■感想など■

2009年09月25日

「隙間から」〜ゆめうつつであそぶ〜

■■【1】■■
 うとうとと眠る朝の満員電車。
 神楽坂美樹(かぐらざか みき)は、上下車扉の横にあるメタリックな取っ手に掴まり、器用にも立ったまま夢現(ゆめうつつ)の中にあった。
 もちろん、完全に眠ってはいない。
 かといって覚醒しているわけでもない。
 満員電車であるという欠点を逆に利点として、時折起こる車体の揺れと共に、周囲の人間に疎ましがられない程度に人波に身を任せたりもする。
 背中の中ほどまであり、彼女の自慢でもある艶やかな長い栗色の髪はダウンジャケットの中に入れてあるため、冬の寒気から背中を守る…いわば天然の防寒材となっていた。
 けれど、今はその暖かさが少し仇となっている。
 ――少し、暑い。
 暖房が強いのか、密集した乗客の人いきれがそうさせるのか。すべすべとした白くて滑らかな彼女の額にも、うっすらと汗が浮いていた。
 彼女は、乗車前にジャケットの中に髪を入れたことを少し後悔したものの、かといって前のようにハゲオヤジの整髪料がべっとりと付くよりはマシだと思い直し、小さく息を吐く。
 朝だというのに、ブラのストラップがキツく食い込んだ肩が、もう痛くなってきていた。こうして長時間立っていると、いけないと思いながらも自然と背中を丸めるような猫背になってしまう。
 胸が、重たいのだ。
 黒いダウンジャケットから垣間見えるクリーム色のセーターを、内側から思い切り押し上げる彼女の胸のヴォリュームは、欧米人並みに“かなりなもの”だった。
 実際、父方の母親が北欧の血を引いていて、若い頃はかなりの美貌と豊満な肉体を誇っていたと、美樹はその祖母自身から聞いた事があった。その血が美樹の中で生きているのか、彼女は日本人にしては肌も白く顔も彫りが少し深かった。
 そうした若干日本人離れした美貌に、今は更に黒のメタルフレームの眼鏡を掛けているため、どこかキツくて冷たい印象を周囲に与えている。
 その上、彼女は背がそこそこ高く、167センチあるのだ。
 踵の低いパンプスではなくハイヒールなどを履き、ドイツ軍の女性士官服などをキチッと着込んだなら、グラマラスなボディと相俟って少々後暗い趣味の人が素っ裸で跪いた上、喜んで足を嘗めそうな…そんな雰囲気さえあった。
 だが、今彼女が身に着けているのは黒のダウンジャケットに、襟刳りがゆったりとしたクリーム色のセーター、そして膝上2センチほどの「長い」タイトスカートにストッキング、ダークブラウンのパンプス…という、やや地味な出で立ちだ。
 そんな地味な外見にも関わらずヴォリュームたっぷりなバストは、同じ車内にいるどんな女性より強烈なセックスアピールを放っていた。
 彼女は全体のシルエットがほっそりとしており、手首も足首も細く頬もすっきりとしているため、その日本人としてはいささか大き過ぎるヴォリュームは、単なる「肥満」ではなく「豊満」なのだろうと容易に想像出来る。
 「肥満」と「豊満」は純然と異なるものだ。
 クリーム色の柔らかなセーターは、彼女のその豊満さを、よりクッキリと際立たせている。
 欧米には胸の大きな女性に対して『セーターガール(Sweater Girl)』という隠語があるとおり、セーターには女性の胸を大きく見せる効果がある。まるで立体裁断されたオーダーメイドのチャイナドレスのように身体にぴったりとフィットして、その凹凸を余すところ無く明確にしてしまうためだ。身体にフィットするという意味ではダイバースーツなどもその例に漏れないのだが、セーターの方がシルエットがやわらかく、女性らしいラインに見せるためより艶かしく見えてしまうのかもしれない。
 メタリックな取っ手を胸に抱えるようにしてしがみ付き、カーブに差し掛かった電車の揺れに身を任せていると、時折強烈な視線を感じる事があった。
 「見られている」という感覚は、人が言うほど鈍いものではない。
 特に美樹のように人並み外れて豊満な乳房の持ち主であれば、周囲の男性が自分のどこを見ているのかすぐに知覚してしまうのである。
 時々、女友達にさえ自意識過剰だと笑われもするが、実際、今も夢現から覚めて顔を上げれば慌てて顔を背け、目を瞑り、次の駅が目的地であるかのように下り支度を始める男性が視野に入ってくるのだから仕方ない。
 そして彼女は、自分が同年代の同じ職業の女性と比べても、十分に美しく魅力的であるということを、ちゃんと理解している女性だった。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/32386261

この記事へのトラックバック

★足跡代わりにポチッとしてってくださいな★