■感想など■

2011年01月17日

[THEM]『Piece.00』「楽宴」〜FRIENDS〜

■■【1】■■


 そこは、碧濃い山道に入る手前の、田舎ではあったけれどほんの少し大きな宿場街だった。

 日が落ちて活動を開始した梟の、ちょっと物悲しい啼き声が遠くかすかに……時にびっくりするくらい大きく響いている。夜気はしっとりと湿り気を帯び、ゆるゆると流れる夜風は、ひんやりと肌に冷たい。
 夜行性のモンスター達が侵入しないように、街の周囲には防壁が設けられてはいたが、主街道から外れた田舎の街に電磁防壁などあるわけもなく、あるのはただ、二重三重の有刺鉄線が高さ3メートルの鉄柵にぐるぐると巻き付けられたもの……というひどく頼りないものでしかなかった。
 鉄柵の向こう、街と森の間には背の低い作物が緑の葉を揺らす畑が広がり、それはそのままモンスターと人間の生活境界を示している。森の木々は、遠くの明かりを反射した薄明るい暗雲に照らして黒々と聳(そび)え立ち、まるで人間達に「ここから先はお前達の入っていい場所ではない」とでも告げているかのようだ。
 風鳴りはさわさわと木々を揺らし、それは街の子供達にとっては、目に見えない魔物が夜のうちに自分達をさらって頭からばりばりと食べてしまおうかと相談している、彼等の恐ろしい内緒話のように思えた。こんな夜は、小さな子供達はオネショの心配をしながらも優しい母親の寝巻きにしがみついて早々に寝入ってしまうのが、いちばん賢い過ごし方だった。

 そんな田舎の街の、2つしかない宿のうちの2番目に大きな宿に泊まっていた黒髪の女性は、窓の外の闇をじっと見つめたまま、少し前に石釜から出しておいた焼き菓子を、水色のナプキンを敷いた木皿にざらざらと落とし入れた。
 そうして、まだ少し湿った黒髪を少しほどけかけたバスタオルに押し込むと、すんっと鼻をすすって、ティーセットを載せたトレイに焼き菓子を山盛りにした木皿を置く。
 宿の厨房は、家族の台所も兼ねているのだろう。
 思ったよりも広いこの場所には、あちらこちらにこの宿屋を経営する家族の、慎ましやかだがあたたかい生活の匂いがたっぷりと染み込んでいた。
『あ……』
 戸棚に描かれた子供のものらしい落書きに、彼女は笑みを浮かべる。
 この宿に入った時、女主人のエプロンの影からこちらを見上げていた8歳くらいの茶色い髪をした少年の姿を思い出したのだった。

……タ……カタ……カタカタカタ……

 ガラスをはめ込んだ木枠の窓が、不意に音を立てた。
『風が出てきたのかな……』
 そうして、ひっそりと溜息を一つ吐(つ)く。
 こんな夜は、故郷の村を思い出す。
 まだモンスターが活性化する前の、比較的のどかだった山間(やまあい)の寒村を……。
 ぶるっと身を震わせると、厨房の電気を落として女性はトレイを手に廊下に出た。
 主街道から外れたこんな田舎の街にも、魔晄エネルギーによる電力供給がされている。好むと好まざるとに関わらず、既に神羅のテクノロジーは人々の生活にしっかりと強く根付いているのだ。
 例え神羅を崩壊させたとしても、おそらく人々は一度手に入れた便利な生活手段を手放すことなど出来ないだろう。
 不意にこんな時、彼女は果ての無い無力感に襲われる事がある。
「自分達のしている事に、なんの意味があるのだろう?」
 ……そう思ってしまうのだ。

 明日はいよいよ山に入り、その奥深くを進まなければならない。地元の狩人でも恐れて足を踏み入れない、大型肉食性モンスターの生息域だ。
 しかし幾多の危険をくぐり抜け、様々なモンスターの脅威を跳ね除けてきた自分達に、それほどの恐れは無い。パーティのメンバーもリラックスしているし、手持ちの武器・弾薬はこの街に入る前にたっぷりと補充出来ているのだ。
 それでも。
 それでも心の奥深くに泥のように沈殿しているこの不安は、いったいなんなのだろう?
 この山の向こうに、なにか恐ろしいものが……恐ろしいことが、私達を待っているのだろうか……?
 彼女は深い闇の淵に滑り落ちてしまいそうな心を奮い立たせるようにして、頭をぶるる……と振った。そしてそうしてしまってから、髪をまとめていたバスタオルがとうとう解けて長い艶やかな黒髪が流れ落ちてしまった事に顔をしかめてしまう。
「いつ…………かなうのかな……」
 しっとりとした艶やかな黒髪を一房つまんで、誰にともなく、そう、小さく呟いてみる。
 彼女はその腰まである長い黒髪に、小さな……おそらく他の人が聞いたならば「そんなこと?」と口にしてしまいそうなほど小さな願いを込めているのだった。そして、いつかその願いが叶ったら、そうしたら、おそらくきっと彼女は何の迷いも無く……その美しい髪を切り落としてしまうのだろう。
 彼女の悲しげな瞳の奥には、それを感じさせる暗い光が小さく宿っているのだから……。
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