、最も渇望しているのは、純粋な意味での「桂と地球人との子供」なのだ。
「前にも話したと思うが、この街はお前のためだけに作られた街だ。
 街自体は以前より存在していたが、現在の形にしたのは、お前がこの街の病院に運び込まれ、家族ごと引っ越してきてからの事だ。
 私達はコミュニティの力を駆使し、お前が生きやすいように街を変え人を集め、環境を整えていった。
 必要な土地を確保し、協力者を集め、コミュニティが動きやすいように行政にも手を入れた。
 それにはもちろん、お前の通った小学校や中学校、それに今お前が通っている高校も入る。
 お前は会った事が無いかもしれないが、あの高校の前の理事は、お前の父……善二郎の母だ」
「……オヤジの母? ……ってことは、ボクのお祖母さん!?」
 桂は、数年前に亡くなった……らしい、父方の祖母の名前を思い出そうとして、思い出せない自分に気付いた。
 「らしい」というのは、今まで一度も会った事が無いからだ。
 小学校の時に、何度か父に聞いた事があったけれど「海外を点々としてて俺も十年に1回くらいの確率でしか会えないな。レアキャラだ」とか「アフガン紛争の時に生き別れて以来、思い出したように手紙をくれる奇特な人だ」とか「親父の死んだガダルカナルでガイドをしてる」とか、嘘としか思えない答えばかり帰って来るので、そのうち聞く事をやめてしまった。
 いつしか桂は、自分には祖父母というものが存在しないのだと思い込むようになっていたのだ。
 その裏には、父がこうまで煙に巻こうとしているというのは、やはり聞かれたくないからなのだろう……という意識が働き、結果として桂は、自分を、自分が納得出来る理由を自ら用意する事で思考停止に追いやっていたのだった。
「……生きてるの?」
「ああ」
「ええっ!?」
「お前は会った事があるんじゃないか?」
「え?」
 きょとんとした顔の桂に、美智子の口元が少しだけ笑み上がった。
「……彼女の実家はこの街でもそれなりに力を持った旧家でな。16でお前の父を産んでからは旧姓に戻って実家で暮らしている」
「この街にいるの?」
「旧姓は、『杉林』って言うんだが」
「……へ?」
「確か、お前の所属している『美術部』の前の部長が「杉林素子」と言ったよな。
 彼女の母として、お前とは一度顔を合わせているはずだ」
 桂は絶句し、馬鹿みたいにぽかんと口を開けたまま、美智子の顔を見た。
 嘘を言っているようにも見えないし、第一、嘘を言って美智子に利のある話とも思えない。
「先輩の…………お母さん……」
 少女の脳裏には、杉林先輩の家に行った時に目にした、白いものが大分混じった上品な老婦人の柔和な顔が浮かんでいた。
「け、けど、オヤジは今年で42だから、16の時に産んだなら、ええと、もう58でしょ!? 先輩は18だから、じゃ、じゃあ先輩は50の時の子供…………というか、いくらなんでも58歳には見えないよ!」
 両手を軽く握ったまま胸の前で上下に揺すり、桂は目を見開いて美智子を睨んだ。
「……落ち付け」
 綿シャツの下のノーブラおっぱいが桂の動きに合わせて“ゆっさゆっさ”と揺れるため、ついそちらの方に目が行ってしまう。
 美智子は苦笑して、大きく息を吸うとゆっくりと目を瞑った。
「……あの子は養子だよ。だからお前の父親とは血の繋がらない兄妹って事になる。お前とは叔母と姪の関係だな」
「先輩が……叔母さん!? …………で、でも先輩のお母さんは……」
「とても58には見えない……か?」
 美智子の落ちついた声に、桂はこくこくこくっと頷いた。
「彼女は、かなり薄まってはいるが、『混じり』だ」
「『混じり』?」
「ああ。涼子さまに聞いた事は無いか? 善二郎にも、私達の“血”が少しだけ混じってるって」
 桂は、もうずいぶんの事を思い出していた。
 あの時……男から女へ肉体が変わる際の高熱から目覚め、母から自分の出生や母自身の正体、そして『星人』のことを聞いた時に、彼女から聞いた言葉を。
『オヤジも星人なの?』
 そう聞いた桂に、母はこう言わなかっただろうか?

『純血種じゃあないわ。遠い遠い昔に、仲間が自分の因子を組み込んで産み出した人達の子孫よ』

 つまり、父は……祖母は、いや、父の実家である「杉林」の血統は、数百年前に『星人』のテクノロジーによって生み出された、『星人』と地球人とのマトリクスを不完全に受け継ぐ「桂の失敗作」から連なる一族…………ということなのだろうか?
「……失敗作という言い方は聞こえが良く無いな。彼等の中に不完全因子があったからこそ、お前を生み出す際に涼子さまの『マトリクス・スフィア(恒久的遺伝情報)』との『融合』が成功した……と言えなくもない。そう言う意味では基礎体(ベース)と言った方が良い」
 けれど、言葉を変えても結局は桂を生み出すために利用する事が出来た“過去の不完全体の子孫”……という位置付けが変わるわけではない。
「融合……」
「お前は、私達が……涼子さまがようやく手に入れた、『星人』と地球人の「完全融合体」なんだよ。過去にも、そしてきっと未来にも、お前のような存在はきっと生まれないだろう……ってくらいの、な」
「完全融合体……」
 桂にはもう、美智子の紡ぐ言葉をなぞる事しか出来なかった。
 話が大き過ぎる。
 自分の存在が、他の数百、数千の血の連なりの末に生み出された至高の存在なのだ……と言われ、はいそうですかと納得出来るはずもない。
「お前以外に『星人』の因子を持つ人間は、全て『混じり』と言って良い。けど、基本的に『混じり』は、『星人』の因子の影響で、普通の地球人より肉体の老化は緩やかなんだ」
 桂は自分に向けた、おっとりとして優しげな老婦人の、たまらなく愛しい者を見るような瞳を思い出していた。
『貴女が来てくれる事が、何よりの御礼よ』

 あれは、祖母が孫に向けた眼差しだったのか?

 単に桂の事が気に入ったというだけの理由では無かったのだろうか?

「善二郎に涼子様の情報を与え、チベットまで行かせたのはあいつの父親……つまりはお前の祖父なんだが、彼はお前が生まれるずっと前に亡くなっている。『星人』の力を求める者達のせいでな」
「……殺された……の?」
「私達は過ちを犯さないように、彼女の情報は『星人』のコミュニティのデータからも抹消され、完全に死んだものとして処理する事にした」
 美智子は桂の質問には意図的に答えなかった。
 けれど、それが何よりも答えを雄弁に語っていた。
 細い体に対してひどく不釣合いに実った豊かなおっぱいの下から、溜まった汗が、つう……と脇腹を伝って落ちるのを感じる。
 完璧な室温調整の中で、桂は全身が汗ばんでいるのを意識した。
「善二郎自身もそう信じているだろうし、私達もそう振舞ってきた。彼女自身の記憶も操作して、昔、自分が善二郎を産んだ事さえ覚えていないはずだ」
「どうして……」
「彼女には普通に生きて、普通に死んで欲しい。それが涼子様の願いだったからだ」
「……だった?」
「ただ一度だけ、彼女との接触を断ってから一度だけ、涼子様と善二郎がお前を産むために彼女の肉体の一部を提供してもらった事がある」
「肉体の……一部?」
「涼子様から聞いた事は無いか?」
「……あ……」
 桂は、母が桂自身の出生の秘密を話した時の、ちっとも母親らしくない若々しい顔を思い出した。

『仲間が協力してくれて、善ちゃんのお母様から卵細胞を頂いたの。
 お義母様が閉経される前で良かったわ。
 あ、これはお義母様自身にもヒミツなんだけどね』

 あの時、桂は呆れた顔で
『おいおい。今度はキャトルミューティレーションですか?』
 などと思っていたわけだけれど、あながち外れていたわけでもなかったのだ。
 つまり、杉林先輩の義母は父善二郎の実母で、桂の祖母で、そして桂の卵子提供者でもあるという事になる。
「お前が思うよりずっとこの街は、お前のために動いている人間に満ちている。
 そして、お前のためだけに生まれてきた者もまた、多い」
「ボクの……ためだけ……?! ……」
 美智子は桂の顔を正面から見て、それから決意したように目を閉じた。
 今から話す真実は、ひょっとしたら永遠に桂には明かさない方がいいのではないか? と思わなくも無い。
 けれど……もう遅い。
 遅かれ早かれ、いずれは何もかも話さなければならないのだから。

 桂が涼子さまの遺志を継ぎ、『星人』の子として我等を導いて行く立場だということを、ハッキリと自覚させるためにも。

「お前の身近な人間に、年齢より遥かに成長が遅い者はいないか?」
「え……? ……なに…………」
 わけがわからない……といった顔の桂が、不意に眉を顰めて身を強張らせた。
 信じられないものを見たような目で、美智子の瞳を凝視する。
 美智子はゆっくりと頷くと、
「たぶん、お前が今思い浮かべた人間もまた、『星人』に連なる者だ」
 一語一語区切るようにしてゆっくりと告げた。

「…………由香……? ……」

 泣き笑いのように顔を歪めた桂に、美智子はそれとわからないくらいかすかに頷いてみせた。

         §         §         §

 川野辺由香は、桂のためだけに創られた人間だ。

 桂はそんな美智子の言葉を、どこかフィクションから流れてくるものように感じていた。
 点けっぱなしのテレビ。
 街頭の有線。
 美容室のラジオ。
 そんな、なんとなく耳に入ってくるけれど、どこか遠い声。
 こんなのは現実ではない。
 現実であるものか。
 目を見開いたまま、ゆるゆると顔を下げた。
 真っ白い床が見えた。
 どこまでも白く、光を反射しない床が。

 美智子は言う。

 由香は、桂(圭介)と子供を作る(地球人遺伝形質との更なる融合)ために創られた人間であり、最初から『圭介』に「恋」するように遺伝子レベルで調整されていた。
 なぜ、由香か?
 なぜ、女の子か?
 それは、桂の最初の「変体兆候」のきっかけである初恋の相手が、女の子だったからだ。

 つまり、最初から惹かれ合うように調整されていたからこそ、由香は圭介を「選んだ」のだ。

『――ね、知ってた? 私、ずっとずっとずうううっと、けーちゃんが好きだったの。
 ちゃんと男の子として、大好きだったの。
 けーちゃんはもう覚えてないかもしれないけど、けーちゃんが転校してきたその日から、ずうっと好きだったの。隣の席になって教科書見せてあげた時から、ずうっとずうっと、好きだったの。
 初恋だった。
 けーちゃんだけ、見てた。
 けーちゃんが私の事見てなくても、私はけーちゃんだけ見てたの』

 あのシャワールームで泣きじゃくりながら告白した彼女の小さな体のぬくもりを、桂は思い出していた。
 涙に濡れた切なく哀しい由香の告白が、耳に蘇る。
 それが、全て嘘。
 彼女自身の意志によって導かれた「初恋」などでは、無かった。

 彼女は自分で桂を選んだつもりだったのかもしれないけれど、実は、何もかも『星人』によって最初から決められていたのだ。

『私もね、けーちゃんには、どこを触られても、ちっともイヤじゃなかったよ?
 健司くんもそうなんだけど、健司くんの場合はちょっと感じが違うかな?
 けーちゃんが触ると、なんだか『ほわわん』ってなるの。
 あったかくなって、ドキドキするの。
 今だから言うけど、私、けーちゃんの事が好きだったから、大好きだったから、
 だからきっと、触られるとあんな風になったんだと思う』

 ――なんて滑稽なんだろう。

 由香の「恋」は、最初からそう決められていたからそうなっただけの、言ってみればコンピュータのプログラムみたいなものだったのだ。
 小学校で初めて出会ってから紡いできた幼馴染みとの想い出が、どんどん色褪せてゆく。

 『圭介』のためだけに生み出された命。

 『圭介』の子供を産むためだけに恋を用意された命。

 いくら『圭介』が『星人』にとって大切な存在だからといって、果たして『星人』にそこまでする権利があるのか?
 人として許されるのか?

 いや。

 『星人』は「人」ではない。
 地球の人間の常識や倫理など、全く気にも留めない存在なのだ。
 それを痛切に感じる。
 似ていて非なる存在。
 それが『星人』。
 それが、自分の親であり目の前の女性であり、自分の半分。
 目的の為なら、人の人生などどうとでもしてしまう事に躊躇いも無い存在。

 気持ち悪い。

 吐き気がする。

 それでも、言葉も無く俯きながら聞いていた桂の耳を、次々と美智子の言葉が流れてゆく。
 由香の肉体は自然発生種と基本的に変わらないはずだったが、エネルギー効率が非常に悪く、肉体の維持には膨大なカロリーが必要だったこと。
 彼女が体の小ささに似合わない大食いで、成人男性と変わらないほどの食料を摂取するのは、そうしないと身体機能に異常が出るからだということ。
 そして。

 桂が健司を好きになったため、選ばれなかった由香が『ガーディアン』として目覚めたこと。

「ガーディ…………アン?」
 のろのろと顔を上げる桂に、美智子は表情を全く動かさずにゆっくりと頷いた。
「本来、お前が不安定期を過ごし成長する過程で無防備となる肉体面や精神面をガードする存在だ。
 生活の、プライベートの深い部分まで入り込み、日に影にそれとなくお前を護り続ける。
 女であれば女の。
 男であれば男の。
 『ガーディアン』は乳幼児のレベルでお前の遺伝子との適合率を元に選別され、調整を受けた数十人の中から選び出された者達だ。本人にその自覚は無く、お前に対しての無条件な好意と保護欲を遺伝子レベルで擦り込まれている」

 美智子の言葉に、桂の瞳が見開かれた。

 そこには理解の光があった。

 痛みがあった。

 決して気付きたくなどなかった事実に気付いてしまった、魂を引き裂かれるような痛みが、在った。

「……そうだ」
 美智子は、全ての感情を殺ぎ落としてしまったかのような顔で、桂の顔を見やった。
 そこには今まで慣れ親しんだ、空山美智子という地球人の顔は浮かんでいない。
「ガーディアンは」
「……だ、だめ……」
 言いかけた彼女の言葉を、桂の青褪めた唇から出た言葉が遮る。
 聞きたくない。
 言ってはダメだ。
 それでも、美智子はやめようとはしなかった。
「……ガーディアンは、肉体性差の固定化する前のお前のために、男女一対で選ばれている」
「だめっ! ……やだっ!!」

 言うな。

 ボクにそれを聞かせるな!!


「健司は、お前のためだけに生み出された……もう一人の『ガーディアン』だ」


 桂はしゃくりあげるようにして息を止め、いやいやと首を振る。
 その瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれはじめていた。
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