■感想など■

2009年10月05日

[TS]「この残酷で優しい世界の中で」〜あなたがつなぐあたしのこころ〜

■■【1】■■

 どこからか、カレーの匂いがしていた。

 夕暮れ。
 河原。
 河川敷の土手。
 昼間の熱気を含んだ草いきれ。
 かすかな冷たさが忍び込んだ肌寒い風は、夏が終わろうとしていることを感じさせる、どこか物悲しいものだ。
 そこに、一人の少女が膝を抱えて座り込んでいた。
 乳白色のサマーセーターにブラウンのミニスカート。
 脚には可愛いダークブラウンの革のブーツ。
 細い首筋に細い足首。
 なだらかで素直な肩から腰までのラインは、基本的に少女が細い体付きをしているのだと想像出来た。
 そして艶やかな黒髪は、肩口で思い切りよくバッサリと揃えられていた。
 眉が太くて鼻がほんのちょっぴり上を向いていて、ぷくぷくしたほっぺたと引き結んだやわらかそうな唇がまるで年端もいかない少年みたいだ。
 それでいて、薄桃色のカチューシャが、異性を意識し始めた頃の幼い少女の面影を残していて。
 気が強く快活そうでいながら、全体的にひどく可愛らしい雰囲気の女の子だった。
 けれど膝を抱えててもわかる、サマーセーターを思い切り内側から押し上げている胸のヴォリュームは、彼女の体付きと可愛らしい顔立ちにはひどく不似合いだった。
 そんな可愛らしい女の子が膝を抱えて、世の中の全てを斜め下から見上げるような、そんな拗ねた目付きで見詰めているのは、遠くにたなびく煙突の煙。

 ――知ってる。

 あれは10歳の時まで住んでいた4丁目の、村松さんとこの『松の湯』の煙突だ。
 6歳の時に同じ町内の“子ども会”で、家から2軒西に住んでいた幼馴染みの男の子にそそのかされて二人で登り、消防車まで出動するくらいの大騒ぎに発展した挙句、親や町内会役員や果ては学校の校長にまでこっぴどく叱られた記憶が、おぼろげにまだ残っている。あの時はかなり上まで登ったような気になっていたし、実際、大人達があれだけ怒るのだからそれはもうスゴイところまで登ったに違いないと固く固く信じていたのだけど、実際は地上から10メートルも上がっていなかったのにはひどくガッカリしたものだ。
 あの時のきっかけも、その幼馴染みの男の子――城山和敏(しろやま かずとし)が言った「煙突の上から○○○を飛ばしてみないか?」という言葉だった気がする。
 何を飛ばそうとしたのか、今となっては紙飛行機だったのかゴム動力飛行機だったのか、はたまたプラスチックのフリスビーだったのか、それはもう定かではない。
 ただ重要なのは、きっかけがあの和敏(馬鹿)の言葉だったということだ。
 そういえばあの頃はいつもいつでも、トラブルは彼が持ってきていたような気がする。

 そして、今回のきっかけも、和敏が言った「旅行に行かないか?」というほんのささいな一言だったと思う。

 その言葉を聞いたのは、学校帰りに彼の部屋で晩御飯のカレーを作ってあげている時だった。
 親元を離れ、独り暮らしをしている和敏のアパートは駅から遠い住宅街に佇み、安っぽい青い屋根がやけに目立つ、築15年のボロだ。換気扇は油で汚れて変な匂いがしたし、憎たらしい“茶色いあんちくしょう”がたまにコンニチワするし、壁が薄いから隣の部屋の人声が筒抜けだし、ちっとも良い所が無い。
 それでもしょっちゅうこのアパートを訪れたのは、“一応”和敏の幼馴染みで、“一応”彼女で、“一応”この人となら将来一緒になってもいいかな?なんてことを夢見ていた少女にとって、ひょっとしたらひょっとすると高校卒業と同時に自分も住むかもしれないそのアパートに出入りするのは、いつしか至極当然の事のように思っていたからかもしれない。

 ――恋を、していたのだ。

 かといって、そこには思春期にありがちな盲目的な性の暴走などはなく、二人は今時の高校生にあるまじき素朴な純粋さで、今日まで“性交渉”と呼ばれるものはキス一つすらしていなかった。
 偶然にも(?)二人は帰る方向が同じなため、もちろん学校の行き帰りは一緒だし、周囲に知人がいなければひっそりと手も繋いだりなんかしてしまうし、時にはメールに可愛らしくハートマークなんか飛ばしてみたりなんかする、まるで小学生でさえとっくに卒業してしまっていることをドキドキしながら日々の密やかな楽しみにしているような、彼女は、そんな女の子だったのだ。

 そんな彼女が、和敏(恋人)の言う
「卒業したら旅行なんか滅多に行けなくなるから、卒業前に旅行…いっそ海外に行ってみないか?」
 という、“聞きようによってはプロポーズとも取れなくもないかもしれない言葉”に賛同したのは、それまでずっと“おあずけ”をさせていた彼への後ろめたさがあったのかもしれない。
 正直に言えば、彼女は男の子に触れるのが、触れられるのが、近くに長時間立たれるのが、たまらなく“恐い”のだ。
 彼女に近付ける唯一の男性は父親を除けば和敏だけであり、和敏だけには彼女も心を許していた。
 でも、手を繋ぐ以上の行為は、和敏相手でもまだまだとても勇気が持てず、結果、彼の好意に甘える形で今日まで来ていたのだった。
 だから、彼女は今回の旅行で彼にヴァージンをあげるつもりでいた。
 覚悟、したのだ。

 恐いけど、いい。
 和敏だからいい。

 ――我慢できる。

 …いや、ちがう。
 彼女にとって、もう相手は和敏しか考えられなかった。
 抱かれるなら、和敏以外のほかには考えられなかった。
 やがて計画が具体的になるにつれ、デートを重ねても、言葉を重ねても、メールを何百通もやりとりしても埋められなかった心の空洞が、そうすることでようやく埋められるのだと信じるようになっていった。

 ただ彼女は、未成年は戸籍抄本より戸籍謄本の方が望ましいということも知らなければ、パスポートを取得するには申請書裏面に父母の承諾署名が必要だということも知らなかった。
 それはきっと“ようやく、身も心も彼のものになる”という事実に、知らず酔っていたのだろう。
 だから、彼女は昨日の学校帰り、どこか夢見心地のまま胸躍らせながら、和敏に言われるまま戸籍抄本を取りに市役所まで出向き、そして―。

「あ、パンツ見えてる!」

 はしゃぐような子供の声にハッと顔を上げると、河川敷の原っぱで小学生低学年ほどの子供が彼女に向かって指差していた。
 ミニスカートごと膝を抱えていなかったため、下から丸見えだったらしい。
 彼女は子供の言葉に苦笑し、涙の溜まった瞳で軽く睨み付けると、脚を伸ばして背後に両手を付き、群青色に染まり始めた空を見上げた。
 背筋を伸ばすと如実に感じてしまう、ブラをしても尚重力に引かれて肩紐を引っ張る重たい乳房は、まるで重く実った果実か、南国の砂浜でたわわに揺れる椰子の実のようだった。
 それが、肩に食い込むストラップの痛みと肩凝りとを引き換えにして、昨日までの彼女のちょっとした優越感を刺激していたことは否定できなかった。
 昨今、なんだかんだといって「おっぱいが大きい」というのは、恋愛において、相手に対しても恋敵に対してもかなりのアドバンテージになるからだ。
 同じ年頃の男子は、結局まだまだ乳離れしていないのか、母性や性愛を強烈に感じさせるおっぱいに、ものすごく興味を示すのである。それは幼馴染みで恋人な和敏も例外ではなく、いつも触れたそうに見つめるものだから、いつしか彼女は、彼といるといつもいつもくすぐったいようなムズムズするような、甘い甘い“うずき”を感じてしまうようになってしまっていた。
 いつか、彼に触れて欲しい。
 彼になら、めちゃめちゃにされてもいい。
 吸われても、揉まれても、もっともっとスゴイことだってされたってかまわない。
 …もっともっとスゴイことというのがどういう事なのか実のところ良く知らなかったりしたのだけど。

 それが、きっと今回の旅行で現実になる。

 彼女も、つい数時間前までそう思っていた。
 目の前の河が夕日を反射している。
 犬の散歩をしている中年の女性の影が河川敷に長く伸びていた。
 夕焼けも、もうすぐ終わる。
 ここまで彼女は、めちゃくちゃに走ってきた。
 彼のアパートからそんなに離れていないだろうけど、今まで来た事の無い場所だった。
 ズズッと鼻水をすすった。
 おっぱいが痛い。
 ブラでは支えきれないほどの重さだった。
 じんじんする。
 また大きくなってしまったのだろうか。
 昨日まで、この痛みも全て、彼の喜びに繋がるのなら我慢できた。

 でも今では、この痛みがひどく…どうしようもなく哀しく、疎ましいのだ――。
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