■感想など■

2009年11月13日

[二次] うる星やつら 「受胎」〜忌む子の母なりしは〜

■■【2】■■
 彼女は大きな節くれだった木の幹に寄りかかり、ぐしぐしと涙を拭った。
 少し開けたその場所は、地上を歩いて辿り着いたならば、少し時間のかかる距離にある。ここならば、彼はすぐに追いつけないだろう。
 それでも、彼がすぐに見つけられるようにと、この辺りでは一番太くて立派な木を選ぶ辺り、彼女にしては可愛らしいと言えた。
 彼に電撃を浴びせたのは久しぶりだ。
 彼と初めてセックスしてからは、街で彼が他の女の子に声をかけるくらいでは電撃を浴びせるような事は無くなった…と、自分では思っている。むしろ、自分から抑制リストバンドとネックリングで電撃を抑えていたくらいだ。
 “彼と一緒になる”と実感出来るようになってからは、人前で、少しくらい彼が“粗相”したからと言って電撃を浴びせるのは、「妻」としては良くないと思ったのだ。
 「妻は夫」をたてるもの」
 彼女は地球の片田舎の島国の、もう忘れられた古い美徳を、忠実に守ろうと努力しているのだった。
 それでも今日は我慢が出来なかった。
 咄嗟に出てしまった。
 急激な過負荷で、おそらくリストバンドもネックリングも壊れてしまっただろう。父親からようやく囚人用の強力なものを借り受けて、まだ半年も経っていないというのに…。
 ラムは小さく溜息を吐いて、唇をちょっと突き出してみせた。
「ダーリンのばか…ばか…ばか…」
“少しくらい、うちの事わかってくれてもいいのに…”
 ベッドの中では驚くほど優しい彼なのに、それ以外は七年前からちっとも変わっていないのだ。ワガママで強情っぱりで強欲でスケベで…………。
 でも、好きなのだ。
 彼にキスされると、胸が熱くなる。
 胸を触られると、じゅん!としちゃう。
 囁かれるだけで体中が痺れて、抱きしめられると、頭の芯がとろけちゃう。

 好き。

 もう何度口にしたかわからない。
 紙に書いて束にして、寝ている彼の胸に乗せて、ぎゅ〜って重さで苦しくしてあげたいくらい。
『うちはダーリンの事、一生懸命わかろうとしてるのに…。ダーリンはどうしてうちの事わかってくれないっちゃ?ダーリンのために地球の薄い味付けにも馴れたし、料理も覚えたっちゃ。地球の歴史や常識も、うち一生懸命覚えたっちゃ。えっちの時だって………お口でする時に牙が当たらないように、ダーリンが痛くないようにすっごく練習したし、したくない時だってどこでだって、ダーリンがしたいって言えばさせてあげたっちゃ。なのに…』
 考えるだけで、じわっと涙が溢れてきた。
 弱くなったな…とラムは自分でも思う。
 前はこんな事くらいで泣くような女じゃなかったはずだ。もっと自由奔放で、気ままに愛を語っていたはずだ。彼が何をしても自分の気持ちをぶつけて、こっちを向かないなら無理矢理にでも向かせてしまうような、ちょっと強引な女だったはずなのだ。
 なのに今の彼女は、彼の心の動き一つ一つが胸に直接届いてしまう。
 キツイ言葉の一つ一つが、真っ直ぐ胸を刺してしまう。
 彼の怒った顔が恐かった。
 彼の責める言葉が痛かった。
 愛し合って繋がって、乳を与えて体の中に迎い入れて、しっかりと結ばれたと思ったのに、なのに距離は………………ココロの距離は、愛し合う前より離れてしまった気がする。
『ダーリン………』
 ラムは心の中で、愛しさを込めて彼の名を呼んだ。

 “それ”は、空気に混じるイオンのピリピリとした『味』に惹かれ、記憶の奥の本能に直結した部位が激しく反応するのを感じた。その心地は、永らく待ち望んだ想い人を迎える乙女の恋心にも似て、“それ”の節くれだった脚を敏速に、そして繊細に進ませる。
 音は無かった。
 気配すらも断つ。
 気付かれてはならない。
 数十公転周期を越えて、ようやく巡り合えた大切な苗床。
 我々の、母なる蜜袋。
 逃してはならない。
 産まれ出る、新たな命のためにも。
 贄(ニエ)の佇む大木の、その下から二番目の太い枝に触手を伸ばして体を引き寄せ、自らを樹上へと引き上げる。
 わずかな軋みは葉擦れに紛れて、贄から“それ”の気配を伝える事は無かった。
 “それ”は、チチチ…と微かな囀りに似た音と共に口吻を下に向け、半透明の管をそろそろと伸ばし始めた。
「ちゃっ?……………あ……なに……?」
 贄の首筋に正確に針を突き立て、瞬時に微量の唾液を注入する。それだけで、贄は意識を失い、柔らかい下草の上に崩れ落ちた。後は贄を巣穴に運ぶだけだ。
 蜜袋はすぐにいっぱいになる。
 そして、子供達はすぐに生を得るだろう。
 贄は若く、そして瑞々しい生命力に溢れているのだから…。

           ◇       ◆       ◇

 彼は下草を掻き分け頭上から垂れ下がる不気味な蔦を払い、濃密な空気の中を泳ぎながら吹き出る汗を拭った。
 この高温多湿な星の上では、フルメットでいた方が良かったかもしれない。
 だが、ボディスーツとセットになっている簡易メットは、船に置いて来てしまったのだ。メットがなければ体温調節もままならず、今スーツの中は流れ落ちる汗で、まるで風呂に浸かってでもいるかのような状態だ。あと五分もしないうちに、きっと全身ふやけてしまうに違いない。
「あのバカ!どこ行きやがったんだ?」
 舌打ちと共に毒づくと、彼は大きな木の幹にもたれて、額の汗を拭った。足元に這い寄った百足状の蟲をレイガンで追い払うと、「セーフティ・ベル」のスイッチを入れて地面に腰を下ろす。
 この腕時計状のハンドリストは、人間には聞こえない波長の音を絶えず発信する事で、この惑星に生息する殆どの生物の嫌音性を刺激し、半径五メートルに渡って、不完全ではあるが、安全地帯を作り出す…らしい。これがある限り、彼にも彼女にも、危険が及ぶ事は無いだろう。
 この星の生物群には、彼女の電撃が効かない。ベルは、それを踏まえた上で持たされていた。原種保護法で護られた原住生物には、麻酔レヴェル以上のエネルギーを照射する事は出来ない。身を護るためには、相手を近寄らせない事が重要とされているのだ。
「…………………ん?…」
 不意に彼は、数メートル離れた処で銀色に光る、コンパクトなシガレットケース大の金属物に目を留めた。それは、高湿帯のジャングルにはひどく似つかわしくない、ハイ・テクノロジーのカタマリだった。
「ラム…?……」
 彼はその金属物を拾い上げると、惑星の影に入り始め、空を真っ赤に塗り替えつつある恒星を、不安に満ちた瞳で振り仰いだ。
 胸の奥を、何か得体の知れない恐怖が走りぬけていったように感じたのだ。
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