■感想など■

2009年11月06日

[二次] うる星やつら 「微笑みのむこうがわ」〜愛と対価〜

■■【1】■■

 面堂終太郎のプライベートハウスは、人里離れた霧深い山奥にあった。

 周囲五キロの私有地は人の手の入らないまま大切に保持され、日本ではもう残り少なくなった、鳥や動物たちの自然の楽園となっている。
 そもそもこの土地は、無計画な伐採にさらされて山肌は露出し、動物達も住処(すみか)を追われた寂しい山だった。だが終太郎の曾祖母が明治初期に、地主であった東雲(しののめ)家から買い取り、植生のよく似た飛騨高山の木々の一部を移植した事によって、昭和初期には、かつてあった自然の生態系をほぼ回復するまでになったのである。
 それどころか現在では、もう動物園でしか見る事が出来ないような珍しい野生動物が、自然なまま目にする事が出来ようにさえなっていた。だがそれゆえに野犬や密猟者の類が侵入しないよう、警備は厳重かつ慎重であり、それは面堂家私設軍保安部隊の二十四時間体制によって行われていた。
 現在、敷地のほぼ中央に位置する終太郎のプライベートハウスに行くためには、ヘリを使って屋敷の中庭のヘリポートに降り立つか、敷地外から引かれた地下ラインしか、手段は無い。
「………………………」
 面堂終太郎の秘書兼セーフガードを勤めている…と名乗った黒服の男を、その女性は、横目でちらりと見やって小さく溜息を吐いた。
 身に着けているのはピンクのセーターに、ダークブラウンの皮のミニスカート、それに黒のストッキングで脚を包み、踵の低い黒のパンプスを履いていた。早春の日の暖かさ…いや、列車内の適度に効いた暖房のためだろうか。揃えた膝の上には、先程脱いだばかりの皮のジャケットがあった。
 プルオーバーのピンクのセーターは、それと意識していないにもかかわらず扇情的な雰囲気を醸し出している。襟ぐりは少し深くカットされ、キレイな肩甲骨の線が露出していた。そして胸元は、これ以上無いくらい思い切り良く張り出し、その下にたっぷりとした重い乳房が隠れている事を、分かり過ぎるくらいに示しているのだ。「セーター・ガール」という言葉がある。胸の豊かな色っぽい女性を示した隠語だが、そうでなくても、セーターには、どこか女性の体の線をより扇情的に見せる効果がある気がする。彼女は別段特にその効果を狙ったわけではないのだろうが、謀らずもそれは最大限に発揮されていたのであった。
 さらにストッキングに覆われた形の良い脚は、そのままでTVの脚モデルをこなせそうなほど美しい。そして適度に脂ののった太股は、なまじミニスカートに半分ほど隠されているため、ことさらに、その奥に隠されたいる秘密の場所を、いやらしく想像せずにはいられない力を持っていた。全身がすっきりとした稜線を描きながら、胸と腰はたっぷりと張り出し、女の成熟を手に入れたまろやかさが満ちている。
 それは男を知り、幸せなセックスで体を磨いている女だけが身につける事の出来る「淫香」さえも漂ってきそうな、そんな姿態であった。
「あの…」
「なにか?」
「…………いえ、なんでもないです」
 傍らに影のように立たれては、いくら彼女でも落ち着かない事この上ない。黒服には、何とも言えない威圧感のようなものが纏(まつ)わりついているのだ。とはいえ彼は、セーフガードというには体の線が細く、よくテレビなどで見るような、筋肉を鎧のように纏(まと)った頑強な男などではない。
 時折垣間見える、サングラスで隠された瞳にも、どちらかというと柔和な光があるだけで、鷲のように鋭いものでも、イタチのように狡猾なものでもないのだ。だが、首筋には長さ四センチ程の、まだ新しい切り傷があり、鼻の頭から右頬の中頃までは引き攣(つ)れた縫い傷が走っている。彼女にはそれは、男が危険な仕事に携わっている証のように見えてならなかった。
 おまけに、これほど美しく、かつ豊満な肉体の女性を前にしていながら、その目には少しも、相手を値踏みするような「いやらしさ」が浮かばないのだ。それはこの男が、女との駆け引きも容易くこなす、本当の意味での「大人の男」なのだろうと思わせた。
 もっとも、この男がホモセクシャルでないと言い切れるだけの材料は、全くと言っていいほど無いのだが…。
「もう間もなくです」
「あ、はい」
 落ち着いた声で突然言われ、彼女は思わず背筋を伸ばして正面ウィンドウに目をやった。地下のリニアトレインは、微かな振動を伝えるだけで、とても猛スピードでトンネル内を疾走しているとは思えない。
 彼女がこのリニアトレインに乗車してから、まだ三分も経っていない。加減速を含めておよそ五キロの距離を、時速百二十キロ以上で走り抜けた事になる。
 亜光速も空間跳躍も日常としている彼女だったが、地上をこんな速度で走破する事は母星ですら滅多に無いのだ。彼女にしてみれば、こんな速度で地上を走る時は、余程の非常時以外は有り得なかった。
 地球人は裕福になると、些細な時間をも惜しむようになる。それは心の余裕を無くしてしまう事にも等しい。だが本来、裕福になることを目指すのは、心の余裕を得るためのはずではなかっただろうか?
 その矛盾した心の動きは、彼女にとって地球人の謎の一つになっていた。

           ◇       ◆       ◇

「ようこそいらっしゃいました。さあ、こちらにどうぞラムさん」
 にこやかに両手を広げ、面堂家現当主は、地下数十メートルから高速エレベータで上がってきた彼女を嬉しそうに迎えた。諸星家が、いや、彼女のユーフォー(大気圏降下型準恒星間航行用小型宇宙船)すらもすっぽり入ってしまいそうな、そんな馬鹿馬鹿しいほど広いホール状の一室には、太陽の光が霧に紛れて優しく満ちている。室内灯は強すぎず弱すぎず、そんな柔らかい太陽の光を壊す事無く、部屋の闇を取り払っていた。
 ふかふかの絨毯は足首まで埋まってしまうのではないか?と思ってしまうほど毛足が長く、柔らかい。ラムはパンプスを履いてきた事を少し後悔しながら、身体を少しだけ床から浮かせた。
「吉崎、もういいぞ」
 終太郎の声に、今までずっと彼女に影のように付き従ってきた黒服が、一礼をして退出する。エレベータの扉近くにある、金の細工で豪奢に飾られた両開きの扉は、黒服の退出に音も無く閉じて、部屋には終太郎とラムの二人だけとなった。
 だだっ広い空間の中央には、一対の長掛け用のソファとこげ茶色のテーブルがある。その横には、大輪のバラが惜しげも無く生けられた大きな花瓶の載る、専用のテーブルがあるだけだ。壁には柔らかい色調の風景画と静物画が掛けられ、乳白色の壁面を寂しさから救っていた。
 だがそれでも彼女は、部屋全体にどこか物悲しい空気が満ちているように感じてしまうのだ。そう感じてしまうのは、普段ゴミゴミしたあたるの部屋を見慣れているから…かもしれない。なぜなら諸星家は、彼女にとっては狭いながらも家族の温かさの満ちる第二の家であったからだ。
 彼女は黒服が退出すると、躊躇いながらも終太郎を見据え、意を決して口を開いた。
「あ、あの…」
 戸惑いは声に出た。震え、途切れる言葉に、彼女はかっとなって頬が赤く染まるのを感じる。今日はただ、懐かしいクラスメイトに逢いに来ただけではないか……。だが、しかし………これから彼女は、恥ずべき言葉で彼に願いを乞わなければならないのだ。それが、彼女の体をさらに羞恥で熱くさせているのは、違(たが)いようのない事実であった。
「お茶はいかがですか?それとも」
「私…」
「慌てないで。時間はたっぷりありますから」
「………………」
「………そんな顔をしないでください」
 俯いてきゅ…と唇を噛んだラムに、終太郎は軽く肩を竦めて小さく笑った。彼女が到着する時間を分単位で計っていたのだろう。マホガニーのテーブルには、熱い紅茶をたっぷりと満たしたティーポットがあった。
 終太郎は二つのカップに紅茶を注ぎ、ラムにソファを進めると、その前に熱い湯気の立つカップを置いた。
「お砂糖は? 」
「………」
「……わかりました。では、本題に入りましょうか。概要は、先日頂いたメイルで理解しました。が、今日ここにラムさんをお迎えしたのは、貴女自身から直接お話をお聞きするためです。用件は諸星の就職先…………ですね?」
「………」
 ラムは観念したようにこくりと肯くと、唾を飲み込んで頭を下げた。
「お願いします。ダーリンの就職先を、何とか紹介して下さい…」
 彼女は日本の標準語を、澱み無く紡いだ。
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