■感想など■

2011年06月20日

[LIPS]『Piece.04』「二人の睦」〜愛しあうということ〜

■■【3】■■

「はっ……んっ……」
 もしここにそれを耳にする男がいたとしたら、そのあまりにも切ないくらいに甘い空気の震えは、その男の心を溶かし、他には何も考えられなくしてしまったに違いない……。
 それほどまでに、彼女がうっとりと漏らした満足の吐息は、甘く甘く部屋に満ちたのだ。
「今度はシエラさんから、何を聞いてきたんだ?」
 荒い吐息が落ち着くと、彼は汗ばんだ胸の上に、ぺた……と頬を付けた彼女の頭を、優しく撫でながら言った。その声音に、幾分からかうような音が混じっているのは、決して気のせいばかりではないだろう。
「何の……こと?」
 満腹し、満ち足りた表情で余韻を楽しんでいたティファは、無粋な彼の言葉に拗ねるようにして唇を突き出した。
「とぼけたってダメだぞ」
「………………」
「ティ?」
「…………満月の……」
「ん?」
「満月のね、夜にえっちすると、妊娠しやすいって」
「………………」
「今夜が、ピッタリその満月なの」
「………………」
 彼は、ちょっと溜息を吐いて、彼女の髪を撫でる手を止めた。
「……なあ、子供……そんなに欲しいのか?」
「クラウドは……欲しく無いの?」
 見上げる彼女の瞳が、不安げに揺れている。彼の口から否定的な言葉が漏れたなら、その瞳はすぐに哀しみの色へと染まるだろう……。
「いや……そういうわけじゃないさ」
「……………………」
 曖昧な答えは、彼女の胸の不安を、更に大きく膨らませた。だがそれでも、はっきりとした物言いが得意でない人だと知っているから、彼女はまだ、辛抱強く待つ事が出来る。
「ただ………………」
 次の言葉は、なかなか彼の口から紡がれようとはしなかった。それでも辛抱強く、彼女は待つ。真摯な瞳は、言いよどむ彼の瞳を、しっかりと捉えていた。
 とうとう彼は根負けして、なめらかな彼女の背中を背骨に沿って指を這わせながら、彼女に告白する決心をした。
「去年、ラボに行っただろ?」
「……うん?」
 彼の指の動きをうっとりと感じながら、彼女は吐息を吐くような密やかな返事を返す。
「ティには、ジェノバ細胞の再活性化の危険性の有無を調べてもらうんだって言ったけど……それは嘘じゃないんだけど、その……もう一つ、調べてもらった事があったんだ」
「…………なぁに?……」
 彼は、すう……と息を吸い込むと、覚悟を決めるかのように目を瞑った。
「俺達に、本当に子供が出来るかどうか」
「……………………」
 彼女は、身じろぎもせずに耳を傾けている。彼の一言一言、全てを聞き漏らさないように……。
「その結果……俺、まだティに話してなかったよな」
「…………うん…………」
「俺の性染色体は、遺伝子異常を起こしているらしい。正常な卵子との受精後、最初の卵割(卵細胞分裂)の時までに必要とされる塩基に、後天的な変異が見られるとか言われたよ……」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
「………………ティ?」
 押し黙ってしまった愛しい妻を見ると、彼女はその形のいい眉を寄せて、難しい顔で考え込んでいる。理解できたのだろうか?……と彼が不安に思っていると、彼女は考えるのを止めて彼を見上げた。
「…………つまり、どういうこと?」
「………………………………」
 やはり、彼女には少し難しすぎたようだ。
 無理も無い。彼自身、主任研究員直々に噛み砕いて教えてもらったものの、完全に理解しているか、自分自身でも不安なくらいなのだから。……それにしてもこの話題は、情事の後の寝物語には、あまりにもそぐわない事甚だしい。
「…………だから……ダメなんだ」
「……………………」
 彼女は小鳥のように、くくっと首を傾げて、真摯に彼を見上げた。
 ……どうしても、はっきりと言わなければいけないらしい……。
「俺達に子供は、たぶん…………出来ない」
「…………えっ?…………」
「あ、いや、でも確率はゼロじゃないんだ。ただ、すごく低いってだけで……」
「…………………………」
「でも、自然な状態でのセックスだけじゃ、多分……絶望的だろう……ってさ」
「……し……自然な状態じゃないセックスなら可能性はあるってこと?……でも、自然な状態じゃないセックスって?…………」
「そういうんじゃなくてさ。こうしてえっちするだけじゃ、受精しないって事だよ。俺自身、ラボの遺伝子治療を受ける必要があるし、特殊な薬を常用しなくちゃいけない」
「薬……!?」
 ティファは、彼の言葉の中の単語に過敏に反応し、顔を上げて彼を見つめた。
「ん?……ああ」
「………………副作用とかは、大丈夫なの?」
「………………」
「クラウド?」
「………………………………わからない。何しろ、臨床データがまるっきり無いからな。やっとモンスター相手の実験が始まったところなんだ」
「……じゃあダメよ、そんなの。そんな薬、あなたに飲ませるわけにはいかないわ。それでもし子供が出来たって、正常な……ちゃんとした子供が生まれてくるか、わからないじゃない……」
「………………」
 薬の副作用そのものは、どうでもいいのだろうか……。
『俺の心配はしてくれないのかな?』
 答えはわかってはいるものの、そう聞いてみたくなる欲求を抑えて、彼は妻の言葉の続きを待った。
「もし先天的な異常を持って生まれてきたりしたら……それこそ、取り返しのつかない異常を持ってこの世界に生まれてきたりしたら、私達はその子に、どうやって償えばいいの……?……」
「でも、薬を使わないと子供は出来ないんだぞ?」
「…………それは……そうだけど……」
「ティは子供が欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだ?」
「…………不安なのよ。もし薬を使わなくったって、あなたの体の中に眠っているジェノバ細胞が、生まれてくる子供にどんな影響があるのか……それがわからないから……。でも、それでもあなたとの赤ちゃんは欲しいの。………………自分でも、どうしたらいいのか…………どう考えたらいいのか……」
 ティファは口元に左手を寄せ、指を噛んだ。パチパチと瞬きを繰り返し、落ち着き無く視線を巡らせる。
「ティは……俺の体の中のジェノバ細胞が、子供に異常を植え付けるんだって、決め付けてるみたいだな」
「だって……あのセフィロスと同じ……セフィロスを生み出した細胞なのよ?」
 ティファの瞳に、一瞬だけ抑えようも無い紅蓮の炎がひらめく。それは、あの男によって全てを奪われ、全てを失ってしまった絶望と憎悪と哀しみの炎だ。
 ここのところ、ずっと見る事の無かった彼女の暗い激情を垣間見て、彼は彼女の胸に穿(うが)たれた大きな傷が、まだ完全に癒えていない事をまざまざと思い知らされていた。
 何年経とうが、どんなに環境が変わろうが、その傷は消えた訳ではなく、彼女の心の奥深くに押し込められていただけなのだ。
 さながら、罪人を捌く、ゲヘナの贖罪の火口のように……。
「……ティは、セフィロスを見るように、俺の体を見ていたのか?」
「……!!? …………ち……ちがっ………………」
 彼女の瞳の炎は、彼の言葉に急速に鎮火していった。消え去った後に残ったのは、後悔と戸惑いの色……。
「ちがうのっ……そんなんじゃ…………ああ…………ご、ごめんなさい……」
 きゅうう……と彼にしがみつき、汗が乾いて少し冷たくなった胸元に、ちゅっちゅっと、謝罪を込めたキスの雨を降らせた。そうして、少し伸びをするようにして彼の唇を求めて、ねだる。

ちゅ…………

 彼の熱い舌を味わい、たっぷりと蜜をもらう。喉を鳴らして飲み下すと、ようやく人心地ついたかのように、再び彼の胸に頭をもたせかけた。
「わかってるよ。ごめん。いぢわるだったか?」
 彼の言葉に、彼女は無言で首を振った。彼女はきっと、自分の迂闊さを呪っているのだろう。ジェノバ細胞を植え付けられたのは、クラウドの意思ではない。彼のせいではないのだ。それなのに、彼の苦しみを考えずに、胸に湧き起こった抑えようも無い激情のままに言葉を吐き出し、結果として彼の体を責めてしまった。
 彼を責めてしまった。
『私って…………ダメだ……』
 溜息をついて、目を瞑った。
 彼には、自分の事しか考えない馬鹿なオンナだと思われたくなかった。
 人の心の傷を思いやれない、自分勝手なオンナだとは、思われたくなかった。
「ん……」
 彼の手が、剥き出しの乳房をまさぐる。彼女はそれに身を任せたまま感覚を開放して、新たな「波」を受け入れていた。
 たぷたぷとなぶり、撫で、そして摘まみ、捏ねる。
 彼女は情事の後、気だるい満足感の中で、彼に乳房を捧げるのが好きだった。
 幸せだと思えるのだ。
 だが彼女はそれが、子供を産み、その子に乳を与えたいと願う母性の代償行為なのだとは、気付いていない……。
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