■感想など■

2010年07月22日

◆◆ Act.04 ◆◆「帰還」◆◆

■■【3】■■

「ワイヤー外せ! 急げよ!!」
 シリンダーがウィンチの緩やかな牽引によってサティの股間から離れた場所まで引かれると、再び整備員達が走り寄っていく。
 そして、警備員が手早くワーヤーロープを外すと、サティは大きな瞳に涙を溜め、気だるく火照り赤らんだ頬のままのろのろと身を起こした。それはあたかもセックスを終えた直後の情婦にも、出産を終えた妊婦のようにも見える。
 そのためか、すっかり状況に馴れた整備員達ですら一瞬“どきり”としてしまうのだろう。彼等の中の若い整備員には、頬を染める者もいた。
「状況終了!」
「状況終了しました!」
「排出限界03.17(まるさんいちなな)! ……今回もギリギリかよ」
 先ほどから整備員達に激を飛ばしていた男がそう毒づくと、
「班長」
「おう」
 眼鏡をかけた神経質そうな男が走り寄って何事かを耳打ちした。班長と呼ばれた男は眼鏡の男の言葉に頷きながら、ウィンチを巻き取り、現場から退出していく整備員達の動きを目で追う。
 やがて自分達以外の整備員の全てが地下空洞内から退去すると、気だるげに身を起こしたサティに片手を上げて合図を送り、手にしたPDA(Personal Digital Assistants)へと素早く視線を走らせた。
「……数値が高いな」
「慣れ、でしょうか?」
 チラリと班長が視線を送る先には、オプティカル・スーツを内側から破らんばかりに硬く勃起した乳首や、開いたままのインナーから覗く濡れた陰部を晒している事を恥じながら、両手でそっとシリンダーを掬い上げ「待機ベッド」の横の平坦な床の一部に開いた円形の穴へと、細心の注意を払いつつ設置している美巨人の姿がある。
「田嶋よぅ。今回で何度目だ?」
「融合(エントリー)回数でしょうか? それとも出撃回数の方で?」
「エントリーだけならシンクロ実験も含めて3ケタの大台に乗るだろ。完全に成功したのはまだ50回も無いのは把握してる。問題は」
 班長はそこまで言ってサティを見上げ、彼女がこちらを不安げに見下ろしている事に気付いて背を向けた。サティと言語を通しての「会話」が出来るのはパートナーに限定されているため、ここで声を発しても巨人に「聞かれている」ということは無いはずだったか、唇の動きを読まれる危険性は避けるに越したことは無いという判断だった。
「出撃するたびに、データ上の想定値を遥かに超える値を叩き出しているという事実……ですか」
 地下空洞からの退出路に入り、表面がフラットな白い扉が閉まると、田嶋は話の続きを焦れたように継いだ。
「正確には、出撃する事で前回の値を更新し続けているってことなんだが……まあ、慣れというか、結局は相性の問題なんだろうな」
「良過ぎるのも、考えものです」
「だな」
 待機室に入り、コンソールのスリットにPDAを差し込みながら、班長はあまり座り心地の良くない椅子に腰を下ろした。
「最近、パートナーを亡くしたギガンテスがいただろう。例の……」
「『ウーラノス』……ですね。あれで東アジアの対<MUG>防衛圏が一挙に37%も低下しました」
「適合が高ければ高いほど、対<MUG>には信じられねぇほどの力を発揮するが、その反面、パートナーを亡くしたギガンテスは、その自らの存在意義を問い続け、そして発狂し、暴走し、自壊する……か」
「ハートブレイク・シンドローム(失恋症候群)……と、日本(こっち)の研究者の間では呼ばれてますけどね」
「科学者てのは変にロマンチックだなぁ……けど、まあ、恋……ね。確かに恋かもしれねぇ。ただし、悲恋だがな」

 ──あれを「恋」と呼ぶのなら。

 班長はそう心の中で呟いてみる。
「ギガンテスはその存在を人間に依存し、人間はこの世界で生きるための力をギガンテスに依存している」
「そうだ。そしてギガンテスと人間が愛し合わなければ<MUG>とは闘う事が出来ない。だが、愛し合えばその末路には確実に悲劇が待っている」
「“二人の人間が愛し合えば、ハッピーエンドはあり得ない”……ですね」
「誰の言葉だ?」
「ヘミングウェイですよ」
「知らねぇ」
「“恋の喜びは一瞬しか続かない。恋の悲しみは一生続く”」
「それもか?」
「フロリアンです」
「全く知らねぇ。誰だそりゃ」
「さあ……」
「ちっ……じゃあこういうのはどうだ? 『片思いでもいいの。二人分愛するから』」
「なんですか? ソレ」
「『荒野を歩け』っていう、前世紀の映画の中のセリフだ。アーカイヴで観た時は、俺はまだ10代のガキでな。聞いた時は、なんてぇ自己満足な台詞だって思ったもんだが、歳食うにつれて、なんてぇ情の深いイイ台詞だって思うようになってきた」
「……私には、相手の事を全く考えていない自己満足な台詞にしか聞こえないですけどね。
 『私が好きだから、あなたがなんと思ってても構わない』
 そういう事でしょう?」
「こいつは、故郷からある日いきなり失踪しちまった恋人を探す男が、ヒッチハイクの道連れに一人の女と旅をする映画でな。男はなんとか自分の恋人を探し出すんだが、彼女は売春宿で高級娼婦になっちまってた。毎晩毎晩、違う男に股開く仕事だ。男はそれでも諦めきれねーもんだから、娼婦に堕ちた女となんとか逃げようとするものの、手違いから彼女を自分の手で殺しちまうんだな」
「ひどい話ですね」
「そう思うか? でまあ、さっきのセリフは、ずっと一緒に旅してきた道連れの女が、主人公に言った言葉だ。女は、男の事情も都合も想いも、全てわかった上で、それでもあなたを愛していると言う……とんでもなく愛情深い台詞だと、俺は思うがね」
「はぁ……絶対に恋は実らないのに?」
「だからさ。でも、ま……古今東西、情の深過ぎる女に愛された男が、幸せなったためしはねぇよな」
 コンソールのモニターに、PDAから入力されたサティと幸一のデータが映し出され、データベースと統合・分析されていく様子が映し出されていた。
 田嶋は、班長が道連れの女をサティになぞらえているのだろう、と思った。
 だがむしろ彼がサティに重ねたのは、男のかつての恋人の方だった。
 『高級娼婦』
 『毎晩毎晩、違う男に股開く仕事』
 これは、パートナーが決定するまで、適合者を選別し続けるギガンテスそのものではないか。
 確かに、情が深過ぎるくらい深いというのは、純然たる事実ではあるが。
「……とびきりの美人で、しかも最高のカラダですよ?」
「俺は普通の女がいい。ほどほどに可愛くて、ほどほどに具合が良くて、そしてこっちが気付かないように馬鹿を演じられるなら、なお良い」
 苦々しく吐き捨てるような班長の言葉には、隠し切れない嫌悪と「俺は御免こうむる」という色が、はっきりと滲んでいた。
この記事へのコメント
MAGと戦うという形でギガンテス存在している以上、待ち受けているのは悲恋だけ……。
けど、理想の存在ならいつかそれすらも乗り越えてくれるはず?
サイズ差以外にもたくさん乗り越える壁があり、一筋縄ではいかない恋愛ですね。
Posted by 通りすがり at 2010年07月22日 22:34
 恋は障害があるほど燃えるのですよ!
 というか、恋なのかすら疑問視されている状態なわけですが。
Posted by 推力 at 2010年07月27日 19:20
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