■感想など■

2011年10月30日

[THEM]『Piece.02』「悔恨の女達へ」〜心を強くしなやかに〜

■■【1】■■


 ユフィが何も言わず、ティファの背後から彼女を抱きしめた。

 体が小刻みに震えている。
 いつもは強気で何者にも負けない忍者の子孫が、今は己の小ささ、弱さをまざまざと思い知って心細さに誰かにすがりたいと強く願っていた。
 震えは、体の奥から湧き上がるものだ。
 下腹の奥から脊髄を揺さぶり、それは首の後の産毛の一本一本さえも逆立たせる。
 ショートカットの、野鹿のようにしなやかな体躯の少女は、両腕の中のあたたかな温もりに、ただ全身を預けていた。
「ユフィ……?」
 おずおずとティファがユフィを肩越しに振り返る。
 が、ユフィはおでこをティファの艶やかな黒髪に押しつけたまま、ふるふると首を振って顔を見せる事を拒否した。ティファはそっと溜息をつき、それでも胴に回されたユフィの思いの他華奢な両腕に手の平を重ねる。そして、2回だけぽんぽんと叩くと、出来るだけ優しい声で話しかけた。
「ね、お茶……しようか?」
 それでもユフィは、ふるふると首を振る。
 今は何もいらない。
 ただこうしていたい。
 ティファはそれだけで、少女が受けた心の傷が思ったよりも深い事にようやく気付いたのだった。


 エアリスの背中には、引き攣れたような赤い線がくっきりと残っていた。
 魔法で自己治癒力が促進された傷痕(きずあと)は今はもうすっかり塞がれ、新たな肉が萌芽したその部分は、つやつやとした赤ん坊の皮膚のようなピンク色をしている。そのピンクの部分が、背中を見せている羞恥によって血流が活発になり、赤く見えいるのだった。
「ほら、大丈夫よ、もう。お医者様も、あと2・3日で後も残らないだろうって」
 捲り上げた水色のパジャマを引き下ろし、エアリスはベッドの上で二人にゆったりと微笑んでみせた。
 ふんわりと漂い鼻腔に優しく届くのは、エアリスの匂いだ。この一昼夜は大事を取ってずっとベッドで過ごしているため、彼女の香(かぐわ)しい汗や甘い体臭がベッドのマットや下着に染み込んでしまっているのだった。
「だからもう気にしないで。ね?」
 安っぽい緑色のパイプ椅子に座って主人の動向を窺う犬のように頭を垂れるユフィへ、エアリスはそう言って再び優しく微笑んだ。

 それは、ほんの些細な気の緩みだった。パーティの誰もが、それを不可抗力だと思っている。
 確かに昆虫型のモンスターとは、もう何度も出会っている。しかも森の中では一番遭遇率が高く、それが斥候型の場合、多くて3〜4匹を一つの行動単位としている事が多い。
 遭遇率が高い分だけ、対処するための知識もある。
 慣れた相手のはずだった。

 それでも、一瞬の気の緩みが決定的な失態を招いた。

 黒光りし、先端だけがオレンジから赤に染まった鮮やかな色の鎌。それが、ようやく一匹を仕留めたばかりのユフィの首に迫った。
 潅木の間に潜み、群れから別行動を取っていたモンスターによる不意打ちに近い襲撃だった。
 避けられない……と、ユフィはその時、一瞬の間でありながらいやにハッキリとそう思ったそうだ。
 それを制したのは、いち早く防御型補助魔法『プロテス』によって自分の防御力を上げていたエアリスだった。
 彼女の行為を“臆病者の所業”とするのは短慮だろう……と、ティファは思う。
 なぜならそれは、戦闘において自分がウィークポイントになるだろう事を自覚していなければ出来ない処置だからだ。それはある意味、後先考えずにただ敵に対して猛進していく事よりも難しい。
 自分が、絶えず他の誰かの足手まといになるかもしれない事を自覚していなければならないからだ。それは、プライドにこだわらず、己の力量と他者とのバランスを常に冷静に把握している事が最も重要であると言えた。
 血気にはやるユフィには、到底出来ないことだろうとも、ティファは思う。
 そして、そんなユフィは攻撃に意識を奪われると、途端に防御がおろそかになる。
 だからこそエアリスは、攻撃と防御においてほぼ完璧に近いクラウドよりも、ユフィの側にいる事を自分から選んだのだ。
 そして……エアリスの背中に、右肩から左脇腹にかけて深さ十数ミリにも及ぶ裂傷がはじけた。『プロテス』によって物理的防御を伴う魔法障壁(プロテクションウォール)が付加されていなければ、エアリスの胴は二つに分断され、内臓を撒き散らして泥にまみれていたかもしれない。

 それほどの漸撃だった。

「ぅわ……わーーーーー!!!わーーーーーーーーーー!!!!」
 一拍遅れて、目の前でエアリスの背中から鮮烈な色がしぶき、風に煽られてユフィの顔を真っ赤に染めた。

 エアリスの血だった。

 むあっとした生臭い匂いと、まだあたたかい体温の残るそれに、ユフィは狂った。
 彼女は、自分の足元に崩れ落ちるエアリスを見てパニックに陥り、鬼の形相でモンスターに立ち向かって、彼が止めるまでその遺骸を切り刻んでいた……とクラウドは言っていた。
 その時のユフィの様子を思うと、ティファは少し胸が痛くなる。
 私が行っていれば……そう、思うのだ。
 クラウドは、外殻が粉々に砕けて中の筋繊維やどろりとした内臓を撒き散らしたままひくひくと蠢くモンスターをただひたすらに刻み続けるユフィを引っ叩き、エアリスに素早く回復魔法『ケアルガ』をかけた。
 幸い、背骨に致命的な損傷は無かったが、しかし背筋を絶ち切り肋骨の間から肺にまで達した傷は容易には塞がらず、クラウドは放心したままのユフィを怒鳴りつけながら急いでバギーで街まで引き返した。

 あと30分でも遅れていたら、死んでいたかもしれない。

 そして、エアリスの手当てをした医者にそう言われた時、ユフィは顔を真っ青にして床にぺたりと座り込んでしまったのだった。
 世界のどこかには不死鳥「フェニックス」が実在していて、その羽は死者をも生き返らせる力があると言うが、そんな都合の良いものがあるなどとは、パーティの誰一人として信じてはいない。
 容易く死者を呼び戻せるのであれば、覚悟を決め、命を賭してセフィロスの暴挙を止める必要など、無いのだ。

 死んでしまえばそれまで。

 その事実が厳然と目前に立ち塞がるがゆえに、人は……私達は、愛しいもの、決して失いたくは無い者のために闘っているのだから。
 ……そう、ティファは思っている。

「じゃあ、後で御飯持ってくるね?」
「今日はなあに?」
「チキンのトマト煮と温野菜のサラダ、それとカボチャのポタージュよ」
「ホント? やった!」
「だから大人しく寝ててね」
 ベッドの上で飛び上がらんばかりに喜ぶエアリスを見て、ティファは苦笑しながら念を押した。
 彼女はいくら「大事を取って」と言ってもすぐにベッドを抜け出してスリッパでぺたぺたと歩き回ってしまうのだ。
 それが、彼女を心配する皆や、特にユフィに対しての気遣いなのだとティファにはわかっている。
 けれど、傍目にはとてもそうは見えないけれど、そこはかとなく動揺して彼女が歩き回るたびにおろおろするクラウドを見るのは、やっぱりちょっと癪だった。
「わかった。待ってる」
 これ以上無いくらい真剣な表情で鼻息も荒く両手で握り拳を握って見せるエアリスに、ティファは小さく手を振ると静かにドアを閉めた。

 エアリスの様子を見てから部屋を出て、ティファとユフィは皆の待つ階下へと続く階段を降りた。
 さっきからずっとユフィは一言も喋らない。
 いや、ティファが部屋に入っても、この少女は部屋の外で立ったまま自分は入ろうとせず、ティファが腕を引っ張って強引に部屋へ引き込まなければ、ドアの外でずっとそのまま一人でいつまでも立っていたかもしれなかった。
 いつものように皮肉をまぶした軽口を叩いて、エアリスをからかってあげればいいのに……と、ティファは思う。
 少女が、自分の不注意でエアリスを死の危険に晒してしまったという事実に脅え、そしてまた罪悪感に押し潰されそうになっているのは、わかる。
 けれど、彼女よりもおそらくエアリスの方が、その胸を痛めているに違いない。
 彼女は、幾度と無くユフィの方に視線を送り、俯いたまま顔を上げない彼女の髪を見つめていた。
 その気遣わしげな眼差しに、ティファはエアリスの、少女への優しさを見ていたのだ。
 ユフィがいつもの顔を見せてやるだけで、エアリスの、笑顔の下に隠された不安を癒してやれただろうに……とティファは思う。
 命のやりとりは、何も今回が初めてではない。
 少なくともティファやエアリスは何度も死ぬような目に合ってきたし、死にかけた事もある。
 それはクラウドやバレットもそうだ。

 馴れてゆく。

 そう……私達は馴れてゆくのだ。
 相手を殺さなければ自分が殺されるのだという、ギリギリの闘いに。
 「恐い」という感情は、確かにまだある。
 恐怖は、過ぎれば死を招くが、少量ならば命を助ける薬のようなものだ。恐怖を忘れたものに、真の生を得る事は出来ない。
 それは、真実として胸にある。
 けれど、それとは別に、「いつ死ぬかもしれない」という「覚悟」のようなものも、確かに胸の奥で芽吹いているのである。
 けれど、この少女は……。

 階段の踊場で、後から少女に抱きしめられたティファは、そのままの姿勢で踊場にある窓から外を見やった。
「………………」
 ユフィには、一刻も早く馴れて欲しい。
 私達とこれからも道を同じくするつもりならば。
 絶望するのではなく、ただ恐怖するのではなく、闘いを受け入れ己を受け入れ、心が波立たないように全てを受け入れた上で、自分の歩む道を事あるごとに見つめ直して欲しい。

 この旅は、遊び気分で道行けるものでは……ないのだから……。


         −おわり−

■■[THEM]『Piece.02』「悔恨の女達へ」〜心を強くしなやかに〜■■

「2011/10/30 00:00」投下開始
「2011/10/30 00:00」完了
この記事へのコメント
プロテクじゃなくてプロテスですよ
Posted by 青玉 at 2011年10月30日 10:27
推力さん!
「お、非エロだ」と思い安心して携帯電車内で読んでいたのに

>ふんわりと漂い鼻腔に優しく届くのは〜

で大変なことになっちゃったじゃないですか!
五感(股間)を刺激するのはやめてくださいw
嘘です、もっとやってくださいw
Posted by 名無し at 2011年10月31日 21:40
12月にタークスが主役のファイナルファンタジー7外伝がでるらしいですよ!
なんでこのタイミングなのか謎ですが
推力さんの作品といっしょに楽しみに待ってます( ^ω^)
Posted by   at 2011年11月01日 00:50
>青玉さん
 修正しました!

>名無しさん
 え? 非エロですよ?
 体臭を想像するだけで大変になるなんて……まだまだ若(rya

>12月にタークスが主役のファイナルファンタジー7外伝が
 これって、以前携帯電話ゲーで配信された「BEFORE CRISIS -FINAL FANTASY VII-」の家庭用版かと思ったら、小説のことなんですね。
 「Lateral Biography TURKS -The Kids Are Alright-」
 野島 一成 (著), 田島 昭宇 (イラスト)とか。
 私は結局「On the Way to a Smile - Final Fantasy VII」を購入していないので、小説の出来はどうなのかわからないんですよね。
 ちょっと静観してます。
Posted by 推力 at 2011年11月02日 01:21
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