■感想など■

2011年01月29日

[PAIN]『Piece.00』『秘密』〜SECRET OF MY HEART〜

■■ 最終章 ■「解放」■■


 電磁ロッド。

 格闘において接近戦を得意とする青年にとって、最も使い慣れた武器である。

パリッ……

 その先端にかけて、紫電が走る。
 ティファが初めに拳底を叩き込んでから、わずか6秒余り。
 辺りに肉の焼ける嫌な匂いと、イオンのツンとした香りが満ち、勝敗は、あっけなくついた。
「レノ!」
 ルードが青年の名を呼ぶ。
「くっ……そりゃあ責めてんのか? それとも心配してくれてんのか?」
 レノは、からかうように相棒を見た。
 答えはわかっている。
 ルードは決してレノを心配などしない。心配する程、レノを見くびってはいないのだ。
「……………………」
「冗談だぞ、と」
 口調に、再びからかうような響きが戻っていた。
「どこにこんな力が残っていやがったんだ?」
 体の自由は、薬で奪っていた筈だ。その薬が切れていたとは考えにくい。
 しかしティファは蹴りを放ったのだ。
 彼女の股間にある性器は、度重なる不本意な性交による内出血と裂傷のため激痛が走り、おそらく常人ならば歩く事も出来ないはずだ。
『だとしたら……なんだ?』
 レノは電磁ロッドのスイッチを切り、腰の皮製の専用ホルスターに収めた。
『こいつを使っちまうとは……な』
「驚きだぞ、と」
 驚嘆すべきは、ティファの精神力……という事か。
 こんな目にあいながらも、ずっと体力を溜め、「気」を練っていたに違いない。
 そんな芸当が出来る女を、レノは今までに……神羅の女性兵士にも見た事が無かった。
「お前の思惑どおり……って事か? ん?」
 乱れた髪を、懐から取り出したアダマンタイマイのコームで撫で付けながら、相棒に視線を送る。
 だがルードは、扉を開けた新たな訪問者に、軽く会釈をしている最中であった。
「ん?」
 視線の先には、濃紺のスーツを着込んだ、金髪の人物が立っていた。
 スーツの下には、どれ程の肉体が隠されているのか……。
 それを想像せずにはいられない、まだ若く堅さが残るものの、凛とした強さを秘めて見る者の心を惹きつけずにはいられない「美女」である。
 そしてその後ろには、総髪の美丈夫……。
「ツォンさん……」
 ち……と舌打ちし、レノはその男性の表情を盗み見た。

 ツォン。
 ただのツォンだ。
 ミドルネームは無い。
 遠い過去に捨てて久しい名を、ツォン自身、ほとんど覚えていなかった。
 神羅にあり、この流れるような黒髪の男性を知らぬ者は、誰一人としていない。ハイデッカーの直属の部下ではあるが、かつては、プレジデント神羅の懐刀として闇を渡っていたと聞いている。プレジデントの親友の息子だという説もあるが、プレジデントと温かい「人としての繋がり」は無かったようだ。
 常に表情を消し、生半可な事では眉一つ動かす事も無い。
 一時期、部下の間で「過去の事故で顔面の筋肉が動かなくなっている」だの、「感情というものを忘れて生まれ落ちてきた」だの、色々と噂が立ったが、そのどれもが、彼の眉を微動だにするには及ばなかった。彼にとっては、「自分がどう見られているか」という事に思いを巡らせるなど、「朝食のコーヒーに砂糖を入れるかどうか」程も価値の無い事なのだろう。

 だが、「古代種の神殿」と呼ばれる深緑の中のピラミッドで、彼は死んだのではないのか?

 ティファに意識があったならば、きっとそう思うに違いない。
 だが、彼はここにいる。
 事実は事実として存在するのみだ。本人達が自ら口にしない限り、彼らに死が訪れる事は無い。
 それが、彼が“タークス”で有り続けられる理由なのだから。

「死なせたのか?」
 ツォンは、短く、ごく簡潔に言った。
 床に横たわる素裸のティファを見る眼には、何の感情も写してはいない。
「いえ……」
 レノは、このツォンという男がどうにも苦手だった。
 尊敬しては、いる。
 凄い男だとは、思う。
 しかし、それだけではない。
 何か、彼の心をかき乱す、理解できない感情が存在するのだ。
 殺したい。
 切り刻みたい。
 それと同義の、だが、明らかに違う異質な感情……。
 その感情が、彼の心を波立たせ、落ち着きを無くさせてしまう。
 ……と、
「その女を死なせていたら、減棒・謹慎だけでは済まないところだぞ」
 ドアの向こう、廊下から聞こえた深みのある甘い声に、戸口に立つスーツ姿の金髪の女性が反応して道を開け、軽く頭を下げた。
「社長……」
 どういう事だ?
 レノは、青いシャツを身に着け、ツォンの後ろから姿を現した若い男の存在に、軽い衝撃を受けていた。

 ルーファウス神羅。

 プレジデント亡き後、神羅の全てを掌握し、その卓越した政治的手腕で、全世界を経済面のみならず、政治面でも我が物にしようとしている男である。
 彼が、特別棟とはいえ、このような兵舎の一室に足を運ぶなど、普通では考えられない事だ。
「う……」
 レノが、かすかに聞こえた小さなうめき声に目を向けると、ティファが意識を取り戻し、わずかに身じろぎしたところだった。
「………………」
 ルーファウスは少しだけ眉を顰め、ティファに近づいた。
「社長、お召し物が……」
「いい、構うな」
 無造作にティファの直前で膝を付いたルーファウスへ、金髪の女性が声をかけた。が、彼はその言葉を遮って、ティファの背中に醜く出来た火ぶくれを見た。
 赤く腫れ上がり、はっきりと肉の焼けた後が残っていた。早くケアルで治療しなければ、醜く引き攣れた後が残ってしまうに違いない。
 そしてその火ぶくれにルーファウスの指が触れた途端、死んだようにぐったりとしていたティファが、ぼんやりとした顔を上げた。
「……ウド……?」
 朦朧とした目で、彼女は何を見たのだろう?
 ルーファウスの顔を認めた途端、見開いた瞳に、みるみるうちに涙を溢れさせたのだ。
「……ク…………ド…………」
 そしてティファは、ルーファウスにすがり付き、声を上げて泣き始めた。
「この女!」
 金髪の女性が、ティファに掴み掛かかり、ルーファウスより引き剥がそうとする。
 しかし、ツォンは彼女を押さえ、下がらせた。
 ルーファウスが抵抗しなかったからである。
「しかしツォン様!」
「下がれ、イリーナ」
 あくまで冷たく、無機的な声音に、イリーナと呼ばれた女性はローズレッドのルージュが引かれた唇を、きゅ……と噛み締めた。

「ク……ド……クラ…………ラ…………ド…………クラウ……ド」
「む……」
 しがみつくティファにされるままにしながら、ルーファウスはそのあまりの匂いに顔を歪めた。

 臭い。

 腐ったような匂いと、排泄物の匂いには、チーズのような匂いも含まれている。髪からは脂の匂いが、口臭からは食べ物が発酵した匂いが漂い、ティファの全身から立ち上っていた。
「私ね……がんばったよ。がんばったよ、クラウド」
 彼女はぐずぐずと鼻を鳴らし、一心にルーファウスの首に噛り付く。
「………………」
「でもね……汚れちゃった……私……汚れちゃった……。けどね……けどがんばったの……生きようって思ったの……クラウドに……クラウドにぜったい逢えるって思ってた……ぜったいに……逢えるって思ってた……」
 ルーファウスは、ゆっくりと右手を上げ、ティファの後頭部にあてた。
 そのまま、動かない。
「………………」
 その瞳に浮かんだのは、憐憫か、それとも嘲笑か……。
 遠ざかる意識の中、必死に「愛しい男」にすがるティファには、決して窺い知る事の出来ない、遠い表情であった。

         §         §         §

「公開処刑の日取りが決まった。予定通り2日後だ」
 再び気を失ったティファを床に横たえ、ルーファウスはそう宣言した。
「公開処刑?」
「……しかし」
 ルーファウスの言葉に、レノは片方の眉をわずかに上げ、ルードは異論を唱えようと口を開いた。
「不服か?」
 ルーファウスの眼光が、サングラスに隠された、ルードの硬質な瞳を射抜く。
「……いえ」
「これは、社の決定だ」
 ツォンが、ルードの感情にわずかに含まれた、憮然とした「匂い」に反応し、毅然と言い放った。
 有無を言わせぬ声音は、部屋の温度を一気に0.5度は下げようかと思われる程、冷徹である。
「………………」
 ルードでは、どう逆立ちしたところで、この男には敵わない。
 それを知っているため、レノは敢えて異論を唱えようとはしなかった。
「この女を辱め、憎しみを増幅して自分に向けさせる事で「生きる意欲」を持たせようとしたようだったが……」
 ルーファウスはルードを見てはいなかった。
 しかしその言葉は、彼が誰とも無しに口にした言葉の様に感じるが、それがルードに向けた言葉だという事は、他ならぬルード自身が一番良く分かっていた。
「ご苦労だったな。全て無駄だ」
 ルーファウスは、手と首筋に着いたティファの汚れを、ツォンの差し出したハンカチで拭った。
「女の記憶を削除する。あの竜巻の迷宮から今日までの、全ての記憶を」
 ハンカチをツォンに返し、そこに集まった一同の顔をぐるっ……と見回した。
 確認している訳では無い。彼の言葉が彼の口から出た瞬間、その言葉は抗う事の許されぬ厳然たる決定事項となるのだから。
「屈強な、『力』の象徴としてのバレット=ウォーレス。『正義』の象徴としてのティファ=ロックハート。この二人を反神羅勢力の目の前で処刑し、奴等の心から希望という名の叛逆の芽を、残らず摘み取る」
 ルーファウスの言葉に、イリーナは気遣わしげに彼を見、おずおずと言葉を紡いだ。
「よいのですか?」
「イリーナ。言葉を慎め」
 だが、すぐに短く、叱責の言葉が重なる。
「し……しかし……」
 総髪の青年は、イリーナを見やり、その無機質な目で彼女を見た。
「己の分をわきまえろ」
「……申し訳ありません……ツォン様……」
 萎縮し、半歩身を下げたイリーナを一瞥し、ルーファウスは、ルードとレノを見た。
 ルードは既にスーツを身に着け、一部の隙も無い「いつものスタイル」を作り上げている。
「お前達には、すぐに我々と共に、一旦ミッドガルへと戻ってもらう」
 ルーファウスの言葉に、ルードは身を強ばらせた。
 その緊張が知れたのか、ルーファウスの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「処罰しようというのではない。もちろん、勝手な事をした埋め合わせはしてもらうが、お前達にはもっと重要な仕事に就いてもらう」
「ティファ……この女は」
「バレットと共に、スカーレットとハイデッカーに任せておけ。奴等がこの公開処刑を提案したのだ。その実行権を主張して譲らんしな」
 くくく……と可笑しそうに笑い、ルーファウスはルードから視線を外した。
 これ以上話す事は無い。
 そう言いたげな態度に、ルードは諦めざるを得なかった。
 トップの命令は絶対なのだ。
「それまで、せめて奇麗にしてやれ。ルード、お前が指示しろ」
 ルーファウスはルードを名指しで指名した。
 その言葉に抗う言葉を、今の自分は持ち合わせていない事を、ルードは誰よりも良く理解していた。

 部屋に一人残り、ソファに座って、ルードは思いを巡らせていた。
 これからティファは記憶を消され、処刑される。
 ルードが他の地で、他の任務に就いている間に。
 仕方の無い事でありながら、ルードは諦め切れなかった。
 ティファには、生きていて欲しい。
 どんな形であれ、生きていて欲しかった。
 あとは、アバランチの……彼らの仲間に期待するより無いだろう。
 今だ床に横たわるティファを見やりながら、ルードは数年ぶりの涙を、たったひとつぶだけ……静かに流した。


         −おわり−

■■[PAIN]『Piece.00』『秘密』〜SECRET OF MY HEART〜■■

「2010/12/18 01:00」投下開始
「2011/01/29 01:00」完了
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