■感想など■

2009年11月20日

[TS]「彼氏彼女の情事の事情」〜俺達の初体験〜

■■【3】■■
 3時間目の開始のチャイムと共に教室に戻ったら、当然のように誰もいなかった。
 薄情なようだが仕方ない。
『そういえば、トモはあれからどうしたんだろうな』
 屋上に置いてきてしまったが、授業には出るんだろうか?
 そう思いながら、遅刻上等で水着とバスタオルの入ったサブバッグを持って、プールに向かって渡り廊下をプラプラ歩いていると、前方から悲鳴だか嬌声だか雄叫びだかわからないが、質量を持った音が突如押し寄せてきて篤志の耳を打った。
 何事かと、慌てて特殊教練に隣接された50メートルプールの更衣室に飛び込んだら、果たして、目の前にいたのは水泳パンツだけ履いた智樹だった。
 水泳パンツ“だけ”だった。
「あ、アッくん」
 無邪気な顔でニコッと笑った偽美少女は、うっすらと血管が浮いた白いおっぱいを“ゆさゆさ”揺すりながら、ひらひらと肘から先だけで手を振った。
「な、なななななにやってんだトモ!!?」
「着替えてたんだけど、なんかみんな逃げちゃった」
 そう言って智樹は“あはは”と笑う。
 昔から馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、どうやら本気で脳構造まで女になって馬鹿さ加減に研きがかかったらしい。
 智樹言うところの「ピンク色の先っちょ」が目に焼きついて再び股間がエラいことになりかけていたが、サブバッグからバスタオルを取り出して放り投げると、プールに続くドアを慌てて閉めた。
 ドアの向こうに鈴なりになって智樹の格好を盗み見ていたクラスメイト達がブーブー言い出したが構うものか。
 誰がお前らなんかに見せるか。
 篤志はそう思った。
「アッくんどうしたの?」
「どうしたのじゃねぇ!! お前はアホか!? 水着はどうした水着は!!」
 智樹が胸元を隠している事をちゃんと確かめてから振り返ると、智樹はきょとんとしてパンツを指で摘んでみせた。
「着てるよ?」
「上だ馬鹿ッ!!」
 血管切れそうだった。
「上?」
「お前が着てるのはパンツだろうが! 上を隠さないと意味ね……バスタオル取るなバカヤロウ!!」
「アッくん面白いね。こんなの単なる脂肪のカタマリでしょ?」
「女になったならなぁ! 慎みを持てよぉっ!」
「慎み?」
「恥じらいだ!」
「あはは。無理だよそれ。だって僕、昨日まで男だったんだよ?」

 そりゃそうだ。

 金曜の部活でも、サッカー部のロッカーではパンツ一枚で着替えたりしていたのだ。
 それを急に『女になったんだから恥じらえ』とか言っても無理に決まっている。
「と、とにかく、今日はお前……その、プールはやめとけ」
「え〜〜〜〜? 楽しみにしてたのにぃ……」
「アホかお前は。他のヤロウに見られるだろうが」
「ん?」

 しまった。

 そう思った時には遅かった。
 篤志は慌てて智樹に背中を向けたが、智樹はものすごく嬉しそうに頬をゆるめて、
「アッくん、嫉妬してくれるの?」
 と、のたまった。
 のたまいやがった。
 何を言ってやがるんだコノヤロウ。
 篤志は涙が出そうだった。
「……違う」
「え〜〜?」
「え〜〜じゃない! 早く服着ろッ!! 今日は見学にし……!?……」
 最後まで言えなかった。

 “ふにょん”と。

 むちゃくちゃやわらかい何かが。

 “むにゅう”と。

 この世の中にこんなにやわらかいものがあっていいのかとまで思ってしまいそうな何かが。
 篤志の背中に押し付けられたのだ。
「アッくん」
 熱を帯びた、とろけそうな甘い声が耳朶を打つ。
 たまらなくやわらかいものが押し付けられた背中に、全神経が集中する。
「僕は、アッくんのモノだよ? 僕の全部は、アッくんのモノだよ? おっぱいもあそこも、全部ぜんぶ、アッくんだけのモノ……だよ?」
 動けなかった。
 “ギシッ”と筋肉が軋みを上げいてた。
「アッくんなら、何してもいいよ? 好きなことしていいよ?」
 両手が、するすると前に回って臍のところで絡まった。
 振り解こうとすればいつでも簡単に振り解ける、微妙な力加減だった。
 これ以上強く抱き締められたら邪険にも出来た。
 ふざけんなと声を荒げて突き飛ばしも出来た。
 きっと、そう出来た。
 篤志は思う。
 けど、甘ったるいのに不安そうな、拒絶されたら何もかも終わってしまうとでも思っているかのような、か細い声と弱々しい力加減で絡め取られては、もう篤志には逃れる術(すべ)は無い。
 思えばいつもそうだった。
 これは智樹の必殺技なのだ。

 小さい頃の智樹は病弱で、近所の篤志がいつも面倒を見て守っていた。
 同い年だったけど、弟みたいなものだった。
 引っ込み思案で自己主張をあまりしない智樹に代わって、篤志が何でもしてやっていた。
 篤志と一緒に、町内の少年サッカーチームの入団試験を受けると言い出した時のことを思い出す。
 運動して疲れたりするとすぐに熱を出してしまう智樹に、篤志は試験など受けさせるつもりは無かった。
 だが、部屋から出て行こうとする智樹の声が、篤志の歩みを止めたのだ。
「僕は、アッくんといたい。一緒にサッカーしたい」
 ――俺だって一緒にサッカーしたいよ。でも、そんなの無理だ。
「もう、一人でいるのは嫌なんだ」
 ――一人じゃない。俺はいつだってお前と一緒にいるだろう?
「だめかな? ね、だめかな?」
 ――もしお前に何かあったら、俺は自分で自分が許せないんだよ。
 言いたかった言葉は、全て喉の奥に張り付いてこれっぽっちも出てこなかった。
 無視しようとすれば簡単に無視出来た、微妙な声の大きさだった。
 これ以上大きな声で主張されたら邪険にも出来た。
 無理なものは無理だと声を荒げて絶交も出来た。
 きっと、そう出来た。
 篤志は今でもそう思う。
 けど、主張したいのに不安そうな、拒絶されたら何もかも終わってしまうとでも思っているかのような、か細い声と弱々しい視線で訴えられては、もう篤志には逃れる術(すべ)は無かった。

 今回も、そうなのか。
 俺は結局、智樹を突き放せないのか。
「トモ……約束は、日曜日……だろ?」
 下半身の海綿体にどくどくどくどくと可及的速やかに集まり始めた血液を意識しながら、それでもようやくそれだけ口にした。
 口に、出来た。
「だから、必要以上に俺を誘惑しようとか、思うな」
「僕、そんなこと」
「してるんだよ。誘惑」
「…………」
 20秒ほど、間があった。
 その沈黙が恐ろしい。
 篤志は振り向いてみたかったが、自制心を総動員して我慢した。
「…………そっか」
 するっと手が離れ、そして離れがたい魅惑的なやわらかさが、名残惜しそうに背中から離れていった。
「とりあえず、アッくんが僕の体にちゃんと興奮してくれてるってのはわかったよ」

 ――そうきたか。

 篤志はガックリと膝を落とし、バスタオルで胸を隠しながらニコニコとめげない笑みを浮かべた智樹を見上げて、小さく溜息を吐いた。
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