■感想など■

2012年01月23日

【ボクキミ】13

■■【13】■■



 ──それはまるで、何か特別なショーでも見ているような気分だった。


 黒い獣だった。
 大きい。
 見上げれば視界の中、街の灯に照らされた灰色の夜空を“それ”の半分が覆い尽くしている。
 時折響く、太くて震えるような音は眼前の獣の咆哮だろうか。
 それはまるで船の汽笛のよう。
 不意にうわんっと冷たい空を震わせ、それが圧力となって直接体に当たる。
 包む。
 打ちのめされる。
 下から見上げていてこれだ。
 まともに正面から相対していたならば、どれだけの圧迫感を受けるだろう。
『すげぇ』
 哉汰は感嘆するしかなかった。
 普通の人間であれば、ライオンや虎などの大型の肉食獣と、檻を間に入れずに正面から向き合った事を想像しただけで震えが走る。食われる事に対する生物としての本能的な恐怖に襲われるからだ。
 ましてやこの獣は、生物としてはあり得ないほどに巨大なのだ。
 哉汰は冷たい夜気の中、白い息を吐きながら、視線の先、獣の鼻面に悠然と立つ女性を見やった。
 真剣な表情である筈なのに、どこか気が抜けているように見えるのは、その姿がショービジネス的な半裸のひらひらコスチュームだからだろうか。
 まるで、何か特別なショーでも見ているような気分だった。
 だから、哉汰にとってその光景は、一見すると「サーカスの猛獣」と、それに相対する「猛獣使い」の姿にも見えなくはなかったのだった。

§         §         §


 ──ケガレとの闘いを、実際にこの目で一度見ておきたい。

 それはウィッチ・ユウのおっぱいを嘗めしゃぶった日から数日後の夕方のことだ。
 学校から一緒に帰る途中、哉汰がそう言うと、優也は少し迷うように渋った後で、おずおずと「じゃあ、次の機会に」と了承した。
 そして早くもその日の深夜、哉汰はメールで隣町の閑静な住宅街へと呼び出されたのだった。
 家族がすっかり寝静まった後、完全防寒に身を固め、冷たい夜気に耳がちぎり取られそうになりながら自転車を漕いだ。そうしてユウに指定された場所へと向かうと、不意に何も無い空間に対して目眩にも似た違和感を感じた。
 その違和感は、すぐに“心臓を鷲掴みにされるような圧迫感”と、“喉奥からこみ上げる吐き気”という明確なカタチへと変化した。
 そして、それが始まりだった。

 薄暗い夜空に、闇よりももっと黒い影が滲み出るようにして現出した。

 ケガレ。
 世界の脅威にして、世界の守護者たるウィッチの『敵』。
 思わず本能的な恐怖と視覚的な圧迫感で息が詰まった。
『これが……ユウの……闘ってる相手……』
 そう認識して間もなく、夜空を白い影が横切った。
 目を凝らすまでもない。
 それは、あの特異なコスチュームに身を包んだ、ウィッチ・ユウだった。
 そこからウィッチ・ユウが『函(パンドラ)』を展開して黒い影─ケガレ─を追跡・捕獲・拘束するまで、ほとんど時間はかからなかった。
 もっとアニメチックでアグレッシヴなアクションが展開し、それこそハリウッド映画ばりな、手に汗を握るスリルと興奮が味わえると思っていた哉汰は、少しではあるが落胆を隠せなかった。 
 ちなみにケガレを追跡し捕獲する際に、ユウは空中で何度もバランスを崩していたが、それはどう見てもあの巨大で重たそうで柔らかそうなLカップ椰子の実おっぱいが原因なのは明らかだった。魔力付加(エンチャント)によって慣性制御がされているため、ユウ自身の肉体に対しては加重を軽減されているとはいえ、その体積・容量は確実にユウの行動を阻害しているとしか思えなかった。
「ユウ!」
 思わず声が出た。
 獣の全身は夜空よりも真っ黒で、おまけにぬめるような光沢を放っている。粘液で覆われているわけでもないだろうに、まるでウナギかナマズの体表面のようで、その光沢はやけに生々しい。
 黒々としたシルエットは、犬や狐に良く似て、鼻が長く、耳がピンと三角形に尖っている。“ぱかり”と大きく開いた口には墨でも塗ったかのように真っ黒な歯がノコギリよろしく“ぞろり”と並び、同じように黒く、長い蛇のような舌がちろちろと蠢いていた。
 哉汰の脳裏に、いつか聞いた優也の言葉が蘇る。
『ケガレって、幼少期に無意識下へと刻まれたトラウマが形になることが多いんだって』
『トラウマ?』
『心因的外傷。いわゆる心の傷ってヤツだね。ケガレが時々、見覚えのある動物とかテレビの特撮怪人とかに明確に似てるのは、そういうのもあるかも。昔は男性型の巨人も多かったらしいね』
『なんで?』
『う〜ん……よくわかんないけど、多分恐い父親のイメージなんじゃないかな? 昔は恐いものの例えに“地震雷火事親父”って言ってたらしいし』
『なんじゃそりゃ』
 だが、ということは、眼前のケガレが犬型の獣の姿をしているのは、ケガレの元となった霊体に刻まれた記憶に、犬型の獣に対する恐怖が内包されていたため……なのかもしれない。
『子供の時に見る犬って、大人が思うよりずっとこえぇもんな』
 その獣が、宙にありながら四つ脚で何もない空を踏みしめるようにして踏ん張っている。そして、そうしながら、頭は眼前に立つユウに服従するかのように深く垂れていた。
 だが、もちろんそれが正しくないのは、体表面の盛り上がりが証明している。今にも弾けそうにみちみちと張り詰め、表面が波立っているのだ。
 それは自分を押さえ付け、拘束している何らかの力に対して激しく抗っているように見えた。
 目を凝らすと、ユウと獣を一緒に内包する、チラチラとした光る糸のようなものが何本も見えた。蜘蛛の巣のように、格子状に編まれたそれは、哉汰には鳥籠を思い起こさせる。
『これが「函(パンドラ)」か……』
 函(はこ)というよりも球(たま)だ。
 細くて頼りない光糸は、今にも切れてしまいそうなほど儚く見える。
『大丈夫なのか?』
 心配そうに見つめる哉汰に気付いたのか、ユウが嬉しそうにニコニコしながら手を振った。それだけで、たっぷりとしたヴォリュームマックスなLカップの超絶爆乳が“ゆさゆさ”“ふるんふるん”と揺れる。おまけに、下から見上げる形になっているため、短いスカートの中の白いお尻が丸見えだった。
 ついでに、そのお尻をほとんど隠していないTバックはベビーピンクなため、ちょっと見ただけでは何も履いていないように見えるのがあまりにもエロ過ぎる。
『なんか……シュールだよな……』
 巨大で獰猛そうな黒い獣と、破廉恥っぽい露出過多なエロ衣装の魔女。
 夜中で街灯しか光源が無いにも関わらず、ケガレもユウも哉汰には細部までハッキリと視認出来る。ユウによるとそれは、魔力回路が構築された哉汰の神経系が、視覚を補完・強化しているかららしいのだが、この時の哉汰はユウの言葉をこれっぽっちも思い出しもしなかった。
 というか、そんな余裕も無かった。
『まったく……見てるだけでこっちまで寒くなってくるぜ』
 初冬の寒空に半裸で浮かんだエロ魔女に、巨大な獣に相対した緊張感は無い。どこか気弱そうな、ほんわかした笑顔で、眼下の自分に対して暢気に手を振ってくる時点で、それは明らかだった。
『いいのかよ。そんなに油断してて……』
 星の無い暗い曇天の下、白い肌がいやにくっきりと浮き立っている。風が無いのが幸いだが、気温は低くて、哉汰はダウンジャケットの下にセーターを着込み、その上マフラーもしていた。夜気に紛れる息は白く、寝静まった深夜の町は耳が痛くなるほど静かだった。
 いつもであれば、どんなに深夜であってもなにがしらの音が聞こえるものだが、今は少し先の大通りを走る車の音も、飼い犬の吠える声も、何も聞こえない。
 ユウによればそれは『函(パンドラ)』の遮音有効範囲内だから……らしいのだが、ここまで無音だと不気味さを通り越して空恐ろしい。
 まるで、世界中で自分一人にでもなったような気分だった。
 だがその中にいながら、時折、ケガレが発する圧力を伴った咆哮だけは体を震わせるのだから、ひょっとしたらあれは空気を伝わる波としての「音」とは、根本的に違うものなのかもしれない。
 というか、そうでもなければ説明がつかない。
「いくよ〜」
 不意に、力が抜けそうな、ほにゃほにゃとしたやわらかい声が脳裏に響いた。
 ユウだった。
 目を凝らせば『函(パンドラ)』にケガレを拘束したユウが、両手を広げて何か複雑な動きを見せた後、不意に「ぱんっ」と掌を打ち合わせたところだった。
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