■感想など■

2011年11月14日

【ボクキミ】3

■■【3】■■

 唇が触れ合い、比喩ではなく本当に全身を痺れるような震えが走り抜けた後、外界から瞑った瞼を苦も無く通り抜け網膜を焼くような、今まで体験した事が無いような強烈な光を感じた。だが、その光に熱量は無く、強くはあるが必要以上に視神経を刺すような感覚は全く無かった。
 光を感じたのは数秒間程だったろうか。
 いつしか唇は離れていた。
 ようやく瞼を開けた哉汰が目にしたのは、色気過剰のウィッチのお姉さん……ではなかった。
 目の前で真っ赤にした顔をふにゃふにゃと崩して無理矢理笑っていたのは、哉汰と同じ学校の男子の制服を着た、本物の男の子だった。
「……で? 説明してくれるんだろうな? ユウ」
「ごめんね。カナちゃん」
「カナちゃん言うな」

 それが哉汰と、ウィッチ・ユウとの「はじまり」だった。

§         §         §


 父方の曾祖母が東欧の出身という彼の家は、そもそもが代々、ウィッチを人知れず数多く輩出してきた、由緒正しい魔女の血統なのだという。
 そして過去のウィッチの例に漏れず『守護者(バランス調停者)』としてこの世界を人知れず護ってきたらしい。

 ──ウィッチが護るもの。

 それは“世界の霊的バランス”であり、主に“人々の霊的安寧”であり、その相手とは『濁怨(ケガレ)』と呼ばれる、「澱んだ人の想念」が形を取ったモノ達であった。
 ウィッチ達によれば、そもそも人間とは「肉体(物理存在)」と「霊魂(霊的存在)」から成り、「肉体」より「霊魂」が重要視される。
 そしてその霊魂は、さらに『魂魄体(エルダー)』と『精霊体(アスター)』と『星霊体(アウゴー)』から成ると言われている。
 ロシアの郷土細工「マトリョーシカ」を思い浮かべると簡単だろうか。肉体<『魂魄体(エルダー)』<『精霊体(アスター)』<『星霊体(アウゴー)』というように、構造的に見て“入れ子状態”で存在している、と考えられているのだ。
 そして肉体の滅んだ(死んだ)人間の霊魂は、しばらくは関係した人々の想い「縁(えにし)」によって地上に留まるが、やがて『魂魄体(エルダー)』からそれを脱ぎ捨てるように『精霊体(アスター)』が剥離して、この世界とは多次元的に存在する霊的混淆世界(エデナ)へと移相してゆく。
 霊魂は更にそこで一定期間留まった後、『星霊体(アウゴー)』が『精霊体(アスター)』という殻を脱ぎ捨て(剥離して)生命循環の輪……つまり輪廻(リーン・サイクル)に組み込まれ、幾星霜の後に現世へと還るのである。
 『濁怨(ケガレ)』とは、何らかの理由によって『魂魄体(エルダー)』から剥離した『精霊体(アスター)』が霊的混淆世界(エデナ)へと至る前に自壊寸前までの霊的損傷を受け、その自浄修復の過程で、この世界に澱んだ人の悪意や怨念を取り込み歪んだ力と自律性を得たものだと言われている。
 “彼ら”は自らの失われたものを取り戻そうとするかのように、人間の霊魂を肉体から抜き取り、『魂魄体(エルダー)』ごと『精霊体(アスター)』を取り込もうとする。しかし人間の霊魂は、肉体が失われるまでは肉体と密接に繋がり、無理に引き剥がすことは出来ない。
 そのため彼らは、人に憑依(霊的融合)して自ら死ぬように仕向けたり、または憑依した人が他者を殺害するように仕向けるのだ。
 そんな、古くから「悪魔」とか「怨霊」とか「鬼」とか呼称され人々に忌避されてきたその存在を、『函(パンドラ)』という識域(エリア)に閉じ込め魔力を以て消散・自浄修復させることで堕落した『星霊体(アウゴー)』を救済する。
 そうすることで“世界の霊的バランス”を守護するのだ。
 それがウィッチの使命であり宿命なのである。

 そう、「彼」が教えてくれた。
 ……のだが、実は哉汰には、その説明の半分も理解が出来ていなかったりする。
「それで、そのお前が……ウィッチ?」
「うん。実はね、ボクの母さんもウィッチなんだ」

 ──いまさらっとすごいこといったよこのひと。

 哉汰は、自宅の2階東側にある自分の部屋の勉強机前の椅子に座って、壁際のベッドに腰掛けた少年の、その優しそうな色白の童顔を見るともなく見ていた。

 少年は名前を「朋坂優也(ほうさか ゆうや)」という。

 黒いフレームが大きくて、ちょっと顔に合ってない。「体は子供、頭脳は大人」な某小学生探偵を少し成長させて、気弱にし、髪の色素を抜いたらこうなるだろうか。そういうイメージだった。哉汰と同じ学校でクラスメイトで、どちらかというと目立たない、ごく普通の少年だ。春に同じクラスになってからも、クラスメイトの中にとけ込み周囲から信頼と友愛を得てきた哉汰に比べて、彼は優也が自分以外の友人と呼べる者と一緒にいたところを見たことがなかった。
「おばさんが?」
「うん」
 優也の家には、哉汰も何度かお邪魔した事がある。優也の友達だと言うと大袈裟なくらい喜んで、晩御飯には食べきれないほどの料理を御馳走してくれたのは良い思い出だ。
 やたらと美人で、自分の母親と是非交換して欲しいと思ったのは一度や二度じゃない。ひどい話だが。
「で、この街でのボクの先輩でもあるんだけど」
 「先輩」ってことは、今までこの街をずっと護ってきてくれていた凄い人ということだ。そういえば、さっき見たユウはおばさんに似ていた気もする。
 だが、あの、40歳近いとはとても思えないような“ぼっきゅぼん”スタイルの、ぽわぽわした癒し系の専業主婦も、さっき見た、ものすごいコスチュームを着てケガレと闘っていたのだろうか。
 哉汰はちょっと想像してみた。

 ──超グラマラス人妻セクシー魔法少女。

 ……少女?
 おっぱいとかお尻とか、なんかもういろんなところがはみ出してて、18禁どころの騒ぎじゃない。
 猥褻物陳列罪か迷惑防止法違反で警察に捕まりそうだ。
 もちろん迷惑だと訴えるのは男じゃなくて女の方だろうけど。
 哉汰は、そう思う。
「その母さんに言わせると、ボクは性別を間違えて生まれてきちゃったんだって」
 そうかもな、と哉汰は声に出さずに心の中で首肯してみせた。
 今年の春、教室で最初に見た時、「なんで女子が男子の制服を着てるんだ?」と思ったくらいだからだ。
「カナちゃん。ボク、いくつに見える?」
「カナちゃん言うな……って、え? 17だろ? 俺と同じ」
 実際には17歳とも思えないほど背は低いし体も華奢だ。中学生になったばかりと言われても、彼を知らない人は疑わないかもしれない。
 ところが優也は、更にとんでもない事を口にした。
「ううん ボク、今年で24歳なんだ」
「は? ……うそだろ?」
「ホントなんだ。今のボクは、一番魔力の消費が抑えられる姿に固定されてるらしい……んだって。母さんが言ってた。実際、14歳くらいからほとんど成長が止まってるし」
「マジかよ」
 一瞬、冗談かと思ったが優也の目はあくまでも真面目だ。
 ウィッチが存在する以上、他に何があってもおかしくない。
 そう思える。
「けど、今までよくバレなかったな。14から24まで……その、10年間も」
「さすがに中学は義務教育だし、顔ぶれも地元の小学校からの繰り上がりが多いから、同じ学校にずっと留まり続ける事は出来ないけど、高校なら県外からの受験生も少なくないし。あと、部活にでも在籍していない限りは近郊の高校同士だって一般生徒の交流もないじゃない? 何より時々学校を休んでも、授業を抜け出しても、体が弱いことにしておけば、あとは自己責任だしね」
 そういえばこの少年は、結構な頻度で遅刻早退欠席を繰り返していた気がする。出席日数は大丈夫か、ひとごとながら心配になったものだ。
「だけどお前……」
 哉汰は口ごもったまま、ちょっと困ったような顔でこちらを見詰める童顔少年を睨んでみせた。

 信じられない。

 ずっと騙されていたのか。

 優也に声をかけたのは4月も終わり頃だっただろうか。
 女の子みたいな顔で、入学早々なのに、まだ4月だというのに学校も休みがちで、クラスの中でも目立たないように過ごしているのが気になって、なんだか放っておけなくて声をかけたのだ。
 好きなマンガが同じだった。
 犬が好きで、でも親の方針で飼えないのも同じだった。
 思ってたよりずっとずっといろんな事を知っていて、学校の先生より世界のことに詳しかった。
 学校帰りに偶然会って、美味しい鯛焼き屋を教えてもらった。
 一緒に帰るようになって、いろんな話を気兼ね無く話せるようになるまで時間は掛からなかった。
 どんなことを聞いても嫌がらずに、しかも淀み無くわかりやすく答えてくれる。
 学校の成績はパッとしないのに、実はすげーやつなんだって思った。だから同じクラスの奴に「なんであんな奴とつるんでるんだ?」と聞かれても気にしなかったし、コイツの凄さを知ってるのは俺だけなんだという、妙な優越感さえ感じていた。
 そして6月も中を過ぎる頃には、掛け替えのない友人だと思うようにまでなっていたのだ。
「……親友だと思ってたのに」
「ボクだってそう思ってたよ。だから言えなかったんじゃない」
 同い年の17歳の同級生だと思っていたら実はウィッチで、しかもそのうえ本当は年上の24歳だったのだ。
 二重三重に騙されていた。
「でも騙してたんだよな」
「……騙してないよ。黙ってただけ」
 方便だ。
 それは哉汰にもわかった。
 でもこれ以上は責められない事もわかっていた。
 実は7歳も年上の24歳で、それもウィッチ(しかも男性形態ではなく、なぜか女性形態)なんです……と言われても現実を見ずに「はいそうですか」と信じられるものではないし、いくら親友と思っていてもそう簡単に明かせる秘密でもないのだから。
 そもそも、この世界には『濁怨(ケガレ)』と呼ばれる災厄が現実として存在し、人間の中にはそのケガレに取り込まれ、力を得ることで欲望を叶え、そうして得た地位や金や名誉や女を手放したくないがゆえにウィッチと敵対する者(サーヴァントと呼ばれる下僕だ)が存在する。正体を明かすということは、そういう者達に狙われる危険もはらんでいるのだ。
 それでも「親友」と思ってくれていた。
 その境遇から思えば、人と一定以上深く関わるのはずっと避けていたはずなのに。

 ただ……。

「キス……」
「え?」
「キス……しちゃったぞ。俺達……」
「う、うん……」
「前にも誰かと」
「しっしないよっ!! カナちゃんが初めてなんだから!」
「そ、そうか……ていうか、カナちゃん言うな」
 あのウィッチが女の人のままなら、まだ納得も出来た。
 でも実際には女だと思っていたら実は男だったわけで。
 それも親友だったわけで。
『親友とキス……』
 しかも、“なんかすげー気持ち良かった”事が、哉汰の背徳感をいや増す。
 頭を抱えて葛藤する哉汰を、優也は真っ赤な顔でじっと見ていた。
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