■感想など■

2011年06月10日

[LIPS]『Piece.04』「二人の睦」〜愛しあうということ〜

■■〜月が見ていた〜■■

■■【1】■■


 月が出ていた。

 邪を穿つ神々の矢のように、闇を切り裂く聖なる剣のように。



 濡れたように艶やかな青白い光が、濃いブルーに染まったカーテンの、その細い隙間から差し込んでいる。
 部屋の空気はしっとりとして、鼻孔に甘い香りを運んできていた。サイドテーブルには、黒砂糖を1つ、それととっておきのブランデーを数滴たらしたホットミルクが、柔らかな湯気をひらめかせてベッドランプの明かりの中にある。
 彼は読みかけの本から視線を上げると、カーテンの隙間から垣間見える、隣家の明かりを見た。こちらの窓と窓は相対している訳ではない。そのため、向こうからこちらを覗き見えはしないし、こちらもまた、向こうを窺い知る事は出来ない。
 あの窓のある部屋は、確か子供部屋だったと思う……。6歳になる女の子と、4歳になるやんちゃな男の子の姉弟だったはずだ。
 彼は、手に持った本にしおりを挟み、サイドテーブルのカップを手にした。そのまま、何事かを考え込むようにその強固な意志を感じさせる眉を、わずかに顰める。
「……………………」
 溜息が一つ、彼の唇を滑り出た。
 子供の事を考えると、いつも彼は憂鬱になる。自分が悪いわけではないが、それでも、彼の伴侶に対して後ろめたいところがあるのは確かだ。彼女は、彼との子供を切実に欲しているのだから……。


 妻と結婚して、既に半年が過ぎようとしている。
 彼自身は、彼女がいさえすれば、別段、どうしても子供が欲しいという訳ではない。それでも彼は、半ば彼女のために去年の11月、「神羅」の生化学研究所にて、とある2つの研究テーマの被験者に立候補している。
 1つは、「ジェノバプロジェクトによる形質的変化の分析と対策」という、ややこしい研究テーマのもの。
 そしてもう1つは「ジェノバ細胞との遺伝レベルでの融合と、その形骸化とにおける細胞の特異的変化、そしてその後天的特徴についての分析」……という、やたらと長ったらしい名前の研究テーマが、それである。
 端的に言えば、ソルジャーを創り出すために体内にジェノバ細胞を混入して、細胞レヴェル・遺伝子レヴェルで生体と融合させてから数年が過ぎたたサンプルを、科学的に分析し、融合前の生体データと比較してその変化を生化学的に抽出しようという試みである。
 本来ならば、そのデータは神羅の科学部門が管理下に於いているはずであった。そこには、求めるデータが神経質なまでに克明に、膨大な臨床データと共に保管されている……と考えるのが普通だろう。
 ……が、科学部門のチーフだった宝条が狂気に犯され、自ら「人ならざる者」へと変容した「あの事件」以降、彼の管理下にあったプロジェクトチームは、現神羅のリーダーであるリーブによって速やかに解体を余儀なくされていた。
 その際に、プロジェクトに関する資料が集められたが、肝心なジェノバ細胞とヒト細胞との融合データだけは、行方が杳として知れなかったのだ。副主任の話では、最も重要な研究データだけは、宝条自身が個人ファイルとして保管していたのだという。おそらく彼は、狂気の中、自分の肉体を「完全」へと変容させた後、データそのものを闇へと葬ったのではないだろうか?
 ……凡庸な2流の科学者でしかなかった自分が、生涯をかけて到達した「至宝」を、未来永劫、他人に犯される事のないように……。

 ともあれ、そうして彼は、自分自身を研究サンプルとして提供する事で、彼女との間に子供がつくれるのかどうか知ろうと考えたのである。だが、結果といえば、自然な状態での受精は、ほぼ絶望的である……と、ほとんど事務的と言ってもいいほどの無機質な言葉で、簡単に通告されただけであった。
 そして彼は、なかば予想していた結果とはいえ、この事実を愛しい妻に告白する事が出来ないまま、現在に至っている。そのために彼女が、子供が出来ない……妊娠出来ないのは、自分のせいだと気に病んでいる事も知らずに……。


「どうしたの?」
 微かにスプリングを軋ませてベッドがたわみ、彼は、いつの間にか彼女が部屋に入って来ていた事を知った。
「……いや、何でもないよ」
 穏やかに微笑み、声の主に視線を向けると、ベッドに腰掛けた彼女を引き寄せ、その瑞々しい唇に軽くキスをする。洗い髪からは洗髪料の香りが立ち上り、彼の鼻をくすぐっている。バスローブから覗く豊かな双丘は、シャワーの熱さを纏ったままほのかに赤らんで、うっすらとした汗に光っていた。
「ううん……」
 彼女は「小鳥のキス」に不満気に鼻を鳴らし、身を引きかけた彼の腕を取って、悪戯っぽく引き寄せた。そうして、当たり前のように彼の首に絡み付き、深く深く、彼の吐息を吸い上げる。彼女は、たっぷりとした乳房を彼の胸に押し付け、彼の舌を一心に探った。
 彼はすぐにそれに答え、薄明るい部屋に、しばらく、甘く湿った蜜音が響く……。
「ティこそ、どうしたんだ?」
「……んん?……」
 うっとりとしながら唇を離し、彼の胸にもたれかかる彼女−ティファの髪を、彼は優しく撫でる。乾ききっていない髪は、しっとりと指に絡みつくようだ。
「今日は、『夜の日』じゃないだろ?」
「……………………」
 彼の言葉に、彼女は口をつぐみ、きゅ……と彼のパジャマを右手で掴んだ。
「……いの……」
「……ん?」
「……欲しいの……」
 ぽちょっ……と、彼女は彼のパジャマに頬を埋めて、小さく囁いた。そうして、悪戯っぽくも艶めいた眼差しで、彼の顔を伺う。
「えっち……しよ?」
「…………」
「…………だめ?」
 無言で目をパチパチとさせた彼に不安を感じたのか、ティファは慌てて「お伺い」を立てる。ねだるように、許しを請うように注がれる彼女の視線に、彼が絶対に抗う事など出来ない事を知っているからこその、この仕種である。
 それでも彼は、甘える彼女が愛しいために、わざとこう言ってみせるのだ。
「今日……疲れてるんだけどな」
「だいじょうぶ。私が元気を注いであげるから」
「……注ぐのは俺の方だと思うけど」
「……やだ、それジョークのつもり? 面白くないわよ?」
「いや、そんなのじゃなくて……」
「……だめ?」
「……明後日まで待てない?」
「待てない」
 ティファは「待てない」の「ない」を、「ないぃ」と少し尻上がりに延ばすようにして、ぷっと頬を膨らませた。彼はそのまるっきり、「お人形を買ってもらえなくて拗ねる女の子」の表情をした妻に、やれやれ……と肩を竦めてみせる。
「ティはえっちだな……」
「あ、そういう事言うの?」
「だって事実だろ?」
 彼の言葉に、ティファは「むうっ」とふくれると、次にはベッドの上によじ登った。そして、毛布の上から彼の両脚をまたいで、その豊かに引き締まったお尻で押え付ける。
 はだけたバスローブからは、彼女の艶やかで慎ましい『茂み』が覗き、彼女がその下に何も身に付けていない事を告げていた。
「はしたないぞ」
「いいもん。今から襲っちゃうんだから」
 わざと視線を合わせず、ティファの両手は、器用に彼のパジャマのボタンを次々と外して行く。逞しい胸板や、すっきりとした腹筋、そして自分のものよりも遥かに慎ましく、可愛らしい薄茶色の乳首が露になり、彼女は息が詰まるくらい胸が高鳴るのを感じていった。
 「襲う」と口にした事で、その行為自体が、彼女を興奮させていたのだ。
 袖から両手を抜き取らず、パジャマの前をいっぱいに開いて、彼の身体の前面を、ベッドランプの光の元に晒した。張りのある肌は、若者らしく艶やかに光り、古人の掘り出した大理石の彫像を思わせる。
 クラウドに胸毛は無い。……いや、あるにはあるのだが、短い上、薄い色をしているために、肌の上で目立つ事はないのだ。彼自身はそれを気にしているが、彼女はその滑らかさが好きだった。
「んふ……」
 彼女は熱く吐息をつくと、ちろ……と可愛らしい舌で唇を湿らせ、彼の胸に顔を近づける。
 今日は、絶対に欲しかった。
 彼が。
 彼の匂いが。
 彼の温かさが。
 彼の熱さが。
 欲しくて欲しくて、自分でもどうしてなのかわからないくらいに。
 それも、「今日」でないと「ダメ」なのだ。

 冴え冴えとした夜空に、円い月が出ているうちに……。
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