■感想など■

2011年05月30日

[LIPS]『Piece.04』「二人の睦」〜愛しあうということ〜

■■[LIPS]『Piece.04』「二人の睦」〜愛しあうということ〜■■

■■〜スウィート・キッチン〜■■

■■【1】■■

 暗い闇の中に浮かび上がる窓の明かりがこんなにも温かいのは、そこに「自分の場所がある」からだと、彼は思う。
 “そこに「いていいのだ」という想いではなく、そこに「いる事が当たり前」である幸せ”
 それを胸に刻みつける幸福は、真なる孤独を一度でも味わった者でないと、到底理解出来るものではない。

 「当たり前」だというのは、実は、ひどく「贅沢な事」なのだと、もっと多くの人が気付けばいいのに……。

 泥のような疲れが、魂の深い所まで沈殿したような体を引きずりながら、彼はそう思った。……だが、すぐにその思いを振り払う。
 「幸せ」を「幸せだった」と感じる時……。
 その時を迎えた人は、既に不幸をも、同時に感じているはずだ。

 なぜなら、「本当の幸せ」は「不幸な時」にこそ感じるものだからだ。

 彼は、人々の生活から「不幸」を取り除くために、身を削るようにして働いている。彼だけではない。彼の上司も、友人も、部下も……彼の周りの者全てが……だ。
 ならば、人々が今の「当たり前の生活」を「幸せだった」と感じるような世界を望むのは、間違いなのだ……。


「では、明後日は、10時にお迎えに参ります」
 流麗な標準語を、澱み無く紡いだ紅い唇は、次には茶目っ気たっぷりに笑みの形を取った。さらりとした肩までの金髪が、窓からの風を受けてふわりと揺れる。
「たっぷりと、奥様に甘えてらしてくださいな」
 その言葉は、ばちっと音がしそうなほど派手なウィンクと共に、彼に投げつけられたものだ。
「からかうなよ、ウィンディ……」
 彼は、唇を歪めて情けない顔を作るが、内心まんざらでもないのは、その瞳を見れば明らかだろう。
「それとも、お嬢様に……かしら?」
「……も、好きにしてくれ」
「ふふふふ……」
 控えめでいながら、上品で清楚な印象を与えるスーツを着こなし、その女性……ウィンディ=ルフェニシアは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。以前、彼女の存在自体が、彼と彼の妻との、諍いの原因の一端を担っていた事は、本人は知らない……彼だけが知っている遠い記憶だ。
 彼女は彼の「秘書」という仕事を忠実にこなす、いわばパートナーであり、また、それだけの関係である。だから、あえて彼はその事は話してはいない。
 そんな彼女は、かつて背中まで伸ばしていたプラチナブロンドの髪を、今は肩口でばっさりと切り揃え、左の前髪の一房を、ブルーのメッシュが彩っている。それが蓮っ葉な印象を与えないのは、彼女の瞳が実に理知的に輝いているからだろう。
 彼女が今だ独身を通しているのは、彼にとって……いや、聖樹に勤める男性職員全てに共通する、一種の謎であった。
「では、明後日」
 ウィンディは、車の後部座席からしなやかな動作で会釈をすると、運転手に命じて静かに発進させた。
「……かなわないよな……」
 ウィンディの立ち振る舞いは、彼にとって、全く違う世界の人間を思わせる。それでいながら気さくな人柄は、外見とは裏腹に、彼女を取り巻く空気を和やかなものへと変える力を持っているのだ。
 彼は、仕事の名残を振り払うように、ちょっと肩を竦めると、愛しい家族の待つドアに手を伸ばした。


 彼が、我が家に足を踏み入れた時、彼の愛しい妻は、キッチンで今晩の夕食と格闘を繰り広げている真っ最中だった。
「おかえりなさ〜い。ごめんなさい、今ちょっと手が離せないの」
 驚かそうと、足音を忍ばせて背後に接近する彼に、彼女は振り向かずに言った。彼としては、完全に気配を断ったつもりだったが、やはり第一線を退いたとはいえ、彼女はまだまだ現役の格闘家の1人なのだ。例え愛する夫にでも、むざむざと、そう簡単に後を取らせるつもりはないらしい。
「……ただいま」
 仕方なく、彼は目を塞ごうとしていた両手で、後ろから、きゅ……と彼女のウエストを抱く。
「あん……もう、びっくりするじゃない」
「今日は何?」
 彼はそう言って、彼女の肩越しにテーブルを見た。彼女はくすり……と笑うと、両手に少しサラダオイルを垂らし、ボールに入れた挽肉をひと掴み手に取る。挽肉には、微塵切りにしたタマネギとニンジンが入っていた。
「今日はねぇ……あなたの大好きな特製ハンバーグよ」
 言いながら、挽肉ダンゴを実に鮮やかに、平たい形へと変えてゆく。
 コンロの上のフライパンは、まだ火にかけられたばかりらしく、油もまだ十分に熱せられていなかった。フライパンの隣には、ハンバーグにかけるソースが小さなパンで、既に出番を待っている。
「あ! ダメよぉ」
 手を伸ばして、ソースを一掬い指に取った彼に、彼女--ティファは、唇を突き出して抗議した。
「いいじゃないか」
「ダ・メ! 今日のハンバーグは、このソースが決め手なんだから!」
「そうなのか?」
「そうなの! 今回は、いつもと違う隠し味を入れたから、ソースだけで先に味見しちゃ、ダメなのよ」
 確かに、いつものソースとは違って、ちょっとばかり酸味が強いような気がする。
『甘みが抑えられているせいかな……?』
 彼はタオルで指を拭うと、彼女を抱く両手に一層力を込めた。
「あ……やだ、クラウド……危ないわ」
「大丈夫……ほら」

カチ……

 彼の手がひらめいて、コンロの火が消えた。
「もう……御飯の用意……どうするの?」
 首筋に彼の口付けを感じながら、彼女はその形の良い眉を顰める。抗議の言葉を紡ぐ唇は、しかし彼女の意志とは無関係に、笑みの形を取っていた。
「アーシェスは?」
 クラウドは、隣の部屋に置かれたベビーベッドで寝ているだろう愛娘を想った。愛娘の顔を見たい欲求が強く胸に満ちるが、今は別の欲求が、それよりも強く彼を捉えて離さない。
「んっ……さっき、おっぱいあげたばっかり。やっと寝付いたのよ」

ちゅ……

 艶やかな黒髪を手で抑え、彼が、丁寧に首筋へ唇を寄せる。その動きは、彼女の中に、一つの「波」を生み出しかけていた。
 その「波」を、彼女の豊かな乳房に添えられた彼の両手が、少しずつ増幅していくのだ……。
「きゃ……う……」
 彼が、レモンイエローのエプロンの下に両手を滑り込ませ、黒のプリントシャツの上から、ゆっくりとさするように乳房を撫でる。その仕種はどこまでも優しく、授乳期の乳房に痛みを走らせる事は決して無かった。
この記事へのコメント
アーシェスってオリキャラですか?
Posted by 青玉 at 2011年05月30日 08:26
 このSS連作を書いた時、テーマ別に書いたのではなく書きたい時に書きたいものを書いたため、オリジナル設定が散在してしまっている状態です。
 これの前に「二人の明日」という小品を書いていて、それはティファの出産を書きました(正確には出産後の、個室での仲間の会合)。
 アーシェスという名前に関しての、二人の想いなども書いています。
 「二人の睦」がかなり長いので、やはり合間に挟んだ方がいいですね。
Posted by 推力 at 2011年06月01日 21:42
いきなり知らない名前出れば『あれ?』ってなりますよね
Posted by 青玉 at 2011年06月02日 09:40
 ですね。
 すみません。
Posted by 推力 at 2011年06月02日 20:34
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