■感想など■

2009年10月11日

[TS]「この残酷で優しい世界の中で」〜あなたがつなぐあたしのこころ〜

■■【7】■■

 蘇る記憶。

 封じた記憶。

 望美はただひとり、夕日のすっかり沈んだ河川敷の土手に仰向けに寝転がっていた。
 頬にこぼれて流れた涙が、夜風に晒されて冷たかった。

 ――全てを思い出していた。

 自分がもとは男だったことも。
 その後に受け続けた地獄のような責め苦の日々も。
 でも、『彼女』の記憶はガソリンに火を着けたところで途切れていた。
 気が付くと自分は病院の白いベッドの上に寝かされていて、あったはずの過去は失われ、無いはずの過去が生まれていた。
 程なく退院してからは、前とは違う学校に、まるでずっと通っていたかのように錯覚しながら生活をした。

 一ヶ月が経ち、やがて生理が来た。

 その時、ひどく安心している自分がいた。
 そして……安心した自分に…愕然とした。

 …安心した?

 何に?

 自分はまだ、ヴァージンで、誰とも初体験していないのに。
 そう思いながらとめどなく流れる涙を抑えることが出来ず、学校の女子トイレで声を殺して泣いた。
 全てを思い出した今なら、その涙の意味がわかる。
 あれだけ毎日のように膣内で出されて、よくも『妊娠』しなかったものだと、今更ながらに思う。
 そして全てが終わってから始まった生理に、心から感謝した。
 不遇な命を宿らせずに済んだ事が、ただひたすらに嬉しかったのだ。

 自分を4ヶ月に渡って犯し続けた、あの元チームメイト達の生死はわからない。
 一度も耳にしなかったのは、ひょっとしたら両親が耳に入れなかったからかもしれなかった。
 そして、放火し、人を焼き殺そうとした筈なのに、一年経った今まで一度も法的な拘束を受けていなかった。

 なぜ…。

 薄闇が忍び寄る土手に寝転がり、垂れてきた鼻水を啜った『彼女』は、軽く頭を振って嫌な考えを強引に振り払った。
 終わった。
 全てもう、終わったことなんだ。

 ――でも。

 遠くの橋を渡る電車の、規則正しい線路の音に身を任せながら『彼女』は思う。
 今の自分には、その薄汚い汚物のような過去を知らず、心から好きだと言ってくれる少年がいる。
 その少年に自分は、女として優しく扱われるのがたまらなくうれしい。
 彼といると愛しさが溢れて止まらない。
 切なさに涙が滲んで声が震えてしまう。

 ――でも、話せるのか?

 自分が1年ちょっと前まで、本物の男だったこと。
 ヴァージンどころか、チームメイトに犯されて、犯され続けて、散々おもちゃにされていたこと。
 けれど、再会した幼馴染みと恋に落ち、以来、和敏(かれ)を愛しいと思うこの気持ちは本物だと思う。
 引っ越して、学校も変わり過去と決別した自分は、これでもう肉体的にも社会的にも本当の女になったはずだ。
 …心はともかく。
 でも、だからこそ話せない。
 全てを打ち明ければ、壊れることが目に見えているから。

 ではどうしよう。

 どうすればいい?

 決まってる。
 答えはもう、とっくに出ているじゃないか。

 どうしようもないのだ。
 この記憶は全て胸に押し込めて、彼を騙し続けるしかない。
 自分はかつて男だったかもしれない。
 でも今は女だ。
 自分はかつて女の子が好きな普通の男だったかもしれない。
 でも今は、和敏の一挙手一投足に一喜一憂する、ただの女なのだ。
 ずるい。

 ずるいずるい、ただの女、なのだ。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/32645460

この記事へのトラックバック

★足跡代わりにポチッとしてってくださいな★