■感想など■

2009年10月14日

[異種姦-触手] 「再会」〜にくらしいあなたへ〜

■■【2】■■
 『セグネット』が地球を「併合」し、既に600年が経とうとしている。

 知的生命体同士のいつ終えるともしれない「衝突」が終結して500年が過ぎ、現在の地表は数十メートルを越える大樹で覆われ、緑は地球の陸地のほぼ全域に広がっていた。
 シグフィスが一年前にこの領地の統括を父より任されてから、彼の住む大樹の『城』はずいぶん賑やかになったと思う。
 祖父の代より、フォルモファラス家は『セグネット』としては人間に寛大であり、他の土地では考えられないほどの権利を与え、街(コロニー)ごとの自治統括さえさせてきた。もっとも、『セグネット』の統治区では、人間は『セグネット』に仕え、奉仕する事が最大の喜びとして教育されるため、反乱など起きようはずも無いのだが。

【あれから一年……か】
 彼は、執務室のデスクの上にあるカップを前肢で持ち上げ、細長い副口吻で中身を吸い上げて、その芳醇な香りと甘みを楽しみながら呟いてみた。惑星連合の広域文化圏共通翻訳機は、そんな独り言さえも律儀に拾い上げて、金属をこすり合わせるような音ではなく、第12銀河公用語に訳してくれる。
 『セグネット』の前肢に「指」と呼べるものは2本しか無い。だが、彼の腕には執務用として、細かい作業が出来るように人のものと良く似たマニピュレーターが装着されている。4本ある「指」の中に実際に指が入っているのは2本だけだが、筋肉の動きで全て思い通りに動かす事が出来るため、人間が行えることは全く遜色無く行う事が出来た。必要なら、卵を割らずに持つことも、小さく切ったゼリーを崩さずに摘み上げる……などという繊細(デリケート)な作業さえ、苦も無く行えるのである。
 背後にある窓からは、母星のものと非常に良く似た恒星「太陽」の光が部屋いっぱいに差し込んで来ていた。
 この、大樹の内部の空洞を利用して作られた『城』は、『セグネット』にとってはとても快適だった。
 そして、領地の治安も経済状態も、今は申し分無い。
 だが……。
【義姉(ねえ)さん……】
 今、彼を悩ませているたった一つの悩みは、一向に彼に馴染まない義姉――ティファニアの存在だった。

 シグフィスが乳母の子宮で生まれ、この世に生を受けた時、義姉は6歳だったと記憶している。
 それから2年間という短い間ではあったけれど、義姉は自分とは似ても似つかない『セグネット』のシグフィスを(最初の脱皮を経るまで、『セグネット』の様態は地球で言う芋虫のような形をしている)、本当の弟のようにとても愛してくれた。満足に動くことの出来ない「幼体」だった彼を、人間の赤ん坊のように扱い、蜜を飲ませ、遊んでくれたのだ。
 急速に周囲の情報を取り込み、2ヶ月も経たないうちに翻訳機を介して意思の疎通を行う事が出来るとはいえ、「人の形をしていないもの」をよくぞ愛してくれたものだと、彼は思う。
 そして彼も、義姉が大好きだった。
 種族は違えども、自分を愛してくれる者を憎めるほど、『シグネット』は非情ではない。
 けれど、ある日突然、乳母のセランはこの『城』をティファニアと伴って出て行った。
 最後の別れも何もなかった。
 人間の子供であれば、2歳の幼児の記憶などあっというまに風化し、忘れてしまえただろう。
 だが、シグフィスは『セグネット』なのだ。
 高密度な記憶野には、ティファニアの姿や声が、まるで昨日の事のように記憶されている。
 忘れられるわけもなかった。

 この屋敷に再び義姉がやってきたのは、シグフィスの3回目の脱皮の直後、成人を迎え、審議会から「交尾」を許されて、隣の領地から『セグネット』の雌体を「伴侶」として迎えることを半ば強制的に決定されてすぐのことだった。
 その時、義姉は地球年齢で21歳になっていた。
 あれから、地球時間で1年。
 義姉は今、22歳になっている。
 人間の女性体は美しく成熟して、人生で最も輝く時期だろう。
【おかしなものだな……】
 地球年齢で言えば、自分は義姉の6つ下の「弟」なのだ。
 けれど種族的な差異によって、肉体年齢は8つ年上の「弟」という事になる。

 年上の弟……。

 今更ながら、自分と義姉は全く違う種族なのだと思い知らされる。
「シグフィス様」
【なんだ?】
 ふと音も無く扉が開き、一人の女性が執務室に入ってきた。
 ノックは必要ない。
 この扉は、シグフィスに許された者しか開けられないように出来ているからだ。
 そして、今、この『城』の中でそれを許されているのは、唯一、彼のプライベートの世話を任されている、一人の召使いだけだった。
「約束の御時間です」
【時間?】
 それは、蜂蜜を太陽に透かしたような、上等の樹液を糖蜜でキャンディにしたような……美しい頭髪の女性だった。
 その艶やかな頭髪はとても長く、左右の集音器官……耳の横の所でそれぞれ縛って、はちきれんばかりに前方へと豊かに張り出した胸元に自然に垂らしている。シグフィスの外羽と同じ色をした、濃い黒檀色の制服は、彼女の豊満な体を禁欲的に包み込んでいるが、おそらく同族の人間の男が見れば、それすらもたまらない興奮材料となるのだろう。ただ、服装は膝下20センチの長いフルレングススカートの黒いワンピースであり、真っ白なエプロンドレスと相まって、全体の印象は決して映えるものではない。
 いやむしろ、一言で言えば「地味」だった。
 首元まで覆う襟と、深紅の宝石がはめられた金具で上品に留められたネクタイ、そして手首までキッチリと覆う袖は、肌を露出することを良しとしない召使い(メイド)としては典型的な、昔の地球に存在した「英国」の、ヴィクトリアンスタイルだ。
 袖は「パフスリーブ(ふくらんだ袖)」ではない。ヴィクトリアンスタイルとしては当時の流行の最先端だったその形状は、召使いには許されていないものだからだ。当然、頭にはカチューシャもヘアバンドもしていなかった。
 これらは、人類の民族学的服飾研究を趣味とするシグフィスの曽祖父が、わざわざ100年以上前に再現させたものだったが、彼はそれについて特に何も感慨は抱いていない。
 ただ彼女は、その地味な服装をしていながら、それを補って余りある美貌と髪の美しさ、そして際立つスタイルの良さをしていた。
 しかしただ一点。
 一切の表情を消し、無感動、無関心を貼り付けた冷たい顔が、全てを台無しにしている。
「サレディアナ様がお越しです」
【そうか……もうそんな時間か……】
 サレディアナとは、シグフィスの正式なフィアンセであり、「交尾」相手であり、そして“仮母”の子宮に産み付けられる卵の母親となる予定の、遠く隣の領地から一年前に輿入れしてきた雌体の名前だ。
 内羽が虹色に輝き、胸から腹にかけて走っているオレンジ色の2本のラインの発色とバランスは、この辺りでは随一の美しさだといえた。
 『セグネット』の雌は、輿入れするまで領地から決して外へと出ることは無い。だが、輿入れを済ませた今、彼女はここから数キロ離れた大樹の離宮に住んでいて、こうして定期的に訪れては暗に交尾を要求してくるのである。
 そしてそれは、一向にティファニアを“仮母”として起用しない、シグフィスへの牽制でもあった。
「それでは……」
【あ、ね……義姉(ねえ)さん……】
 用だけ告げて、一礼し立ち去ろうとする召使いに、シグフィスは咄嗟に声をかけた。
 そんな彼に抗議するかのように、顔を上げた義姉は、無言で彼を見つめる。

 ……氷のような眼差しだった。

【…………ファニー……】
「……」
【ティファニア】
「なんでしょう?シグフィス様」
 その声は、何の感情も込められていない、ただの音の震えだった。
 彼女が、「一向に彼に馴染まない」シグフィスの「義姉」だ。
 けれど彼女は、シグフィスが自分を「義姉さん」と呼ぶ事を許さない。
 子供の頃のように、親しく愛称で呼ぶ事も許さない。
 触れる事も許さず、何かの拍子に少し触れただけでも、まるで火傷でもしたかのように離れてしまう。
 そして、まるで汚らわしいものでも見るように見る。
 そのたびに、シグフィスの心は少しずつ傷付いていた。
【……いや、なんでもない。下がっていい】
「…………」
 シグフィスは落胆し、義姉に背を向けた。けれど、頭部後方にある3つの小さな複眼は、彼女の表情を捉えていた。
 だから、彼女の顔が一瞬だけ、何かを堪えるような、今にも泣き出してしまいそうな顔に歪むのを、全て見ていた。

 全て、見ていた。
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